全5件 (5件中 1-5件目)
1
「面倒くさい」について、ずっと考えている。人類は「面倒くさい」をバネに発展してきたのだ。面倒くさいことを避けるべく発展してきて、いまや、面倒くさいは解決されたというのに、人類は、「面倒くさいを解決する」という行為から離れることが出来なくて、いろんな面倒くさいサービスを生み出し、それが、非常に面倒くさい社会をつくりだしている。そんなサービスはいらない!と思うような面倒くさいサービスが生まれて、そういうのを排除するのがまた面倒くさい。つまり、現代は、面倒くさいのいわば第2期に突入したんで、新しい面倒を自分たちで生み出して自分達で苦しんでるんだ。スマホに質問して答えが音声で返ってくるサービスとか、しきりに宣伝しているが、あれってそれをやってる人を見かけたら、とっても面倒くさくないですか?面倒くさくないサービスとして出てきたんだろうけど…。なに?一人でしゃべってる人いるけど、ヘンなひとかしら?と、まず思うでしょう。それで、よく観察してあーなんだ、スマホに質問してるのか、と、わかって安心する。なんでもないように思うかもしれませんが、これは、とっても面倒くさいです。周りが。アブナイ人かどうか、確認する作業が面倒です。でも、こうやって、面倒なことをともなう新しいサービスを生み出す社会が現代なのです。周りが面倒くさいと思う比率が高ければ、このサービスは流行らないか、廃れるでしょう。すべては人々の「面倒くさい」かどうか、が、決定するのです。でね、一人でスマホに向かってしゃべってる人っていうのが、たいして気にとめる必要もない、よくあることよね、なんていう意識がみんなの中に育ったら、本当にヤバい独り言をブツブツ言ってるキチ○イを、見分けることができなくなって、キケンな社会になるでありましょう。キチ○イを見かけても、恐れない社会がくるよ。それはもう面倒とか言ってるレベルじゃないキケンなことなのよ。だけど、面倒を避けるサービスが闊歩してそういう危険性をむしろ上げてくるのよ。おそろしいことでございます。
2012年07月25日
コメント(0)
お金を貸したら、なかなか返してもらえなくて、催促したら殺されちゃった、なんていうニュースが時々ありますが、お金を貸した方が、殺されるんですよね、たいがい。ものごとには、なんでも「理由」があるもんですが、貸した方は「貸した金返せよ」というシンプルな理由だから、なんの迷いもありません。しかし、返す義務を負っている方は、返さなくてもいい理由を作り出して、それを理由になんとか返さない方法を見つけようとします。「自分に都合のいい理由」というやつです。そもそも「借りたものは返す」というシンプルな理由があるのに、その事実から目をそらそうとします。なぜ、目をそらすのか。返したくないからです。なんで返したくないのかというと、「面倒くさい」からなんだと思います。だいたい人にお金を借りる人は、お金を稼ぐこと自体を「面倒くさい」と思っています。返すためのお金を工面する作業が「面倒くさい」のです。貸したお金を返さない人は、極度に強欲な(あるのに返さない)人か、面倒くさがりなひとなんじゃないかと思います。しかし、再三の催促を受けるようになると、今度は、催促されるのが、面倒になり、面倒くさい相手を忌み嫌い、悪人だと思い込むようになります。あいつは催促ばっかりしやがって悪い奴だ、とか、心が狭い、とか、とにかく自分が悪くない方向に考えたがります。結局、面倒くさくて殺しちゃうんでしょうね。貸した方も、「返せ、返せ」とコマめに催促するのは、骨が折れる作業です。どちらかが根負けするまでこの「返せ」「待ってくれ」の攻防は永遠に続くようです。ちなみに面倒くさがりの人間は、面倒くさいことをやらないために、ものすごく根気良く相手が折れるのを待つ傾向があります。面倒なことをやるくらいなら、いつまでも相手を放置して根負けするのを待つ根性だけはあるから厄介です。私の友人は、旦那さんの親族からお金を貸して欲しいと懇願され、けっこうな額を貸したそうですが、いつまでたっても返してくれないので、催促をしたそうです。そうしたら、「まだ待って欲しい」という手紙とメロンが届いたそうです。仕方がないなぁ、と、しばらく待っても一向に連絡もないので、また催促をすると、封書が届き、なかなかお金を返せなくて申し訳ない、という内容のものすごく長い手紙が何枚もの便箋に書いてあったそうです。結局、それから何年も経ち、いまだに返してもらっていないそうです。貸した友人も、もう、諦めているそうです。こうして、借りたお金を返さない人たちがのさばるのです。お金は返したくないけど、長い手紙を書くことはする、という、ここに「面倒くさい」のパラドックスがあります。本当に「面倒くさい」ことを避けるためなら、どんな面倒な事もやってのける、という妙な側面があります。これは、「面倒なこと」をやらないための「理由」を自らが作り出すので、自分が作り出した作業は、ストレスなくできる、つまり面倒くさくないということのようです。お金の貸し借りは、わかりやすいので、ほんの一例として取り上げてみましたが、この「面倒くさいこと」を避けるために、さまざまな「理由」を編み出し、本質から目をそむける人の多さが、最近の様々な問題を起こしているように思えるのです。中学生が自殺したいじめの問題も教師が見て見ぬフリをするのは「面倒くさい」からです。原発問題も、本当はいろいろわかっているのに「面倒くさい」からわからないようにしているとしか思えません。なんで、こんなに「面倒くさい」と思う人ばかりになってしまったのか、おそらく、世の中が便利になりすぎたからなんじゃないかと思います。文明が進めば進むほど、あらゆる事柄において「面倒くさい」と思う人間が増えて、けっきょく世の中は崩壊するでしょう。重要な工事現場で作業員が「面倒くさい」と思って材料をいい加減にしてしまい、そういうのをチェックする担当者も「面倒くさい」といってチェックせず、出来上がった建物が、数年後に崩れて人がたくさん死んだりするでしょう。原因を究明するのも「面倒くさい」ので誰も罪に問われないかもしれません。郵便配達の人が郵便物を「面倒くさい」といって捨ててしまったり、とにかくこの世は「面倒くさい」と思う人間でいっぱいです。恐ろしいことでございます。
2012年07月22日
コメント(2)
溜まっているな、自分。と、感じて戻ってくるのがこのブログ。とかくストレスの溜まりやすい性分なもので、どこかで発散しないと、死にそう。ここ1年くらいはツイッターとかfacebookによく行ってたんだけど、それなりに友達の数も増えて、一見とってもイイ感じだし、問題ないんだけどね、なんかね。友人の記事が毎日いろいろ上がってくるのを見ているとですね、まぁ、本当に「いい話」しか出てこないんですね。気炎を吐いている人もいますが、「原発反対」とか、人道的な立場表明みたいな記事になっていて、面白くない。ハイハイ、って感じ。そうなんです、面白くないんです。社会的生活を営む上で、「いい人」と言われることは大事です。だからアプローチとしてはみんな間違っていない。「ステキだなぁ」と思える記事が多いんです。「いいね!」もいっぱいします。でも、そんな「イイ感じ」の世界に疲れてきたっつーか、飽きてきたっつーか。みんな、もっとグチとか苦労話とか、頭に来た話とか、すればいいのに、なんでしょう?ツイッターはまだしもFacebookには、そういうことを書かないルールみたいなものでもあるのかしら?と思わされるくらい、誰もそういうことを書きません。ま、実名だからね。そういうもんよ。わかってる。わかってるから、自分もイイ話しか出さないもんね!wwwな、わけで、そんなことしてたら、ストレス溜まるっちゅーーの。特に自分のタイムラインには、やたらしょっちゅう投稿する正義の味方みたいな人がいて、もう、その人の記事を見るのが疲れる。で、また、そいつの子分みたいなのが、ゾロゾロいるんで、それも疲れる。私の感性がゆがんでいるから、そう思うのであって、その人たちは、正しいのだろうけど、なにしろゆがみきってるから、苦しくなっちゃうんで~、ちょっと逃げてきました。やっぱ、ここは落ち着く。はぁー。ゲロゲロ(吐き出している)w
2012年07月15日
コメント(0)
イジメは犯罪か?…ビミョーですね。みんなでちょっとずつ加担しているから、結果的にやった方の罪としては「ちょっと」ってことになりがち。「ちょっと」を一人に集中させていき、「ちょっと」の積み重ねが、相手を死に至らしめる。いうなれば、身体全体を蟻みたいな小さい虫にたかられて噛まれて死ぬ、みたいな感じでしょうか。身動きできないまま、身体中を毛虫や芋虫に這い回られて、毛虫が口や鼻に入ってきて息が苦しくなるような、そんな感じでしょうか。一思いに死ねた方が楽かも…。と、思う可能性を想像できなくはないですね。毛虫の話は、古代ギリシアの罪人の処刑方法だったらしいです。「毛虫壺の刑」とかいう。最後は窒息死するそうです。つまり、刑罰として、なるべく死なないように苦しませて、最終的に死ぬようにするっていうおそろしい話です。聞いた話では、ムカデ部屋の刑ってのもありまして、ムカデって肉食で噛み付くアフリカ出身の虫ですが、これをいっぱい放した部屋に罪人を閉じ込めるらしいです。これは、最後は気がふれて死ぬそうです。なるべく死なせない、っていう刑罰は、けっこうあるようで、日本にものこぎり引きの刑なんてのがありましたね。罪人を土に埋めて、顔だけ出しておいて、そこを通行する人に、一回のこぎりを引くようにさせるっていう。のこぎりは、首のあたりに当てられていてね。これは、そこ通る人もイヤですね。イジメと拷問は、近いと思う。さて、学校に置き換えた時、教師や学校側は、生徒が死なないでくれさえすればいい、というか問題が発覚しなければしない方がいい、という立場にあるわけで、悪い生徒が拷問の腕がものすごく良くて、相手を絶対に死なせない程度に苦しませるテクニックに長けていたら、その方がありがたいわけです。つまり学校こそが、拷問部屋なのであります。教師にとっては、イジメをやってるひとりひとりは、蟻のような毛虫のような、その程度の存在なので、怖くもなんともありません。まぁ、教師をいじめるっていうケースもありますけどね。学校のイジメで教師が自殺したりしたら、それこそ隠蔽されて、誰にも知られないでしょうね。
2012年07月15日
コメント(0)
最近は、毎日電車に乗っている。大都会の通勤電車ってやつ。一日一回くらいは、イヤな思いをします。「ふざけんな!」って思う人間に遭遇するからです。ふざけんな その1降りる人がたくさんいるのに、電車のドア付近に立ちはだかって絶対に「一回降りて再び乗る」ということをしない人。乗降客が多いメガステーションだと、結局、大勢のパワーに押されて押し出されるケースが多いですが、諦めておしながされるまでの間が、ものすごく障害物状態です。頑固なオジサンよりも、若い女性に多いケースで、若い女性は、たいがいふくらみのあるショルダーバッグを肩にかけているので、女性の身体よりも、このバッグが人の波に押されてボヨンボヨンあっちいったりこっちいったりして、いろんな人に迷惑かけます。こういう女性は、そんな中、自分こそが迷惑を被っているような顔をしているので、マジむかつきます。一回、降りろや。ふざけんな その2自分の通ろうとした自動改札が、「通れません」の状態になった途端、隣の自動改札にいきなり割り込んでくる人私は左利きなので、用意している手が左側なので、右から入られるケースが多いです。身体がまったくもって隣の改札の前にあるのに、手だけ伸びてきてタッチされてしまい、身動きできなくなります。こちらが固まっている状態なので、まるで道を空けてもらってるかのように割り込んできます。このような目にあうと半日はそのことで怒りがやみません。ふざけんな その3どんなに大勢が乗ってこようが、どんなに大勢が降りようが、自分の立ち位置から絶対に動かない人。ジャマすぎる。…書いていたら、腹立ってきたなぁ。続きはまたあとで。
2012年07月15日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1

![]()