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歳をとった女は、恋を感じたり、感じさせたりすることができないからと言って不憫がられる。スタンダール【楽天ブックスならいつでも送料無料】スタンダール・シンドローム <HDニューマスター版>【Bl...
2015年08月29日
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独身で長年会社に残っている女性社員というのは、ちゃんと役職をもらって出世しているか、「エイハラ」をものともしない強い性格のどちらかだろう。形骸的に「女性の社会進出」を標榜する政治家達は、こうして勝ち上がった女性達の姿を見て、「こういう女性が増えればいいんだ」と単純に思う。一定数の女性の出世や役員枠を増やすことを企業に約束させるという施策は、正しいのかもしれない。正しく運用されればの話ではあるが。人間は、自分が可愛がっている人物を重用するものだ。会社が女性よりも男性を優先してきた背景には、男性の方が女性よりも良い稼ぎ手になる確率が高く、会社を簡単に辞めない確率も女性に比べて高いし、一緒にエロい店に行ったりできるし、自分を先輩として立ててくれる忠義心も女性よりも強い、という点にあった。(最近はどうだか知らんが)だから横に優秀な女性社員がいても、ちょっとダメでも可愛い男性社員を出世させる。問題が起きても男性社員はお咎めなしで、女性社員だけが飛ばされたりする。そうすることが会社の利潤追求につながると信じてきた。そんな中、どうしても女性を出世させないといかん、ということになったら、どうなるか。そりゃ、一番可愛い女性を出世させるでしょうね。ベテランの中堅女子社員をすっとばして、若手女子社員を異例の抜擢!という事態が、そこかしこで起きるでしょう。何をやったって、世の中はそんなに簡単に変わらないのです。一定数の女性の出世や役員枠を増やすことを企業に約束させると共に、女性社員の年齢分布も、均等になるように配慮しなければ、女性役員は、みんな偉い人の可愛い喜び組、ということになりかねない。「可愛いから出世しました」という例は、これまでにもたくさんあったはずで、現在活躍している女性達の中には、少なからずそういう例が混じっている。どこの業界でも、出世して注目されている女性は、会社員の場合、たいがい男性ウケのする美人である。ブサイクを見たことがない。起業した女性の中には美人ではないタイプも多いが(失敬)。美術業界などでも、話題になる女流美術作家は、たいがい美人である。これは美術界の重鎮のオジサマ達にウケがいいからである。「美人だから大賞あげちゃおう」なのである。有名な公募展でも新人作家で美人の子は、審査員の先生から「ボクと×××してくれたら、君に賞をあげる」ともちかけられたりするらしい。という具合に、すべては欲望渦巻く人々の心の中で決められていく。では、女性が偉い立場になって、誰かを出世させる立場になった時に、自分より若い優秀な女性を抜擢するか?というと、これも怪しい。やっぱり自分が可愛がっている部下を出世させたい。好みのイケメン男性とかが重用されるようになったりして。現状でも、女性が女性を引っ張っているシーンなんて、そうそう見かけません。女性は同性を生存競争のライバルとしかみないので、勝ち上がってくる女性を憎む傾向が強い。自分よりも「若い」「可愛い」というだけで目障りに思うかもしれません。そのあたりの性質を考えると、女性役員が目をかけるのは若い男性社員ばかり、ってことになり、現状の男性達がやってるのと変わらないハラスメント・パターンに陥ることでしょう。女は同性を毛嫌いするから、結局女性の活躍は推進されない。しかも女性の方が、気に入らない相手に対しては、冷酷で残酷に振舞えるので、会社の中には、今以上にウツ病が増えるでしょう。どういう状況が一番健全なのか、なかなか難しい問題。
2015年08月28日
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女性に対する差別「セクハラ」は、人間が感情と本能で生きる限りなくならない。「セクハラはいけない」と理性が抑えているから、男性達は女性を貶めるような発言を控える。社会性が保たれていてこそ我慢している。一歩社会からはみ出したら、暴言祭りになるだろう。あるドキュメンタリー映像を見た。バングラディシュのスラム街は、売春宿だらけで、かどわかされてつれてこられた少女たちが売り飛ばされ、売春婦にさせられて逃げ場もなく生活している。そこに遊びにくる若い男性にインタビューすると「若い女性の方がいいね、若ければ若いほどいい」と答えていた。「若い女性」というのは、年端もいかない十代の少女のことであり、日本だけではなく、世界基準で若い女性に価値を置いているのだと、思い知らされる。最近は「エイジハラスメント」という年齢差別も問題視されているようだが、「エイジハラスメント」も永遠になくならないだろう。女性に対する「エイジハラスメント」は「セクハラ」と密接にからみついている。歳をとれば、容色が衰える。色気がなくなるか、と言えば、これはまた別物で、年齢を重ねても色気たっぷりな女性は多くいる。色気というものは「生まれつき色気がある人」と「ない人」がいるように思う。色気のない人が歳をとると、女性としての周囲の評価が著しく落ちる。「エイハラ」も厳しくなるだろう。若いうちは、若さが色気をカバーしてくれる。女性は若さや色気の旺盛な時期にやりたい放題やって、その後の人生を生き抜くための下地を作るのが賢いかもしれない。結婚したり、起業したり。利用できるものは何でも利用する。若さも色気も。サバイバルなんだから、それでいい。会社などでは、歳をとると、若い女性社員に追い上げを食らう。追い上げを食らう前に管理職になっておくべきである。例えばデータをひたすら入力するなどの仕事の成果を、若い人と中堅の人とで比較すると、入力ミスは中堅の方が多く、若い人にはミスが少ないという結果になる。年齢によって、手先のミス、注意不足が増える。老化という自然の摂理。追い上げられないようにするには、若い人の運動能力に負けないように鍛錬し続けるしかない。そうはいっても歳は確実に重なっていくものである。いつまでも若さと競いあうのはしんどいし、無理がくる。いつかは必ず負けるのである。なので、若い人と同じフィールドで仕事をしない、というのが賢い選択である。つまり、年齢を重ねたら管理職になって、単純作業のデータ入力などの仕事は若い部下に任せて、もっと全体を管理することに才能を活かすのが、最善策なのである。ところが、日本の会社は、管理職には男性がのさばっており、そのポジションを譲らないため、女性は何年勤めても管理職になれないという状況に置かれることが多い。管理職になれないまま、何年も次々現れる若い人と競わされる。期間が長いほど「若い人よりもミスが多いベテラン」になっていく。これに耐えられず、「なんとか結婚退職したい」という希望を持つ。あるいは、周囲から「若い人よりもミスが多いベテラン」と思われていることにいたたまれなくなって自ら会社を去るかもしれない。こうした構造悪に気づかず、自分を「仕事の出来ない人間」だと思い込んでしまうかもしれない。最悪は、いわゆる「エイジハラスメント」に遭う。周囲から、歳をとったことを、思い知らされるような言動を受ける。今もあるのだろうか?「肩たたき」。昭和の頃は常識のように横行していたが。上司から「そろそろ会社を辞めて欲しい」という意図をこめた声がかかるのだ。直接は言えないので、暗にほのめかす。これが「結婚しないのか?」「いい人いないのか?」という言葉であり、面倒見の良い会社であると「見合い」を勧められたりする。上司が勧めてきた「見合い」を断るとなると、その後気まずい。上司はわかっていて勧める。その女性が辞めるまで勧める。社員をごっそり抱える大企業だと、社内で結婚をまとめようとしてくる。営業部の○○さんと経理の○○さんが、つきあってるらしい、となると、みんなで祝福してさっさと結婚させる。男性は結婚すると、仕事にもさらに身が入るようになり簡単に会社を辞めたりしなくなるし、出世欲を持ち上昇志向になるから、会社としては、若い男性社員には、はやく身を固めてもらいたい。社内の女子社員がテキトーに片付くのも、オバサンが増えないことに貢献するので、もう願ったりかなったりなのである。会社の中に「結婚っていいものだ」という雰囲気が満ちているので、若手の独身社員は、先輩のように、はやく嫁を見つけて結婚したいと、本気で考えている。だからいい人が出てくるとサクっと結婚に至る。まぁ、昭和の話で、最近の会社内事情はまたちょっと違うかもしれないが、おおむねさほど変わってないんだろうな~と思う。上司が「見合い」を勧める、というのも「セクハラ」「パワハラ」に近いものがあるかもしれない。見合いを勧めること自体はセクハラにはならないようですが。まとめると、日本の会社は、女性社員がキャリアを重ねても出世させずに、結婚退職させてきたという歴史があるってことです。結婚しなかった女性社員は、そのまま会社に残り、「お局」という異名をつけられたり「オールドミス」と陰口をたたかれ、若い社員と同じ仕事をさせられ、比較されてはミスを叱咤されるという立場に据え置かれ、周囲の男性社員からの「辞めて欲しい」「辞めればいいのに」という無言の圧力に日々さらされて、最悪イジメに遭う。若い女性社員は、周囲の男性社員に可愛がられるので、男性社員の側に立って、一緒になって「エイハラ」をしてきます。「お局」、「オールドミス」という言葉には、常に「孤立無援」のイメージが加わるのはそのためでしょう。つづく★ベビーコラーゲン! 集中ケア★お肌を集中ケアしてハリのある密度の高い肌に整えてくれる栄養...
2015年08月28日
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「金麦は、絶対に買わない」と豪語してから8年近くが経ち、今では、おいしく金麦を飲んでいる。「人は、変わっていくのね…」まさか壇れいがこんなにロングタームで若妻を演じることになるとは思っていなかった。最近は、そんなに若くもないが。男性好みの可愛い雰囲気はそのままである。あれほど嫌っていたCMだが、時間の経過と共に、壇れいが本当に結婚したりとか、社会の変化、自分の変化と、いろいろ巡って、見方もちょっと変わってくる。最近は、かなり長続きしていることで、ひとつの解釈が生まれてしまった。CMのスタイルは、壇れいが演じる可愛い妻だけが画面であれこれ演じているわけだが、これまで一度も旦那様とやらが出てきたことがない。時代の変化の中で、今や大流行しているのはセルフィー。「自撮り」である。まさか、壇れい演じる若妻は、実は結婚していない独身女性が、「旦那様が存在するという設定」のもとに、「自撮り」した映像を流しているのではないか?という疑惑が生じたのである。あんなに幸せそうなのに、全部ひとり芝居だったら…。と思うと、背筋がぞくっとなるくらい怖いwそして、面白いwwwなーんてことを考えたりしながら、金麦飲んでます。人間なんて、言ったことを一生守るヤツなんてそうそういない。そして青い皿プレゼントに応募したりして、すっかりファンじゃないかっ。まぁ、私も8年歳をとった。皿のプレゼントは応募が多くて発送が遅れるとサントリーからハガキで連絡があった。夏っぽい青いお皿だったが、届くのは10月中旬から11月とのことで、すっかり秋ね。壇れいCMが、どこまでいくのか、今後は見守っていく所存である。
2015年08月22日
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終戦記念日。戦争関連のTV番組が多かった。『男たちの大和/YAMATO』をやっていたので、なんとなく見た。【楽天ブックスならいつでも送料無料】男たちの大和/YAMATO [ 反町隆史 ]戦争映画は、あまり好きではない。絵的に面白くないからだ。登場人物の服装は軍服か制服、髪型もだいたい一緒。しゃべり方、敬礼、きおつけ、その他諸々動きが画一的。表情も常に固い。どの戦争映画でも、同じようなものに思える。ストーリーも、歴史がベースなので、決まった結末に向かうのみだし。そもそも戦争を映画という「娯楽」にして、楽しんでいいのか?という葛藤が、制作サイドにもきっとある。こうやって終戦の日に放映されたりするのだ。それゆえなのか、スカッと楽しめる要素がない。悲劇の終戦で、日本軍の存在は断ち切られているから、軍隊や兵隊に関するイメージがネガティブなものしかない。「明るく楽しい軍隊生活」みたいなものが描けない。アメリカの「トップガン」みたいな映画は作れないのだ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ハッピー・ザ・ベスト!::トップガン スペシャル・エディ...最近、安倍首相は、もしかして日本に「トップガン」みたいなカッコいい軍隊を新たに創りたいのかな?などと思ってみたりする。憧れ?そこで総司令をやっている自分の軍服姿を妄想して最高に興奮してたりして…、そういう性癖みたいなものを持っている人だったら、そうとうヤバいなぁ~、とか、いろいろ考える。妄想する首相を妄想してみた。ちょっと北のアノ人みたいだな…w再び、軍備がなされて、戦争になったら、特攻機に乗せられるのは、若い男子ではなく、きっと独身で子供を産まない中年の女性達に違いない。おっと、私だ!わが人生、玉砕か。
2015年08月15日
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Facebookとかtwitterとか、ブログだけでなく、ソーシャルネットワークサービスというものが浸透して、自分もしっかりやっていたりします。ただ、最近は「SNS疲れ」などという言葉も登場し、さかんにやっていた人が「やめます」といって去っていく現象もチラホラあるようです。私自身「やめようかな」「でもこのままでいいかな」と、時々悩んだりしている状況下にあり…。SNSのメリットが、あまり感じられないからかもしれません。メリットのないことに時間や労力を搾取されるのは、真っ平御免。そんなわけで、改めてSNSを自分なりに分析してみました。単純なことですが、情報は「発信側」と「受け手側」に分かれます。「発信側」には、伝えたい事柄があり、さかんに写真や文章にしてネットワーク上に情報を流します。新聞やTVと違って、これらの情報のほとんどは、個人的事柄で、「今日はどこに行って何をした」とか「こんな美味しいものを食べた」とかで、世の中的に重要ではない、とるにたらない情報であります。ブログのかわりにFacebookにまめまめしく書く人もいて、こういう人の記事というのは、「もう寝ます」の一言だけであったり、「今日は暑い」みたいな、どうでもいいつぶやきであったりします。どんなにどうでもいい情報でも、発信側が流した以上、受け手側のタイムラインに確実に登場してきます。このうっとおしさよ。こちらがその人の大ファンで、いつトイレに行ったかも知りたいくらいに恋焦がれているなら、瑣末な情報も宝物ですが、「たまたま知り合い」程度の人の細かい情報は、TVのCM以上にイライラする「いらない情報」なのであります。そしてイライラついでに、その「たまたま知り合い」程度の人がなぜこんな瑣末な情報を流してくるのか、という相手の心理について考察してしまいます。分析するは我にあり、というくらい分析が好きです。もはやクセです。どうしてそういう職業に就かなかったのか悔やまれます。まぁ、それはいいとして。私にとって「たまたま知り合い」程度の人ではありますが、その人自身は、そこそこ自分の取り巻きというか、ファンがいたりするため、自分が何かを発信すれば、すべて喜ばれると思っているのかもしれないのでした。私は別にファンではないので、あえて「ファンじゃない」と表明する必要はないとしても、そこまで瑣末な情報を受け取らなければならない立場にさせられていることは、ちょっとした迷惑だと感じたので、「あぁフォローしないっていう設定にすればいいんだ」と気が付いて、フォローをはずし、その人物の情報がタイムラインに流れなくなってすっきりしました。それでもFBのシステムが「これは重要」と判断するのか、たまに記事がタイムラインに登場してきます。たまになので、特に問題なく「へぇー旅行に出かけたんだー」くらいに受け流しています。とにかく一日に10件以上情報を発信してくるような人物は、フォローをはずします。あぁ、これですっきり。と思っていたら、FBのシステムがそうなっているのか、毎日のタイムラインに、ある程度のボリュームを持たせることがマストなのか、知り合いの知り合いの記事が、頻繁に流れてくるようになり、現在、タイムラインの半分くらいが、知らない人の情報でどうでもいいタイムラインになっています。CM記事もよく差し挟まれるようになったし、そもそも情報を得るために申請したところからの記事は、役に立つのだけれど、間に満たされている、どうでもいい記事が多すぎて、いったい何のためにFB開いてるんだろうなぁ~、と思うことが多くなった。発信する側には「見て見て!」「聴いて聴いて!」「読んで読んで!」というパワーがあるから、毎日知らない人からそういうパワーを投げつけられるのが、段々不愉快になってきた。逐次読みたい知り合いの記事もある。しかし、その人の知り合いの記事まで流れてくるのは迷惑だ。じゃあ、やめたらいいじゃん、と思うのだが、そうやってタイムラインに苦情を感じるのは、現在の自分が「見て見て!」「聴いて聴いて!」「読んで読んで!」というパワーを発揮していないからで、こちらに情報発信の意欲が溢れれば、たちまちに立場が逆転するに違いなく、私の記事がうっとおしいからとフォローをはずす人が続出したりもするのだろう。つまりSNSというのは、意欲的に情報発信したい人々が力をふるう場であり、受け止めるだけの人々は、ある意味、犠牲者になる、そういう構造なのかもしれない。受け手側としての立場を、発信側に強要されたくなければ、同じくらいのパワーで発信側にまわるしかない。一種のパワーゲームだ。だから疲れるのだ。最初から参加していない人々は、賢かったなと思う。私が人間的に信頼できると思う人々は、みなSNSもTwitterもやっていない。
2015年08月12日
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