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GW東北遠征レポート(11)完結編です。5月5日の米沢から帰宅まで。米沢といえば、奥深い山中にある「米沢八湯」が有名。今回はそのうちのひとつ、滑川温泉・福島屋に行くことにしました。3年前はその先にある姥湯温泉・桝形屋に行きましたが、このあたり道が狭くて険しく、結構運転がしびれましたので今回は少し控え目に手前の滑川温泉へ。とはいっても、対向車が来るとしびれる場面が多く、緊張感ありました。10:08、滑川温泉に行く手前にあるJR峠駅に立ち寄り。ここは一風変わっていて、駅舎の外側に雪よけの大きなシェルターがあります。山形新幹線が通る前は、ここにスイッチバックの施設があったそうなので、それで広いスペースが今も残っているとのこと。駅は閑散としていました。ここは元々奥羽本線の難所。トンネルを出ると文字通り峠にあるこの駅がありますが、シェルターが必要になるのもよくわかります。山形新幹線はここを高速で通過するわけです。普通列車が来ると、名物の「峠の力餅」の駅売りがあるそうです。さて、10:30緊張した運転のあと、滑川温泉福島屋に到着。ここも川の水量が多いですね。こちらが檜の露天風呂。つり橋は通行止めになってました。10:54、今回の行程の最後の温泉となった滑川温泉福島屋を出発。このあとは一気に帰路へ。福島飯坂ICから東北道に乗り、11:58、吾妻PAで一服。磐梯山でしょうか。。13:08、安達太良SA。やっとこのあたりから申し分ない天気に。ちょっと遅すぎ。。14:05、栃木県に入って那須高原SA。15:41、上河内SA15:41。あと150kmくらい。17:24、佐野SAのロッジ前。このあと多少渋滞にはまりましたが、それほど深刻な状況はなく、順調に東京へ。19:22、自宅近くの駐車場到着。走行距離は上の表示だと2057kmになっていますが、実際はあとプラス150kmくらい。今回80km前後で走る時間が長かったため、燃費はとてもよく、満タンでこれまで最高の750km超が出ました。5泊6日のGW東北遠征、以上で完結。次は久しぶりに西に行かねばなりませぬ。。
2012.05.19
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GW東北遠征レポート(10)、5月4日の午後です。秋田県内陸部を南下中。14:13、昨年も来た道の駅・おがち。稲庭うどんの地元に近いので、簡素版ながら昼飯に一杯。山形県に入りました。16:14、道の駅・尾花沢。ここも昨年来たような。。道の駅の山菜の群れ。去年もその前も同じような写真を撮った記憶が。。いろいろな種類があるものです。5月は山菜が豊富な季節なんでしょうね。その後さらに南下して18:00、かみのやま温泉の公衆浴場・下大湯に来ました。駐車場が空いていなかったのでここはやむなく写真だけ。上山も有名な温泉地ですので、また改めて来たいと思います。その後、米沢へ一直線。18:27、ちょうどこのころから天気がよくなりかけてきて、それが微妙なコントラストを形成し、結構な絶景になりました。18:35、有料道路の米沢南陽道路。写真ではわかりにくいですが、絶景でした。その後米沢駅にほど近いビジネスホテルに到着。19:31、食事をするところを探しにJR米沢駅前までやってきました。ここは上杉の町、「毘」の文字がいろいろなところで見かけます。19:50、米沢といえば米沢牛。米沢牛ラーメンで晩飯。蒲鉾には「愛」の文字。大河ドラマ「天地人」の主役、直江兼続の「愛」です。20:07、食後に米沢駅を見物。ちょうど山形新幹線が入線。このあたりは新幹線で来れば東京からそう遠くない感じですね。ここからは最終日、5月5日。米沢といえばここ、8:44上杉神社にやってきました。上杉鷹山公でございます。ここにも「毘」の字。これはちと俗っぽい感じもしますが、上杉景勝と直江兼続ということですね。ここにも鷹山公の像が。米沢と上杉家は相当深い縁で結ばれている感じですね。上杉家は今の新潟県、福島県そして山形県と転封されてきているので、影響力は大きいですね。では神社の中に入ります。御由緒をどうぞ。こちらが御本尊。謙信公を祀っているはず。こちらは戊辰戦争のときの戦没者の碑。8:56、神社の隣にある上杉博物館へ。回転する能舞台のレプリカ。やはりここにも「愛」。昔の米沢の様子。こういうジオラマは結構好きで見入ってしまいます。次は完結編。。
2012.05.18
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GW東北遠征レポート(9)、5月3日のPM、青荷温泉へ。このころ最も雨が強く降っており、強風も吹いておりました。。14:06、青森県黒石市の山中にある青荷温泉に到着。天候が最悪だったので山道の運転は少々しびれました。ここは「ランプの宿」といわれていて、秘湯中の秘湯のひとつとして有名なところです。ランプの宿なので電気が通っていないと思ったら自動販売機がありますね。。この時期雪解け水で川が増水しているところが多いですが、さらに大雨が降っていたので物凄い激流でした。。本館?の建物を抜けてここにかかるつり橋を渡ったところに露天風呂があります。14:10、写真は内湯のひとつ、「滝見の湯」ですが、これを背にした反対側にある露天風呂に入りました。ただ、雨が激しく、横に先ほどの激流が流れていて少々怖さを感じたので、短時間で出てしまいました。ただ、雰囲気は噂どおりとてもよいところです。14:26、露天風呂を出て青荷温泉をあっという間に出発。再度東北道に黒石ICから乗り、15:09津軽SAで一服。15:59、秋田県の花輪SA。この先の鹿角八幡平ICで高速を降り、八幡平方向へ。この日宿泊予定の民宿を通過し、八幡平アスピーテラインを少し上ったところにあるふけの湯に16:49到着。この手前には3年前に行った後生掛温泉があります。ふけの湯は「蒸けの湯」と書きますが、ここは3年前逆に通過しただけだったので気になっていました。日本秘湯を守る会の会員宿です。立ち寄り入浴が終わった時間の17時を過ぎて入館しましたが、宿の方は親切に入れてくれました。ここも雨が降っていなければ宿から少し離れた屋外にある露天風呂に入れた感じがしますが、とりあえず建物につながっている方の露天と内風呂に入らせていただきました。温泉らしい温泉でとてもよかったです。18:29、この日の晩は、有名な玉川温泉にも近い民宿えのぐ箱というところに宿泊。私が泊まったのは別館の方でしたが、ちょうど晩飯の準備中。民宿ということなので、そんなに期待していませんでしたが、結構なメニューでございました。こちらはふけの湯で買った温泉たまご。周囲に何にもない山の中なので、夜食にいただきました。ここから5月4日。8:11、民宿出発後、八幡平に近い山中。8:22、玉川温泉に到着。ここも3年ぶり2回目かと。日本一酸性度の強い温泉で、ここにある天然の北投石の岩盤浴と合わせ「ガンも直す」と言われているところ。ただ、残念ながら数カ月前の雪崩で岩盤浴に来ていた方が亡くなられる事故もありましたが、それでもその効用を期待して訪れる人は減ることはありません。このあたりは「地獄」のあるところ。天然の岩盤浴もこのあたり。8:27、ではこれから温泉へ。ぴりっとした酸性のお湯を堪能。9:36、風呂上がりの玉川温泉。ここも激流。次はさらに南下して乳頭温泉郷・蟹場温泉に10:52到着。乳頭温泉郷も2回目。前に鶴の湯と黒湯は行ったので今回は蟹場(がにば)温泉へ。湯屋を外側から。こちらは露天風呂。いい感じでした。その後さらに南下、12:52道の駅・せんぼくに来ました。ここにはジャンボうさぎというのがいました。大きいのだと20kgくらいって言ってましたかね。確かにでかいです。このあとはさらに南下、この日は米沢まで向かいます。。
2012.05.17
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GW東北遠征レポート(8)です。5月3日、今回の最大の目的地、本州最北端大間へ。大間は有名なマグロの水揚げ港でもあります。7:15、下風呂温泉・さが旅館から津軽海峡方向。この日の天気予報では大雨。もう首都圏などでは雨が降っているタイミングでしたが、このあたりはまだのようでした。7:22、やはり海の幸が中心の朝飯。ご飯の上の黒いのは何とかという海藻で、真ん中の塩辛をまず鍋に落とした後、この海藻をしゃぶしゃぶして食べるという方法。いろいろな食べ方があるものです。下風呂のある風間浦村の中心部を通過し、海岸沿いを30分弱走り、8:37大間崎到着。大間は大間町という町ですが、このあたりの下北半島突端西部はなぜか平成の市町村合併がなかったんですね。灯台がある島は大間崎からさらに北にある弁天島という島。大間崎にはいろいろなモニュメントが立っています。1945年7月に米軍に撃沈された豊国丸の慰霊碑。商船を改造した特務船だったとのこと。こちらは石川啄木の石碑。本州最北端。逆光になりましたが、これも「本州最北端」。マグロのモニュメント。数百kgもある巨大マグロとほぼ同じ大きさだそうです。天気がもっと良ければこの先に北海道が見えるのですが。。大間崎の店では看板にあるまぐろの塩辛はじめいろいろ買って帰りました。このあと下北半島を一気に南下します。10:26、下北半島付け根の陸奥湾側にある横浜町の道の駅よこはま。このあたりはほたてが豊富。こちらは大間崎で買ったお土産。右の「とろ炊き」はまだ冷蔵庫に入っております。。こちらは道の駅で買った土産。横浜町は菜の花が有名だそうです。11:17、途中で右舷に見えた陸奥湾。このあたりから雨が激しくなってきました。。12:20、道の駅浅虫温泉に到着。上のフロアに「ゆっさ浅虫」という温泉が入っています。こちらは道の駅の隣にある青い森鉄道・浅虫温泉駅。新幹線が開通してからJRでなく青い森鉄道に分割されてしまい、かつ特急電車も通らなくなったので、このあたりは大変です。道の駅でほたての稚貝汁をいただきました。浅虫温泉周辺の陸奥湾。このチョコレートのような三角な島が気になりました。12:37、青森東ICから青森自動車道~東北自動車道を通って一気に南下。黒石ICで下りて、山奥にあるランプの宿として有名な青荷温泉へ向かうことにしました。13:40、青荷温泉の手前にある道の駅・虹の湖。大雨だけでなく、強風も吹いていたのですが、桜はきれいでした。湖の向こう側の桜もきれいでした。弘前の桜はパスしたので、その代わりにここで堪能。このあとは青荷温泉へ。雨がさらに激しくなってきました。。
2012.05.16
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GW東北遠征レポート(7)です。5月2日、霊場恐山の続きから。14:57霊場恐山の中にある恐山温泉に入ることにしました。寺社の中に温泉があるというのはあまりないパターンでは。ちなみにここには宿坊もあって宿泊もできます。温泉らしい硫黄系の温泉。渋い湯屋です。身を清めさせていただきました。15:17、風呂上がりに霊場恐山でしか食べられないヨモギアイスをいただきました。合掌。恐山を降り、再び山の中、15:56奥薬研温泉の「かっぱの湯」に来ました。ここも由緒あるところですね。横に渓流が流れている静かな秘湯の趣ですが、お湯が熱くて長くはいられませんでした。湯屋を上から。横を流れる大畑川。16:15、物足りなかったので先ほどの「かっぱの湯」より更に奥にある「夫婦かっぱの湯」にも来てみました。ここはちゃんとしたレストハウスがあり、そこから川の方へ下りて行きます。写真だと川と一体化しているように見えますね。ここは適温で長く入れました。反対側からの目線。このあとはこの日の宿泊地、下風呂(しもふろ)温泉へ。地名にも「風呂」がついているのは温泉好きにはとても惹かれます。下風呂温泉のさが旅館というところに投宿。17:33、部屋の窓から見えた津軽海峡。残念ながらガス(地元の人は霧といわずにガスというそうです)が濃くてよく見えません。となりの旅館。昨年のGWは震災前に、この「まるほん旅館」に一泊したあと、大間からフェリーで函館に渡り、登別、苫小牧まで行ってそこからさらにフェリーで茨城の大洗港に戻ってくるという旅程を予約しておりました。こちらがさが旅館。さが旅館の隣にある下風呂温泉の公共浴場、大湯。夜9時までなので、こちらの大湯にまず入ることにしました。少し高台にある元湯から見える下風呂温泉街と津軽海峡。18:25、大湯の風呂上がりに散歩。下風呂温泉には鉄道は通っていないのですが、「鉄道アーチ橋」というのがあります。下風呂温泉の案内図。小ぢんまりとした温泉街です。先ほどの鉄道アーチ橋には駅だけがあります。足湯もあります。歴史を確認します。外はそろそろ暗くなってきました。本州の最果ての雰囲気。この鉄道橋は、そもそも戦前にこの先の大間まで鉄道が通る計画があり、その際建設された橋が今も残されているというわけでした。戦争中の物資不足で建設中止になったのですが、もし青函トンネルが今の津軽半島ルートでなく、下北半島ルートになったら(実際に検討されたそうです)、「幻」にならずにこのあたりに本当に鉄道が通っていたことになるとのこと。19:15、さが旅館の晩飯。海の幸豊富で嬉しくなりました。翌日はマグロで有名な最北端の大間へ。。
2012.05.15
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GW東北遠征レポート(6)です。5月2日の午後、下北半島めぐりです。六ヶ所村・東通村のあとは下北半島の東海岸を北上、突端の尻屋崎へ。13:35、尻屋崎灯台に到着。このころ霧がひどく視界は最悪。。尻屋崎周辺で放牧されている寒立馬(かんだちめ)です。足が太くて体も大きく、迫力のある馬です。黙々と草を食んでいます。。津軽海峡方向ですが、全然見えません。灯台も霞んでいます。岩場側から灯台方向。真下から。津軽海峡はかつて海の難所だったそうで、灯台が不可欠でした。13:45、尻屋崎灯台を出発。ちなみに今このあたりです。このあとはむつ市内中心部を通り過ぎ、恐山へ。今回楽しみにしていた訪問先のひとつ。14:36、霊場恐山の表示。このあと山をさらに登っていった先にあります。14:43、着きました、霊場恐山。「恐山」というのは、中央にある「宇曽利(うそり)湖」を囲む外輪山の総称だそうですね。では中に入ります。ちなみに参拝料500円。これを払えば中にある温泉も無料。門には「○○寺」という名前はないんですね。一応「恐山菩提寺」というのが正式名称のようです。862年に最澄の弟子の慈覚大師が開山したそうです。古い!本堂へ。本堂に向かう途中にある湯屋。反対側にも少し大きめの湯屋。帰りに入浴することにしました。御本堂です。裏手にはこのような「地獄」があります。来るまでわからなかったですが、恐山とは東北の温泉地域に比較的よくある火山の噴火口(地獄)に由来しているんですね。荒涼とした土地が広がっています。「みたま石」。それぞれに由来があるようです。地獄側から境内方向。カルデラ湖である宇曽利湖と、その手前の賽の河原。昔の人は確かにこの風景を見たら霊的なものを感じるかもしれませんね。「宇曽利」と「恐れ」の発音が結構似ていますので、きっと関係あるんでしょう。「無間地獄」、奥が深そうな名前。ここは賽銭が投げられる場所ですが、お金が熱で溶けています。恐るべし、恐山。。
2012.05.14
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GW遠征レポート(5)、5月2日のお昼前から。今年の東北遠征の目的は、昨年のGWに見た被災地の変化を見たかったことや本州最北端到達、秘湯めぐりなどいろいろありましたが、下北半島にある原発関連施設の立地場所訪問も大きな目的になっておりました。下北半島の付け根の「六ヶ所村」はよく報道で名前が出ますが、ここには使用済核燃料の再処理施設があるわけです。11:47、その再処理施設の近くにある六ヶ所原燃PRセンターです。あとで出てきますが、このあたり再処理施設だけでなく、国の石油備蓄基地や、風力発電施設など、エネルギー関連の象徴のような村であることが改めてわかりました。では、中に入ります。原発関連施設の近くにはこのような立派なPR施設があり、どこも無料で開放しています。ちゃんと予約すれば施設の説明なども詳しくしてくれます。ここは日本原燃という国策会社がやっている施設で、使用済燃料からプルトニウムやウランを取り出してMOX燃料という形に変えて再度原発の燃料に使うわけですが、まだ試運転段階で全面的な稼働が行われているわけではありません。周辺には高・低レベル放射性物質貯蔵施設などもあって、まさに核リサイクルの村といった感じ。展望台からの景色。正面がむつ小川原国家石油備蓄基地といって、70年代の石油ショック後に日本初の備蓄基地として建設されたそうです。今回来てみるまで全く知りませんでした。こんな位置関係です。備蓄基地の石油タンクの向こうには風力発電の風車が物凄い数ありました。むつ小川原ウィンドファームというそうです。アップにしてみました。展望台から海側の方に目を移します。再処理工場、低レベル放射性廃棄物埋設センター、ウラン濃縮工場などの向こうが太平洋です。そのあたりの説明。下のフロアは核燃料のリサイクルの説明がわかりやすく展示されています。日本で今まで再処理ができなかったため、これまでは英仏に依頼していたわけですが、一部それが日本に返還されてきているとのこと。使用済燃料を運搬するのは非常に大変なことなわけです。これはもちろん模型ですが、ああいうドラム缶に入れて一定期間地下に埋めて貯蔵しておくわけですが、最終処理というわけではなくあくまでも中間貯蔵施設なわけなんですね。こんなふうにして埋められるわけです。原発全体のサイクルは途方もなくカネと時間と手間がかかるというのが改めてわかります。かといって、今のように感情的に原発廃止とだけ叫んでいる人々には違和感を覚えます。自分の使っている電気も使ったあとこんなふうになっているわけですよね。あと、これまで原発立地地域をいくつも訪れましたが、原発施設誘致をしている自治体は大抵このような村が多く、税収豊富で平成の大合併もせず村のままでいる場合が大半のように思えます。新潟の刈羽村とか茨城の東海村、このあとに出てくる東通村などもその例です。こういった自治体の位置づけをどうしていくのかトータルに考えないと、拙速な感情論のみで目の前から原発という言葉だけを消し去るみたいな風潮はいかがなものかと思ったりするわけです。さて、次は12:48、六ヶ所村の北にある東通(ひがしどおり)村にある東北電力・東通原発のPRセンター「トントゥビレッジ」に来ました。霧で霞んでしまいましたが、展望台からは一号機?が見えました。ちなみにここは東北電力の原発がありますが、東京電力の原発も建設途上だったんですね。今はストップしていますが。福島第一原発も東京電力のサービスエリア外でしたが、首都圏からこんな離れたところから電力を持ってくるというのはどうよ、という感じがしなくもないです。左側の方が東電の建設中の立地。東北電力の方の原発のジオラマ。先日、北海道の泊原発が停止して今日本では一つも原発が稼働していない状況になったのは周知のとおりです。ところで、これから行く大間町にも電源開発による原発建設計画があったんですね。知りませんでした。東通原発はまだ新しいので福島とは同じにならないようにも思います。社会科見学を終え、このあとは下北半島右上の突端、尻屋崎に向かいます。。
2012.05.13
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GW東北遠征(4)5月1日の午後、野田村から。14:42、野田湾の南側で車を停めると、山側には三陸鉄道の鉄橋。このあたりは復旧したばかりの区間のはず。湾の対岸ですね。 看板の下にある「野田っ子とアグレッシブ」という言葉が気になりました。今ひとつ意味がわかりません。。同じ場所からのきれいな太平洋です。 14:59、道の駅のだと一体化している三陸鉄道の陸中野田駅に着くと、ちょうど三陸鉄道 の電車が到着したところ。道の駅のだ+三陸鉄道・陸中野田駅です。陸中野田駅のホーム。 陸中野田駅の時刻表。4月1日に田野畑~陸中野田間運転再開と書いてあります。まだまだ不通区間が全然長い三陸鉄道ですが、早く復旧してほしいものです。ここでは「でんがく」というのを買いました。豆腐を焼いたような感じの初めて食べる味。次は15:40、久慈市の道の駅・くじ。道の駅に展示してあった久慈の地元の祭り、「秋祭り」の山車。青森のねぶたのように結構大規模な山車が練り歩くようですね。16:42、三陸沿岸北上を続け、青森県に入りました。道の駅・はしかみです。このあとは八戸市内を通過し、快調に走っているとその手前でスピード違反の網に引っかかりました。。17:53、五戸まきば温泉到着。中に入ると日帰り温泉施設のような趣でしたが、部屋は意外とちゃんとしてました。このタイミングはこのあたり桜が満開の時期で、露天風呂の中に大きな桜の木があったほか、周囲も桜が満開だったのでとてもオツな花見風呂になりました。19:31、晩飯は部屋出し。五戸は馬肉が有名だそうで、まずは馬刺しなど。これも馬肉。ちょっと煮詰まってしまった桜鍋と、青森の地元料理せんべい汁。ここからは5月2日。8:23、五戸まきば温泉の前は桜のトンネル状態。今回の復路の行程で弘前の桜を見ようかと思いましたが、ここで十分堪能できたので秘湯系に集中することにしました。この日は一路下北半島先端に近い下風呂温泉を目指します。8:49、この日最初の道の駅・とわだ。9:37、次は道の駅・しちのへ。東北新幹線の新駅・七戸十和田駅と隣接。初めて見る「アピオス」に興味津々。「にんにく愛ちゃん」を一個記念に買いました。 「とっくり芋」も気になりました。 こちらが新幹線のJR七戸十和田駅。周りは何もない新幹線の単独駅ですが、道の駅とイオンのSCが一体化して集客しようとする努力が感じられます。七戸十和田駅に入ってみました。道の駅ではしらうおなどを購入。次は10:3、道の駅・おがわら湖。この近くに小川原湖という湖があります。小川原湖はしじみが有名だそうです。「うるい」も気になりました。一昨年山形の肘折温泉の夕飯に出ました。しじみが見えませんが、しじみ汁です。 10:53、こちらが小川原湖。日本で11番目の大きさの湖だそうです。このあとはよくニュースとかで出てくる六ヶ所村へ。
2012.05.12
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GW東北遠征(3)、5月1日のAMから。気仙沼を出発後、国道45号線を海岸沿いに北上します。9:48、陸前高田に来ました。津波に堪えて唯一残った一本松が道路の向こうに見えました。後ろを振り返ると完全な更地の状態。。さらに北上、昨年も来た大船渡市のNTT大船渡支店前に10:17到着。NTTの前にある建物は昨年も写真を撮りました。次の写真がそれ。一年前の5月の写真。がれきが片付いている以外は上の写真とあまり差がないんですね。。10:20、先ほどの場所からほど近いところにあるJR大船渡駅の跡。線路はかろうじて残っているのですが。。駅周辺には仮設店舗があり、客待ちのタクシーもいましたが、いかんせん電車が来ないのは。。こういう状況をみると、何とかできないものかと思ってしまいます。。さて、再び45号線を北上、10:43道の駅・さんりくです。ここは高台なので無事。一年前と変わっていません。道の駅で売っていた「こごみ」。一昨年以来、このこごみが気になりっぱなしです。ここでは簡易ふかひれスープを一杯。さらに北上、釜石を通過し、12:05道の駅・やまだです。釜石を通り過ぎた代わりにホタテ味の釜石ラスクを昼食代わりに。12:29、山田湾からの景色。今回の行程で天気が良かったのは確かこのあたりだけ。。12:59、宮古市の道の駅・みやこです。ここも津波の被害を受けて閉鎖中。仮設店舗で営業中でした。宮古は約30年前の学生のときに旅行で一度、約20年前の仙台勤務のときの出張で一度来ているので、印象深いところです。道の駅の裏手の宮古湾。こんな穏やかな海からあんな津波が襲ってきたとは俄かに信じられないですよね。ここの道の駅では記念に三陸鉄道応援いかせんべいを購入。まだ不通区間が長いですが、GW少し前に一部復旧・開通した区間があります。さらに北上、13:24ニュースでもよく出てきた田老の防潮堤。結局津波はこの上を襲ってきたとは。。この周辺も更地がほとんどでした。13:34、道の駅・たろうです。道の駅は田老中心部からだいぶ北の高台にあるので大丈夫だったようです。13:53、さらに北上、熊之鼻という絶景スポット。こちらは南の方角。こちらは北の方角。14:07、田野畑村というところにある道の駅・たのはた。さらに北上していくと、14:42うちの会社とも若干仕事上の関係のある野田村に入りました。続きはまた。。
2012.05.10
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GW東北遠征(2)、4月30日の昼から。塩釜から北上、鳴子温泉に向かうことにしました。12:17あ・ら・伊達な道の駅です。ここは3年連続で訪れたことになります。そして13:10、鳴子温泉・滝の湯に到着。これまで鳴子温泉周辺の温泉には行きましたが、本丸の鳴子には来ていませんでした。鳴子温泉の象徴的存在、共同浴場の「滝の湯」に来ました。滝のように上の方から注がれるお湯が印象的でした。13:39、風呂上がりに鳴子温泉マップを一枚。駐車場近くにあったこれが元湯と思われます。次は、鳴子から一気に真東方向へ。15:36、登米市東和町の道の駅・林林館です。登米市は「とめ」と読みますが、市町村合併でそこに吸収された登米町は「とよま」と読むのが不思議。この日の宿泊先、南三陸町の歌津に早く着きそうだったので、一旦北上して16:26、道の駅・大谷海岸へ。ここの道の駅の施設は津波で被害を受けたので、仮店舗で営業中でした。この道の駅はJR気仙沼線の大谷海岸駅と一体化しているのですが、残念ながら気仙沼線の線路は津波でずたずたに寸断されて不通が続きます。もともとは駅から最も近い海水浴場ということを売りにしていたそうですが寂しい限りです。線路が途中で切れています。道の駅とホームはこんなふうにつながっていたのですが、道の駅の建物も閉鎖中。早く元の姿に戻ってほしいものです。さて、17:19この日の宿泊先、歌津半島の先端部にある「ニュー泊崎荘」に到着。ここは海岸からすぐですが高台なので津波の被害はなかったそうです。ただ、ここに着くための途中の道路は結構被害があったようです。濃霧が発生していて全然よく見えませんが、木々の間がすぐに日本海。1日目はこのあと晩飯を食べて早めに就寝。。5月1日の朝です。6:33、早起きしたので朝飯前に海の近くに行ってみることにしました。6:50、こんな感じでガスがかかっています。6:55、小道を降りて海岸まで来ました。荒々しい日本海といった感じ。このあとホテルを出発、2日目は海岸沿いの国道45号線を一気に北上し、青森の三戸まで行きます。8:06、歌津半島あたりの風景。ちょうど霧が晴れて来て幻想的な景色だったのですが、うまく撮れませんでした。。8:51、気仙沼市内に入りました。復興の象徴、気仙沼さかなの駅です。魚屋だけでなく、いろいろな店の仮店舗が集まっています。気仙沼といえばやはりふかひれ。この石渡商店を某ファンド経由で応援しております。9:06、元々の石渡商店の工場は甚大な被害を受けていますが、復興計画推進中と聞いております。9:26、やや高台から気仙沼市内を臨みつつ、気仙沼を出発。また来年にでも変化を確認しに来たいと思います。。
2012.05.09
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さて、久しぶりにまとまった書き込みをいたします。今年のGWは昨年に引き続き東北方面に遠征することとしました。5泊6日、下北半島往復のやや長い旅になりましたが、被災地が一年経過してどのように変化しているかなどを肉眼で見てみたかったことも目的にありました。4月30日の朝4:34、自宅近くの駐車場出発。一路東北道を北上します。この日の宿泊先は南三陸町の歌津というところ。5:00、蓮田SA。5:31、佐野SAのうさぎ。6:18、上河内SA。一年経ってSAもきれいになっているところがあります。6:55、那須高原SA。福島県に入りました。7:53、安達太良SA。東北に入ったのでここから買物開始。安達太良SAの土産。左のラスクは去年も買った気がします。ステッカーは車にすぐ貼りました。8:47、国見SA。試食でやっていたせんべい汁。宮城県に入り9:22、菅生PAの桜。こちらは菅生PA。このあと仙台南道路から名取で高速を降り、被害が甚大であった閖上(ゆりあげ)地区へ。9:51、目の前の船に唖然。このあたりは瓦礫は片付いていますが、一面更地になっている状況は一年前とそれほど変わっていないのかもしれません。河口近くの橋から周囲を見渡します。合掌。何もないところにぽつんとお社があります。再び合掌。この悲惨な状況は忘れてはいけませんね。名取から一年前は通れなかった仙台の海沿いを通過、塩釜港にあるマリンゲート塩釜に10:56到着。ここから松島方面への遊覧船が出ているほか、海産物を売っていたりしてますが、このあたりも被害が甚大であったところ。左下・右下の写真はひとつ前の写真と同じ場所です。11:05、マリンゲートの横には塩釜港復興市場が頑張っています。このあとは内陸方面へ。。
2012.05.08
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