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ss一覧 短編01 短編02 短編03 《D》については短編の02と03を参照。番外としてはこちらから。――――― 6月2日。午後16時――。 耳に押し当てた電話の向こうで呼び出し音が始まると、岩渕の心臓は体全体を絞った かのように縮こまった。……アナハイムは深夜0時、くらいか? いたたまれなくなり電話を切ろうとした時、相手か出た。 『はい……もしもし? どうしたの? ……岩渕さん」 岩渕は言葉に詰まった。何を何から話せばいいかがわからなかった。相談したいこと があるのに、心配をかけたくないという気持ちも働いて、自分が何を伝えたいのかが わからなくなりそうだった。 『もしもし……何かあったの? 今、大丈夫?』 正義と愛に満ちた伏見宮京子の声を頭の片隅で聞きながら、岩渕は噛み締めるかの ように声を出した。 「……川澄の野郎が……声には出さねえが……助けを求めてやがる……嘘かも、ホント かも……何もかもわからないが……」 それはさっきからずっと考えてきた、考えて、考えて、いくら考えてもわからない。しかし、絞り出すように声を出した瞬間、頭の中に広がっていた霧が少しだけ晴れた気がした。 『……川澄、さんが? そう……』 どこかホッとしたかのように京子が言う。『……放っておけばいいんじゃない? こんなことは言いたくないのですが……彼は、信用できません……』 「――違うっ! ……信用とか、信頼とか、そんなんじゃあないっ!」 自分の声の大きさに岩渕は驚いた。頭の中の血管を血液が無尽に駆け巡り、白い、モヤモヤとした霧が完全に消えた。自分が何をしたいのか? 答えがわかりかけた。 「……あの野郎は……アイツは……京子、キミと同じなのかもしれない……」 『……? 何があったのか、教えてもらっても……いい、かな?』 京子の声が優しげに響いた。たぶん、いろんなことを憂いているのだろうな、岩渕は思った。眠ろうとしていた京子の、美しい姿と顔を思い浮かべた。 何を思うのか、何をしたいのか、何が自分らしいのか、答えはもう、決まりかけていた。 事情を説明し終えた後で、京子が真剣な口調で聞いた。『……《カーバンクルの箱》を手に入れて、川澄さんに渡せたとして……その後、あなたはどうなるの? 川澄さん が岩渕さんを裏切らない保障は……あるの?』 そんな保障はどこにもない。そんな保障など必要ない。そんな理由じゃあ、ない。 「……わからない。けど……あの兄妹を出し抜いて《箱》を手に入れるには……この方法しか思い浮かばない……もしかすると、キミとの関係も終わりになるのかもしれ ない……ごめん……」 途端に、京子の口調から優しさが消えた。『ちょっと待ってっ! どうしてそこまで する必要があるの? 《D》とは本来関係のない話じゃないの? 放っておけばいいん じゃないの? ……どうして?』 「……別に死にに行くわけじゃない。これは……単に俺のワガママなんだ……」 『ワガママ? ……どうして? ……どうしてなの?』 京子は、どうして、を繰り返した。 「どうしても、だよ。アイツが何を考えているのか、《箱》の中身が何であろうが、そんなことは関係ない。アイツは――……キミと同じことを、俺にした……」 沈黙があった。京子は泣いているらしかった。沈黙の中に時折、鼻水をすするよう な音が混じった。罪悪感が込み上げる……情けない……。 「京子が戻って来たら、俺はどうなっているかわからないけど……就活のレクチャー くらいはしてやるよ。……こっちの業界で働きたいんだろ?」 岩渕は冗談めかして言ってみた。しかし京子は黙ったままだった。 「大丈夫。まだ何も決まったワケじゃない。もしかしたら俺のこの計画も、全部、単に空想で終わるだけかもしれないしな……」 岩渕はつとめて明るい声で言った。 受話器からようやく京子の声が聞こえた。 『……やめなさい。あの男は信用してはいけない。……お願い』 毅然とした京子の言葉に岩渕の心は揺らいだ。そして同時に、京子の、美しき姫君の願いを無下にする男など――この世の中にいるのだろうか? とも思った。 『……あの男があなたに何をしたのかは知らないけれど……行かないで……私たちの ためにも……やめて……』 電話の向こうで京子は繰り返した。 「アイツとキミだけなんだ。……川澄は、俺の……俺の心に触れた。ひとりぼっちの俺に、カネのことしか考えてないような俺に、『一緒に来てくれ』と言ってくれた。……打算もあるのかもしれない。……使い捨てにするつもりだったのかもしれない。……将来、俺や《D》を裏切るのかもしれない。――だけど……放ってはおけない、アイツを。できることなら、アイツの妹も……」 そう言うと、岩渕は受話器を置いた。それ以上、京子の声を聞いていられなかった。 行きたくはなかった。誰でもいい、誰か俺を殴ってでも止めてくれ、とさえ思ってい た。それでも、岩渕は行くと決めていた。 変わっちまった。京子に出会ってから、生活も、性格も、何もかも変わっちまった。ひたすらにカネを稼ぎ、いつか澤社長を地獄に叩き込む野心も……見つけ出し、いつか復讐すると誓った両親への怒りも……変わっちまった。それなら……それでいい。それ なら、俺は俺自身の選択に付き合ってもらうだけだ……。 岩渕は窓の外を眺めた。太陽は傾き、ゆっくりと沈み始めていた。――――― 一度だけ岩渕に電話を掛けなおした。その呼び出し音を聞きながら、伏見宮京子は どうやって岩渕を説得しようかと考えていた。……呼び出し音は鳴り続けた。岩渕が出る気配はなかった。……こんなことは初めてだ。 閉め切ったカーテンの隙間からアナハイムの街の光が漏れ入り、広い寝室をぼんや りと照らしていた。明かりはつけていなかった。ついさっき、使っていたパソコンを閉じた時点でスイッチを切っていた。就寝する直前だった。 「……泣きマネじゃ、ダメか……」 京子は声に出して呟いた。「……私が……どこにでもいる、普通の、ごく普通の女で あったのならば……この体ごと岩渕に捧げてでも……構わないのに……それで彼が思い留まってくれるのならば……構わない……構わないのに……」 ベッドに潜り込み、京子は神に祈った。 天照大御神様……また《D》に関わる者たちに危険が迫っております……どうか……御身の御力により、守り給え……」 岩渕と《D》のためだけに祈ることに、躊躇いはない。それが不敬だと感じていた としても、躊躇いはない。 それから京子は、明後日には日本に戻ろうと決めてから――目を閉じて泣いた。――――― 6月2日。午後19時――。 巨大な南京錠の鍵穴に無骨な鍵を差し込み、左回転に向けて力を込める。U字型の鋼鉄の棒が勢いよく飛び出すガキンッという音が、僕の耳に届く。 24時間営業の、新栄にある貸倉庫ビルの5階に、人の気配はない。……月極4万の4畳スペースだ。さすがに利用者は少ないからね……。 扉を開ける。監視カメラの角度に注意し、そっと入る。一息吸い、電灯のスイッチを入れる。……微かにカビ臭い。 「こんにちは……迎えに来ましたよ」 ……何に挨拶? ――いやいや、挨拶ぐらいしますよ。何せ……彼らの所有権は本来 僕ではなく、父なのだから。「どれぐらいの金額かまでは、知らないんですけど……」 ――現金。 100万円の束が縦横に積み重なった大量のカネ――そう。カネは何も語らない。 無表情で、無言で、次に手にする者の命令に従う、世界の根底を支えるモノ――そう。それでいい。それでこそ、ここに来た意味がある。 父が生前、盗品を現金化した際の隠し倉庫で――僕は持参したLOUIS VUITTONの バックパック・エクリプスをふたつを開き――現金の束を無造作に詰め込む。50万 円以上するバックパックは瞬く間に膨らむ。……かなりの重量だが、しかたない。 腕時計で時間を確かめる。スーツのポケットに入れてある《カーバンクルの鍵》を握り締める。それから――4畳の倉庫の真ん中で横になり、大の字に脚を広げる。 ……これで集まったのは1億3000万、てところか。そう。それは川澄奈央人に とって、たった半日で搔き集められる金額の限界だった。勝負になるのか不確定な、おそらくは足りないであろうカネの詰まったバックパックを両脇に――川澄は打ちっ ぱなしの鉄筋コンクリートの天井を仰ぎ見た。 新栄の街を歩く、家族連れらしき親子の笑い声が微かに聞こえる。 目を閉じる。おそらくはジェスチャーであるだけなのかもしれないが、母を思う妹――瑠美の心情を想い――思う。 思うのは、『母』を失った息子――……。 ……そしてまた、僕の脳裏を遠い記憶の断片が横切った。決して忘れ得ぬ何か……遠い遠い昔に消えてしまったはずの何か、失ってしまったはずの何かを……大切だと思っていたのに、捨ててしまった何かを……僕は、思い出した。 ――……ねえ、聞いて。 いつ? どこで? そんなことは覚えていない。ただ、誰かに話しかけられたこと だけは覚えている。おぼろげな姿ではあるが……母であることは間違いなかった。 ――……あなたは、とても賢いわ。 返事はできない。言葉が喋れないようだ。 ――……あなたは、とても強いわ。 体もうまく動かせない。手が短く、脚も短いようだった。 ――……あなたは、誰よりも賢く、誰よりも強い……。 ――そんなことはわかっているっ! 僕が知りたいのは……母さん、アンタの……。 ――……ん? コレに興味があるの? 《カーバンクルの箱》とは何だっ? 《箱》の中には何が詰まっているっ? ――……そうねえ、まだ中身は決めていないのだけど……今、決めたわ。 どうして《鍵》はふたつある? どういうつもりだっ? ――……気になる? じゃあ、片方だけ教えるけど……いつか思い出しても、パパ には絶対内緒だからね? そうだ。 思い出した。僕は昔、赤ん坊の時――《箱》の中身を、母に聞いていた。確かに、 聞いた。それを今――思い出す。ようやく、思い出す。 ――……あなたが将来お金に困らないように、脱税・詐欺・密売・密輸の錬金術を メモにして置いておくね。もう片方は、今度、ね? ……愛している。 記憶の断片で、母が、僕の頬にキスをした瞬間――……僕は目を見開いた。 そうか……そういう経緯で、高瀬母娘は《R》を築いたのか。 「ということは……残っているってコトか……僕にもまだ、勝機が……」 川澄が嬉しそうに微笑んだ、その時――内ポケットに入れたままのスマホが軽やかな メロディを奏でた。 直感的に川澄は笑みを強くした。 直感。そう。脳と感覚が直結し、意識が一致した。スマホの液晶に表示されていた のは、川澄が最も必要とする男からのものだったからだ。 躊躇なくスマホを手に取り、通話パネルを操作する。また笑みが強くなる。 『……今どこだ? 迎えに行ってやるよ……俺も大須に行くことにした。最後まで見届けてやるよ……』 岩渕の声と内容を聞いた、その瞬間――確信する。 ――僕の勝ちだ。 そう。《カーバンクル》に愛されていたのは、僕だけだっ!――――― 『カーバンクルの箱と鍵と、D!』 gに続きます。本日のオススメ!!! カンザキイオリ……氏。 カンザキイオリ氏。 元々はニコ生で楽曲配信するP。CD登録、所属はなし。年齢もわからんし、ツイは謎だらけ。ミク・レン・リンちゃん以外は使わないみたいだし……。 だけど……何だろう、それでいいのかもしれないな……。 この方の歌詞には力があり、魂を震わせる力があると、seesは断言いたします。 この方の動画で涙したのは1回ではありません。むしろ聞くたびに涙腺が緩くなった感さえ、ある。動画の構成もシンプルかつ、『歌詞』を強調した作り、非常にわかりや すい内容……(下手なアニメよりもずっとイイ)。 新曲でも泣いた。同時に過去作も聞くからまた泣いた。 ホント……すげー方だと思いますよ。しいて頼むのは……もっと欲を出されても、 良いのでは? くらいかな……。 カンザキ氏はCD未発表なので……最近seesが買ったモノを少し紹介……。 イアさん。ブトゥームの最終巻(マルチエンドッ!)。泣ける野球マンガ。 雑記 お疲れ様です。seesです。 夏も終わりかけ、仕事も一段落しそうでしてないseesです。 今年の夏はいろいろあったなぁ……。慢性的な体調不良にケガ、ものもらい、寒暖 差による連続夏バテ。……母校の甲子園出場、ああ、応援に大阪、行きたかったなぁ、クッソ熱いだろうけど……それが悔やまれるな。 9月からも仕事キツイ……社員旅行、行けるのかなぁ? 私……。自慢じゃないが、 社内での成績は良いほうなのだが……逆に縛られることも多い。困ったものだ。 ああ……映画見たい、旅行行きたい、ずっとPCの前にいたい、ゲームしたい……どっか遠くに行って、流行りの?ソロキャンプや車中泊したい……。 前話で近鉄百貨店のくだりを書きましたが、実はアソコ、夜はビアガーデンなんす。 行きてえなぁ……思い切りソーセージ食いたい……。はぁぁ……。 さて、今話はストーリー上、進展ず少ないようにも思えますが、役者が揃うのは次回ですので……期待は、してもしなくても――みたいな感じ。《箱》を手にする者は誰か、その中身とは? 順次、公開する予定ス。そして、川澄氏と瑠美嬢は……。 ちょっと色気が足りない気もするけど、まぁいいかw seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでの フォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、 辛辣なコメントも大大大歓迎で~す。リクエスト相談、ss無償提供、小説制作の雑談、いつ でも何でも気軽に話しかけてくださいっス~。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて💓 好評?のオマケショート 『フィアットとストーカー』 とある営業帰り――……。 sees 「あ゛ーフィアット欲しいな……」 課長 「また同じこと言ってるどー」 sees 「いや、ね……やっぱり…500もイイけど……新型の500X?、最高ですね、アレ」 課長 「さっさと買えどー。頭金100で5年ローン? お前ならイケるど?」 sees 「……簡単に言うスけどね~……今の車も好きだし……(めっちゃ内装イジったし、 スピーカーも一番高いの装備したし……イキナリ外車は、正直怖い)」 課長 「おっ、噂をすればだどー」 そう。我々が車で走っている場所は現在――フィアット守山店前……。 すると――……。 課長 「おっおっおっ……今――販売店から出た車、お前の欲しい車種だど?」 sees 「――っ! マジか、フィアット500X……しかもイエロー……」 課長 「sees、見るだどっ!! 運転してるの、でら美人だどー」 sees 「なにぃっ!!」 2車線でバネットと並走するフィアットの運転席をチラりと見ると……。 sees 「……うわっ、北川景子(通称セーラーマーズ)みたいや……やべえな」 課長 「……sees、久しぶりに、ヤルかど?」 sees 「………」 欲しい車、セーラーマーズ、これはもう……ヤルしかねえっ、いや…… やらいでかっ!」 sees 「……粘着走行、イキまーすwww」 【粘着走行とは、決して煽り運転ではない。あくまで自然を装い、並走し、 横に並び、背後にゆっくりとテイルトゥノーズする、seesの特殊運転スキル であるっ!】 sees 「……フィアット……マーズぅ……ふふふ、ふふふのふ……都合の許す限り、 じっくり観察させてもらうでぇ……へへへww」 だが――……変態たちの幸せな時間は、ものの5分と持たなかった……。 マーズ?『……火星に代わって折檻よっ』 そんな北川景子風セーラー戦士の声がseesの脳裏に流れた次の瞬間、キモい 上司の叫び声が耳元で轟いた。 課長 「――っ! seesっ、危ないど――っ! 信号《赤》だどぉ――っ!」 sees 「うわわわわっ!」 急ブレーキ……停止線大幅超え……フィアットは左折専用レーンの先に消え、 取り残されたバネットは、往来する車両たちの視線を一身に浴び、社名を晒し、 恥を……赤っ恥を……数分晒し続けた…… sees 「……わしゃ妖魔かっ! (反省はしている)」 何度目だ? こういう話……もう、ヤメよう…… 了こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2018.08.24
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ss一覧 短編01 短編02 短編03 《D》については短編の02と03を参照。番外としてはこちらから。 ――――― 6月2日。午後14時――。 北海道函館本線森駅名物――イカめし弁当を噛む音を聞く。聞き続ける。その音に、川澄奈央人のイラ立ちは募った。10回、11回、12回……川澄はイカめしを噛み続けた。味はしなかった。13回、14回、15回……。クソっ……この僕が……。 曇り空の隙間から太陽光が漏れ射し、名鉄百貨店の屋上庭園のベンチに座る男2人をチラチラと照らしていた。ついさっき、偶然、名鉄百貨店で開催されていた駅弁フェアで岩渕がイカめし弁当を買ってきてくれた。「……いただきます」とだけ言い――ふたりして遅い昼食を食べた。簡単な情報交換は済ませていた。「……高瀬母娘は、なぜ、今さらお前を探して呼び出すようなマネを?」 弁当を食べ終えた岩渕が缶コーヒーの蓋を開けながら言うのが聞こえた。 16回、17回、18回……。そこまで咀嚼して、ようやくイカの味が口内に広がる。 カネの力でも解決できないことは多々、ある。そんなことはわかっている。過去との決別、もそのひとつだ。人は思い出を忘れても、記憶は脳に残っている。それが悪しきものであるならば、消し去りたいと思うのが人間だ。特に……ああいう新興企業のトップであれば、過去のスキャンダルは一掃したいと考えるのも……理解できる。おそらく、高瀬母娘は僕を挑発し、僕のミスを誘うのが目的だ。万が一、億を超えるカネを用意したとしても、その後……僕を警察に売るつもりなのだろう。『あのカネは犯罪によって集められたもの』とでも言って……落札できなかったとしても、その後、高瀬は僕のことを徹底的に追い詰めるつもりなのだろう(何せ、今日まで顔も名前もわからない状態だったのだから)。有り余るカネを使い……全国のホテルに網をしかけ……ネットで情報を集め……僕を、必ず、破滅させるのだろう……な。 最善策として最もベターなのは……軍門に下ること。奴隷になること。謝り、土下座し、慰謝料を払い、人生を捧げて尽くすこと――もしくは、逃げること。敗走と言ってもいい。高瀬とも、岩渕とも、《箱》とも縁を切り、海外にでも逃げることだ……。 何もかも諦めて? ……すべてを忘れたフリをして? ……逃げる、ただ、逃げるだけ? ……そんな人生は……僕じゃない。僕であってたまるものか。 噛み続けたイカめしを、ようやく飲み込む。「……私怨、スよ。私怨。恨み、つらみ、積年の怨念……みたいなものっス」と、笑いながら言った。 岩渕は缶コーヒーの中身を一口すすり――目元に幼さを残し、困ったかのように笑う川澄の顔を見た。 川澄は岩渕の目を見つめ返した。そして、ずっと思っていたことをついに言った。「岩渕さんはここまでです。オークションへは僕ひとりで行きます」『あっそ、じゃあな』と岩渕が言うわけがないことはわかっていた。そう。そんな自己犠牲的なことは言いたくなかった。しかし、言わないわけにはいかなかった。それも、川澄にとっては……。「今日のことはありがとうございました。この謝礼はまた後日……」 無表情であった岩渕の口元が一瞬、悔しそうに歪んだ。ゴクリと何かを飲み込む音が聞こえた。それからゆっくりとひとつ、息を吐いた。「……バカ言うな。乗りかかった船だぞ? 最後まで見届けさせろ」 岩渕の声は震えても上ずってもいなかった。一緒に仕事をしていた時のような、いつもと変わらぬ口調だった。「3億、5億なんて金額はハッタリだ。何かしらのトリックがあるハズだ。それに……《鍵》はお前が持っているんだろう? ……カネが用意できなくとも、中身を見せてもらうくらい可能なんじゃないか?」「あの連中の目的は僕の破滅です。僕が喜びそうな取引に応じるとは思えません。……いいですか? 《R》も、おそらくは大小様々な犯罪により成長を続けた企業です。特にあの高瀬瑠美……彼女は危険です。目的のためには手段を選ばないでしょう。《D》や姫様、アンタの弱点や負い目も、ヤツらは完全に把握しているハズです」 川澄は"必死"だった。岩渕の存在こそ、今の川澄にとってもっとも重要である可能性が高いのだから……。「それは、そうだが……。お前らしくないな……泣きでも入ったのか?」 "優しげな目"で岩渕を見つめ、まるで自分自身に言い聞かせるかのように川澄は言う。「……これは僕自身の問題です。たとえ最後、僕がどうなろうと、どんな結末を迎えようと岩渕さんにこれ以上の迷惑はかけられません。因果応報、それが僕の運命なら……僕はそれを歓迎します。父や、おそらくは母もそうしてきたように……僕は自分の過去や罪から逃げたりはしません……そうやって生きてきたつもりです……だから、もう、あなたの助けは借りません」「……カネのアテは、あるのか?」 岩渕は声を震わせながら言った。その様子に嘘は見えない。心から川澄を心配し、心配してくれているのに――自分の心の中には少しだけ……ほんの少しだけ――"罪悪感"が残った。申し訳ないな、とは思う。「それは言えません。ただ、可能性はゼロじゃない。僕は……とにかく僕を信じるだけのことですから……信じるだけ……信じるだけ……っスよ……」 川澄は強い口調で繰り返し、それから少し微笑んだ。「……まぁ、そんなに気にすることないですよ。別に命まで取られるワケじゃないですから。また明日、名駅前店に顔、見せますよ。結果は報告します……先輩……」 岩渕を口をつぐんだ。それ以上、言葉が思いつかないようだった。……たとえ岩渕が何を言ったとしても……この――僕の決断が変わることはない。「……じゃあ、今日はここまでですね。イカめし弁当、ご馳走様でした。じゃあ、"また"」 僕はひとり歩き出す。これから夜の9時までに、なんとかしてカネを工面する"努力"をしなければならない。当然、この会話と行動には理由がある。 だが……しかし……本当に、本当に――……自分で省みればみるほど――…… ……すごく、すごく、ものすごーく…… ――不愉快、だね。 川澄奈央人らしくない、こんな"最低な会話"を僕にさせ、こんな行動を僕にさせたこと……まったく、賞賛に値するよ。ハラ違い、とは言え僕の妹だけあるね。……拍手すら贈りたい気分だ。 だけどね……。――――― 岩渕は屋上庭園のベンチに座ったまま、ヒラヒラと手を振って立ち去る川澄の後ろ姿を見つめていた。寂しそうな雰囲気はなかった。ふたり同時に仕事を終え、簡単な別れの挨拶を互いに交わすかのような、そんなごくごく普通の別れだった。 解放はされたはずだった。川澄との仕事は終わったはずだった。だが、今も、何も、この仕事は解決してはいない。川澄と、ヤツの欲する《カーバンクルの箱》がどうなってしまうのかは……わからないままだ。それは本意ではなかったが、必要ないとヤツに言われれば同意するしかなかった。 岩渕は曇り空に隠れる太陽の明かりをじっと見つめた。少し疲れてはいたが、それは嫌な疲労ではなく……どこか、懐かしいものだった。 そう。 あの日――…… あの時――……川澄の運転する車の後部座席で、こんな空を、見た。『岩渕さん、僕と一緒に来ます? 僕と一緒に、新しい人生を始めませんか?』 かつて、岩渕は川澄にこんな言葉で誘われたことを思い出した。『生に未練はないのでしょう? なら、決まりですよね?』 打算もあるのかもしれない。すべてがヤツの計画なのかもしれない……けど、けれど。『……岩渕さん、あなたは、僕のために、泣いてくれますか?』 泣いていた。そうだ。あの時、川澄は……泣いていた。なぜかはわからない……なぜかはわからないけれど――あの時、確かに、川澄は涙を流していた。 それは岩渕が、生まれてはじめて見た男の涙だった。――――― オーク材の重厚なドアを開ける。 その微かな音に、高瀬順子が顔を上げた。母はCassinaのカウチソファの上で横になり、赤ワインの注がれたグラスを右手に持っていた。リビングテーブルの上のワインの瓶はほぼ空であり、ギャッベの絨毯の上には食べカスのカシューナッツが散乱している。「……クソッ……クソッ……クソがっ……」 ソファの上で体を起こした母は、歯を食いしばり、怒りと憎しみの入り交じった凄まじい形相で、娘である瑠美を睨みつけた。「……どいつも、こいつも、許せねえ……アタシを……コケにしやがって……」 敵意を剥き出しにした母の態度に関して、別に驚きはない。元々が尊大な性格である母は、その人生の大半を『媚びる、詫びる、へつらう』に使い続けたのだ。その影響なのか、私の成長と反比例して、母の精神は年々歪みを増していた……。別にどうでもいいが。「……あの外道を海に沈めてっ……あの腐れ女の顔を引き裂いてやりたいっ」 ……母の《R》での役職は確かに社長だが、実質――取引にも経営にも参加しないデク人形だ。テレビ番組やメディアに出演させるのはあくまで瑠美による演出であり、戦略のひとつだった。私はいわゆる……宰相、てやつだね。「畜生……殺してやるっ……殺してやるぞっ……畜生……」 私は母の持つ――ワイングラスを取り上げ、ついでにテーブルの上に置かれたワインの瓶を持ち上げて、キッチンへ運ぼうとする。瞬間、母がソファから腕を素早く伸ばして瑠美のスーツの裾を掴もうとする。瑠美は慌ててその場から離れる。「……お酒はほどほどにして。それよりも、今夜のことでも考えて頂戴」 そう言い残し、ワイングラスの残りと瓶の中身をキッチンに運んで流しに捨てる。そう。今夜は大事な取引も控えているのだ。川澄奈央人――兄と遊ぶのは、その余興に過ぎないのだから……。 兄が苦しみ、悶え、必死に哀願する姿でも見せれば、母の精神も少しは和らぐのかもしれない。もう何の価値も無い母親だが――もう少しだけ人形の役をしてもらわないと、今夜の取引に差し障る。「ほら、ソファで横にならないで、ベッドで寝よう? 夜になったら起こすから、ね?」 私はそう言って膝を屈し、母の肩を掴みかける。もちろん、母の健康状態など気にしてはいない。「……ねえ、瑠美」 母が言う。「瑠美……あのね」 母の口調が優しげに変わり、私は顔をのぞき込む。「……アタシは、ゴミじゃないよね?」 さらに母は媚びるかのように言う。「……アタシは『使えない女』じゃ、ないよね?」 だが―― 私は無視して母の肩を持ち上げる。寝室へ向かう。「……どうして? ……どうして? ……アタシの何が悪いの?」『……何もかも。無能で無知で無意識で、嫉妬深くて、嘘つきで、こざかしく、汚らわしく、おぞましい。美意識のカケラもない、最低の女。だから、捨てられる。だから、私も、いつかあなたを捨てる。これは摂理だ。これは真理だ。父がそうしたように……兄さんも、そう思うでしょう?』 別に口に出しても問題ないケド、一応、心の中でだけ呟いた。 ふと、思う。 私は『愛』というものの意味がわからない。 そんなものは父も母も教えてはくれなかった。 兄は『愛』というものが何なのか、知っているのだろうか? それとも……誰か……例えば――……岩渕さん? ……あなたなら、私に、『愛』を教えてくれる? ――――― 乗り込んだタクシーの後部座席で、川澄は流れる人々の群れ、形を変えるビルの影を見つめ続けていた。もちろん、カネを集めるための奔走は続けていた。しかし、いまだ億を超える金額は集まってはいない。――そもそも、"集まるとは思っていない"。 岩渕と別れた時のことをもう1度、思う。 川澄奈央人らしくない、こんな"最低な会話"を僕にさせ、こんな行動を僕にさせたこと……まったく、賞賛に値するよ。ハラ違い、とは言え僕の妹だけあるね。拍手すら贈りたい気分だ。 だけどね……最後に勝利するのは僕だ。 なぜかって? 僕は知っているからさ。 なにを? 最後に勝利するのは『善』でも『悪』でも『カネ』でもない……。 僕の考えが正しければ……必ず……。 僕は目を閉じる。頭の中で、もう1度考えを反芻する――。 すると――…… ……――邪悪で、いびつな笑みが自然とこぼれる……。――――― 『カーバンクルの箱と鍵と、D!』 fに続きます。 本日のオススメ!!! Reol……さん。 Reolさん……。 去年?解散したReolのれをるさん。心機一転?でシンガーソングライターのReolに……。いや……ね? seesはあまりこの方存じ上げないのでアレなんですが……知人にこの人のことすっげー好きなヒトがいて……まぁ、ニコ動で知名度上げたアーティストの中じゃかなりの勝ち組でしょーからね……熱狂的ファンが多くいても納得……。 sees的には……う~ん……ハスキーな歌唱(酒やけ?)、世界観丸出しの歌詞、美意識高い系衣装……嫌いじゃあないけれど……アクが強いなw それまではサイコーだったのに、商業目的が先行したヤツって……本当、劣化も早いよね。例えば、まぁ……最近アニメやドラマのタイアップ楽曲作りまくってるあの野郎、とか?w れをる氏はそうではないと思いたいが……。 雑記 お疲れ様です。seesです。 熱いす。ツイでも日常でも何度もつぶやいてしまうほど、ゲキ熱い年です。今年。 外回りの仕事もするseesですが、いつまでも車の中に引きこもっていることなどできず、完全に野外での仕事やミーティングもあり、脳がクラクラ、熱中症寸前の毎日です。 体は丈夫なほうですが、内臓が寒暖差に弱く、常に風邪ひいたような感覚にも陥ります。最悪……。モチベーション下がりまくりで更新頻度激オチ君でもうしわけない……。 さて……今回は、というよりお話全体の構図がようやく判明できた回でした。あと3話程度の完結……ラストは衝撃の……、てのは無い。それぐらい、この短編は丁寧に考えたつもりです。90分の地上波ドラマでも放送可能な内容というのが、今回の基本姿勢でしたからw それにしても淡々とした文章……抑揚なくて、なんかゴメン。 それにしても……映画でも何でもそうですが、seesは『悪対悪』の構図の話って本当、好きだな~🎵 アメコミ的な勧善懲悪も好きだけど。 seesに関しての情報はもっぱらTwitterを利用させてもらってますので、そちらでの フォローもよろしくです。リプくれると嬉しいっすね。もちろんブログ内容での誹謗中傷、 辛辣なコメントも大大大歓迎で~す。リクエスト相談、ss無償提供、小説制作の雑談、いつ でも何でも気軽に話しかけてくださいっス~。 でわでわ、ご意見ご感想、コメント、待ってま~す。ブログでのコメントは必ず返信いたし ます。何かご質問があれば、ぜひぜひ。ご拝読、ありがとうございました。 seesより、愛を込めて💓 好評?のオマケショート 『ラーメンとサウナ』 同僚 「seesさん、今日アガったらラーメン行きましょう」 sees 「イイっすよ。どこ行きます? 『はなび』『武蔵』?」 同僚 「……くねくね」 sees 「はぁっ?(知らんわそんな店)」 同僚 「栄にあるラーメン屋『くねくね』です。知りません?」 sees 「……ウマイの? 『はなび』より?」 同僚 「いや……さすがにあんな有名店よりかは……しかしですね、ここのベトコン ラーメン(名古屋名物、飲み後の〆用ラーメン)はマジでうまいっス」の sees 「栄か……(どうせならショットバー行きたいが……)、ついでに『湯の城』 (名古屋ドーム近くにある温泉施設)行っていい?」 同僚 「オッケーす」 ……… ……… ……… くね 「へい、ベトコンラーメンチャーシューましまし、です」 sees 「……存じない方にも説明すると、ベトコンラーメンとはニンニクとトウガラシ を大量に使った台湾ラーメン。『くねくね』さんでは豚骨かミソかを選べる。 特にニンニク、ニラ、トウガラシは大量に使用されており、辛い。次郎系の ような背脂ごってりのものではなく、どちらかと言えば脂は控えめ。チャー シューをましましでスタミナアップ、夏バテ防止のラーメン。……見た目は かなりマズそうだが(笑) ちなみにベトコンとは、ベトナム解放戦線の意味の 他に『ベストコンディション』の意味もある(らしい)」 同僚 「……誰に何言ってんの?」 sees 「……さあね。……しかし、辛いな。ウマいけど、辛い……」 同僚 「ウマウマ、カラカラ、ズルズル……」 sees 「……(ラーメン大好き小泉さんじゃあないが、やっぱ《麺屋はなび》に行きた かったなぁ……ちなみにseesは塩ラーメンの味玉と炙りチャーシューのトッピング) がオススメです。行列を回避できるなら毎日食べれるウマさです。セントレア や桑名にも支店があるみたいなので、今度行ったら写真撮りますっ!)」 同僚 「早く食べないと麺がのびますよ~」 sees 「……『くねくね』さんか、何だかんだ……辛い、が、うまいね~」 ……… ……… ……… 同僚 「いや~サウナに入るの久しぶりです。……どれどれ、注意書きを見て、と…」 seesは知らなかった。 満腹状態でサウナに入るのは健康上オススメできないことを……。 seesは忘れていた。 自分でも思っていた以上に身体が疲労していたこと、ここまで同僚の運転で 案内され、自身の肉体には多少のアルコールが入っていたことも……。(大 好きなハイボール2杯、度数は約10度程度?) sees 「…………」 サウナに入って約10分後。 同僚 「そろそろ出ますか?」 sees 「……ん…………」 そして――……ふたりがすぐ近くの水風呂に浸かった次の瞬間――…… 事件が起きた。 sees 「ドボンッ! ………ブクブクブク.。o○.。o○(水風呂内でブラックアウト!)」 ワシの名を叫ぶ同僚、頬をビンタされるワシ。痛みで現世に戻るワシ……。 (同僚いわく、かなりやばい顔をしていたらしい……) 銭湯もサウナも暑い季節には最高やけど……使い方ひとつで変わるなぁ…… しみじみとそう思う、今日このごろです……反省。 了こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。人気ブログランキング
2018.08.11
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