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今月は予算以外にかかった費用が目立つ。31日になって、7月の冷蔵庫修理代15120円の請求があったり、ネットの1年間キャンペーンが終了して、今月から1850円ほど多い支払となった。またクリーニング代が多め(昨年はスーツなど処分したため少なめだったと思う。)、お出かけが多くて、交通費は予算消化率225%だった。お葬式が2回あったので、交際費にも影響があるかと思ったが、昨年はお祝の会があったため、交際費は多めの予算が立てられており、今年はプレゼントにしたので、88%に収まった。住居備品費292%、交通費225%、理容衛生費205%、電話ネット費124%、被服費114%、教養娯楽費108%、食費105%と予算消化率だけ見ると、惨憺たる状況になってしまった。水道光熱費92%、通信費76%、保健衛生費72%、パソコン費28%と抑えた費目もある。7月の冷蔵庫修理代を支払いに行って、聞いてみると、7月はエアコンや冷蔵庫の修理件数が多くて、メーカーのサービスセンターも大わらわで、事務処理も滞り、書類の照合にも時間がかかってしまい、こんなに遅れて大変申し訳なかったということでありました。出向いたので、エコバッグをいただいた。エコバッグだらけだけれど、丈夫で大きいので使えそう。11月は昨年処分した夫のスーツなどの補充のため、被服費は膨らむ予定。長く着る服となると、ある程度の出費は覚悟する必要がある。紳士服バーゲンを回ってみようということになっている。商戦が活発になってきているので、気を引き締めて、本当に必要なものかどうか、修理か購入か、よ~く考えようと思う。
2008年10月31日
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殺虫剤や匂いのあるもの、食品と混じってはいけないものが隣り合っていないか、点検の意味いもあって、食糧庫と押入れを整理してみた。食糧は別にしてあるが、置き切れないものはビンと缶、乾麺のみ押入れに空き箱を利用して収納している。消費期限の大幅に切れてしまったものは処分し、点検によって、使う順番を再確認できた。非常用の缶詰や乾物の消費をうまく回していないことに反省。食糧は買い置きを減らす必要がある。多彩な料理をしようとすると、たまに使う調味料が残ってしまう。和、伊、中、印の4カ国料理の調味料以外は使っていない。それでも、スパイスは手持ちの種類が多過ぎる。宅配便の小ダンボール、お菓子のきれいな箱、靴の箱も整理するのに使いやすい。活躍しているのは、丈夫で美しいパソコンやプリンター、掃除機の箱たち。本体はもうとっくに引退しているのに、箱はまだまだ現役続行。これらの箱を組み合わせて、押入れを整理した。食料品の入っていたビニール袋、特にパンの長めの袋は便利だ。パン屑をきれいに払って、透明さを生かして、野菜や食品をまとめるのに使う。今回は炒ってないゴマが大量に見つかったので、炒りながら、冷ましながら、作業をし、冷めたところで、ゴマ塩に、またそのまま蜂蜜の容器に詰めて、すぐ使えるようにした。ジャムの小びんも集めておいたので、プラスティックスプーンを添えて、各種塩・砂糖、ゆかり、ゴマ塩などなど小分けして、目につきやすいようにした。実用的なびんは栓とともに箱に入れてプチプチをかけて保存して置く。きれいなデザインの空きビンはもったいないなぁと思うが、場所がないので思い切って処分する。古い照明器具も結局使い道がなかったので、どこにつなぐは分からなくなった古いケーブル類も燃やさないゴミとして分別した。除湿剤のプラスティックの容器も水を捨てて燃やすゴミに。かさばる除湿剤の使い方も考えさせられる。これで、大掃除の準備と11、12月の食費と住居費の使い方が見えてきた。持っているもののが多すぎて使いこなせなくなっていて、現代的なムダが出てしまう。気をつけよう。
2008年10月30日
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電車に15分ほど乗って、久しぶりにデパートへ。バーゲン前の人の少ない時期を選んで行ったが、歩くのはいいけれど、こちらの買い物の時間は待てない。買い物の時間は交代でお相手しながら、娘とワタシがそれぞれの買い物をした。おもちゃ売り場で遊んだり、階段の上り下りが気に入ったり。ランチは、とにかく空いているお店で、できればすぐできる中華でミニ丼がついているメニューがベスト。ママが探し出したのは坦々麺とミニチャーハン、デザート付き¥1000。お隣の席のおばあさんが話しかけれ来られ、知っている単語すべてを駆使してお話していた。通訳が必要ねぇと言われたが、その積極性に感心してしまう。お年寄りに「かっわいいわねぇ。」と笑顔で返されて、こちらもうれしい。きっと明日は我が身かもしれないなぁと思う。少子化で小さなこどもにはみなさんが親切とはいえ、遠慮なくなんでもイヤの2歳児は、なかなか人の集まる場所ではタイヘン。電車は外が見える、一番前か一番後ろが良いという。眠ってしまったので、ほっとして、おとなはホームの100%ジューススタンドで、ジュースでも飲みますかぁと飲んでいたらお目覚め。イチゴジュースを差し出したら、あんまり美味しそうには飲まない。この甘さはお気に召さなかったようだ。健全なことに、甘いものは嫌いらしい。グレープフルーツ100%かPOMジュースは何本も飲もうとして、ママに止められているのに。おやつに買ってきたお団子は、あんこを先に食べて、味なしのお団子が後。くしに2個のお団子、くしは先がとがっていなかったのもちょうど良い。
2008年10月29日
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PC家計簿に入力されていないお金を発見した。ワタシもすっかり忘れていて、ウキウキしてしまった。新しい家計簿ソフトに切り替えた時期に、新札を保存しておいたもの。なんと岩倉さん二人、新渡戸さん一人、福沢さんも一人。どうして夏目さんがいらっしゃらないか、不思議。さて、今後この紙幣の未来はと考えると、福沢さんと新渡戸さんは現在も働きたいという意思を示しているように思う。岩倉さんは維新後はずいぶん経ってしまったので、ゆっくり休んでいただこう。福沢さんは第一線で、すぐにも働けるが、新渡戸さんについては有効な働き場を作りたいと思う。この方々のお顔を月末に拝見できて、幸せな気分となった。その気分を続行させるのが、ホントは一番なのかも。
2008年10月28日
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ネクタイの表示、シルク100%、SILK100%、絹100%は本物かどうか、毎回判断に苦しんでしまう。正直に表示してあった方が、どんなに親切なことか。1000円のネクタイで絹はありえないだろうと思うが、シルク100%と縫い付けてある。なるべくクリーニング屋さんの割引期間に持ち込んで、チェックできたものはしみ抜きを頼み、2000円以下のネクタイは、ワタシが手洗いして、アイロンをかける。それでも、クリーニング代は新品を買うのと同じくくらいかかってしまう。また、手洗いになったネクタイは本人のお好みのゴリラや、ゾウなど思い出深い柄ばかり。風合いを壊さないよう、クリーニングしてもらい、長く使いたいところだが、ホントは手洗いで十分の人工シルクがほとんどなんだろうと思っている。こんなにシルク製品が出回っているのに、お蚕さんの姿が見えないのは不思議だ。
2008年10月27日
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遠い昔の世界史の授業で、「アン・ブーリン」と先生が何度も言ってらしたのを思い出す。この映画で、この時代の女性の生き方が、壮絶で悲しい。しかし、結果的に次の時代をつくるきっかけとなったアンの母の賢さが救いだと思う。ヘンリー8世を動かすアンの言動は、アンを直接幸せに導かなかったけれど、理性的な考え方はエリザベス1世にもつながっていったと思う。この映画のお話と歴史とは異なるが、立場の弱い女性のしたたかな生き方は、いつの時代も悲しい。また、悲しいとまた悲しい世代を作ってしまう。結婚を取引の道具にできる女王となったエリザベス1世は、祖母と母、叔母の人生の上に、戦略として結婚を武器にしていたことが理解できる。
2008年10月26日
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年に一度、昨年行かなかったのは、夫にしこりとなっていたらしい。会う人ごとに、2年ぶりですと紹介された。午後は模擬店にも列ができていた。お天気が回復してきて良かった。学生さんならではお値段のつけ方に、ちょっとびっくり。手作りのもの、もっと高くても良かろうに。売れるものは高く、そうではないかなぁと思うものは安くがバザーの極意なんだけど。焼き肉弁当が人気だった。味は良いのだが、切ってない長~いお肉と格闘して食べるので、来年は切ってから煮込んだらと言おうと大人たちは話してした。できたて焼きそばをお昼ごはんにする。青のりばさっと大サービス。後で、鏡を見てチェックが必要になる。大きめ教室のような会場で、コンサートを聞く。ほぼ時間どおりで、楽器がぴっかぴっかに磨いてある。とってもいい感じ。何しろ、すぐそばでクラリネットの穴を抑えた、その音が直接受け取れる。紅葉が始まった夕暮れの道を歩いて駅へ。駅前のご夫婦がやっているレストランで、早めの夕食。いつも丁寧な接客で温かい。ご飯は半分の量でと言うのを忘れた。お皿に残して、申し訳ない。
2008年10月25日
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日に何度も豪雨状態。行きも帰りもびっしょり。長靴をみなさん履いているのに気づく。長い長靴の重装備な方も。荷物を持って、やっと傘をさして歩いていたら、??、黒い蝶ネクタイのようなものが雨に濡れて、ぐちゃぐちゃになっていた。困るだろうなぁ、これから演奏でなければ良いけれど。勝手に芸大関係の演奏家の落し物と、場所がら決めてかかっている野次馬のワタシがいた。
2008年10月24日
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毎日10000歩を超えて歩いていたら、少々右のかかと前方に鈍い痛みが出てきた。さわると、案の定コリコリとした骨に生えたトゲを感じる。ずいぶん前にできて、その後痛みは無くなっていたのに。少しお出かけは控えて、休もう。ようすをみながら使う体になってきた。内蔵はちゃんと働いてくれているが、骨と筋肉に小問題を抱えるようになってきた。これから長い時間、歩行可能なように、姿勢や靴、皮膚の手入れを気にして行きたい。歩数を調整するために乗り物にのるための交通費を増やさなくてはならないかも。電車賃節約の生き方から、160円の有効利用を考える生き方に変わろう。
2008年10月23日
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お留守番ならば、いいお天気の日は動物園に出かけて、ママの帰りを待とうということになった。公道は抱っこで、園内ではほとんど歩きで大丈夫だった。ママの買ってきたケンタでベンチでランチ。横で狙っているカラスをこちらが威嚇すべく、「かぁ」と教えたら、ノッテくれて、カラスに「あ~」とかわいく威嚇していた。まだまだ自分が獲物サイズなので、怖いらしく、遠距離から見る動物がお気に入り。ゾウ、ホッキョクグマ、カリフォルニアアシカなどなど。動物の分類は「わんわん」「にゃあにゃ」「うぉ~」の3種類が基本となっている。「「ライオンやツルや鳥類は近寄らせず、トラは「うぉ~」の分類に入るので、よく見ていた。
2008年10月22日
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HP係りとしては、この面倒でうまく表示されない作業はできれば年4回くらいにしておきたいところ。クリスマスに向けての予定をUPするべく、ホームページビルダー12のクイックに立ち向かう。制限はあるものの、さすがにまだわかりやすい。シンプルに仕上げるのがベストと心得て、飾りはなく、表も使わないので、不揃いの文字たちもなんとか許していただきたいと思っている。ブラウザでチェックすると、タブが以前のまま。クイック上ではこれ以上の操作は難しいもよう。ヘルプがあっても、使いこなせないでいる。お休みの息子に聞いてみたら、ソースを見てみたらぁと言う。ソースをなんとか開いてみたら、以前の文字が残っていたので修正、保存して、無事UPできた。ブログが簡単に書ける時代に、ホームページ作成は億劫になり、毎回悩む。思い通りのデザインなど、熟練してないとできるものではないなぁ。次回UPするまでに、あちこち素敵なHPを訪問して、色彩や文字の使い方を見ておこう。
2008年10月21日
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地下鉄が運転見合わせのため、駅で待つか、近くの駅まで歩くか、連絡が入ったばかりでは時間がかかると判断して、根津から仲御徒町まで歩くことにした。スイカで入ってしまったので、駅員さんに取り消してもらう。バスの時間が合えば、バスで途中までと思ったが、あと29分待つことになるので、歩きだした。運の悪いことに、遅れてきたバス2台に追い抜かれる。御徒町でJRにとも思ったが、ここまできて交通費を多く払うのは悔しいので、仲御徒町で地下鉄に乗った。おかげで連日1万歩を軽く超えている。
2008年10月20日
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主日礼拝の後、お隣の教会のバザーに行き、徒歩25分。しっかり食べて、お菓子だけお買いもの。身軽に歩こうと出発。地図を渡すと、ヒトナビと化した夫となるべく近道を歩くつもりだった。しかし、文京区恐るべし、坂と行きどまりと、ほとんど人しか通れないトンネルと、なかなか手ごわい散歩となった。小日向1丁目の地下鉄操車場を初めて見ることができた。東京の不思議をたっぷり味わう。トンネルまでが庚申坂、そこからきりしたん坂、その後釈迦坂まであったので、このあたり宗教も複雑。きりしたん坂を上ると、新井白石がジョバンニ・バッティスタ・シドッチ神父を取り調べた場所、きりしたん屋敷跡の石碑が道端に立っていた。西洋紀聞のに描かれ、シドッチ以前にも多くのクリスチャンがここで殉教したという。イタリアのシチリアのパレルモ生まれの、洗礼者ヨハネのクリスチャンネームを持つシドッチが禁教の国日本で迫害された人々の救霊のために秘密に日本に上陸し、捕えられた。ヨーロッパでは異端審問所で、日本ではキリシタンにと同時に全く別の拷問があった。人間ってと現代では思う。西洋紀聞では白石もシドッチも教養あふれる知的問答が記され、シドッチをかばう役人白石の姿も思い起こすことができる。鎖国されていても、遠い東の果ての日本のことなどローマでは知らぬことと思っていたが、見捨てられることなく、ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ神父が派遣されていたことに、驚き、感激している。300年経ってしまってからの感激ではあるが、そのまま捨て置かない神の働きが見えてくる。感慨深い。読み取りにくい真ん中の石碑文を記した紙も置いてあって、訪れる人もいることを知った。15717歩。
2008年10月19日
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博物館に長居して、閉園の時間16:00になってしまった。閉園しましたの看板も出ていた。いいですかぁ?と聞いたら、どうぞぅとうれしいお返事をいただき、10分ほどでくまなく見ることができた。ほんとに小動物の小動物園だが、ひとりひとりの動物を丁寧に温かく育てている。手作りの看板がまたかわいらしく、素敵だ。フラミンゴの池は広いドームの中にある。埼玉寄居出身のツキノワグマのヨリーとブチハイエナが猛獣。ハワイガンはここで初めて見たような気がする。
2008年10月18日
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埼玉県立歴史と民俗の博物館で11月24日(月) まで。庶民の暮らしの道具のコレクションが展示されている。大事に使われていたものも、時代の変わる早さに、あっという間に消えてしまう。その価値に気付いた先覚者たちの蒐集した衣類や、農具、漁具などなど。ほとんどは修理に修理を重ねて、大事に大事にしていたことが分かる。村のみんなでお金を出し合ったのか、見事なお祭りの飾り物もあった。芸術品ではないけれど、素晴らしい仕事が見える。機能的でお洒落な背負子もあった。昭和5年から昭和37年まで、宮本馨太郎先生が撮影した8ミリがデジタル化され、繰り返し見ることができた。当時の農村、漁村、山村を調査研究した渋沢敬三先生に同行して撮影したものらしい。音声がないのは残念だが、手書きのスーパーも入っていて、一緒に見ていた人が「味の有る字だなぁ。」と言ってらした。同感同感!ずっと見ていて、ほとんどは夫婦で独占状態で堪能した。興味も体験も共通しているのは幸せなことだ。カメラを回す先生も当時は若く、もう少しゆっくり移動してくださ~いともう勝手にお願いなどして、もう盛んな漁業、深田の田植え、棚田の作業はこの時記録しておかなければ、もう後世に伝わらなかったんだなぁと思うと、先見の明に頭が下がる。当時貴重な8ミリカメラ、残りのフィルム量も考えての撮影も、また編集作業も大変なことだったと思う。今でこそ、小さなデジタルカメラ1台で静止画も動画も音声もと簡単に記録できる時代になったけれど、もう映すべき民俗文化が失われてしまった。地形、植生、人物、物を作る工程をきちんと映している。音声がないので、先生にお聞きしておけばよかったことだらけ。デジタルカメラを手にして、ワタシが記録するとしたら、やっぱり先生が原点になる。身近な記録をとって、保存することもワタシの使命のような気がしてきた。恩師はいつになっても恩師となる。
2008年10月18日
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青年は荒野を目指したが、荒野は荒野だった。映画が美しい景色を映すほど、人間がみすぼらしく見えていた。都会が荒野で、荒野が安心して生きられる場所のように思えた。ヒトがともかくも長い時間をかけて作ってきたものの居心地の良さを捨てて、大自然の中で暮すのは、孤独と飢餓の味わったことのない体験をすることになり、そうは甘くない。うまく行ったようで、努力が実って来たと思われた時に、致命的な失敗をしてしまう。本からの知識だけでは暮らせない。文字に書かれてあるのは、一部だけで、有史以前からの名もない人々の知恵によって、現在食べられるものが確保されている。獲物の肉を食べるのにも、古代人はチームワークで食べ物を得て、保存までしていた。孤独では生き延びられないことは、出発前に知るべきだった。人間が踏み入れない場所は美しい。ヒトが暮せない理由はちゃんとある。でも古今東西、ヒトは荒野を目指している。あのニホンザルの孤独な旅は立派だなぁ。また、その遺伝子もヒトは受け継いでいるからこそ、今日があるのだと思う。
2008年10月17日
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後ろ髪がを切ってもらうべく、いつもの美容室へ。お天気のせいか、混んでいて忙しそうだった。昨日はヒマだったとか。会話から、もうクリスマスですねぇと。ということは春夏秋冬、つまり今日で今年4回目。ワタシは有難いことに、神と髪にはとても恵まれていて、毎回カット&ブローのみ。もうあと1回は年内にとすると、年5回の美容室通いとなる。3,500円×5=17,500円+消費税875円の費用がかかる。ワタシの髪質をよく知って、思うより若干短くカットしてくださる友人の美容師さんに感謝している。昔からやっている美容室、床屋さん、安心してかかれるので、有難い。年6回床屋さんに行く夫の予約は土曜日朝の予約はなかなか取れないくらい混んでいる。
2008年10月16日
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ラジオでのこれからの家計についてのアドヴァイスが身にしみる。経済が冷え込んで、とにかく春まで待つには、なるべくエネルギーを消耗しないように、体温も失わないように、じっと生きて行くしかないらしい。歴史にも人生にも、交互にやって来る繁栄と衰退。繁栄だなんて実感を持ったことはないけれど、「芋がら」を食べて生きるほどではないにしても、今持っているものを大切にし、長く使えるように整備し、安くておいしい旬の近くでとれた食べ物を食べ、本当に必要かどうか時間をかけて考えるクセをつけることが大切なのだと思う。雪がとけだしたら、ゆっくり穴から這い出して、よ~くまわりを見定めて、遠くの匂いを嗅いで、冬眠から覚めたシロクマのようにイメージしたい。イメージはイメージ。その後、お腹いっぱい食べないよう心する人類でありたい。
2008年10月15日
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パソコンの操作を覚えつつある。まずはページダウン。お気に入りのウォーのダイナミックな写真のHPを、「にゃあにゃあ見る」と、ワタシの手を取って、PCの前に座れという。写真を次々見るために、↓のキーを押すと、すっかり覚えてしまった。ママがマウスの真ん中をクルクルすると、こちらもOK。言葉はまだまだ発達途上だが、動作の意味はすぐに覚えてしまった。手順の方が、言葉より優先される。正確にクリアに発音することは難しい。外国語がなかなか身に付かないワタシも同感する。言葉が通じなくても、動作で通じることができるのは、オトナも同じだなぁ。
2008年10月14日
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昔テレビでやっていたあの「それゆけスマート」の映画版だよ。と、聞いていたので、少々間の抜けたおじさんかと思ったら、結構優秀なので、しょうもない道具が面白いネタになってしまった。ワタシの好きなジョニー・イングリッシュとどうしても重なってしまう。ストーリーはジョニーの方が上かもしれない。このスマートさん、意外とハンサム。笑う映画では損をしているなぁ。どこかで見たことがと思っていたら、題は思い出せないけれど、現代版ノアの方舟に出演していたような。どうも、作品の中で悪戦苦闘をする運命を背負っているのかも。前の日に重い映画を見たので、これで気分転換になった。
2008年10月13日
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ちょっと怖いお顔の聖母子の絵、昨年チマブエとともに、ウフィツィ美術館で見て来た。この展覧会も分かりやすくするために、聖母子中心に集めてある。ルネッサンスの高貴な優しいお顔のマリアになじんでいるので、とっつきにくい。レオナルドやミケランジェロにつながる、マゾリーノやマザッチョ、フィリッポ・リッピの先駆けとなっていることを、この展覧会で体感できた。ジョットに続いている画家の絵が少しずつ、人間味を帯びてくる。ラファエロに到達するには、もう少し時間が必要な感じだが、ミケランジェロの「最後の審判」の原型も、あぁこうだったのかぁと、納得できた。大胆な発想にも、モデルはあった。ルネッサンス初期はたどると面白い。当時の人がイメージしていた特にペテロがほぼ同じお顔で登場してくる。イエスやマリアのお顔はヴァリエーションがあるのに。ヒトの顔を覚えにくいワタシはペテロとゴリラのみなさんのお顔の見分けがつく。不思議だ。パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の一連の絵も興味深かった。キリストの描き方よりもユダの描き方が面白いと思う。パドヴァの本物は保存のために、15分しか見ることはできないそうなので、徳島の大塚国際美術館に行ってみょうかと思い始めている。徳島だけではもったいないので、どこか動物園か教会を組み合わせたいなぁ。
2008年10月13日
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美術館に入る前に、お隣のビルを撮影した。鳥の巣のような、ロンドンの竹の子のような形のビルのような。まだ最後の工事をしていた。
2008年10月13日
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ゴヤというとワタシが好きなのは「巨人」だが、有名なのは「着衣のマハ」「裸体のマハ」だと思う。たしか展覧会も見た記憶がある。時代が激しく動き、あっという間に権威の逆転が起こる。名優たちも迫力のある演技をしている。異端審問の悲劇とナポレオンの侵略に翻弄される民衆。戦いのなかで、雌鶏も印象的な演技だった。高い理想を掲げても、人々の幸せにつながらない、繰り返される悲しい歴史に学ばない人間を絵に残しているように思えた。ゴヤは描かずにはいられない、芸術というより職人のように、生の人間を描いたと思う。最後に、「黒い絵」もたくさん画面に出てくる。撮影された建物も本物なので、たくさん出てくるゴヤの絵と同じ時間と空間にあるように思える。人々の顔も絵に出てくる人の顔と似ている。現代の人の顔とずいぶん違う。プログラムを珍しく購入し、年表と合わせて読んでいる。美しい絵は見るとそれだけで良い気分になれるが、時々は暗い絵を見て、深い思いを知ろうと思うようになった。
2008年10月12日
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偶然岩波文庫の「西洋紀聞」を見つけた。面白くて、読んでは年表やネットで調べたり、古文なのに強く感動している。現代日本語と、候文、カタカナのイタリア単語、宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッチの持ち物の絵まで入っているので、今のワタシだからこそ理解が進められると思う。シドッチが日本に持ってきた「親指のマリア」は現在「東京国立博物館」にあって、何度も目にしている。その絵も書きとめられている。苦難の末ここにあることも、1700年代から現在にいたるまでの物語があったことだろう。カルロ・ドルチの描いた「親指のマリア」は、美しい絵としては「西洋美術館」で見ることができ、昨年ヴェネツィアでたまたま入ったサンジュリアーノ教会で、ろうそくのすすの積もった親指のマリアに出会った。ここでは、描かれてからずっと人々の祈りの中におられ。美しいのではなく、神々しいマリアに深く感激した。新井白石については、学生時代に授業の中で詳しくきいたことがあった。鎖国時代の優秀な学者は記録をしっかりとり、その時代では表に出ることはなかったが、明治、昭和と印刷され、時代を経ても、貴重な文献となった。西洋紀聞だけでなく、シドッチに関する史料が集められていて、当時のお役人の名前から、ワタシのひいおじさんが、もしかして仕えていたかも知れない殿様のご先祖までたどることができそう。たぶんもう新しく印刷されない岩波文庫の書棚でワタシを待っていたような気がしてきた。当時の地理歴史理解、キリスト教の考え方、ローマ教皇によって東の果ての禁教の国日本へ命をかけての派遣、もう少し時間をかけて読み解きたいと思う。
2008年10月11日
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ワタシにとっては洗礼を受けた時の教母。教会の先輩として、後姿を見て育った。1月に声をかけてもらって、別の先輩のお通夜にご一緒した。それから、どうしてと思うほどあっという間に、今度はその方のお通夜。あまりに早すぎる。知らせを聞いて、台所に立って、料理をしながら、小さく祈り、思い出し、祈り、帰って来る家族には元気の出る食べ物をと、何をおいても、美味しい料理をと生きる者の鉄則を思う。こういう夕方が、何回もあったが、これから増えてくるのは確実。10月になって2回目。教会での式はなぜかほっとする。みんなで聖歌を歌い、式文を読み、祈ることで、大きな家族で送るような、ご家族の悲しみを共有するような思いが染みて行く。パウロの言葉が読まれ、まるでシスティーナ礼拝堂の最後の審判の絵のような、壮大なドラマの一部に組み込まれているようにも感じられた。なんにも知らないワタシを教父母ご夫妻は温かく、時にはすっかり見抜いて、大切にしてくださった。もう、眼には見えなくなってしまったけれど、前の教会に行くと、礼拝の中にちゃんといらっしゃるのを感じることができる。感謝。
2008年10月10日
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どうしても上野動物園に、ゴリラさんたちに会いたくなって出かけた。ケンタくんが久しぶりに起きていた。この写真では見えないが、左のおでこに小さな傷ができていた。ナナが遠くから、シャバーニ♂とトトを見ていた。人間関係も、類人関係も微妙に難しいですねぇ。託卵関係のツルの親子も二組。最近、ツルが面白いと思う。
2008年10月09日
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古い大きなスピーカーで聞くために、ステレオミニジャックのケーブルを買ってきたが、どうも違うようで、合う穴が見つからない。そうだ、はじめにテレビで映像を見るために買ったケーブルがあった。黄色はほっといて、赤と白だけアンプにつないで、反対はipodに。え~と、AUXに合わせてと、ちゃんと聞こえてきた。これで、やわらかい音でOTTAVAを聞くことができる。ステレオミニジャックは、CDラジカセとつないで、こちらもAUXを押すと、ちゃんと聞こえる。音量はCDラジカセで調節できて、いい具合。専用の機械を買わなくては聞こえないとばかり考えていたが、本体につなぐ手段があれば、安価に解決することが分かった。面白かったわぁ。
2008年10月08日
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帰った後に、ちゃんとお片付けママが責任をもって行っているが、見えないところに、こんなものがという状態もある。ワタシが引出しに入れているのを見ていて、夫のハンカチと一緒に扇風機の小さいリモコンが入っていた。タンスの鍵穴には紙パックジューズのストローが差し込んだままになっていた。おじいちゃんキラーなので、こういう小さないたずらもたまらなくカワイイらしい。支障がない限りそのままにして、次回の仕業を待っている。発想の妙が面白く、人間の原点を再認識できる。とはいえ、見つからないものも増加中。
2008年10月07日
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10月1日からゴミの分類が変わり、燃やすゴミの量が多くなった。他の地区では、ずっと前から変わっているので、遅い決断だったと思う。でも、案の定、量が多くなったために、路上長くゴミ袋の列がカラス除けのネットの覆いいきれなくなっていた。我が家の近くはカラス族が強力に支配しているので、がっちりした組み立て式のかごに入れるので、安心だった。ところが、8時過ぎには満杯となり、すでに入りきれなくて、脇に置いてあったりする。こちら側の通りはそれでも午前中に片付いていたが、反対側はまだで、ネットのない場所では、カラス軍団10羽があさっていた。月曜日は上野公園はお客さんが少ないので、エサも少なくなる。カラスが町を汚すことになる。カラスの数が減ってきたのに、また増えそう。食品の入っていたビニール袋は洗って出すとか、個人で圧縮して出すとか、とにかくモノを増やさないとか、考えられることはやっているけれど。毎日かかる手間はそれぞれ分担して、一人に、つまりワタシにだけかからないよう、家族会議の議題としたい。個人の努力はたぶん世界を少し救うと思う。
2008年10月06日
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10月から新しいチャントの礼拝が始まった。そんなに変ったわけではないけれど、音声はなかなか記録されないので、前回と前々回の礼拝の音声をデジカメで記録した。動かさないで、そのまま録音した方が、トラブルが少ないことが分かった。再生の時少々面倒ではあるけれど、途中の向きを変える音や、途中で電池切れをおこさなで録音できた。Itunesを通して、プレイリストに登録して、音楽CDを作成した。普通のCDプレーヤーから出てくる音が、かなりきれいになっている。説教はもちろん、実際はとつとつと朗読されていた聖書朗読が、とても心にしみる。聖歌もあまり訓練されていない賜物で、一人一人の声が聞き分けられて、音楽というより、記録として、後になってうれしいと思われる。普通の人の声はあまり残る機会がないので、身内の方にとっては感動の記録となると思う。ただ、人前で歌うことの苦手なワタシは自分でスイッチを押すと歌えなくなってしまう。旧約聖書朗読の声を残そうかしら。オバーサンはこういう声をしていたんだぁと思い出してもらえるかもしれないし。
2008年10月05日
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小さなスクリーンで、また年配のお客さんの多いこと。聞こえてくる「ちゃっきり節」は昭和の歌だが、もう次郎長とその子分たちの名前を知っている人が少なくなってしまっているんだなぁと思った。こういうお話だったんだと納得はできるが、現代とはずいぶんと感覚が違う時代に覚めて見ることになる。義理優先の時代に人情豊かな次郎長だったからこそ信頼が厚かったのかもしれない。幕府の力が落ちていて、「御用」提灯もわいろで動かす無法な時代になっていることをうかがわせる。後に明治政府に貢献したというのも、新しい時代にどう生き残ってゆくか、「大馬鹿者」と言いながらよ~く時を見ていたのがわかる。藩でさえ、大金を差し出して、明治政府側につくような時代だったし、現状維持を、まわりの人々の安全確保に気を使っていたと思う。でも、堅気の一般人との間の境目がちゃんとあることもわきまえていた。赤木の山も、清水湊も当時、ある程度の経済的なうるおいがあったことが分かる。当然、滅びて行くことにななるが、一時の個性ある人のドラマとして知っておこうと思って見た。名演はなんといっても、森の石の温水さん。もっと映画に出てほしいと思う。数々の名優があちこちに出ているので、監督の人脈が光っている。また、江戸っぽい映画を見せていただきたいなぁ。ちゃんと江戸でした。
2008年10月04日
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1200円をゆうびん局の窓口で、ゆうちょ口座に振り込もうとしたら、525円かかるので、通帳からかキャッシュカードを使って相手口座に振り込めば、お金はかかりませんよと教えてもらった。次の日通帳とカードでATMを操作したら、窓口へと表示がででしまった。また窓口で、この通帳は送金機能がついてないので、証明書と通帳と印鑑もあった方が良いので、窓口で手続きすれば、すぐ使えるようになりますよと教えてもらう。3回目は、書類を揃えて、できれば夫婦の通帳両方ともこの際手続きしようと思い、空いている午後の時間を見計らって出かけた。親切で粘り強いお兄さんが、この際ついでなので、あれこれ直して、最新モードの新しい通帳に作り直してくれた。もちろん、書類も何枚も書かされたのだが。途中で呼ばれて確認したり、お待ちくださいが何回も。最終確認もして、これで暗証番号を使えば、通帳から振り込めますとのこと。さっそく、ATMに向かうと、簡単明瞭に振り込むことができた。しかも無料で。少額を節約するのに、ゆうびん局に3回、滞在時間にして計2時間はかかったと思う。疲れたぁ!銀行ATMの前には、なにやら私服警官と思われる人物が見張っていた。振り込め詐欺の現場はここなのよねぇ。
2008年10月03日
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火災保険は落雷にも有効と書いてあったことを思い出して、書類を読みなおした。雷の後、テレビが故障して、修理に出した。電源だったので、12600円でちゃんと見えるようになった。1年の掛け捨てとはいえ、捨ててばかりでは悔しいので、少しでも取り戻したい。保険会社に電話して説明し、書類を送ってもらった。こちらの住所など記入してあり、マニュアルも分かりやすい。でも5通もの書類を書いたり、書いてもらったり、特に電器屋さんには修理明細を書いてもらったり、なかなかタイヘン。落雷事故証明書は隣人に書いてもらうことになっている。良き隣人に恵まれていて良かった。この書類の審査が通れば、支払われる。こちらが払う場合はとっても簡単だけれど、少しでもお金が戻るためには、うんざりするような努力がいる。書類書きは年齢とともに辛くなってくる。調子の良い保険のコマーシャルには要注意かも。いつ雷が落ちたかは、このブログが役に立った。記録は大切!
2008年10月02日
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伯母の告別式に出席した。老いた伯父が泣く姿が印象的だった。従兄が初めての喪主を務めて、覚悟はしていても、その日は突然にやってくることに戸惑いながら、伯父に代わって、頼もしく弔問客に挨拶していた。お葬式に出席する機会が増えて、まさに心の準備の時が段階的に用意されていることを感じる。普段は教会生活どっぷりなので、お寺のお葬式は毎回動作に緊張する。葬儀屋さんの言うとおりというのもなぁとも思うけれど。機会を捉えて、おくられる親たちに希望を聞いておこう。お誕生日やお正月の集まりにというのも気が引けるが、もうそうは時間はないと思う。また何回か聞くことで、引き出せる答えもあるかもしれないし。私にとっても、葬送式に歌ってもらう愛唱聖歌を決めるべく、意識して毎主日礼拝の聖歌を歌ってみよう。聖歌集が新しくなったので、また感覚が違ってきた。年齢とともに、お葬式には「もろびとこぞりて」のクリスマス聖歌でクリスマスのようなお葬式にしてと言ってきたのも、くつがえす所存です。
2008年10月01日
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