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1月は紳士服のクリアランスセールを積極的に利用したため、かなりの支出となった。正装用とカジュアルのフード付き防水防風透湿の高機能のコート、革靴2足、シャツなどなど。正規のお値段で買うのを避けて、この時期に購入した。紳士ものは高いけれど、夫は本当に擦り切れてもなお修理して着るので、着心地良く、気に入った服を着てもらいたい。それから遠距離通勤の定期代、1月に支払う保険料、お正月映画とお笑いのチケット2種を購入したため教養娯楽費もいつもの月より高額だった。光熱費は昨年の26%増しとなった。パソコン費はポイントで支払ったので、実質お金はかかっていないものの、記録としては7839円の修理費が記録された。2回めの修理なのでポイントから長期保証を100%してもらえた。次の修理は自己負担となる。この修理代を含めて1,2000円ほどがポイントから得た収入となった。スタンプ満了で、1200円分300gの珈琲が交換できるのがうれしい。
2006年01月31日
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1月始めに立てた予算をこれからの生活に合わせて手直しをした。主に教育費が激減するのでうれしい。それから、雑収入として、今はやりのポイントの記録をつけることにした。買い物のたびにポイントカード、スタンプカードをもらい、実際はどのくらいトクをしているのか、またはポイントに釣られて無駄かもしれない買い物をしてしまっているのか、明らかにしてみたい。方法としては、PC家計簿の雑収入の欄に、ポイントを使った時点で記入していく。そうしておくと、グラフで明確に出てくるハズ。
2006年01月30日
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空襲にあったのは3月10日か4月13日か?61年前の事実は判断が難しい。文字で書いてあるのが4月13日。生き証人が主張するのが3月10日。「あの日のこと忘れるはずがないでしょ。」という言葉に記憶違いではなんて言えない。これから公式な史料に当たってみようと思う。以下聞き書き<1945(昭和20)年3月9日に家に戻るため、長野を出発したAさんは、上野駅までの切符を買って持っていたが、10日の夜高崎駅で東京の空が真っ赤で、「東京がやられている。やられている。」という声を聞く。電車は止まってしまって、上野には行かれないとわかった。東武東上線は動いていたので小川町の兄嫁の実家の大きな農家に立ち寄った。そこで一息ついて、せりなどの野菜をいただいて(お米を持っていると取り上げられることがあるので)、また東上線で池袋向かった。 電車は動いていなかったので、池袋からは線路の近くをとぼとぼ歩き、田端からは日暮里までは道を知っていたので、なんとか日暮里までたどり着いた。もう夕方近くになっていたと思う。 日暮里付近は屋根が落ちて壁だけになった教会の建物、同潤会アパート、第二小学校の校舎しか残っていなかった。まわりは焼けた燃えカスだらけで、道もはっきりしなかった。防火用水に名前が書いてあったのを頼りに、家を探した。すっかり焼けてなくなっていた。 第二小学校の校庭で家族と近所の人に会うことができた。燃え残った木とまだ燃えている木を集めて、「鉄かぶと」を釜にしてなんとかご飯を炊き、いただいてきた野菜を入れて塩味をつけて、みんなで食べた。 この日3月10日のことは生き証人として伝えてゆきたい。教会の屋根にも焼夷弾が落ちて、強制疎開のためまわりの家は壊されて、材木が積んである状態だったので、まわりの家はすっかり燃えてしまった。>1920(大正9)年生まれのしっかりとした記憶の方のお話である。なんとか解明したい。3月10日は風の強い日だったと別の方からうかがった。書物には4月13日と書いてあるものがほとんどだ。地域によって微妙に残っていたりもするし、日にちの結論はでなくても、焼け野が原になったこと、またその場所に新しい街を作って行った人々がいたことは事実。お話しを聞きながら、逞しさ、地道な努力にに頭が下がった。
2006年01月29日
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18世紀のロンドンの庶民の生活を再現してあって、興味深かった。またディケンズの小説が、現代にも残念ながら有効であることを知る。大英博物館で見た250年前のロンドンの風景画の数々とだぶって、セント・ポール大聖堂とその近くの二つの教会の尖塔が印象に残った。時を知らせた鐘はあのセント・メリー・ル・ボウ教会の鐘かしら?時は流れても建物はほぼ同じで、馬車が自動車に変わっただけ。馬車を呼ぶ動作と、タクシーを呼ぶ指笛が重なった。善良な人生を送れる人も、そうでない人生を送らざるを得ない人もまぜこぜで魅力的な街となっている。税金で貧しい人を救うことの難しさをどこの国も抱えていて、ルールにかなう場合は助けられるが、そうはいかない場合は、ホントに難しい。日本でも同じだと思う。少なくなった上野公園のテント生活の人々、新しい生活が少しは良くなっていることを願う。一方で、まだ寒さ厳しいにもかかわらず給食の列が長い。ガイドのせっちゃんがバッキンガムの見学で、「すりに気をつけてくださいね。必ず3人組みですから、すぐ分かります。スリー!」と言っていたっけ。
2006年01月28日
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アジア危機遺産からのメッセージー写真・映像展。2月5日(日)まで。バーミアン、アルゲバム、フィリピンの棚田、カトマンズ、アンコールの写真と映像コーナー2ヶ所という展示。世界遺産のTV番組で見た映像も流され、また大きなパネルの写真と向かい会うと、現実のそれもどう手をつけてよいのか分からない状況が伝わってくる。そこで暮らす人々のようすもそこでしか暮らせない状況であることも分かってくる。また日本でも現実に起こっている問題でもある。観光客の視点でなく、地元の人々の地元の人々による地元の人々のための修復に、日本の大学が協力していることが一筋の光のようにも思えた。募金箱も設置され、珈琲代を箱に入れた。すぐにできる小さな善意。ちゃんと関心を持って見守ろう。
2006年01月28日
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朝までは痛い肩に引きずられていた。何をしないですますかという発想にとらわれていた。今日はストレッチの日、ワタシ同様みなさんアチコチ不調をもらしている。いつものとおりにゆっくり伸ばしたり、最後はいろいろな歩き方をして終わった。雪の日の歩き方は雪国出身の方がコーチしてくれた。つま先で小幅ですべるように歩くのが秋田流。決して強い運動でもなく、体が重いなぁという状態で帰ってきた。ところが夕方になるとあの肩こりはどこに消えたのだろう?いつもの快適さに戻っていた。ストレッチで何かかが動いて、痛みの素が流れ去ったのかも。ホントウに有り難い。運動キライなワタシだが、この程度の運動をずっと続けらたら良いなぁ。
2006年01月27日
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肩がとっても痛い。あの視野検査のせいか眼精疲労という感じで、意欲が衰えている。体操してもさほど効果はない。まぁこういう時もあるのよねぇ。
2006年01月26日
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上野公園の真ん中にテントが張られ、1月29日まで陶器市が立っている。有田焼きや益子焼きなどさまざまで、東京の日本酒のコーナーもある。1年に何回かこのようなイベントを見かける。荷物を持てない状況で通るので、見送っていたが、今日は修理のできたプリンターを取りにゆくだけ、帰りはバスでと決めていたので、のぞいて見ることにした。ご飯茶碗が1個300円。よ~~く見て2個を購入。フチが割れていたりするので、見極めが肝心。大きめのマグカップを探すと、お兄さんがウチで焼いたんですよ、少しオマケしますという。これぞ手作り民芸品という風格の笠間焼きを1個と一輪挿しの花瓶も購入、計2千円。投機でなくて地道な陶器のお兄さん、今後の作品を期待しておりますよ。
2006年01月25日
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2週間以上前にメールで連絡は来ていた。時間になったら突然「見つかりません」のページになった。では、と窓の外を見ると電柱にお兄さんが二人上って工事している。下にはトラックと二人のおじさんが立って交通整理をしていた。設備増強ということでもあったらしいが、厳しい寒風と高いところでのお仕事、頭が下がる。この寒さであのいつもの作業服で大丈夫なのだろうか?地上を歩くにもマフラーが必需品。安全のためとはいえ、ヘルメットだけでは寒そう。ルーターに赤ランプがついて、ネットはできないので、今日は筆記の作業。気がついたらもう緑ランプに変わった。お兄さんたちも移動していた。心なしかスピードが速くなったような。気のせいかなぁ。
2006年01月24日
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土曜日の雪は、月曜日にはおおかた道の横に片付けられている。土曜日の夕方にはそこここでシャベルの音がしていて、さぁ始めようと思っていたら、どなかかが我が家の前もきれいにしてくださっていた。陸橋の階段の難所も朝はおそるおそる下りて行ったが、午後にはちゃんと通れるようになっていた。反対側も夫の話しではお父さんと二人のこどもで雪かきボランティアをしていたそうだ。良い教育の機会だったかも。夜中になるとシャベルの音が響き、朝には見事に雪が寄せられていた。雪ダルマも出現!見知らぬ雪かきの人々に感謝!!
2006年01月23日
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昨日、眼科の視野検査をしてきた。左目がキョロキョロしてはいたが、異常なしということだった。前回もホントに疲れて気分が悪くなってしまった。今回は慣れて、何回かのじっと見ていてくださいと注意で済んだ。その時はあまり疲れは感じなかったが、翌日になって眼が疲れて重たい感じが強くなった。なんにもする気がおきない。休むのが一番!新装なった医院は待合室も広くなり、半日つぶれていた診察が1時間強で終わってしまった。ハイテクになったので、あちこちに案内係りが立っていた。受付機の番号が検査室や診察室に表示され、名前は診察室でしか呼ばれない。診察室の前では検査のための目薬がさされるが、ゆったりしていて明るいのでほっとする。あまりに外の雪景色がきれいなので、何枚か小さなデジカメで撮影した。お金も自動支払機で払い(クレジットカードも使える。)、帰ろうとすると、肉声で名前を呼ばれた。なんと診察券を落として、届けられていた。どうもおとといから落し物、忘れ物が多い。ちゃんと戻ってはくるものの。眼だけでなく頭も疲れているのかも。
2006年01月22日
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雪の湯島聖堂、ここだけ江戸がある。雪の秋葉原は普通の街。このあたりでは最も絵になる雪のニコライ堂。
2006年01月21日
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プリンター修理の連絡がこないので、確かめたら週明けになるという。ハハに頼まれていた老人会のお手紙の印刷ができず、明日は雪という予報、牧師さんのすすめもあり教会で印刷させていただくことになった。まずはハハにすでに作成しておいた文章を見てもらって、筆文字に直し、USBメモリーに入れて、夕方教会に向かった。快適に印刷も済み、少し牧師さんと話して、スーパーで牛乳3本を買って帰った。ほんとうに寒く雪になりそう。ハハに届けると、その日のうちに配ってまわったそうだ。寒くて暗いのに。待たされていたこと、かなりやきもきしていたようだ。その時でないと気がすまなくなってきている。急がなくても大丈夫と言ってばかりいるヨメに少々イライラしているかも。頼んでもゆっくり、でも確実に動くヨメと思われていたくて。
2006年01月20日
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混雑を避けると、木曜日の最終回に見ようということになった。良い席もとれ、夕食もゆっくり楽しめた。次々と笑い声が聞こえる。笑いが繋がって、あぁ面白かったと映画館を後にできる。三谷監督は人間ウォッチングに凄い才能があって、一人の人にいろいろな面を見出して、糸で縫うように人間パッチワークを仕上げている。隠そうとする滑稽さが笑いの大きな部分を占めていて、それを笑うワタシも同じだなぁと思いながら笑っている。一つの場面にまだいくつか笑いの要素が潜んでいると思うので、もう少ししたらもう一度見に行こうということになっている。夫婦50割引のおかげで映画館に足を運ぶ回数が増えてきた。1000円以下で見ることができれば、ウィークデイには半分しか人が入らないなんてことがなくなるのでは。土日の混む日に2倍近い料金を払って見るのは辛い。そういう映画ファンをこのままにしておいてはいけないと思うなぁ。
2006年01月19日
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使う機会は少ないものの、そろえておきたい黒のコート、夫はいらないと言い続けてきた。寒い季節か暑い季節に黒の服は出番が多くなるため、年齢的にも今年買っておこうと思っていた。出かける時は時間的余裕を持って、デパートを見ることにしている。質とお値段に納得できる品にめぐり合うと、サイズはMはもう無くなっている。この日は初日なので、見つけることができた。ここは決断しようと、さらによ~く見て購入した。シャツもバーゲンだけに、このサイズで残っている最後の2着を見つけることはできた。大きいか小さめの方は今がオススメかも。スーツ売り場ではこういうものを探していると、売り場責任者と思える方と話すと傾向とか、入荷とかだいだいの金額、セールのころあいを教えてもらえた。お値段のものは努力して手にすると、愛着が沸いて、その後の使い方、手入れも違ってくる。簡単でない買い物も楽しい。
2006年01月18日
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高いマンションの屋上から撮影した1月17日の東京上野駅、浅草方面谷中墓地、日暮里方面東京国立博物館、上野動物園方面。小さくすると見にくいけれど、右下の池の近くにゾウさんも写っている。不忍池では飛んでいる鳥も点に見えた。
2006年01月17日
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遠距離通勤の夫用に用意した帰宅&非難リュックがやっと職場まで持って行かれた。2ヶ月くらい前から重さそこそこ、お金をかけない方針でいろいろと集めて詰めておいた。本人に中身を点検してもらい、ライターでなくマッチとクリスマス用の可愛らしいロウソクがまさかの時の明かりとなる。家に帰るのにはとうてい1日では無理。そのため簡易寝袋とペットボトル500ML2つと、まぁおいしい板チョコ2枚。これは半年で変えないと。ラジオと地図は地図ソフトからA4の紙に印刷した。小さい文字の地図は辛いだろうから。リュック本体は子どものお下がり。想定外だったのは、そのままロッカーでひっそり保管と思っていたら、職場のみなさまに内容をご披露してしまったこと。ハズカシイ!
2006年01月16日
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「マサイ」を見に行ったら午前中1回の上映に変わっていて、歩いて映画館を探した。途中新宿で見られる映画が一覧できる場所があったので、映画館に電話したら、30分前で席はあるということだった。40番台の整理券を確保。結局この回は満席となったようだ。繊細な内容の映画なのに、歩き疲れて少々眠ってしまった。数学の証明が映画になるなんて。それがどういう価値があるかはほんの少しの人しか理解できないのに。でも面白い世界なんだろうなぁ。のめりこんで、それしか見えない状態に集中しないと取り組めないことなんだろう。普通の生活をしていてはたどり着けないような。紙とペンのみで世界共通の課題が解けるというのも、数学ならでは。ワタシはどうして数学がニガテになってしまったのだろう。あの「証明問題」がでてきた頃から急速に遠ざかってしまった記憶がある。
2006年01月15日
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葉物は高いが、大根はお一人1本限り98円で買うことができた。重いので小さめで切ってある葉の部分の元気そうなのを選ぶ。ここを大根部分を5ミリほど残して切って、イチゴパックで水栽培した。2本目も同様に育てる。青々してきて美味しそうになってきたころ、ごま油で油揚げと炒め煮にした。これでちょうど良い量となった。外で寒さの中で育った野菜は栄養ぎっしりだが、葉は肉厚になっている。水耕栽培は栄養は心もとないが、ひ弱な感じ。その中間風に育つ。
2006年01月14日
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クリスマス、お正月、A4の写真とまぁよく印刷していて、大活躍だったプリンターが故障した。朝50枚のはがきを印刷して、午後には黒だけマダラになってしまった。書いてある方法はすべて試して、一昼夜たって、修理に持ち込むことにした。残念だったのは息子の卒論の印刷の時に役立ってあげられなかったこと。よりによって、一番必要な時に。坦々と作業してしていて、時折筆が進まないと洩らしていたが、美味しいごはんくらいしか援助はできない。PCでも筆と言うのかと妙に感心したり。せめて印刷くらいは安心してできたらと思った。大学で印刷してくるからいいよ、と出かけたが、案の定とっても混んでいて、出来上がると窓口は閉まってしまって、翌日に提出ということになってしまった。こうやって小さなハプニングに対処できるようになってゆけばと願う。プリンターは購入して1年10ヶ月。購入して6ヶ月で同じ症状で部品交換をした。これはメーカー保証で無料。そして2回目も同じ部品交換だろうと思う。延長保証を使いたいと思うが、見積もりを連絡してくることになっていて、1週間で修理はできるという。写真を印刷する約束になっていたが、明日教会で印刷しようかな。
2006年01月13日
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上野駅の本屋さんで台東区史の文庫版を見つけ、明治時代以降の上下巻を購入した。区史といってもこうなると800円×2でウレシイお値段。パラパラ見て行くと、どうもロンドンの博物館の集まっているサウスケンジントン付近を理想として上野公園は作られている。サウスケンジントンにはV&Aヴィクトリア&アルバート博物館、科学博物館、自然史博物館と大きな博物館が並んでいた。昨年の夏博物館を見るにはサウスケンジントンに宿泊したら便利だろうと思い、なんとなく上野に似ているなぁと感じていた。藝大では子どもたちに音楽をどう教えるか研究し、唱歌が生まれた。新しい文化を生み出そうと芸術家の卵たちが集まっていた。正岡子規の根岸短歌会でお題が動物園というのもあったそうな。必要なところを拾って読んでいるが、とってもイキイキとした光の当たっている上野公園という感じがする。でもその一方で東京の三貧窟の一つ下谷万年町は線路の向こう側にあった。相当な町だったようだ。光と影がすぐ近くに線路をはさんであった。区史は万年町については人口くらいしか取り上げてはいない。歴史は伝えたいことだけ書いてあるのはしかたのないところ。まぁ、もう少しさまよってみよう。
2006年01月12日
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番号ポータビリティの手続きがやっと完了し、明日工事が行われ、近いうちに電話回線の切断工事が予定され、敷地内でへの立ち入りを伴う工事となることもあると連絡があった。これで今までの番号が相手先に表示され、050の番号にかける場合だけ、こちらも050でかけるよう機械が振り分けることになる。発信するのにちょっと間が開くがほとんど普通の電話と変わらず使えている。そして料金が安くなる。「番号ポータビリティの手続き」に実は手間取って、申し込みから2ヶ月、1回目、2回目と受け付けられず、クリスマスイヴに電話してどうしたら申請が通るのか、かなりの口調で話してしまった。どうも新しいことはこちらもあちらも手探りらしい。明快とは言えない返答だったので、早めに踏み出してしまったことを後悔してしまった。手続きで上手く行かなかった原因は料金請求先の住所だった。「階」の数字の記載が間違ったままだったのがいけなかった。でもなんの支障もなく郵便は届いていたし、ネットで見るようになってからは全く思いもよらなくなってしまっていた。2回目は光回線を解約していなかったこと。これも請求先があってはいけなかったらしい。新しい光回線が上手くゆかなかったら、復帰できるようにと余分にお金を支払っていたことが裏目に出てしまった。電話した日が解約日となり、室内の配線はそのままと話したら、年明けてから工事に来た。外の電線にぶら下がっている箱から光ファイバーを切断し、室内のONUを外して10分くらいで終わった。壁に穴が2つ残ってしまった。ともあれ光ファイバーそのものは快適に利用できている。手続きが面倒だったのが難点でしたねぇ!
2006年01月11日
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寒さ対策に防風防寒のコート、帽子、手袋、マスクをし、リュックにはペットボトルをくくりつけてグループで歩く元気でちょっと年配の人々を目にすることが多い。たぶん谷中七福神参り。上野公園の青いテントがどんどん減っている。山谷の施設に行っているのだろう。テントのあった場所にはロープが張られ、「立ち入り禁止」と書いてある。新聞では狭い身動きがやっとということだ。でもこの寒さでは上野でも命に別状があるかもしれない。税金でできることって限られているけれど、間に合ってよかったと思う。ただ飼われていた猫は主人を失ったもよう。氷が張っているのを発見した。こども図書館の前庭の池にうっすらながら、広く氷っていた。9日には国立博物館前の池も。外はホントに寒いのだが、電車や博物館、デパートの中はコートを脱ぎたくなるほど温度が高い。ホットフラッシュするワタシは冷たい風に当たりながら、汗が出てくる体温調節不能状態で困っている。ダウンコートとベストを手に持って歩くこともしばしば。寒いけれど、都会は恵まれている。寒さ対策をすればどこへでも出かけられる。雪で大変なみなさんにどう役に立つかなぁと思う。ちょっと高いけれど、雪国出身の野菜や産物を購入したり、温かくなったら、旅行に行ってその地でお金を使うこともいいかなぁ。
2006年01月10日
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渋谷の映画館はすでに満席だったので、松濤美術館まで足をのばして、「幻想のコレクション芝川照吉」を見た。1月29日まで一般300円。芝川照吉は近代美術のパトロンのさきがけで、青木繁、坂本繁二郎、岸田劉生をはじめとする草土社グループ、浅井忠、石井柏亭とその仲間たち、藤井達吉や富本憲吉ら近代化を目指した工芸家など多彩な顔ぶれを援助していた。夏目漱石の手紙もあって交流していたことが分かる。青木繁の絵は国立博物館でしか見たことはなかったが、また違う画風の絵があったことを知った。毛織物貿易で富を築き、羅紗王と呼ばれ、若い貧しい芸術家たちに援助をして支えていたが、その富が恐慌で失われると、コレクションも散逸していったことを知った。関東大震災と恐慌で失われたもの、変えられた人生は大変なものがあることをここでも思った。調べたかったバーナード・リーチの陶芸の作品もあった。富本憲吉との交流があったので、芝川のコレクションにも入っていたのだろう。係りの方にお聞きしたら、文字の部分も撮影禁止だが、メモはOKということなので、必要な部分は書き留めてきた。バーナード・リーチは日本の影響を受け、交流あった人々は英国の文化の影響を受けていたことが分かった。ウイリアム・モリスの影響を受けて作られた織物の作品もあった。渡英した人々はヴィクトリア&アルバート博物館に行ったのかも知れない。たぶん美術館で珈琲にありつけるからと夫を誘ってやってきたが、大きな革張りのソファでゆっくり美味しい珈琲を味わうことができた。次の映画まで時間がある時はここでゆったり美術とお茶を楽しむのもいいなぁ。渋谷で歩くのは消耗するので。この日はそれでも成人の日だったので、歩行者天国となって、ヘブンアーティストも繰り出し、振る舞い酒もいただいてしまった。桃川と樽に書いてあった。
2006年01月09日
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階段を上がって、本館2階右の部屋に「犬」のモチーフの作品を集めて展示してあった。1月29日まで。埴輪犬、張子犬、根付、応挙筆「朝顔狗子図杉戸」などなど、洋犬もあって作品も犬の種類もバラエティ豊か。張子の犬は前髪を結わえてあって、江戸時代も同じ感覚だったことに驚く。また上野だけに西郷さんと犬の絵も欠かしていない。西郷さんの犬は耳の垂れた洋犬だったとか。パスポートで入って、本館2階のみを鑑賞した。みごとな生け花は15日まで。苔のついた大きな枝が使ってあって、心痛む(ワタシはこの部分で生け花となじめないでいる。)が、美的には申し分ない。生け込んだあと、ちゃんとお世話がされているようですし。
2006年01月09日
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6日にはずしたクリスマスの飾りつけをしまった。クリスマスリースは松ぼっくりやリボン、ワイヤーを取り外して、保管しておく。ゴミ袋の中でヒムロスギやもう干からびてしまった実を取り外すが、勢い余って、辺りに散らばる。クリスマスクリブや電飾、とにかくクリスマス用品は多い。1年に1度の出番で、見えないけれど必要な古びたお盆も含めて大切な品々だ。誰かが用意し、はじめは配膳に大活躍して、新しいきれいな使いやすいお盆が入ったので、1年に1ヶ月礼拝堂で美しいアドヴェント・リースに灯すろうそくを一番下で支えている。この汚いお盆が見つからないと探すのがワタシの役目なので、とても印象に残る。ゆくゆくはこのような形で老いて、役に立ちたいものだなぁと思う。クリスマスツリーのもみの木も飾りをはずして、外に運び出した。大きくなってしまうので地面に植えることはできない。夏の暑さに葉は黄色くなってバラバラ落ちて、哀れな姿になってしまっていた。ところが、クリスマスの間に新しい葉が出始め、少し回復傾向にある。春になったら根を切って、新しい土に植え替えようと話し合った。教会委員会を終え、夫の銀座に出て擬似ロンドン体験をしようということで、アフタヌーンティーをした。そのビルのお正月の飾りは空中に根ごと松が斜めに浮かぶデザインだった。松が十字架につけられているようで、胸が痛くなった。自然を痛めつけるデザインを良しとする姿勢がいやだ。当分頭に引っかかっていると思う。
2006年01月08日
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年末年始あっという間に過ぎ、出かけてばかりの毎日で、アイロンかけがどっさりたまってしまった。今日から出勤のおっとにも念を押され、アイロンかけに励んでいるが、一休みしてPCの前にいる。久しぶりのお弁当も、焼き魚を焦げ目多くしてしまった。用意しておいた材料も、外出外食のため、冷蔵庫にたっぷりと残っていて(おせちを用意しなくて正解)、なんとか野菜たっぷり料理でツジツマを合わせないと。アイロンかけながら、根菜のみそ汁をつくろうかなぁ。ゆっくり弱火で煮込む汁は野菜を甘く美味しくする。
2006年01月07日
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今年初めてのストレッチの日。終えた後の話題は今年は権現さまが賑わっていて、谷中七福神は15日までなら、お堂が開いているわよ。浅草は3日以降でないと混んでいて大変だから、でも行っておかないと気持ちがおさまらないわよね。谷中七福神は田端から上野まで歩くから結構タイヘン。でもやっぱり浅草まで行って美味しいもの食べて来たわ。と寒いのに、家で帰ってきた家族とお正月を過ごしたら、みなさんお友だちやご近所の方々と集って初詣に行くという。途中でお茶を飲んだり、詳しい方を案内役に恒例となっているそうな。そういえば、上野寛永寺も2日、3日は本堂が開いて、無料で上がって見学できるようになっていた。階段を上って見たら、将軍たちの束帯姿の絵も飾ってあった。上野動物園に急いでいたので、中には入らなかったが、こちらも面白いかも。初詣といえば教会で、1日は主イエス命名日、6日は夜顕現日礼拝に行った。今晩、3人の博士がやって来るかもしれないと思わせる寒い夜となった。動物園には上野と多摩に初詣してゴリラさんやオランさんたちに挨拶をした。「博物館に初詣」と東京国立博物館には垂れ幕とアートな門松が立てられている。こちらも近いうちにと思っている。
2006年01月06日
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日帰りお里帰りのため、歩いて上野駅に向かう。高い澄んだキレイな声が東京文化会館の近くまで響いていた。上野動物園のシロテテナガザルの声のような気がする。前回好評だった各種駅弁の特に地方のお鮨弁当を購入してお土産とする。温かい飲み物を用意してもらって、年老いた両親とゆっくり昼食を楽しむ。東京も寒いが東京を離れると温度差が更に厳しい。帽子のキライな夫を。プロデュース。して防水防風でフード付きのコートを動物園めぐり用に用意したのが、今年の冬はとても役に立っている。ワタシもダウンコートのフードをかぶって歩く。寒さは防げるが、視界が狭まり、音が遮られるので、自動車ビュンビュンの道路では危ないことが分かった。寒風吹きすさぶ駅のホームではとても助かる。TVで雪のたくさん積もっている地方の方が、笠地蔵の笠をかぶって作業をしていた。雪は落ちるし、視界もOK。この形は完成されたものだったのかぁ。雪国の民具は工夫に工夫を重ね、実際に使って残ってきたものなので、人間の努力と知恵に頭が下がる。先日みたモンゴル映画「天空の草原のナンサ」のパンフレットにモンゴルの人々は旧正月に羊をほふって、その一部で肉まんを作って凍らせておき、お客さんが来ると蒸してごちそうするそうだ。寒くて乾燥している国で、この季節にホカホカ美味しい食べ物が作られていた。自然の前には、理屈や科学技術も勢いがなくなり、地道な努力とか工夫、知恵の方が存在感があるように思えてしまう。夕食を作っていたら、テンメンジャンがきれていた。別な味にしようと思っていたら、寒い中、高度な技術で何層にも加工されたコートを着て、買い物に気軽に行ってくれた夫に感謝。
2006年01月05日
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多摩動物園は氷が張っていました。上野とは寒さが違うのです。ビジターセンター内オオカミの素顔展ではオオカミの凄さが解かる。ヨーロッパオオカミさん家族は遠吠えコーラスがみごと!!寒さのため、オランウータンのスカイウォークは中止されている。49歳のジプシー♀さんと近くでお話できる。上野からやってきたモリー♀さんも映像で見ることができた。セイロンゾウのアヌーラ♂さん。アフリカゾウのみなさんまだマオ♀は棒の下をくぐれる。ユキヒョウの子どもたちは素早くて写真を撮るのが難しくて、とりあえずじっとしていたお母さんだけ撮りました。チンパンジーの子どもはかわいいなぁ。10月に生まれた子はまだお母さんに隠れていてよく見えない状態でした。マレーバクさんたちは寒そうに見える。室内にいた子どもはまだウリボウとはいえ、巨大な赤ん坊となっていた。
2006年01月04日
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お昼にお客さんの予定で、リクエストもあり、いただいた美味しい日本酒で鍋を囲むことになった。お肉は2日のデパ地下の閉店30分前に購入したため、お正月お徳用パックにしてしまった。これは反省ものだった。もっとちゃんとしたお肉でもてなせば良かった。次回はすき焼きよりステーキか、ワタシの得意分野のカレーにしようと提案しようかしら。朝から大プリンを作ったが、150度38分でとろり状態をねらったが、心もとないため、160度7分追加してみた。周りにスが目だってしまった。温度を上げるより時間をかけよう。ラム酒をきかせ、甘みの少ない、苦めに砂糖を焦がしてキャラメルソースたっぷりの大人のプリンにしあがったと思う。お話がはずみ、午後見ようとしていた映画は夕方に行くことになってしまった。せきたててしまって申し訳なかったなぁ。これに懲りず、また来てね!
2006年01月03日
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モンゴル遊牧民の生活の記録としても素晴らしい映画だった。どこまで続く草原と空の美しく、自然の厳しさも想像でき、だからこそ人々が優しく寄り添って絆の固さを懐かしく、羨ましくさせる。昔からの伝説とからめて、大草原の小さなゲル(移動式住居)はモンゴルの3人の小さな子どもと若い夫婦の生活をほんとうに活き活き描いている。広い草原で家族だけの生活では心細くてしかたないだろうと思ってしまうが、どうもそうではなく、確信を持って生きている。6歳のナンサは馬を上手に乗りこなして、両親をよく支えている。家族でよく働く。ゲルの中はカラフルで立派なインテリアで驚いてしまう。またゲルをたたんで移動の準備の映像で、構造が良く分かる。昔から知りたいことだったのでうれしかった。子どもたちも手伝って、牛車に積み込み、移動して行くようすは、大昔からそうしてきたことを見せてくれる。子どもを可愛がるお母さん、命のいとおしさをお父さんは充分に表現していた。またこのままの生活もよいけれど、モンゴルの遊牧民の将来の生活の変化もすぐそこまで迫ってきていることも描かれいた。馬、牛、羊もモンゴル独特で、特に羊は山羊と区別がつかないくらい。
2006年01月03日
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上野動物園のホッキョクグマはこの日珍しく滝に打たれて、遊んでいました。ところがカラスは我が物顔でおやつを横取りしていました。そこでクマは面白いことを思いつきました。そうだ、ホネで遊ぼう!くわえて行って、水に落とし、ダイブして拾ってまた落として潜ってと楽しそうでした。
2006年01月02日
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1月1日は主イエス命名の日、まだクリスマスの中にある。主教訪問日にもなっていて、いつもよりたくさんの人が集まった。主教さんが、洗礼を受けてさらに信仰を固める信徒の頭に、手をおいてお祈りする堅信式も行われた。そして、その方は始めてパンとぶどう酒をいただくことができるようになる。緊張されていたが、礼拝後の挨拶では笑顔がこぼれ、うれしそうだった。教会委員の選挙開票、恒例の持ち寄り新年会も行われ、宴はのんびりと夕方まで続いた。それぞれ工夫をこらしたお料理が並べられた。お料理はちょっとという方はお酒を持ってらして、こちらもいろいろ試しがいがあった。自慢の日本酒はあっという間になくなってしまった。中締めの前に聖歌20番を歌うことになり、伴奏はなんと主教さん自らピアノを弾いてくださった。クリスマスはあわただしいが、お正月はゆっくりとお話もできて、クリスマスはお正月に祝うのは大正解だと思う。主教さんを1日から来ていただくのは申し訳ないけれど、信徒の話もゆっくり聞いていただけたと思う。
2006年01月01日
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迎春2006年正月今年もよろしくお願いいたします
2006年01月01日
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