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アレルギーの会 全国連絡会は、全国各地のアレルギー患者会(サークル、親の会)がお互いに情報交換し、患者を取り巻く環境改善へ力を合わせるために発足しました。私が参加している地域患者会(○○アレルギーっ子の会)も加盟しています。アレルギーの会 全国連絡会は、被災された食物アレルギー患者へ必要な物資を届ける活動をしています。(東北関東大震災における今までの活動はこちら)アレルギーの会 全国連絡会(ブログ)にて、宮城県仙台市でご自身も被災された三田久美さん(ヘルシーハット店長/患者会あっぷるんるんくらぶ会長)が、被災地から活動報告をしてくださっています。私は参加している患者会を通して、少しですが義援金を送金しました。もちろん個人でも協力できます。☆:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:☆☆食物アレルギー物資支援拠点☆(認定NPO法人アレルギー支援ネットワークより転載 )◆宮城県: ☆お問合せ先: ヘルシーハット 三田(ミタ)さん 仙台市宮城野区小田原1丁目4-26 022-292-0355 kumi@healthy-hut.co.jp☆物資保管先 ・多賀城市役所 健康課 多賀城市中央区2-1-1 022-368-1141 内線133 ・石巻市役所 健康推進課 石巻市穀町14-1 0225-95-1111◆岩手県: ☆お問合せ先: 盛岡アレルギーっ子サークル「ミルク」 鈴木さん 090-7233-2736 morioka-arerugi@eco.ocn.ne.jp☆物資保管先 ・岩手県社会福祉協議会(ふれあいランド岩手) 盛岡市三本柳8地割1番3 019-637-7444 ・大船渡市役所 福祉事務所生活福祉部保健福祉課 平山 求(もとむ)生活福祉係長 日赤担当 大船渡市盛町字宇津野沢15 0192-27-3111 内線185 ・宮古市役所 新里トレーニングセンター 田口さん、長沢さん 宮古市刈屋第17地割3 0193-72-2669 080-5949-8139 080-5949-8136 ・陸前高田市役所 学校給食センター 村上 弘人 陸前高田市高田町字鳴石112-11 0192-55-2073 ・田野畑村役場 保健センター 三田地さん 下閉伊郡田野畑村田野畑120-3 080-2108-1342 ・釜石市 災害対策本部 寺田尚弘 釜石ファミリークリニック院長 釜石市鈴子町22-1 080-1819-7260 ・山田町役場 健康福祉課 芳賀 善一 主任 下閉伊郡山田町八幡町3-20 0193-82-3111 090-4041-3167 ◆福島県: ☆物資保管先 福島県社会福祉協議会 福島市渡利字七社宮111番地 福島県総合社会福祉センター内 024-523-1251 アレルギー疾患があり、食料に困っている方はすぐに、声を挙げてください。国は患者の要請がなければ支援できないといっています。また、物資を送れたとしても、どこへ届けていいのか分からず患者に届く前にどこかへもっていかれてしまいます。各県の対策本部に国の災害対策本部や自衛隊の方がいるので、その方にアレルギー対応の物資がないことを伝えてください。☆:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:*:;;::;;:☆ランキングに参加しています☆愛のポチで応援をお願いします(*^。^*) いつもありがとうございます(*^^)v
2011年03月28日
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電気復旧後、初めて知った東日本大震災。耳で聞いた情報は曖昧で、映像は多くの情報を伝えるものだということを改めて知りました。何度も繰りかえし見せられる、衝撃の映像と身一つで難を逃れた方達の姿。本当に多くの人々が亡くなって、助かった方も家族や大事な人を家も何もかもを失った。同じ日本の、それもすぐ隣県の話。自分はたかだか停電だけで済んで、それはとても幸運だったということ。そしてすぐ、何不自由のない日常生活に戻れているということ。家族がいて、暖かい部屋で、お腹いっぱいご飯を食べられる、なんて幸せなことなんだろう。被災された方の様々な声を見てきました。「知る」ことは大事。そう思う。だけど、苦しくて。被災された方と何不自由なく過ごせている私、一体何が違うんだろう。どうして私はココにいるんだろう。避難所も自宅被災者も福島も子供も妊婦さんもアレルギー患者も女性もお年寄りも医療スタッフも、皆みんな助けたい。何も出来なくてごめんなさい。何不自由なく過ごせてごめんなさい。ただ泣くことしか出来ない。そんな自分が許せない。何をするにも罪悪感を感じてしまう。…そんな日々を過ごしていました。私に出来ることはなんだろう?ってずっと考え続けています。困っている人を全部何とかしたいけれど、私にはそんな力はないから。出来ること、小さなことから一つひとつやっていこう。・正しい情報を取捨選択する → まずは自分がぶれないために。冷静に。・継続して情報を得る → 現実逃避しない。苦しくても、知ることは大事。(今でもちょっとしたことで1日に3回は泣いていますが、他人のことで泣いてる私は幸せです)それと。直面する事態の重要性と危険性を、私が身を持って知っているのはやっぱり「食物アレルギー」のこと。食物アレルギーの方達の後方支援をすることで(ずっとずっと後ろだけれど)、罪悪感から開放され、前を向いて行けるようになりました。こんな時だからこそ、情報発信することの重要性を感じています。ランキングに参加しています☆愛のポチで応援をお願いします(*^。^*) いつもありがとうございます(*^^)v
2011年03月28日
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長い間更新していなくてごめんなさい。東日本大震災の影響を心配して下さった方、ありがとうございます。私も家族も無事です。私の住んでいる地域では、有り難いことに停電だけで済みました。地震直後から停電になったので、一体何が起きたのか分かりませんでした。ちょうど華を小学校まで車で迎えに行って、学校に着いた瞬間に地震が起きました。すぐに華と合流できひと安心しましたが、帰り道の信号がすべて消えていて、辺り一帯が停電していることを知りました。車のラジオは地震速報ばかりで、太平洋側を襲った大津波のことは私はまだ全く知りませんでした。私は、その2日前にも地震があったばかりだったし、大したことはない、この停電もすぐ1~2時間で復旧するだろうと軽く考えていたので、私の頭の中は、この日の18時から予定されていた小学校のPTAのことなどを考えていたんですよ。知らないというのは、なんと言うか幸せと言うか、強いものですね…。停電中は、同じ市内の私の実家に居ました。実家には反射式の灯油ストーブが1台あり、皆で1部屋に固まって過ごしていました。(3月でもまだまだ雪が降っています)市内では一部断水していた地域もあるようでしたが、実家は(自宅も)停電だけだったので、ササニシキ(米アレルギーの息吹が唯一食べられる普通米)を土鍋で炊いてご飯を食べることができました。いつ普段の生活に戻れるか分からない、その不安の中、やはり食料が一番心配になります。食物アレルギーの患者は、たとえ緊急事態であっても「何でも食べられる」わけではありません。小麦や米など主食にアレルギーがある場合、食料の確保が難しいです。我が家はなんとか食べられているけれど、同じように食物アレルギーのある友人らが心配でたまりませんでした。卵と小麦のアレルギーでアナフィラキシーショックを起こす華のクラスメート、ちゃんとご飯を食べられているだろうか?それから、米アレルギーの子ども達がいる友人。お家には何度も遊びに行っていて、確かオール電化だったはず。米にアレルギーがある場合、たいてい小麦や他にもアレルギーがあるマルチアレルギーの場合が多いので、コンビニやスーパーなどで食料を調達できないのです。固定電話も携帯も使えなかったので連絡のしようがなく、米アレルギーの友人には直接会いに行きました。友人宅は思ったとおりオール電化で、暖房のない部屋で、子ども達は冷凍庫内で解凍されてしまった米パンなどを食べていたそうです。(我が家同じく解凍されてしまったため、米パンやヘルシーハットのケーキを食べていました♪)停電が長引くようなら私の実家に来るようお誘いしてきました。幸いにも友人と会って数時間後、2日目の夜(約28時間後)には電気が復旧。暖房と明かりのある日常が戻ってきました。安心したのも束の間、テレビを点けて、あの衝撃的な映像を見て言葉を失いました。ランキングに参加しています☆愛のポチで応援をお願いします(*^。^*) いつもありがとうございます(*^^)v
2011年03月27日
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