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宮部みゆきさんの時代物を初めて読みました。現代の小説を読むより、時代小説のほうが人の「情」を感じられるのはどうしてだろう…なんて考えてしまいました。本文中、幾度となく「その日暮らすのも精一杯…」って言葉が出てきます。その日食べるものを手に入れるのも大変なら、それを料理するのも今とは比べ物にならない手間がかかっていて…。ほんの一握りの人間以外は、みんな「飢え」ということを意識して毎日生活していたんだろうか、と想像できます。「死」を身近に意識しているからこそ、一生懸命さ、ひたむきさが現代人とは違うのかなあ…なんて。そんな単純に言えるものではないかもしれませんけれど。ミステリ、謎の部分も本格的なものじゃなく、あくまで「情」を引立たせるための「脇」役みたいに感じます。(物足りないって意味じゃないですよ!) 鰹、白魚、鮭、柿、桜…。江戸の四季を彩る「初もの」がからんだ 謎また謎。 夜っぴて屋台を開いている正体不明の稲荷寿司屋の親父、 霊力を持つという「拝み屋」の少年など、一癖二癖ある脇役たち… (文庫版裏表紙のあらすじより)この稲荷寿司屋の屋台で出される料理、お菓子が実に美味しそう。寒い夜、あったかい汁物なんか、はふはふいいながら啜りたい~。この屋台の親父さん、正体が謎な上に事件の謎解きにも一役買ってくれてとても気になる存在です。(美味しいもの+謎解きの組み合わせってもしかして無敵では!?)この「初ものがたり」では親父の正体は明らかにされていません。著者のあとがきにも「事実上この一冊で作品の刊行が止まっている」「いつか必ず再開します」云々、とあります。うーんうーん…柊が知らないだけで、この岡っ引きの茂七のシリーズ、続編出てます?続きが読みたいですー。…とはいえ、宮部さんの時代物には未読のものがいっぱいあるので読む本には困りません(笑)「旧画像倉庫」がそのうち廃止されちゃうかもしれない、というニュースを知り「では、いつも使っている画像を移動させておこうか」と思ったものの、1~2個移動させた時点で面倒になってしまいました。過去日記に使った画像についてまで一つ一つチェックして、画像を入れ替えるなんてできっこない…。ああ、あきらめの早い私。(内心、「旧画像倉庫」廃止反対運動が起きて、楽天側が廃止を取りやめてくれないかと期待している…笑)過去日記に関しては、やたら「×」マークが目立つようになっちゃうかもしれませんが見苦しいのはどうぞご容赦を~
2005.10.31
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土曜日のラジオは面白い。聴いていたら、今週はこんな企画が流れてきました。「十二時間耐久映画サーキット」(正式タイトルを忘れてしまったけど確かこんな感じでした)シネコンで、朝からレイトショーまでとにかく映画を梯子しまくる。次の映画までの待ち時間にざっと感想を収録、また次の映画へ雪崩れ込む…とまあ、こんな企画です。番組担当の地元FM局の男性DJ二人が映画を観ている間には現在二人が見ている映画のテーマ曲、主題歌が一曲流れる…と。いいなあ…この企画。柊も是非参加したい!!(笑)…なんて。観てきた直後の率直な感想が聴けるのが先ず興味深かったです。梯子しているため、だんだん声に疲労が滲んでくるのもリアルだし、だんだん頭の中でいろんな映画がごっちゃになっていってる感じが笑えます。朝から映画館に居続けて、一体何本の映画を観ることが可能なのか!?映画一つめは「シンシティ」感想のひと言めは「ミッキー・ロークの特殊メイク、すごすぎて本人だとわからない」でした。(うーん、柊もこの映画観たけど、もともとミッキー・ロークにいい印象を抱いていなかったのでその辺はどうでも良かったな~)「ジェシカ・アルバが可愛かった」(柊は他の娼婦役の女優陣のがゴージャスに見えたなあ…。この辺が男の側から観た視点との違いかしら?いや、単なる好みか)二つめは「チャーリーとチョコレート工場(吹替え版)」う、この二本を続けてみること自体、しっちゃかめっちゃかって感じ。吹替え版を担当した声優さんについて言及される。「チャーリーのおじいさんの声、磯野波平さんの顔が浮かんできました。」(う、そういえば。これ、柊が映画を観ている最中に気づかなくて良かった。チャーリーとおじいちゃんの感動的な会話が波平さんとカツオに聞こえてしまったらなんか違う映画になってしまうもの~。やっぱ字幕がいいです、柊は)三つめは「忍ーSHINOBIー」「山田風太郎さんの原作がまるきり××されてましたね。あの雰囲気ではまるで池波正太郎」(思わず爆笑してしまった…。)「いいかげん、頭の中がぐしゃぐしゃでミッキー・ローク演じた役と椎名さんの薬師寺天膳ごっちゃになってました。」(うーん、確かに、どっちも不死身に近い役なので気持ちはわかる~!)四つめは「ファンタスティック・フォー」(おお、柊未見の映画だ)「この映画にもジェシカ・アルバ出てましたね。彼女引っ張りだこですね。」(そーなんだー)「Xメン+スパイダーマンって感じでしたね。」そして、ケビン・ベーコンが透明人間を演じた映画の話なんかが出てくる。(あの映画、柊は恐くて不気味で苦手ー。近年、ケビン・ベーコン悪役ばかり?)五つめはいよいよレイトショーで「ステルス」(おお!これまた未見の映画。うーん、梯子して一日に見れる映画は五本が限度ってことか…。)DJお二人の声が心なしかほっとした様子に聞こえる(笑)「振り返ってみると五本ともあまり考えなくてすむ映画ばかりでしたね。」「眉間にしわがよらなくていいものばかり」「予想してたお話と違ってて、ひねりが加えられててこれが一番面白かった」etc……そこへ一本の電話。「これからそのシネコンで「蝋人形の館」のフィルムテストがあるんだって」(業界内での試写会みたいなもの!?)もはや映画の感想は出てこず、「足、組みすぎてつってます」「落ち着きなかったもんねー」などなど身体的苦痛を訴える内容(笑)十二時間耐久のはずが予定を通り越して十七時間に及ぶ収録に。(こんなに耐えてるのに、このラジオ番組は編集されて、たったの一時間!) …DJのお二人…お疲れ様でした。言及されてるように、重い内容のものが一本も入ってないってとこがミソですね。柊自身の記録は二本立ての映画(A,B)をA→B→A→B→Aと五本分観たのが最高です。(ちなみに「尼僧の恋」と「顔のない天使」の二本立てでした。)映画館に入ったのは朝方だったのに出たら真っ暗、というのが印象に残ってます。同じ内容のものを繰り返しみるのは平気だけど、全く違う内容のもの5本以上ぶっつづけで観るのはきつそう。それに重い内容のものを続けてみるのは駄目だろうなあ…。例えば、「ミスティック・リバー」に「ミリオンダラー・ベイビー」「ダンサーインザダーク」に「ドッグヴィル」…なんて組み合わせはむ、無理だっ。ああでも、映画の梯子。なんて素敵な響き…
2005.10.30
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本日は子供たちの学芸会。今年は合奏です。ディズニーの音楽、歌を聴かせてくれました 毎年、学芸会前は「○○の役がやりたかったのに」とか「○○(楽器名)の担当になりたかったのに」とか、なかなか自分の希望が叶わず、悔しい思いを訴えられては「役を勝ち取るには人一倍の努力と運が必要なんだよ~」なんて答えることしか出来ないのが歯痒いのですが、しばらくすればきっぱり気持ちを入れ替えて自分のパートをしっかり練習し、まわりの音を聴いて、気持ちを一つにした演奏を聞かせてくれるのだから、悔しい気持ちを持つのも決して悪いことじゃないよなあ…と思うのです。内心、子供同様「何で~!?」なんて思ってたりもするのにね(笑)「骨密度検診」なるものを受けてきました。結果は後日、郵送で届きます。前日、ヨーグルトを食べてみたりしたのですが無駄な抵抗かしら。ここんとこ、ホントに運動不足を自覚してるので「まずいなあ」なんて思ってるとこです。 …うう、どうしよう。「エターナル・サンシャイン」のDVDを購入しました。 映画館で観たときの、「もう一度観たいっ!!」っていう印象が強烈だったのでメイキングも面白かったです。記憶が消去されていくシーン…とても凝っているのですが遠近感を利用したり、人の目の錯覚をよぶように大きさを違えて作られたセットなどにびっくりしました。最近の映画は特殊効果=ブルーシートを使った合成?なんて即考えてしまうけど、そういった録り方では生まれないリアリティがあるんだなあ…。いつものジム・キャリーらしからぬ演技が観られるのもこの映画の特徴!?メイキングで見たおどけっぷりの方が余程いつもの彼らしい(笑)辛い経験や記憶は消してしまった方がいい…?というのがこの映画のテーマですが、「辛い経験、失敗があってこそ生かせるものがある。この役を演じるために、自分の辛かった経験をいっぱい思い出したよ」というジム・キャリーのインタビューが印象深かったです。全くの余談ですが、首を寝違えたのか痛くて仕方ありません上を見れない(笑)枕があわないのかなあ~。
2005.10.29
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「わずか6秒の映像を作り出すのに一週間を要する」(1、2秒の映像を撮影するのに12時間を要することもある、とはHP談)少しずつ人形たちを動かし、撮影することで動きを生むその映像の美しさといったら…瞬きする間も惜しいです。ホントに。ジョニー・デップの声聴きたさに字幕を選んだ柊だけど、「この映像を隅々まで味わうには吹替えにするべきだったか…!?」と一瞬、思ってしまったくらい。この映像は下手な実写映画を観るより、ずっとずっと観る価値あります。映像を楽しむ為には吹替えがお薦め…なんだろうけど物語の展開と声の演技を楽しむならやっぱ字幕なんだよなあ(笑)ミュージカル仕立てになっていて、キャラクターたちが各場面で心情を吐露する歌が何といっても聴きどころだし、牧師役のクリストファー・リーの威圧的かつユーモラスにも聴こえてくるあの独特の声がとにかく絶品なのです~。内気で気弱なビクターを演じたジョニー・デップですがこんなふうにしどろもどろになっちゃってる役柄・雰囲気ってこれまであんまりなかったのでは…?怯えっぷりも、そこから醸し出されるコミカルさも思わずと笑っちゃう。でもなんといっても一番の見どころはコープスブライドその人。声を演じたのはヘレナ・ボナム・カーター。ホラー映画ばりの登場シーンにはじまって、死後の世界の描写などブラックユーモア満載なんだけど…次第次第に彼女の不気味な外見よりもその一途で純粋そのものの内面に惹かれずにはいられなくなること、間違いなし。花婿一人に、花嫁が二人…ああ、この三角関係のじれったさっ!みんなみんな、幸せになってもらいたい~っ!! …というわけで、ラストシーンは是非劇場でもうすぐハロウィンですし、お薦めです♪ *「ティム・バートンのコープスブライド」公式HPは→こちら
2005.10.27
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現実の生活と、不思議な異界との境界線。その狭間でふんわり漂っていられる、その匙加減が丁度いいですこの物語の中で、不思議世界と繋いでくれるのは紅い箪笥の引き出しと、主人公の弟君です。姉弟の会話が、仲が良さげでちょっと羨ましくなってしまいます。柊にも弟がいますが、こんなふうな、親しい会話は交わしたことがないので…。異性のきょうだいというのはこんなものなのかな、と思ってきたけど実はそうじゃないのかな?小学生くらいまでは仲良く遊んだ記憶もあるのだけど、それ以降はぱったりです。(いや、私的なことはどうでもいいんですけどー)本名を呼ぶのはよくない、というので家族を仮の名で呼び合う家族が出てきます。(余談ですが、「真実の名」を知られることは相手に支配されること…ってあしべゆうほさんの『クリスタルドラゴン』を思い出します~。)名前はその人の本質をあらわすものだから、無闇に口にしてはいけない、他者の耳に聞かれてしまうと、タマシイを引かれていってしまう…?変わった習慣だと思いますが、その縁起・理由はわかる気がします。真似したくなっちゃう…けどうちの家族じゃ無理だろうなあ長野さんの本はまだ数えるほどしか読んだことないのですが、この『箪笥のなか』は不思議なんだけどそれが自然体なところが好きです。
2005.10.26
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犬探し専門の調査事務所を開業した紺屋。ところが舞い込んできた以来は失踪人探しと古文書の解読。別々に見えた二つの依頼だったが次第にリンクし始めて…というあらすじです。 この二つの依頼がどう重なってくるのだろう…??という前半。謎を解決する為の一つ一つのピース、そして登場人物が出揃ってくるまでがちょっと都合良過ぎる気もしないでもないのですが、それはシリーズ物第一作目という性質上仕方がないかな…?半分を超したところで、あとはもうスピード!一気読みです。重要部分を明かしてしまうことになるのでここには書けないのですが失踪人が姿を消した理由が(柊にとって)すこぶる恐い内容。読みながら、ぎくぎく!してしまいました。自分にもしっかと思い当たる節があったりするので…。なかなか勉強にもなります。物語の核はどちらかといえば古文書の方でしょうか。作者自身、こういった古文書やそれにまつわる文献を付き合わせる作業、好きなんじゃないかな~なんて想像します。本文中の言葉を借りれば「知識が認識を変える体験」。これを味わっちゃうと、作業に病みつきになりますね…確かに。・・・で結末はというと。「そうきましたか!」という感じ(笑)もしかして…シリーズ二冊目にも続いたりする!?これって伏線?なんて期待しちゃうような終わり方…ずるい(笑) <あ、物語はちゃんと解決してますのでご心配なく!>ところどころと笑っちゃうような台詞、文章が現代っぽい、青春小説っぽい所ですね。今度は噂に聞く、米澤さんの古典部シリーズを読んでみたいです。シリーズ第一作目の『氷菓』、古本屋さんにないか探してみたんですけどなかったです…うーん、見つかるまで待つべき!?それとも定価で買っちゃう!?先日までバルビレッジというゲームに嵌っていたのですが、せっかく文字を揃えて手に入れたアイテムを他者に持っていかれちゃったり、家の中を荒らされてしまったり…画面を開くたびに不快になることが多いのでやめることにしました。持ってかれても、持ってきてもお互い様~というのはどうも柊の性には会わないみたい。本日より正式版がリリースになるのですが、アイテムを持っていかれないようにする為には有料(月額500円)が必要…とお知らせを見て更にがっかり。ゲームに、しかもアイテムを守るというのに月額500円もかかるなんて阿保らしい。古本屋で5冊も、新刊で一冊は文庫が買えるじゃないの。しばらく前にお薦め記事を載せてしまったりしたけど…今はお薦めしません☆ごめんなさい~。とりいそぎ、お知らせです。 *ついでに柊の別宅案内 →
2005.10.25
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先日、三島由紀夫の『奔馬』を読み終えたのでそれに続く『暁の寺』『天人五衰』を購入してきました。目標は年内読了です …が、現在またまた読書欲停滞中…。『奔馬』のインパクトを引きずってしまっているようです。(現在米澤穂信さんの『犬はどこだ』を読んでいるのですがなんだか集中力を欠いてしまって読み進まない…なんて勿体無い~)こういうときは気分転換、漫画に限ります(←どういう言い訳だ)以前から、ちょこっと立ち読みしては「いつかじっくり読もう」と思ってた吉野朔美さんの『お父さんは時代小説が大好き』『お母さんは「赤毛のアン」が大好き』の二冊も一緒に購入してきて、一気読み~! 吉野さんの読書量も半端じゃないなあ、と思わず感嘆のため息が…。世のなかにはほんとに、ほんとに、ほんとに、読んでみたい本が溢れまくってるんだなあ…。いったいどーしたらいいんだ…。柊も読んだ本を読まれていると嬉しい♪けど読んだことない本の方が大半を占めてますね追いかけたい衝動に駆られる。ああどうしよう。「小説家だって顔がイイに越した事はない。」 …一理ある。(いや、真理かもしれない。)『新・心理診断法』という本には三島由紀夫がロールシャッハテストを行ったときの事例が載っているらしい…そこだけ読んでみたい。(←邪道)“読みきった自慢”(男性編)の穂村さんの似顔絵…似てるっ!穂村弘さんとの対談も興味深く…。(そういえば穂村さんのエッセイにも吉野さんが登場してましたね。)…などなど一つ一つに相槌をうってしまう…。本にまつわるエッセイって面白いですねー興味ある人物の本棚を眺めてみたい、そういう心理って何なんでしょうね。 *柊の別宅案内(偶に更新) →
2005.10.24
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柊は、テレビよりラジオを聞いて過ごす方が多いです。今日、土曜日の午後…ラジオを聴いていたら映画主題歌リクエスト特集なんて流れてきて、思わず耳をそばだててしまいました柊の場合、邦画部門より洋画部門の方により感情移入して聴いてしまいました☆「ななななな懐かしいぞー!」なんて。映画の余韻に浸りつつ、エンドロールを見送りながら聴いた主題歌…。音楽を聴くと、映画の内容はもちろん誰と一緒に観たかとか、あの場面が好きだったとか、そういう思い出も一緒に蘇ってきて「うぎゃー!」なんて叫びたくなったりして。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「レオン」なんて一体何度観たんだ、私。こんなこと書いている今も「Stand by me」が流れてきた…。うーんうーん、懐かしいじゃないの~。浸っちゃうぞ、もう。当時、歌詞の意味が知りたくて辞書を引き引き訳したりしたぞ…くうう。(これは洋画、青春映画部門の一位だそうな、納得~。)あ、次は恋愛映画部門。「ゴースト・ニューヨークの幻」…映画館では観なかったけどテレビ放映があると観てしまう…。ウーピー・ゴールドバーグ、この映画で知ったんでした。「タイタニック」…妊娠出産を経て約一年半ぶりに映画館に足を運べた。「久しぶりだ~」という感慨に浸ってると、後ろから映画の結末をネタバレする会話が聞こえてきて興醒めしたんだわ…。(上映前なのにっ!大声でっ!)別の意味で泣けた映画です…。氷山が浮かぶ海に船が沈んでいくシーンを見てたらがたがた震えがきて、家に帰った頃にはすっかり風邪を引いてしまったんだよね。これも感情移入した証拠!?なんて思ったり。「ノッティングヒルの恋人」…記憶薄。白状すると途中で寝てしまったらしく結末を知らない(爆) ひー。あああ、番組終わっちゃった。(実況中継で書いてしまった)番組は主題歌特集だったけどテーマ曲だったり、劇中歌だったり映画にまつわるいい音楽はも~っといっぱいあるはず。あー、もっと聴いていたい *ラジオ番組中で紹介された曲は→こちらああ、でも映画が観たい。観たい。観たいよー!!柊には探して探して、それでも見つけられなかった映画のサントラ盤があります。それは映画『尼僧の恋』のエンドロールに流れていた曲。(柊にとっての恋愛部門第一位の曲はこれですね。)『尼僧の恋』って今DVD出てたりするのかな。検索かけて調べてみよう…。ご存知の方、いらっしゃるかな??
2005.10.22
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「天然生活」12月号を買いました。一気に読んでしまうのが勿体無い気がして、ついちびちび読みを(笑)コーヒー&チョコレートの組み合わせに惹かれますでも、柊は苦味が苦手で飲めません。香りは好きなんだけどなあ…。ふう。せめて美味しい紅茶を淹れて、読書タイムを楽しもうっと。チョコレートはね、今日、ロイズのチョコレートを頂いたんですよ。えへへ昨夜、テレビ放映されてた映画「キャスパー」を家族みんなで見ました。金曜日の夜は子供たちも夜更かしするようになって来ましたね。こんなふうに気楽に、みんなで笑い転げながら観られる映画も楽しいなあ、なんて思いました。子供達が真剣に「キャスパーみたいなおばけがいたら」なんて顔で観てるので、思わず後ろから脅かしたくなるんだよね~。キャスパーはとっても可愛いおばけです。こういうおばけなら、ちっとも怖くない(と思う)クリスティーナ・リッチが可愛かったな「スリーピー・ホロウ」「耳に残るは君の歌声」以来観てない気がするんですがどうしているのかなー。
2005.10.22
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最終行の壮絶さに、言葉をなくしてしまう。この一文に、作者である三島由紀夫の最期を思い浮かべてしまう人は少なくないのでは…と思います。もしも転生することが叶うなら、人は「決して同じ過ちだけは繰り返したくない」と望むのではないかしら。転生したといっても前世の記憶を持って生まれ変われるわけではないし、育つ環境や受ける教育によって、性格すら以前と違うものになる可能性もあるけれど。それでも、魂の根本的な部分だけは変わらずに、何度も何度も同じものを望んでしまうなら…それは何て残酷な仕打ちだろうと思う。『春の雪』の松枝清顕が自身の理想とする恋に殉じたなら、『奔馬』の飯沼勲は自身の理想とする志・その果てにある死をただまっすぐに欲していく。考えを同じくする同志達と共に政府・財界の要人を暗殺した後は自刃して果てたい…そんな勲の心情に、自己陶酔の気を感じないといえば嘘になるけれども、その思いが純粋であろうとすればするほどにどんどん深みに嵌っていき…前世と同じ轍を踏もうとしている様は哀しい。それはただ一人、転生の秘密を知る本多繁邦の無念にも重なって読んでいて歯痒くなってくるほどです。彼を救いたいと思えば思うほどに、彼は巧みにその思いをすり抜けて自らの理想に殉じていってしまう。鮮やかな印象だけを記憶に残されて、ただ観察者・傍観者としての役割しか与えられないということに(読者を含め)、虚しさを覚えない人間が果たしているんだろうか。悔しさと、羨望と、嫉妬のない混じった気持ちのまま物語は「豊饒の海 第三部『暁の寺』」に進みます。うううう、年内に「豊穣の海」四部作を読み終わりたいなあ。10月29日からは映画『春の雪』が公開になります。『春の海』を読み終えた直後は「三島由紀夫の文章との隔たりを観るのは何だかな~」と思っていたけど『奔馬』を読み終えた今は「見届けてみたい」という気持ちに変わりつつあったりして…。ちょっと公開日が待ち遠しかったりします。
2005.10.21
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酷評を目にすればする程、劇場に足を運んでみたくなる天邪鬼な柊です偶には素直に人の意見を聞き入れましょう(爆)うーん、うーん、うーん。これは一体何が言いたいんだとか考えてはいけないのよね。確かに描写がやたら残酷な上に気持ちが悪くてしょーがない。でも出演者がやたらと豪華つまり「何故、こんなところにあなたが~!」と問いたくなる方が何人か(笑)その筆頭がイライジャ・ウッド。ううう、脱フロド宣言??「エターナル・サンシャイン」でも、どーしてまたこういう役を?…と思いましたが更に輪をかけてすごい。台詞一つないのに、その不気味な存在感は人一倍。「ううううう、カムバック、フロドーっ!」とは私の心の叫びです。(あまりのギャップが面白いといえば面白い…けどあんまりだ)お次はベニチオ・デル・トロ。映画中、柊が最も面白いと感じたのは彼とクライヴ・オーウェン二人の車中での会話シーン。えらくシュールなシチュエーションにも拘らず、この二人が真面目に演技している姿が最高でした。監督に(或いは原作に?)オモチャにされてるとしか思えん役どころなのに最期の瞬間まで演じきった姿に涙涙涙…かなぁ?逆にこういう映画でも美味しい役どころを貰えたね、と思ったのはブルース・ウィリス、クライヴ・オーウェンでしょうか。良かったねえ…なんて思わず言いたくなる(笑)どんだけ痛い目にあってもしぶとく生き返る?不気味な男優陣に比べ、女優陣の存在とその生き様は鮮やか。その容姿、姿態は同性から見てもゴージャスでした。デヴォン・青木演じるミホが日本刀を操る様は「KillBill」のユマ・サーマンをどうしたって思い出してしまうんですが…女が強いシーンは許せる(笑)「彼女たちの登場シーンだけは見応えある」と書かれた感想を見かけましたが、納得。タランティーノが制作に参加している、というので食指が動いた柊ですが監督はロバート・ロドリゲスという人。「レジェンド・オブ・メキシコ」でげろろんとさせられたのを後から思い出す(既に手遅れだ)タランティーノが全てのシーンを監督してくれてたらこんなに後味悪すぎなかったんじゃないか、なんてチラと思ってみたり。怖ろしいことに!?「シン・シティ2」の制作が決まっているらしい。柊はもういいです…(←とか何とか言ってて俳優次第では観に行きそう)途中退席する人が多いと聞いていたけれど…二時間しっかと観てしまった自分の忍耐力を今は誉めたい気分。(忍耐より時間を大事にしろよ、とは突っ込まないでくださいね。ははは) …脱力。 *「シン・シティ」公式HPは→こちら
2005.10.20
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自分自身に対する膨大な不満とやり場のない憤り…理想を掲げてそれらを突き抜けようとしても、結局は「現実」という壁にぶちあたって玉砕してしまう~のかな? *「スクラップ・ヘヴン」公式HPは→こちら「世の中、想像力がたんねえんだよ」…てな具合に作品中、「想像力」という言葉が何度もキーワードのように出てくるけれど、登場人物たちはこの言葉を駆使しているように見えて、実はその重さに自らに溺れちゃってるような気がします。…というのも柊が思う「想像力」と、彼らの取る行動がかけ離れたものだったからかもしれません☆突飛な行動を取ればそれは「想像」的かというと…なんか違うような気がする。小説中の一文を読んだとき、何小節かのメロディーを聴いたとき、美しい風景を見た時なんかに、どうしようもなく自分の内側から何かが溢れてくるようなそんな感覚を味わうときがあります。(稀だけど)感化されるというのか。それとも触媒効果なのか。「想像力」なんてものは、そんな小さなきっかけに過ぎない気がする。それに伴う結果がどんなものであろうと、一切責任は持ちません、みたいな野蛮なきっかけ。想像力云々、世のなかがどうこう、…色々言葉を尽くすけれども自分の中に溜まっている不満を回りに散らしたり、自身を傷つけることで解消しようとする限り、結局のところ「幼い」気がするんだよね…。それは若さ故だから、なんて納得させようとするのは少し乱暴な気がするんです。(主人公たちが10代ならまだ通用するかもしれないけど、一応社会人でしょう??)言ってることは彼ら以上に乱暴だったけど、柄本さん演じる刑事の台詞に一番共感してしまったかもしれないです。なんだろう、この割り切れなさは。「想像力」と言ってるわりには、自分たちの行動が周りにどんな影響をもたらすのか、或いは自分の未来像をもっと想像できなかったのか!?…なんて思ったり。皆、ゲームが深みに嵌っていった時点で自分の未来を傷つけるかもしれない、と危機感を覚えたはず。(つまり想像したはず)なのに衝動を止められなかったのは、自分の欲しくない未来図に対しては目を閉じてしまったからではないですか。想像することをやめ、ただ流れに身を任せてしまったのでは…?いかん…。こういう映画を観てこんなふうに考え込んじゃうのはどうしたって映画をつまらなくさせてしまう。「こういうのもありだよねー。わはは。」くらいに割り切って観れなきゃ面白くない。この世のなかで一番汚い公衆トイレとはこんな感じ!?というのを嫌というほど見せてもらいました栗山千明さんはそんな映像の最中にあって唯一清涼剤的役割を感じさせてくれました。なのに出番が少ないよ…っ。自由奔放、かつ精神的に危うそうな役柄をオダギリジョーさんが演じてました。はまり役といえばはまり役…なんだけど、どんな演技が繰り出されるのか予見できてしまうのが惜しまれる…。(この感じは「あずみ」での美女丸~)うーん、消化不良気味かもしれません。観終わったあと、文句なしに「面白かったっ!!」と思える映画が観たいよー。↑こんな感想書いちゃってますが、高評価の感想を聞くと途端に自分の映画を見る目を疑ってしまう柊です…。ああ、優柔不断でごめんなさい☆(何故、私にはそんなふうにせつなく見えてこないんだろう…!?自己嫌悪)
2005.10.18
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「誰もが知っている昔話…それをこんなにも大胆に解釈し、アレンジすることが出来るんだー!」という驚きがありました。 各短編の前に、それぞれモチーフとなっている昔話のあらすじが載っているのですが、それを読まなければそれと気づかない程に、お話が書き換えられています。登場人物の名前のもじりなどから、誰が誰に相当する…なんて当て嵌めようとしながらつい、読んでしまうのですが…そんな説明書きがいらないくらい、独立したお話としても充分読むことが出来ます☆柊にとって印象に残った作品は…先ずかぐや姫をモチーフにした「ラブレス」…初っ端からインパクトありました。まさかかぐや姫が×××に置き換えられるなんて~。それから「ロケットの思い出」と「入江は緑」というお話が好きです。どの物語にも、語りの口調と結末に切なさが滲んでいます。“おはなし”にはときに「理不尽だー!」って思う場面が出てきて「何でだ何でだ」って考えさせられてしまう…それが余韻になっていつまでも残るのでしょうか。作品ごとに語る雰囲気を変えてくるしをんさん。しをんさんには、いったいどれだけお話の引き出しがあるんだろうー。色とりどりで、形も大きさも違う引き出しがいっぱいついたユニークな箪笥を想像してしまう柊です…。「やったー。図書館本を読み終えたぞ!」と思ったらまたまた図書館から「リクエストしてた本がご用意できました」と連絡が。今度はこれ↓です。米澤穂信さんの『犬はどこだ』。 米澤さんの本を読むのは初めてです相性があうといいな~書店や文房具屋さんに行くと来年の手帳やカレンダーが特設されていて、迷った末に、柊は黒井健さんのカレンダーを選びました。ふんわりやさしい色の風景と、来年は過ごします
2005.10.17
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成田さんの漫画を読むのはなんだか久しぶり 古本屋さんにて、1~3巻まで購入、一気読みしてしまいました。能や狂言の世界…って憧れで一度は舞台を観てみたいと思うのですがさっぱり機会は訪れません。漫画の世界でちょっぴりその世界に触れることが出来て嬉しい反面、「やっぱり一度は観てみないと!!」なんて気にさせられました。細部に到るまで書き込まれている繊細な絵柄がとても懐かしかったです。続きはまだ刊行されていないのかな…。成田さんの漫画は読んだあとからじわじわ効いてくる感じが好きです。母校の大学祭に行ってみました。10年前には学生として長い時間を過ごしていた馴染み深い場所…の筈なのに今、そこに立つとすごい違和感を感じてしまうのは何故(子供たちも一緒に、家族で出かけたから??)自分が所属していたサークルの展示室を覗いたら、自分が居た頃より活気がなくなっていてがっかり…。んんー。もうちょっと元気あってもいいのにな~…なんて余計なお世話か。子供たちは出店で綿あめを作ってもらい、満足していたようです(笑)
2005.10.15
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運動不足を痛感している今日この頃。一念発起して、一時間ばかり歩いてみました。黙々と。運動靴じゃなかった為か、足の裏を痛くしてしまいました。疲れたけれど「今日はちょっとばかり動いたぞ」という妙な達成感があって心地良いです図書館に行って、リクエストしていた本を受け取ってきました。三浦しをんさんの『むかしのはなし』→三島由紀夫の『奔馬』(豊饒の海 第二部)を読み始めたところだったので平行して読んでいくことになりそうです。(↑そんな器用なことが出来るのか、果たして!?)書店で、恩田陸さんの『ネクロポリス』(上・下)を見かけました。一瞬、装丁買いしちゃいそうな誘惑にかられましたが、さすがに4千円の出費は痛いので図書館にリクエストをお願いしました学生の頃はぽいぽい読みたい本を買ってしまってましたが、結婚して以降はどうも、躊躇してしまいます…。ふう。
2005.10.13
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昨年、映画館で観た映画の中で最も強烈な印象を残したのが「ドッグ・ヴィル」でした。 ドッグ・ヴィルと呼ばれる閉鎖的な村に、グレースという女性が 何者かに追われて逃げ込んでくる。 2週間で村人全員に気に入られること(=無償で要求される肉体労働をこなすこと)を 条件に村での滞在を許されるグレースだったが、やがて警察に手配されていることが 発覚し、事態は急転する…。 演じるために用意された場所が特異。広い倉庫の床に書かれた白線。それは村の家々の配置を示す地図。そこにわずかな家具と小道具があるだけの場所で全てが演じられるという試み。場所も特異だけどそれ以上に後味の苦い内容でもあります。グレースには重い枷の付いた首輪がつけられ、徹底して村人たちから虐げられる。閉鎖的な空間で、一人の人間に向けられる悪意と歪んだ欲求にぞっとしない人間はいないはず。けれどそんな感情が「自分の中に存在していない」とは決して言えない所がこの映画の一番怖ろしいところなのです。正視するに耐えないシーンが続き、途中で席を立とうと何度も思いました。だけど結末を見ないことにはもっともっとこの不気味さに取り付かれたままになりそうで、とにかく耐えに耐えたた記憶が…。そして驚愕のラスト。観た人の感想を読むと、このラストについて賛否や是非が問われたりしているけど柊の中では未だに答えは出せません。容赦なくこういう命題を突きつけてくるところ、この監督の一番の個性かもしれない。ラース・フォン・トリアー監督作品。とにかく徹底して役者を精神的に追い込むやり方で、自分の望む演技を引き出す人だと思ってました。代表作「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の物語の転換となるシーンでは、主演のビョークと言い争ったという逸話や、この「ドッグ・ヴィル」の試写会でも主演のニコール・キッドマンが、自身が虐げられるシーンを観ることが出来ずに途中退席したなんて話が伝わってくる程だから、相当厳しい要求をする人なんだろうな、と。だからこの映画のメイキングは是非、観たいと思っていたんです。“役者というのは自分の経験や感情を切り売りする汚い、つらい仕事”演劇をテーマにしたある作品にこんな台詞があって、以来その言葉が忘れられずにいます。この「ドッグ・ヴィル」を観ているとホントにそう思う。役の上とはいえ、虐げられる側を演じるニコール・キッドマンがじっと自身に掛かってくるストレスに耐えてる様子が目に焼きついてます。悲惨としかいいようのないシーンを撮り終えた後、じっと監督の肩に寄りかかって耐えていた姿…。メイキングを撮ってるカメラに「助けて」と何度もおどけて見せていたけれどそれが彼女の本心にも思えて哀しくなったほどです。演じるって楽しいばかりじゃないんだな、なんて当たり前のことを思う。彼女を虐げる村人たちを演じる役者さんたちは更にきついかもしれない。自分の中の負の感情をカメラの前で曝さなくてはならないのだから。日の差さない倉庫の中での何週間にも及ぶ撮影。「ずっと青空を見ていない」といった役者さんのコメントにぞわっと鳥肌が立ちました。閉鎖的な村を演じているけど、実際に役者たちは閉鎖的な空間に身を置いてグレース同様に追い詰められていたんだなあ…。でもこのメイキングを最後まで観ていくと、一番追い詰められているのは監督自身だったんだって気づきます。一つの作品を総括するって並大抵の才能では出来ないことですね。監督自身が抱えている不安。それを昇華するには納得のいく作品を作り上げる以外に方法はないんだなあ、と。撮り終えた瞬間、素の自分に戻るようなのめり込み方じゃない。役者たちのあの集中力。「役者」という人種を心からすごい!と思いました。「ドッグ・ヴィル」本編をもう一度観る勇気は今のところ柊にはありません。でも、これは一見の価値ありの映画だと思ってます。「面白いか、面白くないか」という基準で映画を観るのではなく、後味が悪かろうと、不快だろうと、自分がどう感じるのか、観たあとに何を考えるのか…試してみる観方もあるんじゃないかと思います。どーですか??
2005.10.13
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自分の身体が無数の細胞で形作られている…としたら。その細胞一つ一つにも命や意思があったりするかもしれない。じゃあ、こうして今考えている自分の意思は何処から来るのだろう?本を読んでいる時はそんなこと、ぜんぜん考えなかったのに読み終えた瞬間ふつふつとそんな疑問が湧いてきて、自分の手をじっと見入ってしまいました。 物語のはじまりは“ぬか床”。冒頭、先祖伝来のぬか床がうめくあたり、ユーモアがあって思わずけらけら笑ってしまったんだけど、次第に主人公の久美さん同様、不思議なぬか床の存在に振り回されていきます。菌類、遺伝子、増殖…キーワードはいろいろあるのですがとにかく不思議なお話、としかいえないです(笑)梨木さん的進化論のお話…と言えなくもない…?なんてユニークな発想実は、柊は漬物が苦手で食べられません。これをいうと「日本人にあるまじき××!」と非難轟々浴びることになるのですが。ぬか漬けどころか浅漬けも食べられません。「漬物さえあればご飯、何杯でもいける!」という方が羨ましくなるときがあります。でも、嫌い。苦手。夫の実家などに出かけた際、漬物を進められた時はびくびくものです。柊はこんなだけど、子供たちは好きなんだなあ…漬物。食べ物の好みは家族だから一緒とは限らないんですね…漬物は嫌いなんだけど、ぬか床はかき回してみたい…と思わせるこれはそんな小説でした 相変わらずバルビレッジに嵌っています。アルファベットを組み合わせて欲しいアイテムの単語を作る…ってことにこんなに夢中になってしまうとは~。 柊は“カワセミ村”在住です。同じくカワセミ村にお住まいの方、会ったら乾杯しましょーね
2005.10.12
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何かと話題にのぼる北野武監督作品ですが、観るのはこれが初めてです。宣伝・予告編で観た風景がとても綺麗だったのが印象に残っていたので観てみることに…。出てくる登場人物たちがみんな途方に暮れている感じがします。途方に暮れてしまって、どうしたらいいのかわからなくて、しまいには自分が作り出してしまった精神世界をえんえんさ迷い歩いているみたいです。それくらい、菅野美穂さんと西島秀俊さんがえんえん紐一本で繋がれて歩いていく姿が印象深くて、いっそ他のエピソードなんていらないなーなんて思ってしまいました。(はて、それとも何か柊の知らない意味が隠されているのでしょうか??)ヤクザとか、血の色とか、妙に疑問符を持たせるシーンが垣間見られるけどそんなシーンはいらないので、いっそ二人がどこまでもどこまでも歩いていくシュールな感じをもっともっと綴って欲しい気がしました。場が持たないなら持たなくてもいいや。いっそ何処まで行くのか観ている側をどんどんどんどん不安にさせるくらいの不安定さが欲しかった。観終わったあとの救いなんか何にもいらないくらいに。ヘンかな~。うん、変な感想になってしまったなあ… 読書意欲停滞中(笑)肩凝りと偏頭痛に悩まされ、気持ちが鬱になっているのかも。こういうときは気合いの入りそうな映画が観たいです~。「Kill Bill」とか。「ぎょえー!」と思うんだけど、無性に観たくなるときがあります…何故
2005.10.11
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Barvillage-バルビレッジ-という遊びに夢中になってしまってます近頃、こういう無料登録で遊べるものが増えているのかな。基本的にはチャットを通じて相手と会話してみたり、その架空世界で欲しいアイテムを集めてみたり…といった遊びですけど、熱中してるといつの間にやら時間が経過しているのが怖ろしい…☆バルビレッジで面白いところといったら、アイテムを所有する為にアルファベットを組み合わせて英単語を作らなくてはいけない所かな?欲しいアルファベットの文字を探してあっちへうろうろ、こっちへうろうろしています。(実は文字は結構集まるものの、肝心の単語が作れないでいます~)まだ登録一日目の初心者なのでルールもいまいちわかってないんですが楽天日記にはブログツール類がほとんど設置できませんが、柊が別宅として持ってるココログ版読書日和には色々置けるのでつい、こういった新しい遊びを発見すると試してみずにはいられなくなっちゃうんです…(あ、でもバルビレッジはブログツールじゃないですね☆)投稿した記事から次第に言葉を覚えたり、俳句を詠んだりしてくれるBlogPetにはじまってタグフレンズ、リヴリーなどなど…だんだん収拾つかなくなりそうだわ… でも、やっていて持続しないものは自然淘汰されて?(放置されて!)結局取り外しちゃうことになります(笑)
2005.10.08
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過去を語る、というのはとても静かなものなのだな、と思いました。当時にだって(子供時代の思い出とはいえ)怒りや不安や悲しみなど、感情が高ぶってしまうことは幾度となくあったはずなのに…。それを言葉にして他人に語れるようになるまでの時間が経っていくとそれらの強い感情は自然に凪いでいくようです。思い出が変質してしまったのではなく、感情が消えてしまったのでもない。出来事や感じたことを自分の中に受け止められるようになったということ。この物語での言葉を借りれば、自分の中に「しまえる」ようになったということではないでしょうか。だから後半のエピローグにあたる部分、語り手の現在を語る口調は途端に生々しさを帯びてきて、戸惑ってしまいます。それらの今の感情を彼女はまだ受け止められずに迷っているのだと思うと哀しくなってしまう。常野物語の続編、と思っていたらこれはむしろ春田一族の過去に遡るお話でした。彼らの不思議な能力をあらわす言葉が柊は好きです。「しまう」「響く」など…とても美しい言葉に聞こえてきます。絵を描いている部分の描写が、幾度となく出てくるのですがそれらの描写がとても興味深かったです。とくに日本画と西洋画との違いはどんなところか、などが語られるのですが一つ一つに「なるほどなあ…」と感心して読んでしまいました。穏やかな語り口がとても心地良かったです。起伏のある展開があるわけではないけれど、この静謐、情緒漂う世界にもっとずっと浸っていたかったなぁ…。この物語の舞台になっている場所を柊はよく知っています。宮城県の南部、山を越えればすぐに福島という場所、とありましたね。「阿武隈川沿いにゆるやかな平野が広がっていて、小高い丘に登れば、早くに開けた集落と、整然と整えられた水田が屋敷林の塊を越えて一望でき」る…。物語当時とは建物の形こそ違っているでしょうが、そこには今も田んぼが一面に広がっていて、阿武隈川が太陽の光を跳ね返し、まるで光の帯がたゆたっているように大きく横切り、お天気が良ければ蔵王の稜線が遠く、或いは近くにくっきり見える、きっとあの地域のことでしょう。あまり今と風景が変わってない…ということが一層ノスタルジックな気持ちを高ぶらせるのか。それとも、もしかしたら今も時折常野一族が訪れたりしてるのかも、なんて想像が働いてしまうからなのか…無性に懐かしい気持ちにさせられました。この季節なら、稲刈りが済んで、稲束が重ねられている光景が広がっているはずです。回想のラストシーンに、ちょっと重なるような風景が…。常野物語については次回は『エンドゲーム』という作品の刊行が近いはず。(調べてみたら、来年一月刊行予定になってますね)これは「光の帝国」に収められていた「オセロ」という短編の続きになっているはずで…こちらも期待して待ちたいです。恩田さんの新刊、といえばもうすぐ!『ネクロポリス』が発売になります。上下刊で購入すれば4000円近い出費に~。ひええ、どないしょ。(でも、欲しいな) お願いです↑上記の柊の別宅「恩田陸さん、読書中…」では恩田陸さんの本の感想をTBという形で募集しています。感想をお持ちの方は是非、こちらのブログ各記事まで感想をお寄せ下さい!どうぞよろしくお願いします。TB先アドレスは右のフリーページ、「恩田陸」のところに一覧として掲載してあります。
2005.10.07
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がぁ~ん “かつて子どもだったあなた”はともかく現役“少年少女”が読んじゃってい…いいのでしょうか?この内容。それさえ考えなくて済むなら、麻耶さんらしい毒のあるミステリとして楽しむことも出来るのですが。柊は、子供に「これ、わたしにも読ませて」と言われて躊躇しましたけど。 主人公の芳雄くんと、自分は神様だという転校生鈴木くんとの会話が絶妙。「神様がこんなとこにいるわけないよ」という心理が次第に「でも、ここにいるって考える方が面白いじゃんない?」という方向に巧みに誘導されていくのです。会話の内容といえば子供の好きなテレビ番組のあらすじだったり、遠い宇宙の出来事だったり、一見子供向けらしい展開を見せているけどこの巧みさは洗脳やマインドコントロールに通じているのでは…なんてゾクゾクッ…としてくる。先を予見できる鈴木君が一番怪しいじゃない…なんて匂わせて。しかし、この結末はびっくりだ!これを完璧に予測できる読者はおるまいよ。近所で続発する猫殺しがやがて殺人事件に?密室を彷彿とさせる場面や少年探偵団の存在などわくわくする素材がてんこもりですが、これを料理するのが麻耶さんというところがミソです。ミステリではトリック、種明かしにそれこそ“鉄の掟”があって、犯人を推測する為の材料やその記述に不明瞭なところがあってはならない、とにかくフェアでなければならない等、色々規則がある筈ですが麻耶さんの場合、犯人をあぶりだすまでの推論は至極明瞭、破綻もなくて鮮やか…のその先にでっかい落とし穴をこさえてるんだよね…。そんな…型破りなとこが魅力なわけで(笑)作品の結末について、常に賛否両論が飛び交い、「問題作」なんて感想を多く目にしてしまう麻耶さんですが~…。『神様ゲーム』の場合、柊は大人が読むんであれば「こんな結末も賛成派」。だけど、子供が読むには「反対派」です。残酷な描写も気になりますが、それ以上にこういうイレギュラーな結末を迎えるミステリに面白さを感じられるのは、それなりに正統派?ミステリを読んできた大人じゃなければ無理なのでは、という気がするからです。というより、子供のうちからこういうイレギュラーな結末に慣れてしまうことに抵抗を感じる。この作品、「神様」という言葉がもつ異質な部分を実によく突いてると思います。妙に都合の良い論理・結論に導いたり、強引だったり、気まぐれだったり、残酷だったり…。嘘はつかないし、本当のことを教えてくれるけど、でも真実のすべてを語ってくれるわけじゃない…それってなんて、なんて質が悪いんだ~!って思っちゃうよ。どうしても。読後に襲ってくるこの虚脱感、厭世感!!ああ、救いはどこに。↑柊の場合、この救いのなさがまた魅力的だったりするのですが現役少年少女にこのヘン、味わえるのでしょうか。小中学生の感想を聞いてみたいですね。第一声で「面白かった!」って言われたらどうしよう。それが一番怖い気もするなあ。平行して白石公子さんの日記風エッセイ『ブルー・ブルー・ブルー』も読了。1991年~頃、著者が丁度今の柊と同じぐらいの年齢のときに書かれたものです。あとがきに著者自身突っ込みを入れてるように、本当に「グチと弁解と躰の不調ばかりを書い」てある(笑)厄年うんぬん、とあるけど、柊にも身に覚えのある体の不調がいろいろ描写されてて妙に親近感が湧いてしまう。仕事柄でしょうが、郵便受けを覗くたびに映画の試写会の案内状が届いているのが羨ましかった!柊は試写会の類、一度も当たったことがないんだもの~
2005.10.05
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ゲイのための老人ホームが物語の舞台…になっているせいかどうなのか…。登場人物一人一人が妙に個性的、かつ印象深いのでした。ここを基点にして、一人一人を主人公に据えたサイドストーリーが綴られてもおかしくないくらいです。脇役と呼んじゃうには、ちょっと勿体無いような存在感があって。登場人物たちが魅力的だとそれだけでお話が生きてくるような気がするなあ。メゾン・ド・ヒミコが買い取られたばかりの頃のお話、とかルビイさんや政木さんの半世紀とか、山崎さんが手芸や洋裁と出会ったきっかけとか春彦が卑弥呼さんと出会う前のお話とか…。女ったらしの細川専務はいずれ女で痛い目にあうだろう、とか。(←これは柊の想像)そういうお話があっても面白いと思う。その人をもっと知りたいなあ…と思うのはちょっと素敵なことではないでしょうか。末期癌に冒されている卑弥呼とその恋人の春彦。母親と自分を捨てた父親、卑弥呼を憎んでいる沙織。この三人が中心になって物語が進んでいくのですが、卑弥呼を演じる田中さんの存在感がすごい。ひとこと、台詞を話すたびに思わずこちらが固唾を呑んでしまう。何だか見ていてぞくぞくしました。春彦を演じるのはオダギリジョーさん。美形でもって同性愛者というのはとても少女漫画っぽい設定だなあ(笑)役に嵌っていて好きだけど。ぼそぼそ…とした話し方で優男、かと思うと凄んだ様子がぎょっとするほどおっかなくって、男が惚れちゃうのも当然か、という気がするわ。沙織を演じる柴咲コウさんは終始ブスーっとしてて睨む目が怖い…。この目は何処かで観たぞ。うーん、「あ、バトルロワイヤルだ!」肩の力の入り具合とか、素直になれないところ、寂しがり屋のところ。そんなのが伝わってくるから、彼女には今後もうちょっと幸せな状況が訪れるよう祈ってます。犬童一心監督作品。先日「ジョゼと虎と魚たち」を観たけれど、柊は「メゾン・ド・ヒミコ」の方が好きだな。 *「メゾン・ド・ヒミコ」公式HPは→こちらこちらでは10・15から公開の「スクラップ・ヘブン」の予告編を観ました。栗山千明さんが出ているので観に行きたい…と思ってたらこちらにもオダギリ・ジョーさんが出てるのね。映画を観る、といえば“洋画”だった柊ですが、今年は結構邦画も観に行ってる気がします
2005.10.04
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記憶って重たい。記憶っていとおしい。失うかもしれないという危機感を抱いたときに、つよい恐れを抱く。大切なものだから、まだ手放したくない。そんな執着は見苦しい。見苦しいけど…見栄を張るより大切なものだから。死について、いつかくる「その日」について考えてみる。自分の「その日」はいつ、どんな形でやってくるんだろう…。知りたいようで知りたくないものの一つ。明日だ…って可能性もあるのに、まだまだ漠然とした形でしか考えられない。死ぬことと、忘れられることと、どちらがより怖いだろうと想像してみる。断然後者だ…!と思ってきたけど今はその気持ちが揺らいでいる。一番怖いのは自分の想像力。きっと悪い想像、暗い発想ばかり浮かんでは押しつぶされそうになるんだろうな。自分が生み出したものに、自分が壊されてしまうなんて怖い。大切な人の「その日」について考えてみる。出来れば考えたくない。その日を迎えるくらいならいっそ、自分の方が先に向こうに行ってしまいたいと思う。死なれる…ってことは自分の一部を向こうの世界に持っていかれることだと感じてる。去年の冬、それを実感したから。失うのではなく、もがれるのでもなく。こんなふうにして、向こう側の世界と繋がるようになるのか、と思った。この先、こんな風に感じることが多くなっていくんだろうか。嫌だな。そんなの。悲しいけれど…でもその分怖さは減っていくんだろうか。呆けたくないな、とも思う。最期の瞬間まで、この記憶を持っていたい。どんどん忘れっぽくなっていく自分が怖い。向こう側には何にも持っていけないと思うから、せめて。 「長く生きすぎてしまった人の流す涙は、-おとなになるまで 生きられなかったひとの流した涙と同じだと思った。」(「ひこうき雲」より)柊はそんなふうには思えないです。今はまだどうしても。「潮騒」「ヒア・カムズ・ザ・サン」「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」に泣いちゃいました。これは物語なのに。登場人物たちと面識があるわけじゃないのに。悲しいわけじゃなく、だんだんと自分がからっぽになっていくような感じがしてそしたら理由もなくぽろぽろ涙が出てきてしまいました。いっそ泣きついでだと思って、先日録画した映画「世界の中心で愛をさけぶ」も観てしまいました。原作の小説を読んだ時は全然泣けなかったのに、「その日のまえに」の影響もあってかわんわん泣きました。今日は一日中、泣いていたような気がする。死について考えてみたって答えなんか出ない。 「考えることが答えなんだと、わたしは思ってます。死んでいくひとにとっても、 あとにのこされるひとにとっても」(「その日のあとで」)だから、今はこれで精一杯なんだと思います。日々、悔いのない様に生きなくちゃ、と思っても喉もと過ぎればなんとやら…になりがちだから。 「あとに残されたものに出来ることは後始末だけだ」(世界の中心で愛をさけぶ)それしかないです。ほんと。でも出来れば、自分は立鳥あとを濁さずでいたいとも思う。
2005.10.02
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