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皆様こんにちは。子供の捨てたプリントの中に、いいものがあったのでご紹介します。一編の詩です。生命は 吉野 弘生命は自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい花もめしべとおしべが揃っているだけでは不充分で虫や風が訪れてめしべとおしべを仲立ちする生命はその中に欠如を抱きそれを他者から満たしてもらうのだ世界は多分他者の総和しかし互いに欠如を満たすなどとは知りもせず知らされもせずばらまかれている者同士無関心でいられる間柄ときにうとましく思うことさえも許されている間柄そのように世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?花が咲いているすぐ近くまで虻の姿をした他者が光をまとって飛んできている私も あるとき誰かのための虻だったろうあなたも あるとき私のための風だったかもしれない 【贈るうた】花神社、1992年様々な比喩、表現の豊かさ素晴らしい詩だと思いました。「不充分」「虻」「風」、など多くの隠喩が使われています。この奥深さを読み取ることこそ、いい国語教育ではないでしょうか。「イスラエルが、ガザを攻撃したことで亡くなった民間人は18万人を超える」・・と新聞に記事がありました。18万人以上!!!日本の地方自治体丸ごと1程度の虐殺です。ガザ攻撃の裏で、ガザの沖にある海底油田をイスラエルと米国が奪取したという話もありました。イスラエルにとってガザの人々が「虻」であったとしても一方的にこういうことが許されるでしょうか。正義は時に枷となります。本当の「正義」とは何か?詩の中の 世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?を、考える時ではないでしょうか?
2024.07.31
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皆様こんにちは。どうしても見たくて、行ってきました。明治天皇の、あの肖像画を間近で見られるチャンスです。そして、新たにわかったことがありました。備忘録を兼ねてここに記します。先帝から新帝へ皇位が移る時、「践祚」という儀式が行われます。以前、平成から令和に代替わりするときに、さんざんこのブログで取り上げたのでなんとなく、覚えてる方もいらっしゃると思います。「践祚」とは、同一日、同一時刻、同じ部屋で、三種の神器が先帝から新帝へ渡っていく儀式。これをもって、皇統が次の代へ引き継がれる儀式です。昭和天皇の時は、明仁上皇(当時皇太子)が同一日に践祚を行っています。因みに今回主催の霞会館は、元来、旧華族の親睦の中心として存在してきた団体です。鹿鳴館なども有名ですね。(出典:Wikipediaより↓)霞会館は、元来、旧華族の親睦の中心として存在してきた。そのため、正式な会員資格も元華族の男性当主と、成人に達した直系の息子に限定されている。現在は、約650家の740人が加入している。当主や後継者が女性の場合、会員資格がないため、華族制度廃止直後(約890家)に比べ会員数が減少している[1]。1973年(昭和48年)頃になって会員名簿に夫人の名前も記載されるようになり、また元華族の夫人、令嬢であれば、女性だけでも霞会館の施設を利用できるようになった。これら元華族である会員は、天皇誕生日祝賀会を含め年に4回一堂に会する。1月5日の新年会、6月1日の創立記念日、10月7日の明治天皇の御臨幸記念日は、それぞれ祝賀会が開かれ、夫人の同伴も許されるようになった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9E%E4%BC%9A%E9%A4%A8#%E6%A6%82%E8%A6%81さて、践祚に話を戻しましょう。践祚の定義は先ほども申しましたように「同一日、同一時刻。同一室」で、先帝から新帝へ3種の神器を受け渡す儀式です。ところが今回、展覧会の年表に明治天皇の即位について出ていました。それによれば、明治天皇は、孝明天皇の息子だそうです。そして即位の日取りは以下の通り。孝明天皇、12月25日に崩御→翌年1月9日、明治天皇践祚、即位孝明天皇が崩御されてから、践祚に15日もかかっています。明治天皇→大正天皇→昭和天皇→明仁天皇(現、明仁上皇)までは践祚の手順通り同一日に践祚が行われているのに、なぜ??(予備知識として、2019年4月のこのブログで践祚について取り上げていますのでご紹介します)続々:皇統断絶の危機(宮内庁と日本政府)・・・(加筆済) 第二次安倍政権下での、平成から令和への代替わり。いろいろとおかしいところがありました。一つ参考ブログを出しましたが、何回かに分けて書いていますのでお時間のある方は2019年4月の、拙ブログを読み直していただければと思います。さて、ここで問題なのはこの展覧会で出してきた年表が「真」なのか「偽」なのか?ということではないでしょうか。普通、こういうところで出した解説については「真」と思う人が多数だと思いますが、何か意図的なものがあって「偽」情報を出す場合もあるわけです。主催者側の意図を読まないといけないんですよね。(まあ、結局のところ主催者にしかわかりませんが。(笑))こういう、見えないものを考える(そして対処する)のが私は文系の仕事の真骨頂だと思いますが、今の文系は理系と同じく、目に見えるものにしか対処しないいや、見えてるものを見えないかのようにスルーしたり、蓋をして隠すから、もっとたちが悪い。と思います。話しが逸れましたが、もし、この践祚の日程が「真」なら、明治天皇の践祚が2週間も期間があいたのは何故か?ということについて詳細を出してほしいですし、史料調査をして欲しいです。「偽」なら、では本当はどうだったのか?・・・ということについて知りたいです。おそらくは、皇室の中も様々な思惑と派閥に分かれていたと思うし明治新政府によるクーデターだとしたら、それに通じてた者が皇族にもいると推察されます。それこそ聖徳太子、いやそれ以前から権力争いはあったのですから。それを善悪で論じるのではなく、ありのまま見ることが大事なのではと思います。皇室なんて、一番ドロドロで、毒殺、親殺し、兄弟殺し・・・藤原氏に代表される貴族も巻き込んで権力のためならなんでもアリだったわけですからねぇ。それに翻弄されたのが天皇だったかもしれません。「延喜式」だって本当のことは1/3だけで、残りは当たり前のことが1/3、嘘が1/3書かれてあるわけですがそんなこと、学校の教科書には載ってない。私はたまたま延喜式を調査した人から直接聞いたのです。何百年もかかって、つかれてきた嘘はもう、どれがどれやらわからなくなっています。そういうことを知ってるか、そうでないかで情報に対する見方や一歩引いて見ることができるのではないかと思います。
2024.07.09
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