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隠居人はせじぃさんComments
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中千本から上千本、花矢倉展望台を目指して更に歩を進める。

御幸の芝
近くに立っていた吉野町観光課の案内板によると...
『後醍醐天皇が吉野の行宮 (あんぐう)におられた五月雨の降り続くある日の事、大勢の
供を連れてこの辺りへ御幸されると、空模様がますます怪しくなってきました。かたわらの
観音堂に入ってしばらく休むうち、次の歌を詠まれました。
ここはなほ 丹生の社に ほど近し 祈らば晴れよ 五月雨の空
すると急に空が晴わたり、うららかな日和になりました。 それからこれを雨飾観音堂と
呼ぶようになりましたが、 明治の神仏分離によって廃されてしまいました。』

上の千本

花矢倉展望台からの絶景。
吉野山はもとより、遠くに金剛、葛城、二山、高取、竜門などの連山を一望できる
吉野随一の展望所。花矢倉から眼下に広がる風景は絶景。
尾根づたいの道の向こうに蔵王堂が大きく見え、絵になる風景

桜のピンク色が微妙に異なる美しい風景。

高城山休憩場で昼食。展望台から北には眺望が開け、高取山などの連なりの向こうに、
金剛山、葛城山、二上山が、奈良盆地の西を縁取っていたのであった。
見事な風景を楽しみながら、柿の葉ずしを味わったのであった。

義経隠れ塔
金峯神社脇の小径を下った場所に建つ檜皮葺きの簡素な塔。
義経と弁慶が追っ手から逃れるために隠れた事で有名。
文治元年(1185)11月、源義経が隠れ、追っ手から逃れるため屋根を蹴破って外へ出た為
「義経の隠れ塔、蹴抜けの塔」とも云われているとのこと。
ここは大峯修行場の1つで、「隠れ塔」に入って扉を閉じると、中は真っ暗闇。そこで、
これから大峯山へ登る山岳修行者は、神官の先導に従って
吉野なる 深山の奧のかくれ塔 本来空の すみかなりけり
と唱えながら塔内を巡るとのこと。

西行庵
桜をこよなく愛した歌人、西行法師は吉野山に閑居したことがあるといわれ、草庵が復元
されていたのだ。
西行は平清盛と同年齢で、同じ鳥羽院に仕える北面の武士。
妻も娘もいた23歳のときに、突然出家をし、高野山や四国を渡り歩いたとのこと。
ここ西行庵は桜に魅せられた西行が奥千本に一人庵を結び、3年を過ごした場所。
ずっと昔にここまで辿り着き、ひとり奥千本の桜を眺めていた西行法師の気持は如何。
奥千本の桜は未だ開花していなかった。

苔清水
西行庵の近くには西行を養った苔清水が。 西行を慕ってこの地を訪れた芭蕉の句
ゆかりの地でもあるのです。
春雨の こしたにつたふ清水哉
苔清水で水をくむ旅友のSさん。

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