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隠居人はせじぃさんComments
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江戸城本丸御殿を歩く。

赤が青空に映える。


黄色の葉も負けじと。


竹林。
正確には竹林というより、竹の種類毎の坪庭。
各種の珍しい竹が栽培され、名称付きで紹介されていた。


石室。
どの様に使われていたのか?
諸説あるが火災など非常の際の、道具類の一時避難場所だったという説が
有力とのこと。


富士見多聞。
多聞とは、防御をかねて石垣の上に設けられた長屋造りの倉庫のことで、多聞長屋とも
呼ばれていたと。
鉄砲や弓矢が納められ、戦時のときには格子窓を開けて狙い撃つことが出来たのだと。
本丸の周囲は、櫓と多聞で囲まれて万が一に備えられていた名残の建築物。


石蕗 (つわぶき)が満開。
きれいな、そして鮮やかな黄色の花。


本丸跡左手の、現在は木立となっているところに、本丸大広間と白書院(将軍との対面所)を
結ぶL字形の廊下があったとのこと。これが日本人には有名な「松の大廊下」 。
松の廊下は本丸で二番目に長い廊下といわれ、西へ約19メートル、北へ約31メートル、
幅は約5メートルであったと。


ここが「忠臣蔵」で有名な元禄14年(1701)3月14日、赤穂藩主の浅野匠頭長矩が
高家衆筆頭の吉良上野介義央に斬りかかる刃傷事件が起きた場所。


皇居勤労奉仕の団体の方々??が説明を受けていた。


再び天守台方面を望む。


再び大手門から出ることを決める。
大手休憩所で一休み。
皇居関連の各種の土産物が販売されていた


入場札を返し、大手門・唐門を再びくぐる。お堀・桔梗濠を右折し濠に沿って日比谷方面に
歩を進める。
お堀越しには桜田巽櫓。皇居外苑に面しているところからかなり目立つ櫓。
しかし水面はアオコ?が大繁殖中。


桔梗門。


桔梗門は皇居参観者や勤労奉仕者などが出入りする門で、「内桜田門」とも。
昔この門の瓦に太田道灌の家紋が(桔梗)ついていたことから桔梗門と
呼ばれるようになったとも伝えられていると。
ここからは一般客は入場禁止で警備の方が。


松の枝には大きなカラスが。
外人観光客の女性のカメラ撮影で気がつく。
カラスの色が白かったら、カラスももっと可愛がられている事間違いなし。


蛤濠から坂下門が見えた。
こちらも全面にアオコが。かつて濠には、玉川上水からの水が供給されていたが、
昭和40年初めにはその水供給が停止され、以降は水源をもっぱら雨水に頼る状況に
なり水質汚染が進んでいるのである。
濠を見て回ってつくづく感じたのは、皇居のお堀は「観光資源の宝庫」であること。
風光明媚な景観、重厚で秀麗な石垣、江戸の名残を感じさせる数々の遺構など、
外苑堀とその周辺は魅力ある観光資源にあふれているのである。
遊歩道などのインフラ整備と合わせて、唯一のネックとも言うべきこの「水の問題」を
解決すれば、内外からさらに多くの観光客を呼び寄せることができ、「日本の顔」の
イメージアップにもつながるのであろうが・・・・・・・。


宮内庁の建物。


坂下門正面。
西の丸大手門と桔梗門(内桜田門)との間にあり、宮内庁への出入り口。


二重橋濠沿いに歩く。
芝生の中に多くの松が、そしてその先に丸の内のビル群が。


左手が西の丸大手門で皇居正門。


二重橋??。
「皇居の入口には皇居前広場側から見て、石で造られた手前の「正門石橋」と、
鉄で作られた奥の「正門鉄橋」という2つの橋がある。
「二重橋」とは正しくは奥の正門鉄橋の呼称」 である事をこの歳になって
恥ずかしながら初めて知る。
「手前の石橋と奥の鉄橋が同じ濠に2つ重なって架かる橋だから二重橋」
だとばかり・・・・・・。
よってこの橋の名は「正門石橋」。


桜田濠と桜田門。


桜田門 正面。
桜田門は、江戸城の内堀に造られた門の一つ。桜田堀と凱旋堀の間にある。昭和36年に
「旧江戸城外桜田門」として国の重要文化財に指定。
なお江戸城には内桜田門と外桜田門の2つが存在するが、
前者は桔梗門とも呼ばれ、単に「桜田門」という場合にはこの門。


凱旋濠手前には「特別史跡 江戸城跡」 の案内板が


凱旋濠。
桜田門から祝田橋までの濠が凱旋濠。
桜田濠が自然の地形を生かした曲線美をみせていたのに対して、こちらは石垣に囲まれた
直線的な濠。


そして久しぶりの皇居散策を終え、日比谷公園へ。
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