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隠居人はせじぃさんComments
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皇居散策の後は、日比谷公園へ。
祝田門から入る。 
日比谷公園 案内図。
2003年に開園100周年を迎えた公園。
元々は松平肥前守などの屋敷地であったが、明治時代に陸軍練兵場となりその後、
日本初の「洋風近代式公園」として 誕生した公園。
園内には公会堂や音楽堂、東京都図書館、テニスコートが。
また、園内の花壇には一年中四季折々の花が咲き、ビジネス街に努め る人々の
憩いの場となっているのです。


三笠山への階段を上る。
山頂付近はゴツゴツした岩場になっていた。
山頂からの眺望はなかなかのもの。北東側には公園の緑の向こうに
銀座・有楽町方面のビル群が。


三笠山を下り、少し行くと、その奥に何やら大きな建造物が見えてきた。
近くに行ってみると何やら「自由の鐘」と書かれた看板が。
アメリカ独立宣言に際して自由の喜びを告げた鐘の複製を戦後アメリカから
寄贈されたものとのこと。


草地広場では、東京都観光菊花大会が行われていた。


毎年、この時期の恒例の催し。


1年間手塩にかけた見事な菊の大輪。


様々な色の小菊も広場中央に。


菊の盆栽風も見事な力作の数々。


黄色の巨大な懸がい造り。


日本菊花教協会の展示コーナー。


日比谷公園 サービスセンター。


第一花壇 自由の女神像


これは『松石』と呼ばれる松の木の化石。
昭和初期、福岡県外亀山炭鉱の深さ300m地点で長い木のまま発見されたもの一部と。


銀杏の木も真っ黄色に青空に映えていた。


「仙台藩祖伊達政宗 終焉の地」と記された説明サインには、
政宗が1601年に徳川家康から江戸城に近い外桜田に江戸屋敷を与えられ、
1661年まで伊達家の上屋敷として使用されていたことや、政宗が家康、秀忠、家光の
三代の将軍をこの屋敷でもてなしたことなどが、日本語と英語で紹介されていた。

心字池


日比谷公園はいたるところに不思議なものが置かれていた。
ひとつは古代スカンジナビアで使われていたルーン文字の石碑。
これはスカンジナビア航空が日本就航を記念して寄贈したものと。

南極の石。
昭和41年4月南極観測船「ふじ」から寄贈を受けた、南極・東オングル島の慎太郎山で
採取された石。重さ150kg。


ミクロネシアの石のお金とのこと。


少音楽堂。


日比谷公園の最大のシンボル「大噴水」は毎日午前8時から午後9時まで稼動。
28分間周期で24景を楽しめると。噴水池は上中下段 の三段構造。
池の直径は30m。主噴水の吹き上げ高さは12m。


埴輪。
1965年(昭和40年)宮崎県にある平和台公園とここ日比谷公園が姉妹公園なったのを
記念して、この埴輪が寄贈されたと。


松本楼。
1903年に東京市が現在の日比谷公園を開園するにあたり、銀座で食堂を経営していた
小坂梅吉が落札し、日比谷松本楼としてオープン。
当時としては珍しい洋風レストランに人気が集まったと。


黄色く色づいた大銀杏。この大銀杏は推定樹齢400年。
『首かけイチョウ』とよばれ、元は、日比谷見附(日比谷交差点付近)にあったと。
1899年(明治36年)、道路拡張のためこの大銀杏を切ろうとしたところ、
日比谷公園を設計した本多静六博士が「首をかけても移植させる!!」といい、
この地に移されたことから、『首かけイチョウ』と呼ばれるようになったとのこと。


雲形池も紅葉が始まっていた。


大きな亀が池の端の石の上で日向ぼっこ中。


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