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市民カレッジ横のモニュメント。


市民カレッジ食堂にてカツカレイに挑戦。


雲形池とその中央に鶴の噴水。


祝田通りに面した霞門からいったん外へ。
祝田通りは日比谷公園の西端を南北に走る道路で、霞門は公園の西端のほぼ中央。


公園南西角にある「かもめの広場」は1986年に公開された新しいゾーンで、
それ以前は東京地方裁判所分室があった場所とのこと。
「郷土の森」として全国各地の樹木が植えられているほか、噴水池がつくられていました。
池の真ん中には「鷗」と題する彫刻も。


日比谷公会堂。
戦前から政治演説会や国民(人民)大会が数多く行なわた場所。
1960年の浅沼稲次郎暗殺事件は、この日比谷公会堂における立会演説会での出来事。


烏帽子石と言って、もともとは市ヶ谷門に使われていた石。
市ヶ谷門が明治になって壊される際、この石は立派だったので、破壊するのを
惜しんでここに移されたと。


ソーラー発電式大時計。
十字形のパネルの中に太陽電池が組み込まれている。


帝国ホテル。
日本を代表する高級ホテルのひとつであり、ホテルオークラ、ニューオータニとともに
「(ホテル)御三家」。


日比谷花壇。


日比谷見附石垣・心字池の南端付近にフィリピンの国民的英雄ホセ・リサール博士の像。
「フィリピンの国民的英雄ホセ・リサール博士 1888年この地東京ホテルに滞在す」と
銘文に記されていた。


心字池には白鳥が2羽。


何処から飛来したのであろうか?


日比谷見附跡は江戸城を囲む「江戸城三十六見附」のひとつで、日比谷御門があったところ。
見附というのは、おもに城の外郭に設けられた警備のための城門のことで、江戸城には
外堀(外濠)および内堀(内濠)に沿って、36の見附があったと。
その36の見附の中で、この日比谷御門だけが橋のない枡形門で、大名小路への出入り口
でしたが、明治初期に撤去され、現在は石垣と塚跡が残っているのです。


心字池全景。


第一花壇 ペリカン噴水。


キリンの仔の像。


鋳鉄製の水飲み。
陸上交通の重要な部分をになっていた馬が、水を飲んだと。


水道の蛇口の下に受け皿がついていました。
これは人だけでなく馬も水を飲めるように取り付けたもの。
馬車の時代ならではの水飲み場で、歴史を感じたのです。


ル-パロマ-ナ(ローマの牝狼)
昭和13年日独伊三国同盟の頃、イタリアから東京市に寄贈されたと。


再び中央広場の噴水と小音楽堂。


欅や様々な木が紅葉の真っ盛り。


銀杏の木の下は黄色の世界。


そして目的地である日比谷図書館に到着。
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