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隠居人はせじぃさんComments
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飯田街道を渡り、足助八幡宮、足助神社に向かう。
足助八幡宮は、伝承によれば創建は天武天皇の御代、白鳳3年2月21日とされる。
一般には西暦663年とされるが、足助八幡宮では673年としているとのこと。
拝殿前の神馬が赤いモミジを背景に輝いていた。。

足助神社の境内を通り豊田市役所足助支所の前へ。
豊田市役所足助支所のシンボルと言うか、良く目立つ銀杏の木が。

香嵐渓の紅葉の名所の山はこの対面の山ですが、この銀杏も毎年見事な色付きで出迎えてくれるのです。

飯田街道・巴橋からの香嵐渓・待月橋方面。
川辺のモミジが水面に映っていた。

巴橋を過ぎた信号機には香嵐渓の表示が。

落合橋の手前を右へ。するとなぜか、道路沿いの植え込みのなかに、やたらリアルな
ニワトリの石像が2羽。足助でニワトリ...おいしい鶏料理のお店でもあるのかと思ったが...。
これは「蓑曳鶏(みのひきとり)」というもので、江戸時代初期からこの足助で親しみのある
鶏とのこと。
田畑の害虫駆除を目的に作られた品種なのに、その卵もお肉もおいしいということから、
この地では重宝されたとのこと。

足助・旧飯田街道の街並み。

古い民家跡の壁には見事に紅葉した蔦が壁一面に。

宗恩寺入り口の見事な赤。

宗恩寺の晩鐘。

階段にも錦秋の赤い絨毯が。

田町のはずれの赤い鳥居をくぐって少し行くと、左手に稲荷社が。

通称を「お釜稲荷」といい、大きな釜が祀られているのが珍しい。
昔、不思議な老人が一升釜を持ってやって来て、その釜で炊いたご飯をふるまったところ、
いくら食べても釜の中のご飯が無くならなかったという話が伝わっているとのこと。

足助は、伊那谷沿いに三河と信州を結んだ中馬街道の宿場町。
三河で作られた塩を伊那や信州へと運ぶ役割を担ったことから、
この街道は「塩の道」とも呼ばれ、足助の町には多数の塩問屋が集まっていたという。
今でも、塩問屋の建物や塩蔵が残っているのであった。
こちらは酒屋の志賀商店。
しかし古い街並みには自動販売機は似合わないのであった。

観音山を上る。
毎年飯盛山に陽光が射し込む前にこの山に登る事が恒例。
何故ならこの山には既に朝の陽光が溢れているから。

日光の当たったモミジは絶景そのもの。

落ち葉も。

赤の世界に囲まれる。

足助の街並みが眼下に。

赤と黄色のBEST MIX。

坂道を下る。


店頭には米俵がぶら下がっていた。

黒板壁のマリリン小路。
簓子(ささらこ)下見板張りの蔵が軒を連ねる約50mの小路。
下見板は火災の時、縦横の棒を外し板を取り除いて延焼を防ぐのだと。

香嵐渓 もみじまつり のポスター。

足助川。

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