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隠居人はせじぃさんComments
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香林坊から金沢市内循環バスを利用して野町広小路で下車。
徒歩にて「にし茶屋街」に向かう。

金沢の情緒が色濃く感じられる3つの茶屋街の一つ、にし茶屋街では、今でも料亭が
軒を並べて趣ある一角を作り上げている。夕刻近くに通りを行けば、出格子が美しい
茶屋様式の2階建ての家並みからは三味線の音色が流れ、芸の町・金沢の夜を粋に
演出すると。茶屋街中程の華の宿では茶屋様式の建物を無料で見ることができるのだ。
「ひがし茶屋街」と共に誕生。現在でも料亭や芸妓置屋が立ち並び、
藩政期の独特の雰囲気を味わうことができる。
ちなみに、小説家島田清次郎が幼少の頃に過ごした場所である。

幸い、この時間は観光客は少なかった。

西茶屋資料館。
にし茶屋街界隈にある金沢市立の歴史博物館、資料館、及び文化施設。
建物は、「吉米楼(よしよねろう)」跡地に当時の造りを再現したもの。

「吉米楼」は大正時代に、島田清次郎の小説『地上』の舞台となった場所。

1996年4月にオープン。2階建て構造の日本家屋で、1階は島田清次郎に関する
ものを中心に、2階には金屏風や漆塗りの装飾品、扇子や三味線等、にし茶屋街当時の
貴重な品などが展示されていた。

検番事務所。
にし茶屋街の一角にある小さな青い洋館は、大正11年の建築物。西料亭組合事務所で、
当時のままの姿が残っているのだそうで、国の登録有形文化財。
現在は、芸妓衆の稽古場兼管理事務所として使用されている。
残念ながら内部は公開されていなかった。

願念寺(がんねんじ)。

境内に松尾芭蕉の「塚もうごけ我が泣く声は秋の風」の句碑が。
この句は奥の細道の旅の途中、弟子・小杉一笑の死を知って詠んだ句。
小杉家の菩提寺でもあるとのこと。
一笑の辞世の句「心から雪うつくしや西の雲」の句碑も建っていた。

見事な門の彫刻。

西方寺。
天台真盛宗の寺院。山号は恵光山(えこうざん)。
加賀藩主 前田利家ゆかりの寺で、息女(菊姫)の菩提寺。
藩政時代より金沢城下町に伝わるすべての霊場に指定され、願掛け=パワースポット寺院
として現在も信仰を集めていると。

良縁結実稲荷神。

中央は延命地蔵菩薩。

三光寺。
明治11年(1878)、内務卿・大久保利通を東京の紀尾井町で暗殺した島田一良や長連豪らの
集会所であったことで知られる浄土宗の寺。そのため事件の首謀者たちは「三光寺派」と呼ばれたと。
山門は平成3年(1991)に石の仁王門として再建。

コンクリート製の山門の左右の石壁に仁王像が彫られていた。

三光寺の住職は彫刻家とのことで、この二体の仁王像も住職が製作したもののよう。

金剛寺。
開山は天正年間、前田大炊の第三子が出家し、越中(富山県)射水郡守山の海老坂に
創建したことが起こり。その後三代利常の時代に現在地に移った。
本堂には、能登末守城の守り本尊であったと伝えられる観世音菩薩像が安置されている。

不動尊香林寺。
願掛け寺 香林寺は、慶安4年(1650年)前田藩家老青木五兵衛により建立。

歴代住職は、病気やあらゆる悩みで苦しむ人々を本堂左に安置される不動明王の
お力を借りられ、救済された。本堂内には、安産や子授け祈願に参拝されるお子抱き地蔵も
安置されている。座敷には、人間国宝木村雨山が願掛けが叶ったお礼に残した色紙が
80点展示されていると。

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