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隠居人はせじぃさんComments
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安いタクシーに味を占めて再びタクシーで移動。
到着地は釜山・臨時首都記念館。
臨時首都記念館 正門。入場料は無料!

韓国の首都といえば、ソウルだが、釜山も一時期臨時の首都として機能していたのだと。
それがいつかというと1950年に勃発した朝鮮戦争当時。1950年は私が生まれた年。
戦争が起こり、韓国内が戦地と化すと、釜山には多くの避難民が集まり出したのだと。

それと同時に、釜山が政治、社会、経済などすべての面で中心となり、臨時の首都にも
指定され、韓国の初代大統領李承晩(イ・スンマン)大統領もここ釜山で執務を行うことに
なったのだと。そして、その際大統領官邸として使われていた建物、それが現在は
記念館となっているこの「臨時首都記念館」。
この建物は、もともと晋州にあった慶尚南道道庁が釜山に移転してくるにあたり
1926年8月10日に竣工され、慶尚南道知事官舎として使用された。
今でこそ人口350~360万人の釜山広域市だが、晋州が道庁だった当時は
人口20万人ほどの小さな街で、道庁に見合うほどの規模ではなかったのだと。

記念館前には当時の状況が写っているいろいろな写真が展示されていた。

記念館入り口。
記念館内は土足厳禁。入口で靴を脱いでスリッパに履き替える日本風システム。
もともとは戦前の日本大使館公邸で、赤煉瓦の素晴らしい日本式の建造物。

臨時首都記念館の案内板。

玄関右手にある応接室。ここで、当時の政府関係者が会議を。
その当時の大きな写真が展示されていた。

大統領執務室には李承晩大統領の蝋人形が仕事をしている風景が作られており
往時を偲ぶことができたのであった。

李承晩大統領夫妻の寝室。
ファーストレディは、オーストリア人のフランチェスカ・ドナー夫人。
夫人もチマチョゴリを着ていたのであろう。
韓国の伝統螺鈿細工の箪笥と並んで置いてある赤の箪笥はフランチェスカ女史の持ち物。

ダイニングテーブル。椅子の背もたれの曲線美が印象的。

まるで動き出しそうな女性。
こちらは ”証言の部屋” 。当時は警備室として使われていた。
朝鮮戦争の惨禍を伝えるために、当時特攻隊員として戦争に参加していた
女性の証言(肉声)が流れていた。

浴室には日本式の浴槽と懐かしき洗濯板が。

男性トイレ。
![img_5[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/2/0be3d59bd9394dae16051a6e1b28539a044d5294.15.2.2.2.jpg?thum=53)
”回想の部屋” では資料映像を見ることができた。

いろいろな生活用具が展示されていた。

官邸の裏には、映像室(知事官舎・旧高検長官舎跡)が。

当時の白黒写真をカラー画像で。

避難した人々の、当時のバラック住居?を再現。
板きれを集めて建てた家。避難生活の厳しさがうかがえたのであった。

多くの皿絵が展示されていた。
そして釜山名物ミルミョン(蕎麦粉の冷麺)の文字も。
10/15-12/15まで釜山を代表する料理・ミルミョンの「釜山ミルミョンの話特別企画展」が
臨時首都記念館にて開催されていた。

当時の臨時首都政府庁舎の写真。

私の生まれた1950年当時の釜山地域の航空写真。

記念館は主に、朝鮮戦争当時の釜山の写真、や当時大統領だった李承晩(イ・スマン)の
写真や遺品などが展示されていた。
また日本人が建てたというだけに、横開きの押入、ドア、電燈など至る所に日本的な要素も
感じることのできる記念館なのであった。