JINさんの陽蜂農遠日記

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2016.07.02
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カテゴリ: 藤沢歴史散歩
​【藤沢歴史散歩 ブログ リスト】​


直ぐ先左側にあったのが真言宗密蔵寺。 

DSC06707_R.JPG

真言宗大覚寺派の寺で宝盛山薬師院密蔵寺と。

相模国準四国八十八箇所のうち十七番札所。 

鎌倉時代末期に有弁僧正によって開山され、何度かの火災に会ったが、

江戸時代に良忍上人によって再建されたとのこと。

本尊は創建時から薬師如来だが、本堂に祀られている愛染明王の方が

知られているのだと。

蜜蔵寺寺号標石

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青銅製の「親子の愛情像」。 

実はこの寺のみふじ幼稚園に妻は幼き頃通っていたのだ。

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「相模国弐拾一ヶ所 十七番」と刻まれた石碑。 

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南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)と刻まれた石碑の横の庚申塔。 

DSC06712_R.JPG

これも庚申塔。 

DSC06713_R.JPG

庚申塔と刻まれた古そうな石碑。

石碑の下には三猿が。 

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本堂。

この中には、本尊「愛染明王」が祀られているのだ。 

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本堂横には、弘法大師「南無大師遍照金剛」の立像が。

脚の下の台には、四国八十八箇所の砂が納められているのだと。 

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桂の木「愛染かつら」。

「愛染かつら」は、川口松太郎の昭和12年の小説を映画化したもので、金持ちの医師と

看護婦の叶わぬ恋物語。二人が桂の木の前で、願い事を書いて木に結ぶと叶うと聞いて、

願いをかけた。この映画に小暮美千代が出演しており、かつて小暮美千代は、

江ノ島カーニバルのお芝居に出演していて、その時密蔵寺に泊まっていたとのこと。

そこから、密蔵寺本尊の愛染明王を奉るご本尊の前に桂の木を植え、命名したのだと。 

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「記念植樹 愛染かつら 小暮美千代 昭和三十二年四月二十二日」と札に。 

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境内左手には六地蔵が並んでいた。

六地蔵の後ろの銀杏の木も立派。

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六地蔵の隣には、小さな弘法大師の石像が26体鎮座。

四国八十八ヶ所巡りの大師像を大正時代に実現しようとして

関東大震災で頓挫した名残りとのこと。

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如意宝珠。 

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富士見大師。 

DSC06731_R.JPG

門前の江ノ島弁才天道標。 

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密蔵寺の先三叉路の側面に「左ゑのし満遍」と彫られた庚申供養塔。

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左手に並立した江の島弁財天道標。 

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本蓮寺(ほんれんじ)参道が左手に。 

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本蓮寺門前の西行もどり松。


本蓮寺は片瀬にある日蓮宗の寺院。山号は龍口山。龍口寺輪番八ヶ寺の一つ。 

本蓮寺寺号標石。

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参道沿いには美しい白壁と曲線美の石灯籠が並んでいた。 

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冠木門(かぶきもん)の総門の傍らには鎌倉殿(源頼朝)が馬を繋ぎ止めたという

伝承にちなんだ「駒繋の松」の案内立札が立つ。

戦前までは樹齢数百年の老木があったと。

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寺伝では創建は推古朝のころ義玄和尚によって開山され、三輪寺と号したと。 

手前の石橋は1800年(寛政12年)に架けられたと。

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本蓮寺山門。   

DSC06753_R.JPG

本蓮寺脇門から入った右手には庭園が。 

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手水舎。 

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1931年(昭和6年)再建された本堂。

推古天皇3年(595年)義玄が創建し、その後真言密教の寺院となったと伝わる。

元暦元年(1184年)に、源頼朝が源立寿寺として再建したのち、文永8年(1271年)、

日蓮が龍ノ口法難の後、休息をとったという伝承が残る。嘉元年間(1303年-1306年)頃、

日秀が日蓮宗に改宗し現在に至るとのこと。 

明治19年まで住職がいなかった龍口寺の輪番寺の一つ。

境内の石畳の周りには竹製の行灯もあるので夜間が見どころ?

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同じく1931年(昭和6年)再建された鐘楼。 

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本堂裏稲荷山中腹には、1989年(平成元年)建立した多宝塔が。 

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本堂横の五輪塔。 

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本堂に向かって右手前には、宗尊親王(むねたかしんのう。1242~1274)の歌碑が。

「帰り来て 又見ん事も 固瀬河 濁れる水の すまぬ世なれば」。

宗尊親王(後嵯峨天皇の皇子)は鎌倉幕府第六代将軍(1252~1266在位)。

源氏将軍三代が途絶えたのち、四代五代の藤原摂家将軍に続いて、

執権北条氏が待望した親王将軍として、京より鎌倉に迎えられたと。

この歌は、京に送還されることになった親王がここ本蓮寺(当時は源立寿寺)において

行われた別離の歌会で詠んだ、とされるとのこと。

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片瀬市民センターを過ぎて角を右折し、しばらく行くと角地に設けられた小さな公園。

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ここ片瀬界隈においては日蓮上人の「龍ノ口(たつのくち)法難」があまりにも有名であるが、

この一遍上人の故事も忘れてはならない歴史なのであった。

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鎌倉仏教の開祖六人衆(浄土の法然・禅の栄西・浄土の親鸞・禅の道元・

法華の日蓮・浄土の一遍)のトリを飾る、時宗(じしゅう)開祖・踊念仏の一遍上人(1239~1289)。 

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Last updated  2022.10.03 06:37:22
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