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隠居人はせじぃさんComments
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この日も早朝起床し6時過ぎにカウナスの街の散策に出発する。
まずはホテルから5分強の場所にあるカウナス駅へ。
ドイツ軍侵攻に伴い隣国ポーランドから迫害を逃れて流入してきた大量のユダヤ人に対し、
当時在カウナス日本領事館に領事代理として赴任していた杉原千畝(ちうね)は、
盟邦ドイツへの配慮から査証発給を避けるよう訓令を発していた本国外務省の意向に反し、
ユダヤ人に対して日本通過を可能とした査証及び渡航証明書を発給して欧州からの
脱出を支援したのであった。
杉原千畝がリトアニアからの国外退去を命じられドイツへ移動する際、汽車が発車する
直前まで「命のビザ」を発給し続けたのがこのカウナス駅なのだ。

列車案内板、時間は6:24。

ホームに出て、杉原千畝の記念プレートを探したが見つからなかった。

新型の電車が出番を待っていた。

ホームにはオランダ・アムステルダムまで1576km、ヴィリニウスまで104kmの表示が。

カウナス駅を後にし更に歩を進めると前方にあったのが
Kauno Šv. Kryžiaus (Karmelitų) bažnyčia教会。

次に訪れた聖ミカエル教会(St. Michael the Archangel Church)。
これがライスヴェス通りの端に通せんぼするが如く立っている巨大な聖ミカエル教会。
カウナスがロシア帝国支配下であった1891~1895年にかけて、正教のカウナス要塞として
新ビザンチン様式で作られたとのこと。
第一次大戦でカウナス砦が陥落後、鐘はドイツに運ばれ、教会は1919年まで閉鎖。
そして二次大戦中はカウナス砦のローマカトリック教会となり、またその後ソ連占領下では
キリスト教が奪われ、アートギャラリーとして使われた。
独立回復後は再びローマカトリック教会として復活したと。

天を仰いで横たわる男の像は何を訴えていたのだろうか?

聖ミカエル教会の裏側。

暫く歩くと左手にナショナルムク・シアーリオニス美術館。

壁に描かれた不思議な絵。

悩む?女性像。

ホテルの近くにはロシア正教会が二つ。

ロシア正教会 Apreiškimo Švč. Dievo Motinai katedra。

ロシア正教会 Kristaus prisikėlimo cerkvė 。

そしてカウナスのバスターミナル。

ホテルに戻り朝食。

9:30に出発しカウナス市内観光へ。
最初に訪れたのが、15世紀前半に建てられたゴシック様式のヴィタウタス大公教会。

この教会はヴィタウタス大公が、タタール征伐に出かけた際に、
戦場で奇跡的に難を逃れたことがあり、感謝の印に建てたものと言われていると。

この教会はネムナス川の横にあった。ネムナス川の流れは思いのほか速かった。

1946年にカウナスは大洪水の被害に遭い教会も一部が水没したと。
教会に取り付けられたプレート。洪水被害の最高水位が印されていた。

15世紀に建てられたゴシック様式の傑作と言われる「ペルクーナスの家」。
ヨーロッパの古い言い伝え的な話だが、かつてこの場所には雷神ペルクーナスを祀る
神殿があったのだと。
その言い伝えを裏付ける証拠として19世紀に修築が行われたときに、30cmのブロンズ像が
見つかったのだと。
ただ、「ペルクーナス説」、「タタールによってもたらされたインドの神像だという説」
という二つの説で論争が起こったと。

この論争が原因なのか不明だがその像は、失われてしまい現在では残っていないと。
像は失われたものの、ペルクーナスの名前は定着し今に至っているのだと。

カウナス旧市庁舎へ向かう道を振り返る。
左側がヴィタウタス大公教会 、右側が「ペルクーナスの家」。

カウナス旧市庁舎(Kaunas town hall)広場に到着。
塔を持つ白い建物がカウナス旧市庁舎だが私には教会のように見えたのであった。
16世紀半ばに建設され,1775年,『白鳥』にも例えられると云う現在のバロック様式の
優美な姿に再建されたそうだ.ロシア支配下時代は政治犯の牢獄,後に皇帝の別宅等々に
変遷し,現在は結婚式場や婚姻届の提出場所となっているのだと。
また旧市庁舎の古い地下室は、現代作家の陶器博物館として利用されていると。
市役所の前は広場となっており,タリンでも旧市役所前に広場があったのと似ていた。

青空に映える旧市庁舎。

旧市庁舎入り口。
左側に黄色・緑・赤の3色のリトアニア国旗が。
黄色は太陽、光、繁栄、緑は自然の美しさと自由と希望、赤は大地と勇気と祖国のために
流された血を表していると。
右側はリトアニア国章。赤い盾の中心に、銀色(白色)で右手で剣を振り上げた馬に乗った
騎士が描かれていた。

イエズス教会(St. Francis Church & Jesuit Monastery)。
旧市庁舎の左手に見えたのは,17世紀建立で,修道院併設のイエズス教会。
他の教会同様,ソ連占領下では他用途に転用され,独立回復後教会に復活したと。

ぱっと見,このイエズス教会が市役所,旧市庁舎が教会に間違えそうな雰囲気も。

この「考える人」?は詩人マイロニス 。

市庁舎広場の水飲み場?

ベルナディン修道院とその前に立つ銅像。
旧市庁舎の右背後に隠れたように建っているのが、ベルナディン修道院だが、
その門の右に人物像が立っていた。
ガイド氏からも説明がなかったが、聖人なのか?。
手元のガイドブックにも触れられていない。

書かれていたMotiejus Valančiusで検索すると、カトリック主教だが、
19世紀リトアニア・サモギティア地方では有名な作家だったらしい。

旧市庁舎広場は絵になる光景。

カウナス大聖堂(Kaunas Cathedral)。
正式には聖ペテロ&パウロ大聖堂(St Peter and St Paul's Cathedral)と呼ばれ,
聖ペテロと聖パウロに捧げたカトリック教会。翌日首都ヴィリニュスで訪ねた
聖ペテロ&パウロ教会も同じ名を冠してあった。

赤いレンガ造りの外側は直線主体の比較的さっぱりした形態だが,ゴシック様式だそうで,
1671年頃建てられたと。そして1655年の戦禍で被害を蒙り,1671年にいくらか
ルネッサンス様式を付加して再建されたと。

カナウス大聖堂の内部。
さっぱりした外側に対し,内部は多くの彫刻やフレスコ画で埋められ,とても見応えが。
壁や柱が淡いピンクやパープル等で彩色され,所々に金箔が貼られ,華やか。
こうした色使いで,ケバケバ感なくして落ち着いた美しさを演出していた。

改装の一環として,1771年にポーランドリトアニア共和国最後の国王
スタニスワフアウグストポニャトフスキ(Stanislaw August Poniatowski:1732~1798年)が
内部装飾の基礎を作ったと。
1775年には聖書台や聖歌隊席が設けられ,現在の形態になったのは1800年からのさらなる
改築の結果だとのこと。

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つづく
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