JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2017.08.07
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カテゴリ: 国内旅行

車は荒川を渡る国道140号親鼻橋(おやはなばし)を渡る。

遠くに秩父鉄道の高架橋も見えた。

DSC06890_R.JPG

和銅遺跡入口を左折し山道を更に上る。

DSC06891_R.JPG

坂道の横の小さな駐車場に車を駐め、和銅採掘露天堀址の見学に向かう。

DSC06892_R.JPG

「和銅 の 神 の 恵 み 案内板」

聖 神 社 か ら 美 の 山 へ 続 く 坂 道 を 上 っ て い く と 、 ま も な く 街 な か の

騒 ひ じ りが し さ か ら 離 れ 棚 田 が 広 が る 山 里 風 景 が 目 に 飛 び 込 ん で き ま す 。

さ らに 「 和 銅 露 天 堀 り 跡 」 へ と 続 く 、 こ の 木 々 の 間 の 道 を 進 む と 、

ま る で 時代 が 昔 に 戻 っ た か の よ う な 錯 覚 を 覚 え ま す 。

飛 ぶ 鳥 よ り も 速 く 毎 日 都 へ 和 銅 を 送 り 届 け た 「 羊 太 夫 の 伝 説 」 が

残 され て い る こ と な ど も あ っ て 、 さ ま ざ ま な 場 面 で 当 時 に 思 い を 馳 せ る

こ とが で き る 場 所 、 そ れ が 「 和 銅 遺 跡 」 と 言 え る で し ょ う 。

神 の 恵 み の 和 銅 十 三 個 を ご 神 宝 と し て 祀 り 、 聖 神 社 が 和 銅 元 年

( 七 0八 年 ) 二 月 十 三 日 に 創 建 さ れ て か ら 、 黒 谷 に は 「 十 三 」 に

ま つ わ る 縁 起が 残 さ れ て い ま す 。 十 三 氏 子 ( 十 三 戸 の 氏 子 の こ と ) が

 住 ん で い る 「 美の 山 」 を 流 れ 下 る 十 三 谷 、 春 秋 の 祭 り も 十 三 日 に

 決 ま っ て い ま し た 。十 三 個 の 和 銅 石 の う ち 大 小 二 個 は 現 在 も 宝 物 庫 に

 伝 え ら れ て い ま す十 三 谷 の う ち 何 本 が 銅 洗 堀 に 合 流 し 、 何 本 が 荒 川 や

横 瀬 川 に 直 接 流入しているか今 と な っ て は 確 認 の 手 だ て は あ り ま せ ん が 、

沢 筋 の 数 は十 三 本 に 近 い よ う で す 。な お 、 銅 が 産 出 さ れ る 土 地 特 有 の

植 物 と 言 わ れ る 「 花 筏 (は な い か だ)」(俗称「筏草(いかだそう)」 や

俗 称 の み し か 伝 え ら れ て い な い 「 一 葉 羊 歯(ひとはしだ) 」 が 和 銅 山 に

だ け あ る と い う 話 な ど も 、 こ の あ た り で は 言 い 伝 え ら れ て い ま す 。

秩 父 市 秩 父 市 和 銅 保 勝 会」 と。

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「銅が出た 論より証拠 花筏 大濱利重」 の立て札が。

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花筏の木か?

別名、ヨメノナミダ(嫁の涙)。北海道南部以南の森林に自生する。

葉の上に花が咲くのが特徴であると。

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そして和同開珎を模した巨大モニュメントが目の前に現れた。

日本通貨発祥の地と。

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「和銅露天堀り跡」の説明板。

「和 銅 露 天 掘 り 跡 を 間 近 に 見 る こ と が で き ま す 地 質 学 上 で は

「 出 牛 ー 黒 谷断 層 」 と 言 わ れ ま す が 、 造 山 運 動 に よ る 基 盤 の

秩 父 中 古 成 層 と 、 堆 積 に よる 第 三 紀 層 の 断 層 露 頭 に 噴 出 、 凝 結 し た

自 然 銅 が 和 銅 ( ニ キ ア カ ガ ネ ) と呼 ば れ た の で す 。

新 編 武 蔵 風 土 記 稿 ( 文 政 十 一 年 ・ 一 八 二 八 年 ) に 土 地 の 人 の 言 い 伝 え と

し て 「銅 山 の 様 子 」を 「東 に 向 か っ て 急 坂 の 小 道 を 八、 九 町 (一 キ ロ 弱)も

曲 が り く ね り し て よ じ 登 る と 頂 上 に 出 る 。 大 岩 が に ょ き に ょ き そ び え

立っ て い る 。 そ の 色 は 銅 色 ( 赤 黒 く 光 沢 の あ る 色 、 つ ま り あ か が ね い ろ )

がか っ て い る 。」と。

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露天堀址か。

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巨大モニュメントの和同開珎の文字の凹みにお賽銭が。

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そして車で上って来た坂を下り、聖神社に立ち寄る。

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元明天皇の時代に武蔵国秩父郡(現在の埼玉県秩父市)から自然銅(ニギアカガネ)が発見され

708年(慶雲5年)正月11日に朝廷に献上された。これを大いに喜んだ元明天皇は、

同日に元号を「和銅」に改元し、その後日本最初の流通通貨となる和同開珎を発行した と。

和銅の発見、献上を喜ばれた朝廷は、勅使を遣わし祝山に神籬(神霊の宿るところ)を建てて

金山彦尊を祀り祝典を挙げた。聖神社の創建は和銅元年2月13日で、祝山から銅洗堀を隔てて、

蓑山(箕山、美野山、美の山)を背にした清浄の地を選んで遷座せられ、オホヒルメムチノ

ミコト(天照大神)、クニトコタチノミコト(国常立尊)、カムヤマトイワレヒコノミコト

(神武天皇)が併せ祀られました。

その創建当時、採掘された和銅石13個(神社に現存するのは大小2個)と、元明天皇下賜の

銅製の蜈蚣(百足)雌雄一対が御神宝として納められ、今に伝えられていると。

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聖神社一の鳥居と黄色の幟。

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手水舎。

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聖神社本殿。

現在に残るのは文化4年(1807)8月再建のもので、昭和38年(1963)社殿を秩父市中町の

今宮神社本殿から移築改修したと。

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こちらが本殿移築時に、移設された旧本殿。

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本殿前にも巨大な和同開珎のモニュメントが。

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御朱印を頂きました。

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和同開珎の丸い形の多くの絵馬。

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金運成就 宝くじ 当選祈願。

ズラリと並んだ絵馬には「宝くじで1億当たった」だの「ロト1等当選」だのと

効果抜群?。もちろん私も、しっかりがっちりと拝ませていただきましたが・・・・。

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ご祭神は金山彦命、国常立尊、大日孁貴尊(天照大神)、神日本磐余彦命(神武天皇)の4柱に

元明金命(げんめいかがねのみこと。元明天皇)を合祀すると。

また伝説によると、黒谷の獅子舞は左甚五郎が黒谷の地に立ち寄り、竜頭を刻み聖大明神

(聖神社)に奉納したことに始まると。

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和銅鉱物館。

和銅鉱物館には聖神社秘蔵の左甚五郎作の竜頭を源とする「黒谷の獅子舞」の獅子頭なども

陳列されていると。更に自然銅はもちろん、日本全土、東アジア、アメリカまで含めた

広範囲に渡って収集された和銅関連の鉱石類、350点余りが展示。

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この聖神社は、和同開珎発祥の地であることから「銭神様」とも呼ばれ、お金の神様として

有名。宝くじ祈願、ビジネス開運祈願、財布供養、馬券祈願に御利益があると。

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宝くじ当選御礼に年内に必ず来ることを誓って!!、聖神社を後にしたのです。






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Last updated  2017.08.12 00:03:32
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