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廣肇会館(こうちょうかいかん・Hội Quán Quảng Đông)を訪ねる。
色鮮やかに装飾の施された大きな門。

1786年に建てられた広州・肇慶出身者の集会所で、各国の観光客に人気のスポット。
廣肇會館の「廣」は広州市、「肇」は肇慶(ちょうけい)市を意味し、現在も華僑の人々の
集いの場となっていると。
重厚な中門。

中庭にはタイルと陶器で飾られた9つの頭を持つ龍の像が。

本堂会館。
建屋の天井からは螺旋状の珍しいものがたくさんぶら下がっていた。

螺旋状の線香とのこと。
この特徴的な線香は、見た目が良いだけではなく、螺旋状になっている分、通常の線香よりも
持続時間が長くて実用的であると。
別の日本人ツアーガイドに尋ねると、なんと約3週間も燃え続けることができるのだと。
奉納には2500円が必要と。でも1日約100円となり効能があれば・・・・。

廣肇會館の祭壇には三国志で有名な「関聖大帝」(関羽)が祀られていた。
劉備とともに活躍した関羽は、後に神格化され関聖大帝と呼ばれるようになった歴史上の人物。

白馬の姿も。

船には「一帆風順」と書かれた旗が。
順風に帆をあげる。物事が何事もなく順調にいくこと。

「決死の千里行」の絵画。
関羽が劉備のもとを目指して馬を走らせる旅が「関羽の千里行」。

会館内側から門を見る。
「継往開来」と書かれた扁額が。
前人の事業や学問、技芸などを受け継いで、これを現在に生かして発展させ、
さらには未来へと伝えること。

ホイアンの伝統的な様式の建物はベトナム料理レストラン「SAKURA」。

青空の下、カラフルなランタンの蔭が地面に。

タンキーの家(進記家・Nha Co Tan Ky)

200年以上の歴史を持つ進記家。1985年にホイアンで最初の文化遺産に登録されたと。
現在は7代当主がこの家を守っているのだと。
ベトナム、日本、中国の三か国の建築様式がミックスされた味わい深い建物。
![lrg_14625568[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/4aa37a190f0cd998d90a7ecf92f687e37d88efa8.15.2.9.2.jpeg)
約200年前に広東省からきた中国人漁師によって建てられ、香料の貿易で財を成した商人の家。
ホイアンの伝統家屋の中でもその内部の柱や梁の美しさで知られると。 。

ウナギの寝床のようにかなり奥行がある家で、もう一方の出口は川に面していた。
中庭を取り囲む建物。窓の造りや彫刻が美しかった。

見事な黒檀の彫刻。

雨季には洪水で浸水することもあるようで、この建物も1階の天井には、
2階に荷物を運び上げるための格子状の窓が。

毎年、雨季になるととんでもない量の雨が降るようで、タンキーの家といえども
何度も浸水しているようで、その時の写真と、黄色で水位と年月日が記入されていた。

チャンフー通り沿いの広場に立つKazimierz Kwiatkowski(カジミエシュ クワトコフスキー)
の記念碑。
長年に渡る戦争によって破壊されたベトナムのモニュメントを再建し、保全活動すべく
ユネスコの呼びかけに応え尽力したポーランドの建築家。

貿易陶磁博物館 (海のシルクロード博物館・Bảo tàng gốm sứ mậu dịch)。

海のシルクロードとは、中国~インド~アラビア半島を結ぶ海の貿易路のこと。
貿易陶磁博物館は、ホイアン近郊で発掘された出土品や海底で発見された沈没船の遺品や
陶磁器、絵巻物などが展示されていた。
ホイアンは、16世紀頃から国際貿易港として栄え、中国や日本を中心にヨーロッパ諸国などとの
貿易の場なったと。
入口正面にはホイアン付近、チャム島の海底で見つかった沈没朱印船の模型が飾られていた。

ホイアンを中継地として運ばれた陶磁器などが展示されていたが、こんな日本地図も
貼られていた。17世紀の日本での陶磁器窯の分布図であるようだ。

2階テラスから見るホイアン旧市街の街並み。

広間の先には、吹き抜けの中庭があり、壁に刻まれた極彩色の彫刻が目を引いた。

博物館の中庭には休憩スペースがあり、その先には当時の生活を再現した模型が。
当時のホイアンの人々はどんな生活をしていたのか、生活の中で陶器や陶磁器が
どのような役割を果たしていたのかが分かりやすく表現されていた。
最初は本物のベトナムの女性と思いましたが・・・。この女性と記念撮影も。

旅友のSさんとツーショットの記念撮影。

次は「福建會館」。
一見するとお寺のような内外装であったが、こちらもその前に訪ねた廣肇会館と同じく
中国人の集会所。福建會館と呼ばれるこちらは、主に福建省の中国人が集まる集会所。
日本橋を背にチャンフー通りを歩いていると、すぐ左手に見えてくる派手な門が特徴。

これでもかの派手な門構えは実に中国らしい。

異次元の世界のような空間が広がっていた。

一番上の屋根の下に「
「福建會館」とあった。

福建会館の本堂。屋根の飾りも様々に。

ここの天井にも多くの渦巻き型のお線香が下げられていた。

ここでも福建省出身者の多くが信仰する天后聖母が祀られていた。
天后聖母は天上、天妃とも呼ばれていると。もともと媽祖(まそ)と呼ばれる女の伝説から
生まれた女神で、媽祖が神格化されて聖母となったのがはじまり。
そして媽祖は、航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神。
現在ではここホイアンだけではなくベトナム全国の寺院で祀られている定番の守り神であると。

ズームで。
ベトナムは人口の8割近くが仏教徒。天后聖母は道教の最高神だが、ベトナムでは隔てなく
崇拝されている事が解ったのであった。
現在では家内安全、学業祈願、商売繁盛、子宝繁栄なんでも参拝の対象となっていると。
17世紀に中国の福建省からやってきた6家族の家長の像と、ベトナムの医療の礎を築いたと
言われているレ・フー・チャックの像も下に。

その両側には般若のような怖い顔をした像も安置されていた。

迫力ある般若の顔。

いろいろな祭壇が。



龍の飾りも派手。