JINさんの陽蜂農遠日記

JINさんの陽蜂農遠日記

PR

×

Profile

jinsan0716

jinsan0716

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

【公園の整姿色々(… New! Gママさん

箱根一泊旅行 (その6… New! オジン0523さん

オオバナセイヨウバ… New! 隠居人はせじぃさん

エコハウスにようこそ ecologicianさん
noahnoah研究所 noahnoahnoahさん

Comments

オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

Calendar

2019.12.22
XML

『旧東海道を歩く』ブログ 目次


途中右手に『気賀駅(きがえき)』が。
気賀駅は、静岡県浜松市北区細江町気賀にある天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線の駅。
駅舎には飲食店「中華屋 貴長」が入居していた。



右手にあったのが『郷社 細江神社』。
この神社は、天竜浜名湖鉄道・気賀駅の北北東300m程の辺り、気賀小学校の西側に鎮座。
由緒書によれば、嘗て浜名湖は淡水だったと。
御祭神:素盞嗚尊・奇稲田姫尊
明応七年の大地震によって浜名湖は外海とつながり、その時の大海嘯により新居の角避比古神社は
流没。しかし、御神爾は奇跡的にこの気賀の地に着御された。里人は牛頭天王社として
気賀の総氏神として祀る。以来気賀のお天王さまと尊称し、七月の祇園祭りの船渡御は全国的に
めずらしい勇壮な祭りとなっていると。



そして『気賀関所跡』に到着。
姫街道の歴史は古く、縄文時代にまで遡ることができますが、いわゆる「姫街道」と現代でも
称される街道は、天正15年(1587)6月に、本多作左衛門が要所に新宿を設けたことから
始まりました。その後、道路も次第に整備され、人馬の継所として発展してゆきました。
慶長6年(1601)には東海道宿駅の制が幕府によって定められ、この街道も「東海道本坂越」と
名づけられました。
この街道は東海道の脇街道、脇往還で、見付から東海道と別れて市野に入り、気賀を通って
三ケ日に出て、本坂峠を越えて嵩山(すせ)を通り、豊川を渡って御油(ごゆ)で最終的に東海道と
合流する15里14町(約60キロメートル)の道程でした。
街道の主な目的としては、浜名湖入口の渡しを避けることにありました。
当時、浜名湖を渡ることは大変危険であったためです。
宝永4年(1707)10月4日における大地震では、壊滅的な打撃を受けた浜名湖南部を迂回するため、
被害の少なかった姫街道はそれまで以上の賑わいとなりました。
あまりの混雑ぶりに、宝永7年(1710)3月には幕府により大名の本坂越通行が禁止されましたが、
交通量は減ることはありませんでした。その後も幕府から度々禁止令が出ることにより、
街道はようやく落ち着きを取り戻しましたが、公家や武家の奥方、姫君女中衆はこの街道を
使用し続けました。これにより本坂道は「姫様道」「姫街道」と呼ばれるようになりました。
気賀の関所は、この本坂道を監視するために慶長6年(1601)に徳川幕府によって設けられ、
箱根、今切(新居)の関所とともに江戸に対する重要拠点となりました。慶長10年(1605)には
気賀の町が大火に見舞われ、町並みはほとんど消失しましたが、関所は被災を免れました。
このような状況から、関所では何度も茅葺の屋根を瓦葺に改装する願いを出しましたが、
「権現様(家康)のとき茅葺であった」という理由で却下され続けました。その後実に100年以上
経ってから瓦葺となり、幾つかの大災害をくぐり抜けて、規模と構造はほぼそのままに
明治時代まで残りました。明治2年(1869)の関所廃止令により、気賀の関所もその長い歴史の幕を
閉じました。本番所は全国で最古の関所建物として昭和35年(1960)まではほぼ完全な形で
現存していましたが、ほとんどが解体され、現在ではその一部が民家の屋根として残されている
のみとなってしまいました。



『史跡 気賀関跡』碑。
現在は細江町の街中の一角に石碑だけあり往時を偲ぶよすがもない。



『気賀関所 本番所』
「気賀は、天正15年(1587)本多作左衛門によって街道の宿と定められました。
山手に土塁、南は堀川、東に関所と萱垣、西に石垣と矢来と枡形があり、
その中に本陣、問屋場、旅籠をはじめ民家約百軒が町並みをつくっていました。
気賀関所は気賀宿の東の入り口にあり慶長6年(1601)徳川家康により東海道本坂道の
往来の取り締まりのために創建されたといわれます。
関所の本番所は、はじめ茅葺でしたが、寛政元年(1789)に杮葺・切妻破風造り、
狐格子・瓦棟に改築されました。嘉永7年(1854)に大地震で壊れたため葺きかえられ、
昭和35年まで残されていました。現在の建物は関屋の正面に向って左の部分三分の一で
下の間・勝手の間の部分です。屋根の切妻破風造り、狐格子が残されています。
本番所の正面、街道をはさんで向番所と二層の望楼があり、周囲には堀と石垣、矢来
が設けられていました。」



『堀川城跡 古戦場』



『堀川城跡・古戦場』の石碑。



『伝 堀川城跡』
遠江を手中にしていた今川義元と、今川氏への忠信が強かった気賀の村人たちにより、
永禄10年(1567年)に築かれました。
場所は、その80年前に起きた明応地震によって、浜名湖が海と繋がってできた三角州の湿地帯。
一見無防備に見えますが、湖を背にして、前面に都田川の水を引き、満潮時には湖水がまわって
島のようになり、船を使わないと城には入れないようになっていたといわれています。
しかし、徳川家康の猛攻の前にはこの細工もむなしく、ひとたまりもなく陥落しました。
この戦は、悲惨きわまりないものでした。
永禄11年(1568年)三河の岡崎城から遠江に侵攻した家康は、井伊谷城、刑部城を落とし、
引馬城からも今川勢を追い出して掛川城に迫りました。そこで一度三河に戻り、再び出陣して翌
年の3月、干潮を見計らい3千の軍勢で、堀川城に攻めかかりました。
堀川城の城兵2千人の大半は、老若男女が入り交じった武装した農民でした。抵抗しましたが、
戦慣れした徳川軍にかなうはずもなく、1日で落城。さらに後日、家康は籠城抗戦を主導した
者たちを惨殺し、都田川の土手に首を並べたと伝えられています。
家康の若き日の汚点となる、残虐な行いだったとされています。
現在、堀川城があった地は、田園の中に、ぽっかり浮かぶ緑の島のように見えます。
城跡には、『堀川城跡・古戦場』の石碑と、小さな首塚が一基あり、その所在を知らせています。
また、城址の北600mほどのところに、『堀川城将士最期の地』があります。
多くの村人がここで処刑されたことからこの地は獄門畷と呼ばれています。




小さな首塚が一基。



そして天竜浜名湖線にそって浜名湖の北の湖岸の風景を楽しみながら進む。



静かな湖面の浜名湖。



国道362号線を進む。



豊川を渡り国道362号線を左折し、豊川市小坂井地区の国道151号線を進むと右手に
『宮下東』交差点に巨大な朱の鳥居が。



『白狐ヶ丘』と書かれた扁額。
この大鳥居は『白狐ヶ丘五社稲荷社』の鳥居。
この地は、白狐ヶ丘といわれ、弥生中後期の住居遺跡で欠山式土器の発掘地として知られており、
明暦年間(1656年頃)にこの遺跡の中央前方部大古墳上にこの古墳の尊厳を守り、五穀豊穣を
祈るため「保食神(うけもちのかみ)」を斎祀したのが始まりと伝えられています。
文政13(1830)年に京都伏見稲荷大社より、五神を勧請し五社稲荷社となり、
延享4(1747)年に社殿が改築された記録があり、実際の創立年代はそれ以前に
さかのぼるとのことですが、詳細は不明です。五穀豊穣、商売繁盛、福徳円満の神として
崇敬され、毎月1日、15日の月次祭(つきなみさい)には、多くの参拝者があるとのことです。



この後、先日の『旧東海道を歩く』で旅友Sさんが訪ねそこなった『​ 兎足神社 ​』👈リンクを
再び訪ねた。
そして旧東海道の県道496号線・白鳥豊橋線を進み飯田線の踏切を渡る。



そしてこの後、国道1号線をひたすら走り、何とかこの日の東岡崎駅近くのホテルに到着。
そしてチェックイン後、岡崎市内にお住まいの旅友の待つ『世界の山ちゃん』へ。



『名古屋名物 幻の手羽先』が人気の『世界の山ちゃん 東岡崎駅前店』。



もちろん『名古屋名物 幻の手羽先』を注文。



『土手煮』も注文。
久しぶりの再会で、そして10月24日出発のブルガリア・ルーマニア旅行もご一緒するので
大いに語り合ったのであった。



ホテルへ戻る途中の『乙川』に架かる『名代橋』からライトアップされた岡崎城を見る。



岡崎城をズームで。




                              ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・​ つづく ​・・・






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020.05.01 15:31:09
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: