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隠居人はせじぃさんComments
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次
旅行をご一緒する旅友の女性と旅友Sさんそして私の3人で旅行前の親睦をはかる。
そして翌朝・10月15日のホテルの我が部屋からの朝焼けの光景。
ホテルのフロント横の壁に掲げられていた『東海道五十三次 岡崎 矢矧之橋 / 歌川 広重 』の
一部を取り出し、アレンジして織り上げた絨毯が。
図の橋の名は矢矧之橋といって、東海道中で一番長い橋で、208間(378m)ある。
こちらが、『東海道五十三次 岡崎 矢矧之橋 / 歌川 広重 』。
カーブを用いて長さを強調した。川の中は白砂で、水深は浅い。
大名行列が橋を渡っているところであり、向こう側には岡崎城の櫓が描かれている。
家康誕生の城を当時の人は特別の思いでみたであろう。豊臣秀吉が蜂須賀小六と
出会ったのはこの橋である。
ホテルで6時半から朝食を取り早々に出発し、乙川に架かる明代橋を渡る。
この日の「旧東海道を歩く」は御油宿から豊明駅辺りまでを予定。
明代橋から下流を望む、ビルと林の間に岡崎城が小さく見えた。
岡崎城天守をズームで。
名鉄・東岡崎駅前にあった『ようこそ、岡崎へ』の大きな看板。
「岡崎新時代ナビゲーター 竹っちょ」だと。
徳川家康の幼名竹千代(松平、徳川の幼名)からとったもの。
名鉄名古屋本線の豊橋・豊川稲荷方面の「普通 伊奈」6:53に乗る。
定刻に伊奈行きに乗り、御油駅を目指す。
御油駅に到着し、改札口を出ると『御油宿・赤坂宿観光案内』が。
『御油駅』
御油の町は東海道五十三次の御油宿として発展。過去には御油城もあった。
しかし、東海道本線は御油宿を経由せず、 1888
年から 1948
年の間は、現在の愛知御津駅が、
御油駅を名乗っていた。この理由について、勾配を避けるために蒲郡経由で敷設されたのだと。


































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