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『旧東海道を歩く』ブログ 目次
右角に『火の見櫓』があるT字路の交差点を左折し、『火の見櫓』を振り返る。
東海道道標の先を150mほど進むと、右手に『神戸岡(ごうどおか)神社』があった。
『神戸岡神社舊磧』
神戸岡神社の創建年代等は不詳であるが、もとは街道の左手(東)にあり、
明治29年(1896)に立坂神社に合祀され、その後、昭和35年(1960)に現在地に移されたと。
狛犬の奥には拝殿が。
『神戸岡神社』の鳥居の前を奥に入っていくと、右手に『稲荷神社』が。
『拝殿』。
旧東海道を先に進むと、左手に浄土真宗本願寺派の『桑部山了順寺』があった。
『浄土真宗本願寺派 桑部山 了順寺』の寺標が『山門』前に。
『山門』は桑部城の門を移築したものといわれているのだと。
立派な袴付きの重厚な『鐘楼』
『鐘楼』と『本堂』。
その前には枯山水の石庭が。
『本堂』。
了順寺は、桑部城主毛利秀重(織田信長によって落城)の孫の秀元が出家して、
元和7年(1621)に創建した。桑部城は、室町時代末期に町屋川南岸に舌状に張り出した
低丘陵地の先端部に築かれた城である。
帰りに再び『山門』&『鐘楼』を振り返る。
日立金属㈱桑名工場の横を進んで行くと右手にあったのが『江場松原跡』。
「江場松原跡
七里の渡し場から大福までの東海道は両側とも家が建ち並んでいたが、江場から安永に
かけての192間(約345m)は両側とも家がなく、松並木となっていた。
眺望がよく、西には鈴鹿の山脈が遠望され、東は伊勢の海が見られた。
昭和34年(1959)の伊勢湾台風ごろまでは松並木も残っていたが、現在は家が建ち並び、
一本の松も残っていない。」
そしてその先、右にあったのが『城南神社』。
「城南神社
御祭神 天照大御神
配祀 豊受比賣命外五柱
御由緒
当神社は垂仁天皇の御代皇女倭姫命天照大御神の御杖代として御神慮のまにまに大和の国より
日出づる倭寇の国に御巡幸ありし時、御停座の旧地と伝承されております。
桑名の神戸でも伊勢の神宮との御縁故殊の外深い御社であります。 古来神宮式年遷宮ごとに
皇大神宮一ノ鳥居及び古殿舎の一部を拝戴改築の古例になっております。」
更に進むと『ここは桑名 東海道』と53次 浮世絵の上に。
『一の鳥居』。
『皇大神宮一ノ鳥居御下賜碑』が手前右に。
『乙石稲荷社』。
「乙石稲荷社
古来、明王院の邸内社で古くは越後高田に御鎮座宝永7年(1710)桑名から高田へ國替えに
なられた松平越中守の崇敬厚く明王院は守護所を仰せつかり、家中同様のお取扱いを受け、
寛保元年(1741)奥羽白河、文政6年(1823)桑名へと越中守に随従、文政6年(1823)
桑名柳原 、同12年(1829年)矢田川原、大正3年(1914)安永に御遷座になりました。」
『二の鳥居』と『拝殿』。
『拝殿』
御祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)
配神 :豊受比売神(とようけのおおかみ)
:保食神(うけもちのかみ)
:少彦名神(すくなひこなのかみ)
:天目一箇命(あめのまひとつのかみ)
:大山津見命(おおやまつみのみこと)
:火産霊神(ほむすびのかみ)
拝殿の扁額『城南神社』。
拝殿の右側には『天照大御神御神幸旧蹟』の石碑。































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