JINさんの陽蜂農遠日記

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2021.04.20
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カテゴリ: 大和市歴史散歩
【大和市の神社仏閣を巡る】目次

「瀬谷左馬神社」を後にし、北側近くにあった「西福寺」を訪ねた。
「西福寺」参道入口より境内に入る。
横浜市瀬谷区橋戸3丁目21-2。



「西福寺」と刻まれた石碑。



「横浜瀬谷 八福神 西福寺 布袋尊」と書かれた幟が。



この石碑の文字は?
「花下祖神現手身
 水透尊者匿頭御」ではないかと先生より。



左手に「六地蔵尊」。







「六地蔵尊」を正面近くから。
宝永4年( 1707 )の富士山大噴火の災害供養のため、宝永7年(1710 )に建てられたといわれ、
身代わり地蔵尊として信仰された。前面の六地蔵像は昭和51年( 1976 )に奉納された。
後ろには、お顔のない先代の?六地蔵様が並んでいた。



「・自利利他の精神とは、利は仕合せという意味とされ相手の幸せを思いやるままが自分の
  幸せとなるというそれが大乗仏教の理想とされています。
      おもいやりがめぐってゆきますように。
 ・あなたにも私にもありがとう
 ・信じて行けばあなただけの道となる。
 ・疲れたら休め平常心が戻るから
 ・今月の花 匂い椿:港の曙(みなとのあけぼの)」



「本堂」。
猿王山本性院西福寺、本尊は不動明王、真言宗豊山派で奈良県の長谷寺の末寺。
記録によると、善海和尚が天文3年(1534 )に創建、中興開山は江戸時代初期「円仲和尚たち」
と伝えられています。
関東大震災で倒壊した本堂は昭和5年(1930 )に新築、昭和57年(1982 )に増改築が行われて
現在に至っています。
かつては、極楽浄土があるとされる西を正面として、境内の地形が扇状に広がって
いたことから、西福寺と名付けられたのだと。







「内陣」。



写真での「西福寺」紹介書。



「本堂」前には江戸時代(明和7年)の「宝筺印塔」が。
中には陀羅尼経が収めらていると。



「本堂改修浄業記念」碑。





古くなり使わなくなった茶道具を供養する茶筅(ちゃせん)供養を執り行うと。



「水を運び 薪をとり 湯をわかし 茶をたてて 佛にそなへ 人にもほどこし 吾ものむ」
千利休の名言であると。
「水を運び、薪をとってきて湯をわかし、茶をたてます。
 たてた茶を仏様にお供えし、客に飲ませ、自分も飲みます。
 それが茶の湯です。」と。



「山王堂」。



「当山鎮守 吉縁守護 山王堂」と刻まれた石碑。
裏面には「さびさびと 心静もる西福寺の 千年椎のかえに 佇て生(たてば)」



「山王堂」正面。



「千年椎」
樹齢約800年と推定される大霊木で、幹の周囲は6メートル余り、
市の名木古木指定を受けている。



「名木古木指定 スダジイ」。



小僧さんが座っている柱には、
『とわのひじりに まもられて つきぬいのちの ひとしさは みのりのさけび きよらかに
すくいのみちぞ かぎりなし』と刻まれていた。



「小僧さん」をズームで。



「寺務所」。



「さいふくじ ほてい堂」と刻まれた石碑を斜めから。



「法悦も かく日當れる 花の寺」(小林三青)の句碑。

「ほてい堂」を正面から。



近づいて。



「内陣」。
背伸びをする布袋様の姿も。



「布袋尊」
大きなお腹に思わず顔がほこ ろんでしまう布袋様は、唐の時代に実在したお坊さんが
モデルであると。福徳円満の神様。



「瀬谷八福神」が描かれた絵皿。



「仏足石」。



「光明 真言 佛足跡」と刻まれた石碑。



根府川石の自然石に刻したという「筆塚」。
裏面には「ふるき筆 きりぎりすとや 成りぬらん 土の中にぞ ふみはをさめし」の
舟芳自作の歌が刻されていた。



「横浜市瀬谷区橋戸、閑静な住宅地の一角に樹々の美しい寺がある。天文3年(1584)に
創建された猿王山本性院西福寺(現住・備前恭忍師)である。静かな参道行くと、境内中央には
樹齢約八百年といわれる「千年椎」(横浜市名木古木指定)が姿を現し、幽玄な風情がただよう。
本堂前には江戸時代(明和7年)の宝筺印塔があり、中には陀羅尼経が収めらている。
西福寺には、参道の寺号碑をはじめ、水川舟芳揮毫の石碑が11基もあり、小林三青の句碑などと
ともに、「いしぶみの寺」としての風韻を漂わせる。
寺の玄関には、「諸法無我」の衝立、・「愛幽棲」の扁額が飾られ、本堂や庫裏には20点を
超える舟芳作品が収蔵、展示されている。本堂にある山号を刻した「猿王山」の額も舟芳
の揮毫で、玄関前の庭には三連の漢字かな交じり文の「得度式記念三碑」が立てられている。
本堂前には「本堂改修浄業記念碑」、「茶筅塚」。布袋堂前には、「ほてい堂碑」、「千年椎」
を挟んで山王堂前には「山王堂碑」、その横の仏足石に並んで「仏足石碑」。墓地に近い裏手
には、根府川石の自然石に刻した「筆塚」がある。彫りが深く「筆塚」の文字が雄渾に響く。
碑陰には、「ふるき筆きりぎりすとや成りぬらん土の中にぞふみはをさめし」の舟芳自作の
歌を刻している。台座を含め3 メートルを起えるこの筆塚は、舟芳書業30年、芳林書道院
20周年を記念してたてられたもので、住職とともに根府川まで足を運び石を選んだと言い
毎年11月3日(文化の日)に、この前で供供養のお燹き上げが挙行されている。」



「西福寺」を後にして、橋戸第122号線を北西に進むと県道40号線・厚木街道の合流地点
の手前の右側の高台にも神社があった。
横浜市瀬谷区橋戸3丁目5-12。



石鳥居の扁額「稲荷神社」。



新しい小さな社殿。



近づいて。



そして県道40号線・厚木街道を境川方面に西に進む。



そして前方に境川に架かる橋が。



前方の尖塔がある建物をズームで。
「末日聖徒イエス・キリスト教会日本藤沢ステーク大和ワート」。
「末日聖徒イエス・キリスト教会(まつじつせいと イエス・キリストきょうかい、
英: The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints, 略称: LDS)は、1830年に
アメリカ合衆国で宗教家ジョセフ・スミス・ジュニアによって回復されたキリスト教系の新宗教。
通称のモルモン教は教典の一つである『モルモン書』に由来する。
ただし教会の指導部は「モルモン教」という呼称について、信徒に対し
「使用を推奨していない」」とウィキペディアより。



そして「境川」を渡り再び大和市に戻った。



橋の名は「境橋」と。



境橋を渡り、川に沿って上流方向に進むと、「境川」のコンクリート製の堤防の擁壁には
「水位計」が取り付けられていた。




                              ・・・​ もどる ​・・・

                   ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2021.09.05 06:04:37
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