JINさんの陽蜂農遠日記

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2026.03.01
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カテゴリ: JINさんの農園
最後に 展示室12・ アートオリンピア 優秀作品展 」の展示会場を訪ねた。
アートオリンピアは、才能あるアーティストの発掘と、その活動を支援することを
目的として開催される、アートの国際公募展。
2015年から始まり、2017年、2019、そしてコロナで1年延期となり2022年に開催され、
直近では2024年に熱海市起雲閣にて開催。
そして2026年には東京都内にて開催を予定している と。
本展示室では、過去の金賞(第1位)及び優秀作品を展示 しているとのことであった。



入口の手前にあったのは、販売品の
「imaginary Portraits(想像の中の肖像)」
パブロ・ピカソ
Pablo Picasso
1969年
想像の中の肖像 29点セットの1枚。
ピカソの「想像の中の肖像(imaginary Portraits(想像の中の肖像)」は、1969年に
制作された全29点からなるリトグラフ(石版画)のシリーズ。
ダンボールの質感を感じさせる背景に、鮮やかな色彩と力強い線で架空の人物が
描かれており、晩年のピカソの自由でユーモアあふれる創作意欲が凝縮された、
非常に人気のある作品群 と。



そして展示室に入る。
ハートボイルド探偵
 画面は圧倒的な情報量で埋め尽くされ、無数の人物・モチーフ・建築・物語の断片が
 黄金色のトーンで渦巻くように配置されている。
 一見すると祝祭的で、華やか。
 しかし視線を進めるほど、秩序と混沌が同時に存在する異様さが立ち上がる。 
■ 視覚構造の特徴
 画面全体に「中心」が存在しない
 どこを見ても物語が進行している
 上下左右に視線が拡散し、休む場所がない
 これは鑑賞者に「一点集中による理解」を拒む構造。
 👉 全体像を把握しようとするほど、迷い込む設計になっている。
■ モチーフと語りの性格
 人物たちは皆、何かを追い、何かを探し、何かに巻き込まれている。
 しかし明確な主人公はいない。タイトルにある「探偵」は特定の人物ではなく、
 👉 “意味を探そうとする鑑賞者自身”を指していると読める。
■ 「ハートボイルド」の逆説
 本来のハードボイルドは孤独・沈黙・簡潔さの美学。
 だが本作はその真逆で、過剰・饒舌・感情も情報も溢れ返る
 それでもなお「ハートボイルド」と名付けることで、作者はこう示している。
 👉 現代においては、無数の物語の洪水の中で立ち尽くすこと自体が“孤独”なのだ。
■ 黄金色の意味
 金色は栄光価値理想を象徴する一方で、ここではすべてが同じ価値に均されてしまう
 危うさも帯びる。
 どれも重要で、どれも決定打にならない。
 👉 情報社会・評価社会のメタファー。



アートオリンピア2015
ハートボイルド探偵
mimasyo—
MIMASYOー 」 



炸裂
一見すると、これは「絵画」というより覗き込む装置、あるいは封印された空間に近い。
平面の中に
・奥行き
・反射
・物理的構造 が組み込まれ、鑑賞者は自然と「見る側」から「覗く側」へと立場を
 移動させられる。
■ 視覚構造の特徴
額縁の中に、さらに“内部空間”が存在する
鏡面や金属的な反射が視線を跳ね返す
明確な中心がなく、視線が分断される
特に印象的なのは、視線が一点に集中することを拒む構造である点。
 👉 見ようとすると、見返される。
 👉 理解しようとすると、遮られる。
■ タイトル《炸裂》との関係
「炸裂」とは、本来爆発・破壊・瞬間的なエネルギーの放出を意味する言葉。
しかし本作に描かれているのは、爆発の“瞬間”ではなく、
   👉 炸裂が起きた後、あるいは起きる直前の緊張状態。
静まり返った内部に、目に見えない圧力が充満している。
■ 見えない力の存在
画面内には、ビス、金属部材、人工的な壁面が露骨に配置されている。
それらは「美しさ」のためではなく、構造そのものを露出させるために存在している。
   👉 何かが支えられ、固定され、
   👉 そして同時に、壊れる可能性を孕んでいる。



アートオリンピア2017
炸裂
中村宏太
NAKAMURA Kota



「壊れたホッパー 」 
最初に感じるのは、「出来事が終わった後の現場」という空気。
爆発や事故そのものは写っていない。
あるのは、
・折れ
・傾き
・崩れ
・錆び  だけ。
時間が止まったようでいて、植物だけが静かに成長を続けている。
■ 視覚構造の特徴
鉄骨が歪み、交差し、視線を分断する
トタン板や鋼材が層を成し、奥行きを生む
フレームの中央に「ホッパー(貯蔵槽)」が半壊状態で残る
構図は整っているが、構造は完全に破綻している。
つまりこれは「秩序ある崩壊」の記録。
■ タイトル《壊れたホッパー》の意味
ホッパーとは、本来、物を溜め、流し、供給するための装置。
産業・流通・効率の象徴です。
それが「壊れた」態で放置されていることは、単なる老朽化ではなく、
👉 機能の終焉
👉 役割を終えたシステム  を示しています。
■ 人の不在という強い要素
画面には人が一人もいない。
しかし、人の痕跡は無数にある。
・設計
・建設
・使用
・放棄
つまりこの作品は、人間が去った後に残るものを見せている。



アートオリンピア2019
壊れたホッパー
橋本大輔
HASHIMOTO Daisuke 」 



Period 21
最初に目に入るのは、余白の広さと、人物の静かな立ち姿。
華やかな柄の着物をまとっているにもかかわらず、作品全体の印象は決して祝祭的ではない。
むしろ、一瞬立ち止まった時間が封じ込められている。
■ 視覚構造の特徴
背景はほぼ無垢な白
人物は画面中央よりやや下方に配置
視線は正面ではなく、わずかに横を向く
着物の色彩(青・赤・白の花模様)は強いが、それは空間を支配しない。
 👉 色は主張するが、感情は語らない
■ 人物表現の要点
女性は立っているが、動作は最小限。
身体の重心は片側に寄り手に持つバッグは実用的で控えめ
表情は読み取れないほど抑制されている
これは「ポーズ」ではなく、日常の一断面である。
■ タイトル《Period 21》の示唆
「Period」は
・時代
・区切り
・状態
を意味する言葉。
数字「21」は、年齢とも、世紀とも、個人的な周期とも読める。
 👉 明確に説明されないからこそ、鑑賞者は自分の時間感覚を重ねてしまう。



アートオリンピア2022 
Period 21
ジョーンズ美月
JOHNES Mizuki 」 



甦  ~ HIROSHIMA LIVES ~ 」 
まず感じるのは、音のない風景。
色は淡く、形は溶け、輪郭は曖昧。
しかし、決して「消えそう」ではない。
むしろ、静かに息づいている何かが画面全体に漂っています。
■ 視覚構造の特徴
画面全体は霧に包まれたような層構造
明確な中心点を持たず、視線が彷徨う
葉や枝、地表、水、建造物らしき形態が相互に溶解
 👉 自然と人工、過去と現在、生と死が分離されず重なっている
これは「描く」というより、沈殿した記憶を浮かび上がらせる構造です。
■ モチーフの扱い
葉脈、岩、地面、水辺、そしてかすかな建築の痕跡。
それらは象徴として強調されない。
原爆ドームを想起させる形も、はっきりとは描かれない。
 👉 見せるのは「惨状」ではなく、
 👉 その後も続いた時間の堆積。
■ タイトル《甦 ― HIROSHIMA LIVES ―》の意味
「甦」は復活でも再生でもなく、静かに、確かに“生き続ける”ことを指す言葉。
副題「HIROSHIMA LIVES」は、過去形ではない、完了形でもない
 👉 今も続いている現在進行形であることを示す。



アートオリンビア2024

~ HIROSHIMA LIVES ~
大川真理
OKAWA Mari
和紙・墨・顔料・鉛筆・ペン 」 



春の陽ざし
最初に立ち上がるのは、「見る」という行為そのものへの静かな意識。
明るい風景が描かれているにもかかわらず、画面全体はどこか暗く、重い。
しかしその暗さは閉塞ではなく、包み込むような静けさを持っています。
■ 視覚構造の特徴
画面は明確な「枠」によって構成される
外側は黒く、内側に向かって段階的に空間が開く
中央にのみ、現実の風景(春の海と陸)が置かれている
 👉 視線は強制的に「奥」へ導かれる構造
これは絵画というより、建築的な「視覚装置」に近い。
■ モチーフの扱い
描かれているのは、特別な場所でも、劇的な情景でもない。
穏やかな海、低い地形、春を思わせる淡い色調
しかし、それらは直接的には触れられない。
必ず「枠越し」にしか見えない。
   👉 ここで主役なのは風景ではなく、
   👉 風景を見る距離そのもの。
■ タイトル《春の陽ざし》の意味
「春の陽ざし」は本来、暖かく、開放的で、直接肌に触れるもの。
だがこの作品では、陽ざしは奥に閉じ込められている。
   👉 春はそこにある
   👉 しかし、すぐには届かない
このズレが、作品全体の緊張感を生んでいます。
■ 表現姿勢:感情を抑えた誠実さ
本作には、感傷的な演出、色彩による情緒の誇張
ノスタルジーの誘導が一切ありません。
むしろ、**見る者が立っている「今・ここ」**を強く意識させる。
これは、「春を描いた絵」ではなく、春を前に立つ人間の位置を描いた絵です。 



アートオリンピア2024
春の陽ざし
山本誠
YAMAMOTO Makoto
油彩 」 



おかえりなさい
まず感じられるのは、懐かしさと違和感が同時に立ち上がる感覚。
やわらかく、淡く、静かな画面。
しかし、その穏やかさの奥に、どこか現実と噛み合わない「揺らぎ」が潜んでいます。 
■ 視覚構造の特徴
・画面中央に大きな樹木が立ち全体の軸を成す
・人々や建物道は細密に描き込まれながらも、輪郭は曖昧
・空間は遠近法に従っているようで、どこか歪む
 👉 全体が霧の中に沈んだような構造
    視線は定点を持てず、画面内をゆっくりと漂わされる。
■ モチーフの扱い
描かれているのは
・帰還する人々
・集落
・橋や道
・大きな樹のもとに集う気配
だが、誰も主役ではない。
個々の人物は識別可能でありながら、匿名的です。
 👉 これは「誰かの帰郷」ではなく、
 👉 帰郷という行為そのものの描写。
■ タイトル《おかえりなさい》の重み
通常この言葉は、明確な「迎える側」がいて成立します。
しかし本作では、誰が、誰に向かって言っているのかが曖昧。
・故郷が人に言っているのか
・記憶が過去の自分に言っているのか
・あるいは、生と死の境界からの呼びかけか
 👉 タイトルは安心ではなく、問いとして機能している。



アートオリンピア2015
おかえりなさい
田中 正
TANAKA Tadashi 」 

田中正
Tadashi Tanaka
群馬県前橋市出身のアーティスト。
10代のころから地元のグループ展などで作品を発表し、建築塗装業に従事しつつ
制作を続けている。
油絵、水彩画を主に使用していたが、2006年からはボールペンと色鉛筆を
主な画材とし作品を制作している。
ペンと色鉛筆による幻想的で緻密な作品を制作し、展覧会への出品や個展を
開催している。」 



Lost Landscape  ー駐車場の上にかつてあった3つの建物ー 」 
最初に感じるのは、静まり返った都市の断面。
人影はなく、音も気配も消えている。
だが廃墟ではない。
ここは「まだ都市である場所」が、記憶だけを残して空白化した状態として描かれています。
■ 視覚構造の特徴
黒と白の強いコントラスト
建物・電柱・電線のみで構成された画面
上部に大きく残された「何も描かれていない余白」
 👉 特徴的なのは、欠落している部分の大きさ。
描かれている建物よりも、描かれていない空白の方が強く視線を引く構造です。
■ モチーフの扱い
描かれているのは、
・かつて存在した3つの建物
・住宅街の一角
・日常的で匿名性の高い都市風景
しかし、それらは「存在していた痕跡」として描かれる。
 👉 主題は建物そのものではなく、
 👉 建物が消えたあとに残る風景。
■ タイトル《Lost Landscape》の意味
「失われた風景」とは、自然破壊や災害を指す言葉として使われがちです。
しかし本作が扱うのは、もっと静かで、もっと身近な喪失。
・再開発
・用途変更
・経済合理性による更新
 👉 誰も反対しないまま、
 👉 いつの間にか消えていた風景。
副題「駐車場の上にかつてあった3つの建物」は、感情を排した事実の記述に徹しています。
■ 表現姿勢:感情を語らない記録性
この作品は、
・ノスタルジーを誘わない
・失われたことを嘆かない
・批判も主張もしない
ただ、
「ここにあった」という事実だけを残す。
モノクロの処理は、記憶を美化しないための選択でもあります。
■ アートオリンピア2024の文脈で
社会的メッセージや個人的感情を前面に出す作品が多い中、本作は極めて抑制的です。
しかしその抑制こそが、現代都市の本質を鋭く突いている。
 👉 都市は壊れなくても、
 👉 静かに忘れられていく。



アートオリンピア2024
Lost Landscape
ー駐車場の上にかつてあった3つの建物ー
山本晶大
YAMAMOTO Akihiro
アスファルト
道路線引き用塗料(白) 」 

山本晶大
Akihiro Yamamoto
岡山県、中国地方を中心に活動しているアーティスト。
建築物や映像表現を用いたインスタレーション作品を主に制作
失われていくものの儚さや、視点を変えることの面白さや重要さをテーマに
活動を行っている。
尾道市立大学美術学科を卒業後、広島県尾道市を中心に活動。
2015年から3年間ドイッペルリンに渡欧しアーティストアシスタントや
ハウスマイスターなどを行いながら創作活動を行う。
2018年に帰国し、岡山県を中心に中国地域で制作活動を行っている。」 



アートオリンピアとは
アートオリンピアは「世界のアーティストを発掘し、その活動を支援すること」を
コンセプトに2015年から開催されました。
以降2017年、2019年、2022年、2024年と隔年ごと、現在計5回開催をしています。
国内外のアート作品を募集したアートの祭典と称し、審査員は国際的な美術関係者で構成
されています。
当館館長を務めていただいている東京藝術大学名誉教授で画家の保科豊巳氏が審査委員長
として中心となり、点数制で公開審査を行っています。
過去の審査員には、第22代文化庁長官の宮田亮平氏、画家の千住博氏、海外からは
ガゴシアンギャラリーディレクターのキャラ・ヴァンダー・ウエグ、イサム・ノグチ
庭園美術館館長のプレット・リットマン氏、三菱一号館美術館初代館長を務めた
高橋明也氏など、名だたる美術関係者が務めました。」 



真っ黒な石が見ていた風景 」 
まず直ぐに感じたのは、音の消えた風景。
人も動物もいない。劇的な出来事も描かれていない。それなのに、画面はどこか「重い」。
この重さは、感情ではなく、時間が沈殿した重さとして感じられます。
■ 視覚構造の特徴
・モノクロームに近い、極度に抑制された色調
・低い視点から広がる草地と、奥へ続く二本の轍
・空は広く、しかし明るさを持たない
 👉 視線は前進するが、
 👉 到達点は示されない。
奥行きはあるのに、未来への開放感は意図的に排除されています。
■ モチーフの扱い
描かれているのは、
・草に覆われた土地
・人が通った痕跡としての道
・長く放置されたような地形
だが、この風景には、「誰が」「いつ」「なぜ」という説明がない。
 👉 主役は風景ではなく、
 👉 風景を見続けていた“存在”。
■ タイトル《真っ黒な石が見ていた風景》の決定性
この作品を決定的にしているのは、絵ではなくタイトルです。
「真っ黒な石」は、
・動かない
・語らない
・抗わない
しかし、すべてを見ている。
 👉 人間の歴史よりも長く
 👉 判断せず、記録する存在
この視点が与えられた瞬間、風景は感傷を失い、冷静な証言者の前に置かれた
光景へと変わります。
■ 表現姿勢:感情の排除による倫理性
本作には、
・美しさの誇張
・郷愁の演出
・破壊や再生のドラマ  がありません。
それは作者の消極性ではなく、語らないことを選ぶ倫理です。
石は、人の営みも、過ちも、忘却も、すべて同じ距離で見てきた。
■ アートオリンピア2022の文脈で
個人史・社会性・アイデンティティが前景化する中で、本作は極端に非人間的な
視点を選びます。
しかしそれは逃避ではない。
 👉 人間中心の物語から一歩引くことで、
 👉 時間と存在を問い直す試み。
静かだが、非常に厳しい作品です。



アートオリンピア2022
真っ黒な石が見ていた風景
藤原史江
FUJIWARA Fumie 」 

藤原史江
Fumie Fujiwara
名古屋や亀山など中部地方を中心に活動しているアーティスト
人と自然や存在と認知、万物と時などをテーマに、コンセプトやテーマに沿った素材を
使用した作品を制作している、
一般的な画材だけでなく、サンドベーパーや石、マッチなどを使用し、各個展や芸術祭に
作品を出品している。
2025年度は、瀬戸内国際芸術祭の秋会期に本島で作品が継続展示される。
現在は名占屋芸術大学の非常勤講師としても活躍している。」 
「アートオリンピアの折りは本当にありがとうございました。
おかげさまで制作しております。その後のご報告です。
瀬戸内国際芸術祭2022終了後、現地でお世話になった石材業者さんのお招きで今月初めに
庵治ストーンフェアに作品を出品いたしました。開催場所のサンメッセ香川は保科先生の
作品のある、やしまーるのお膝元で『屋島での夜の夢』も拝見できました。
受賞後に出品いたしました瀬戸芸の本島会場と丸亀マルタス会場、庵治ストーンフェア、
三重県の亀山トリエンナーレのご報告を合わせて同封いたします。
ストーンフェア出品の縦長の大作は、岐阜市の画廊なうふ現代25周年記念展に7月8日から
30日まで出品いたします。これからも良いご報告が出来るよう精進して参ります。
もうすぐ夏本番、暑さ厳しくなる頃ですがお体十分ご自愛ください。
山口様のますますのご健勝をお祈りしています。
                     2023年6月28日
                       藤原史江」 



たばこ屋とひまわり 」 
どこにでもありそうで、もうあまり見かけなくなった風景。
古びた「たばこ」の看板。
営業しているのか、していないのか曖昧な店構え。
その手前で、ひまわりだけがはっきりと生きている。
懐かしさはあるが、それを前面に押し出す甘さはない。
■ 視覚構造の特徴
建物は正面性を持ち、画面の基盤をつくる色褪せた文字と外壁が時間の経過を示す
中央からやや手前に、ひまわりが配置される
 👉 人工物(店)と自然(花)の明確な対比構造
しかし、どちらも強く主張しすぎない。全体が均衡の取れた静けさに包まれています。
■ モチーフの扱い
描かれているのは、
・町角のたばこ屋
・自販機
・路地
・そして、ひまわり
ここには象徴的な演出はない。
ひまわりは希望の記号として強調されず、ただ「そこに咲いている」存在として
置かれています。
 👉 主題は対立ではなく、共存。
■ タイトル《たばこ屋とひまわり》の意味
タイトルは極めて説明的です。
比喩も感情も含まれていない。
だがこの並列が、作品の核心を静かに示しています。
・かつて生活の中心だった「たばこ屋」
・時代の変化とともに役割を終えつつある場所
・その前で、毎年変わらず咲くひまわり
 👉 これは「衰退と再生」ではない。
 👉 時間の速度が違うもの同士の同時存在。
■ 表現姿勢:感傷を抑えた記録性
本作は、
・ノスタルジーを煽らない
・社会批評を前面に出さない
・メッセージを押しつけない
ただ、
今この瞬間の風景を、等距離で記録する。
だからこそ、見る側が勝手に思い出を重ねてしまう。
■ アートオリンピア2024の文脈で
強いテーマ性や象徴性を持つ作品が多い中で、本作は非常に日常的です。
しかしその日常性は弱点ではない。
 👉 誰の記憶にも入り込める余白
 👉 特定の物語に縛られない普遍性
を持っています。



アートオリンピア2024
たばこ屋とひまわり
Dandy007
アクリル
イラストレーション・ボード 」 



Withered Plant 」 
まず感じるのは、美しい、しかし、生き生きしていない
それでも「終わっていない」という、矛盾を孕んだ感触です。
枯れた植物でありながら、腐敗や死臭ではなく、彫刻のような緊張感が前に出てくる。
■ 視覚構造と画面の特徴
・背景は完全に沈んだ黒
・主体は白〜銀の階調で浮かび上がる
・葉や茎は裂け、折れ、捻じれ、重なっている
光は全体を均等に照らさず、形の縁だけを強調するように当てられている。
 👉 写真でありながら、
 👉 立体作品を鑑賞している錯覚を生む。
■ モチーフ「枯れた植物」の扱い
通常、枯れた植物は
・衰退
・終焉
・生命の喪失
の象徴として扱われがちです。
しかし本作では、
・生命の痕跡
・かつて水を運んでいた構造
・生きていた頃の緊張
が、形として保存されている。
 👉 これは「死」ではなく、
 👉 生命が物質へと変換された瞬間を捉えています。
■ モノクロ表現の意味
色を奪うことで、
・時間
・季節
・種類
といった情報が消えます。
残るのは、
・形
・質感
・光の反射
つまり、存在そのものの骨格。
モノクロは感傷を削ぎ落とし、見る側を「考える視線」へと導きます。
■ ピクトリコ(写真用紙)の効果
ピクトリコ特有の
・深い黒の沈み
・ハイライトの階調保持
により、枯れた葉の繊維一本一本が「止まった時間」として定着しています。
 👉 これはスナップではなく、
 👉 記録としての写真。
■ 写り込み(撮影者の姿)について
画面左に、撮影者の姿がかすかに映り込んでいます。
これは欠点ではありません。
むしろ、
・枯れた植物(動かない存在)
・生きている人間(今この場にいる存在)
 が同一画面に共存することで、
 👉 時間の層
 👉 生と枯の距離
が、無言のまま示されます。
■ タイトル《Withered Plant》の抑制
タイトルは説明的で、詩的ではありません。
だからこそ、
作品は「象徴」に逃げず、観察の対象として成立しています。

Kikoh Matsuura | Profile

アートオリンピア2024
Withered Plant
Kikoh Matsuura
写真用紙(ピクトリコ) 」 
Kikoh Matsuura
松浦季恒
大阪を拠点に活動している美術家。
自然、宇宙の美や神秘をテーマに、写真、サウンド、インスタレーション作品を制作している。
走査電子顕微鏡で枯れた植物を撮影し、死と生が静かに共存する生命の循環の美を描き出す《WitheredPlant)シリーズを中心に、科学技術を詩的素材として取り人れ、思索的かつ
現象的な表現を展開している。
2024年アートオリンビアにて銅賞を受賞。」 



展示物を振り返って。



移動して。



そして、この日の熱海山口美術館の全ての鑑賞を終え、コーヒーをご馳走になる。
座席からの、売却用の作品をカメラで追う。













美しいステンドグラス も。



そして 多くの人間国宝が造った茶碗 を最後に観る。



人間国宝とは?
人間国宝とは、重要無形文化財保持者の
通称 のことです。
日本では「日本の歴史上又は芸術上価値の高いもの」を
文部科学大臣が重要文化財に指定し、活用・保護しています。
お寺などの建築物や絵画、工芸品など形あるものに対しては、
そのものを重要文化財として指定しますが、
歌舞伎や能、陶芸などの形の無い「わざ」について指定する
時、どうするべきかという問題がでてきました。
そこで、 指定した文化財である「わざ」を高度に会得している
人物や団体を指定する事で国が支援をする形を とったのです
そして 指定された個人を「人間国宝」 と呼ふようになります。」 



萩茶碗 三輪 休和 」 
茶碗は、 出張中 のようであった。



三輪 休和(みわ きゅうわ)
重要無形文化財「萩焼」にて人間国宝に認定

休和の家は、江戸時代から毛利藩の御用窯として活躍していた萩焼三輪窯を継承する
名家であった。十五歳の頃から祖父、父の元で厳しい作陶修行を行い、一九二七年に
三輪窯を継承し十代休雪を襲名した。
襲名後は、陶磁器の愛好家を訪ね古萩や高麗茶碗の名品に接することや朝鮮半島を
巡歴することで高麗茶碗の研究を重ねた。
また、自ら茶道を極めることによって茶陶器の知識を深めていくなど様々な
アプローチから萩焼の可能性を模索し続けた。
休和の作品は高麗茶碗に日本風を取り入れた独特の作風の茶碗が特徴的で、枇杷釉と
呼ばれる淡黄色の伝統的な釉薬を使った優美な作風を得意とした。
また休和と弟が生み出した「休雪白」と呼ばれる真綿の様な真っ白な釉薬を使った
革新的な作品を作り出したことも大きな功績の一つとして知られている。
一九六七年に隠居し、弟である三輪壽雪に休雪の号を継承した。
継承後の比較的自由な立場となってからは、優美な作風を大成させた。」  



瀬戸黒茶碗 加藤 卓男



加藤 卓男(かとうたくお)」
重要無形文化財「三彩」にて人間国宝に認定

加藤卓男は江戸時代より岐阜県多治見市で陶芸を営んでいた家に生まれる。
一九六三年の日展に出品した作品が特選北斗賞を受賞後、フィンランド政府の招きと
工業技術院の斡旋によりフィンランドの工芸美術学校に留学する。
留学の際ペルシャに旅行し、イラン国立考古学博物館でイスラム陶器、ペルシャ三彩や
ラスター彩陶に接し、強い影響を受ける。
一九八〇年には宮内庁正倉院より、正倉院三彩の◯◯およびニ彩鉢の復元を委託され
約九年の歳月を経て復元作品を正倉院に納入した。
その後正倉院作品復元で研究した技法を現代作品に生かし、独自の領域を確立した、
加藤卓男が研究を重ねた「三彩」は、奈良時代に中国から伝わった「唐三彩」に倣って
作られた最古の釉薬である。
釉薬は銅(緑)、鉄(赤褐色)、コバルト(藍色)などの鉛釉を用い、互いの釉薬が浸透し、
顔料の色が変化しあうこ三彩の技法が存続していたが、その後廃絶し長崎県の長与三彩が
桃山時代の楽焼の技法は断片的に残されるのみであった。
それらを加藤卓男は正倉院宝物やペルシャ陶器の研究の末に技法を再現させた。
また、白い鉛釉の上に銅や銀などで模様を描くことで金を施したようなきらめきを作り出す、
「ラスター彩」というペルシャ技法を復元させ高い評価を得ている。



志野茶碗 鈴木 藏 」 



鈴木 藏
重要無形文化財「志野」にて人間国宝に認定
岐阜県土岐市駄知町に生まれる。
窯業士、美濃焼の志野や織部などの釉薬の研究者であった鈴木道雄の家に生まれ、
岐阜県立多治見工業高等学校卒業後、父が務める多治見市内の丸幸陶苑の研究室に
父の助手として勤める。
父の元で陶土や釉薬の調整方法など陶芸の基礎について学ぶ一方、東美濃地方にある
桃山時代の窯跡を探索し志野や織部の技法について深い関心を持つようになる。
昭和三十(一九五五)年ごろには作陶家として頭角を現し、現代日本陶芸展や
日本伝統工芸展においてたびたび受賞、昭和四十三(一九六三)年に独立する。
耐熱保温、長時間焼成の独特のガス窯を築くことで、伝統的な志野焼や織部焼を再現し
現代陶芸としての志野焼や織部焼の開発に取り組んでいる。
鈴木は作品を作るなら「新しくて、力強いもの」という姿勢を崩すことなく作陶を続け、
花器や大皿などのダイナミックな表現の中にも造詣や意匠に工夫を凝らす理知的な作風に
よって志野焼の可能性を模索し続けている。」



ほたるぶくろ茶盌 田村耕一



田村 耕一(たむら こういち)
重要無形文化財「鉄絵」にて人間国宝に認定

栃木県佐野市に生まれ、東京美術学校卒業後、京都の松風研究所にて輸出食器のデザイナー
として勤務し、同所の顧問をしていた富本憲吉の指導を受けたことを機縁に陶芸の道に入る。
その後、栃木県窯業指導所に勤務し、昭和ニ十八(一九五三)年、郷里の佐野市に築窯して
陶芸家として独立した。
初期の作品は、黒と黄褐色のニ種の鉄釉を基調とし、これに蝋抜きや筒描きの手法で草花の
模様を表すあたたかく重厚な作調により受賞を重ねた。
その後も刷毛目を施した上に勢いのある筆致で、鉄絵の模様を表したり、さらに銅彩や
青磁釉を併用するなど作域を広げ、暢達な鉄絵を基本に、多彩な陶技を加えて温雅な情趣を
たたえた独自の境地を完成させた。
昭和四十ニ(一九六七)年からは東京藝術大学にて教鞭を取り、後進の指導にもあたった。」


掛分掻絵茶碗 浜田庄司 」 



浜田庄司(はまだしょうじ)
重要無形文化財「民芸陶器」にて人間国宝に認定

神奈川県川崎市に生まれる。
大正五年(一九一六)年、東京高等工業学校を卒業後、京都市立陶磁器試験場に勤務する。
その後、大正九(一九二〇)年、来日していたイギリス人の陶芸家バーナード・リーチに
同行して渡英。
イギリスのセント・アイヴスで作陶をしながら英国の伝統的な陶芸の技術を学ぶ。
大正十三(一九二四)年に帰国してからは思想家・柳宗悦を中心とする民芸運動に参加し、
日本各地の民窯や民芸雑器の美の様式と伝統的技法の研究を続けた。
民芸運動とは、日本各地で無名の職人たちが民衆のために作ってきた日用品のもつ
健やかな美を価値づけしようとする運動のこと。
自らも栃木県益子に居を定め、益子の陶土や釉薬を基本として作陶を続けた。
益子の土地で作陶をする中、民芸雑器の美の様式と技法を吸収し、重厚で力強い作風を
確立した。
一度施釉した上に別の釉薬を柄杓や土瓶を使って流し描きをする装飾方法や、古い琉球の
赤絵から学んだ力強い赤絵など民芸雑器の美意識を基調としながらも独自の作風を
作り出した。」 



象嵌赤絵草花文盌 島岡 達三 」 



島岡達三(しまおか たつぞう)
重要無形文化財

「民芸陶器(縄文象嵌)
東京都港区生まれ、三代続く組紐師の家に長男として生まれ、東京工業大学窯業学科を
卒業後、「益子焼の中興の祖」である、浜田庄司に師事。
栃木県窯業指導所に勤務し、(昭和二十八(一九五三)年、栃木県益子に住居と登り窯を
築き独立。
島岡は、益子周辺で採れる陶土や釉薬を用いた伝統的製陶法を基礎に手作業による
民芸らしい健やかな陶器づくりの精神を受け継ぎ作陶する中、昭和三十五(一九六〇)年
頃から組紐師であった父の影響もあり、組紐で模様を作り、素地と異なる化粧土を埋める
「縄文象嵌」の技法を取り入れて、独自の作風を確立した。
浜田庄司の死後、民芸陶器のさらなる普及と発展に尽力した。
                                            photo: Tsuyoshi INUI 所蔵:東京科学大学博物館」 



純金茶碗「秀吉」 当館館主山口伸廣監修   ¥7,000, 000 」 



純金茶碗「秀吉」 熱海山口美術館主 山口伸廣監修 
当館館主の山口伸廣が監修した純金茶碗で、
豊臣秀吉の黄金の茶碗をイメージして制作された。
円盤状にした金の延べ板を、厚さが変わらぬよう外側から細かく何度も叩き、丸みのある
碗型になるよう形を整える技法を用いた。
金はとても柔らかい素材のため、強度を増すため全体を叩き締め、高台は帯状の延べ輪を
造り二十四金よりも強度のある十八金を用いて接合している。
〜当館オリジナルの純金茶碗を手に取り、秀吉に思いを馳せて、
豪華で幸福な気分を味わっていただけたら幸いです〜」 



指カキ茶碗 金城 次郎 」 



金城 次郎(きんじょうじろう)

重要無形文化財「琉球陶器」にて人間国宝に認定
沖縄県那覇市に生まれる。
十三歳にして壺屋の名工として名高い新垣栄徳の製陶所に入る。
以後長年製陶に従事し、昭和二十一(一九四六)年、三六歳のとき壺屋に築窯し独立する。
戦前より壺屋でたびたび制作を行い、民芸運動に参加した陶芸家・浜田庄司、河井寛次郎の
指導を受け、一貫工程を通してその製陶技法を総合的に身に付けた。
金城の白い化粧掛けを施した素地の上に、線彫りで躍動感に溢れた魚や海老の模様を彫り
藍、飴等の色釉を差した、素朴で親しみのある作調は、県内外を問わず幅広い支持を
受けている。
金城は、琉球陶器の伝統的な轆轤技術の上に、オリジナリティを盛り込みながら、壺・茶碗・
抱瓶など、「用と美」を兼ね備えた作品を数多く制作した。
なかでも自由闊達な線彫りによる躍動感溢れる魚や海老の文様は、金城の真骨頂ともいえ、
浜田庄司をして「次郎の海老や魚は笑っている」といわしめたほどである。」 



晴白磁練上茶碗 松井 康成 」 



松井 康成(まつい こうせい)
重要無形文化財「練上手(ねりあげで)
長野県北佐久郡に生まれる。
明治大学文学部哲学科卒業後、茨城県笠間市にある月崇寺の住職となる。
昭和三十五(一九六〇)年、同寺境内に窯を築き作陶を開始。
昭和四十一(一九六六)年、田村耕一(「鉄絵」の人間国宝 )に師事し、「練上手」の 
指導を受ける。昭和四十四年(一九六九)年に第十六回日本伝統工芸展に初入選以降、
練上などの技法を用いた作品で次々と受賞を重ねる。
練上とは、色の異なる土を重ね、または練り合わせたりして文様のある素地土を作り、
形成していく技法で、形成と加飾が同時進行で進められる。
古くは、中国では唐や宋の時代、日本では安土桃山時代の志野などにも見られる。
松井は生涯に渡りこの練上を探求した。
そのなかで、轆轤の回転による螺旋運動で器表に生じる自然の裂傷を生かした
「嘯裂」や、嘯裂の応用で色土を内側から外側にニ層、三層と重ねる「嘯裂」、
薄いシートに描いた文様を生乾きの素地表面に貼り、シートをはがして文様を
移す「堆瓷(ついじ)」等の様々な技法と文様表現を考案し、練上を独自に展開させた。
               (写真キャプション)
               松井康成氏写真(提供:月崇寺)」                   



備前茶碗 山本 陶秀 」 



山本 陶秀(やまもと とうしゅう)
重要無形文化財「備前焼」

岡山県備前市伊部に生まれる。
大正十一(一九二二)年、当時伊部で最大の窯元であった黄微堂に見習いとして入り、
大正十二(一九二三)年に桃渓堂に移る。
桃渓堂に八年間在籍し、茶入、花入、水指などの茶陶器の轆轤形成の習得や細工物の
技術を学ぶなど作陶の基礎を築いた。
昭和八(一九三三)年に独立して以降は備前焼一筋の作陶を続けた。
戦前、陶秀は「大正名器鑑」という由緒ある茶道具を記した書物に記される
名種茶入を手本とし茶道具作陶の腕を磨き、
また天平時代の水瓶を模すなど茶道具、稽古道具への知識、技術を身に着け
「茶陶の陶秀」といわれた。
昭和三十(一九五五)年に第四回日本伝統工芸展に初入選して以来、
備前陶芸界を代表する作家として活躍し、手ざわりの良い茶碗や薄造りの端正な
茶入の形から轆轤の名人としても知られ、高い評価を得ている。
                    (写真キャプション)
                  山本陶秀氏写真(提供:ギャラリー山本)」



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Last updated  2026.03.01 06:14:59
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