JINさんの陽蜂農遠日記

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2026.06.04
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カテゴリ: JINさんの農園
E7-2 海外との文化交流 」。



海外との文化交流
〈鎖国〉といわれた時代、海外との通商は長崎の1港に限定されていた。貿易による金銀の
流失を防ぐため、貿易量は制限されていたが、オランダ船や中国船がもたらす舶来の品々は、
やがて庶民生活のなかにも浸透していった。江戸や大阪などの大都市では、舶来品を集めた
物産会や、象やラクダなどの見世物が行われた。また、8代将軍徳川吉宗によって洋書の
輸入禁止が緩和され、蘭学に代表される西洋の合理的・実用的な科学も日本に伝えられた。
江戸時代の日本は国際的に孤立していたというイメージが先行しがちである。しかし、
実際にはオランダ、中国、朝鮮との交流は続けられ、オランダから毎年幕府に提出される
オランダ風・・・・」 



『解体新書』(複製) 」。 


『解体新書』(複製)
Kaitai Shinsho, Translation of “Ontleedkundige Tafelen”
杉田玄白 他/訳 小田野直武/画
1771年(明和8)3月4日、江戸の小塚原で解剖が行われた。これを見学していた前野良沢、
杉田玄白は持参していたターヘル・アナトミア(オランダ語の解剖書
『Ontleedkundige Tafelen』) と見比べ、あまりに精確な記述に驚愕し、翻訳を決意、
さっそく翌日から開始した。
当時はオランダ語の辞書すらなく、3年間におよぶ大変な苦労の末、序・図1巻、本文4巻の
全5巻からなる翻訳本が完成した。」。



近づいて。
これは 解体新書 の扉絵(表紙に続く冒頭の図版)で、西洋解剖学書の雰囲気をそのまま日本に
伝えようとした象徴的な図像。
左ページの絵は、原典であるオランダ語の解剖書
『Ontleedkundige Tafelen(ターヘル・アナトミア)』に由来する装飾的なタイトルページを
模したものである。
絵の内容
1. 左右の裸像
両側に立つ男女の裸体像は、西洋古典美術(ギリシャ・ローマ彫刻)風の表現。
上部:「 和東翻訳 」・オランダ語翻訳のこと。 
左: アダムの姿図
右: イブの姿図
中央:「 解體図 」 
下部:「 天真桜 」・杉田玄白の私塾の名称
・人体そのものを「学問の対象」として観察する
・人体の構造美を理性的に捉える
・宗教的禁忌よりも「科学的観察」を重視する
という、西洋医学・解剖学の精神を象徴している。
江戸時代の日本人にとって、こうした裸体表現は非常に異国的で衝撃的であった と。
2. 中央の額
中央には大きな額が置かれ、その中に題字が書かれています。
ここは本来、原書ではラテン語やオランダ語の書名が入る場所ですが、日本版では漢字風の
題字「解體図」に置き換えられています。
「西洋の知識を日本語へ翻訳した」という象徴的な部分。
3. 建築装飾
背景の柱やアーチは、西洋の神殿建築風。
これは、
・学問の権威
・理性
・古典学問
・科学体系  を示している。
当時の日本にはほとんど存在しない建築意匠であり、「異国の学問」であることを強く
印象づけた。
4. 下部の装飾
下部には顔や曲線的装飾、器具風の模様がある。
これはヨーロッパのバロック・ロココ風装飾の影響で、18世紀西洋書物に典型的なデザイン。



■『解体新書』の刊行 ―「蘭学」の広まり
Publication of Kaitai shinsho - Spread of “Rangaku” Dutch Learning
1774年(安永3)、オランダの医学書『ターヘル・アナトミア』を翻訳した『解体新書』の
刊行は、日本医学の近代化を促し、人々の蘭学への関心を一層高めた。
In 1774, the publication of Kaitai Shinsho (New Book of Anatomy), a translation
of the Dutch medical text Tafelen Anatomie, promoted the modernization of
Japanese medicine and further increased people’s interest in Dutch studies.
図版キャプション
「ターヘル・アナトミア」図
 Ontleedkundige Tafelen
(東京大学総合研究博物館 所蔵)
・「解体新書」の扉絵
・「解体新書」各図
『解体新書』に関わった人々
           親交       親交 
小浜藩医 杉田玄白    ⇔   平賀源内    版元 須原屋市兵衛
中津藩医 前野良沢  ⇕洋画風の指導
幕府奥医師 桂川甫周     秋田藩 小田野直武
小浜藩医 中川淳庵
秋田藩士 小田野直武 版元 須原屋市兵衛
蘭学書などを多く手がける
・『物類品 』 平賀源内 1763年(宝暦13)
・『
火浣布略説 平賀源内 
・『 解体約図 』  杉田玄白 1773年(安
・『 解体新書 』  杉田玄白 1774年(安永3)
・『 三国通覧図説 林子平 1785年(天明5)
・『
紅毛雑話 』  森島中良 1787年(天明7)
・『
機巧図彙 』  細川頼直 1796年(寬政8)
・『魚介譜』 
鍬形蕙斎   1802年(享和2)



杉田玄白



「ターヘル・アナトミア」  ネットから。



「解体新書」各図 ネットから。



『蘭学階梯』(らんがくかいてい)
Rangaku Kaitei ; Dutch studies primer
1788年(天明8)
大槻玄沢/著
大槻玄沢による蘭学入門書。
本の名称は、「蘭学へ登るための階段・梯子(はしご)」という意味。
上巻は日本とオランダの交渉や、蘭学が盛んとなった歴史を述べ、下巻ではオランダ語学習の
基本や舶来の書籍を紹介している。



ネットから。

蘭学階梯(拡大画像 108-001) | 江戸時代の日蘭交流

海外文化の受容
西洋の文物は、日蘭貿易によって日本にもたらされていた。当初は生糸が輸入の中心で
あったが、幕府の貿易制限により、18世紀中ごろを境として、織物類が主要な輸入品となった。
日中貿易による輸入品も、織物類が中心で、中継貿易による更紗(さらさ)や
縮緬(ちりめん)・ビロードなどは〈渡り物〉と称して、都市の人々に珍重された。絹や木綿
などは、やがて国内産業として発展していく。金唐革(きんからかわ)やガラス・
鼈甲(べっこう)などの輸入品もまた、都市生活のなかで広く利用され、一部は精巧な
模造品もつくられた。
蘭学に代表される西洋の学問は、医学や天文学の分野で発展を遂げていった。また、西洋画の
遠近法や陰影法などの技法も伝わり、日本の絵画に大きな影響を与えている。
そして、朝鮮の医学や漢詩、書画などの文化も、計12回の朝鮮通信使の到来などを通して、
江戸へ伝えられた。」 



金唐革(葡萄花模様)
Goudleer
江戸後期(1760〜1841)輸入
金唐革は、西欧の家の内装装飾材として14世紀より生産されていた。
江戸時代、オランダとの交易で、金唐革が小物細工用の素材として輸入されるようになった。
これは、壁内装に使用された金唐革をはがし、日本に輸入された状態のもの。」 



オランダを通した海外との文化交流
Cultural Exchange with Foreign Countries through the Netherlands
長崎出島のオランダ商館(1641年〈寛永18〉〜幕末)は、西洋との唯一の窓口として、
交易と共に学問・技術・情報の交流に大きな役割を果たした。
The Dutch trading post on Dejima in Nagasaki (1641 - the end of the Edo period)
served as the sole window to the West and played a major role in the exchange of
learning, technology, and information as well as trade.」 
オランダ国営東インド会社(VOC)の貿易品と航路図
輸出(日本→海外)
・銅(棹銅)
 輸出用棹銅の製作図
・陶磁器
 染付芙蓉手VOC文皿
・漆器
 花鳥螺鈿キャビネット
輸入(海外→日本)
・更紗(さらさ)
 朱一番船紅仕掛襖紙札切更紗切木綿
・金唐革(きんからかわ)
 葡萄手金唐革煙草盆たばこ入れ
・洋書
 『ヨンストン動物図譜』
地図中の表記
オランダ商館が設置された場所
・アムステルダム
・バタビア(現在のジャカルタ)
・長崎
VOC航路
・アムステルダム―バタビア航路
・バタビア発各地の商船へ
海外で伝えられた日本
・日本図(中国図部分)
 Martino Martini, “ATLAS CHINAE”, published in 1655
・徳川将軍謁見図
 (モンタヌス『東インド会社遣日使節紀行』)
・江戸図
 (ケンペル『日本誌』)
海外文化との出会い
・オランダ使節の定宿に訪れた江戸の人々
 (『東遊』日本橋本石町長崎屋)
・異国の鳥が見られた茶屋(芝神明宮付近)
 (「孔雀茶屋」歌川豊国/画)
・エレキテル実演中の唐物屋(大阪伏見町)
(『摂津名所図会』)



棹銅図録 」、ネットから。
 輸出用棹銅の制作図。

鼓銅図録(拡大画像 035-001) | 江戸時代の日蘭交流

染付芙蓉手V0C文皿、 ネットから。

染付芙蓉手VOC字文皿 | ToMuCo - Tokyo Museum Collection

花鳥螺鈿キャビネット(類似品)

ColBase

長崎港「肥前長崎図」 、ネットから

肥前長崎図 / 古本、中古本、古書籍の通販は「日本の古本屋」 / 日本の古本屋

更紗 未一番船工社惣銀札代り端物切本帳 」(類似品)をネットから。

紅毛渡り江戸更紗([浦野理一著]) / 源喜堂書店 / 古本、中古本、古書籍の通販は「日本の古本屋」 / 日本の古本屋

金唐革 葡萄手金唐革腰差したばこ入れ 」。

葡萄手金唐革腰差したばこ入れ | ToMuCo - Tokyo Museum Collection

ヨンストン動物図説 」。

ヨンストン動物図説(蘭語訳) | ToMuCo - Tokyo Museum Collection

日本図(中国図部分) Martino Martini, ATLAS CHINAE , published in 1655 」 

Complete series of China maps by Martini and Blaeu- CartaHistorica

徳川将軍謁見図(モンタヌス『東インド会社遣日使節紀行』) 」。

オランダ東インド会社遣日使節紀行』 - 青羽古書店 AOBANE Antiquarian Bookshop - 洋書・美術書・学術書

江戸図(ケンペル『日本誌』) 」。

欧州にリアルなNIPPONを紹介! ケンペル『日本誌』あのペリーも読んだ

海外文化との出会い
オランダ使節の定宿に訪れた江戸の人々
(『 東遊 』日本橋本石町長崎屋)。

歴史探訪と温泉: 日本橋で開いていた世界の窓〜江戸の出島

異国の鳥が見られた茶屋(芝神明宮付近)
(「孔雀茶屋」歌川豊国/画)

いきものがたり ‐江戸東京のくらしと動物‐|에도 도쿄 박물관

エレキテル実演中の唐物屋(大阪伏見町)
(『摂津名所図会』)

■平賀源内エレキテル!寛政10年『摂津名所図会 1冊』極美本江戸時代の大阪を描く堂島蔵屋敷絵本和本古文書浮世絵木版唐本古書古地図■

海外に紹介された江戸
江戸初期、日本は世界屈指の金銀銅輸出国として、世界に知られていた。しかし、貿易制限が
行われたのちは、織物をはじめ、陶磁器や漆器が代表的な輸出品となった。日本製の陶磁器や
漆器は、ヨーロッパの上流階級の人々に好まれ、高く評価された。
浮世絵がヨーロッパに多量に出回るのは19世紀に入ってからで、とくに印象派の画家たちに
大きな影響を与えたことは有名である。
日本の様子は、オランダ商館長や商館の医師などが帰国後に出版した日本研究書・滞日記録など
によって、不十分ながら海外に紹介されている。幕末の開国以降、多くの日本紹介書が欧米で
出版されるようになった。」 



オランダ製伸縮式望遠鏡
Dutch-made telescopic telescope
1853年(嘉永6)頃製
J.M. Kleman & Zoon/製
オランダ・アムステルダムの会社が製造した望遠鏡で、コンパクトに持ち歩ける伸縮式と
なっている。
収められていた箱には「紅毛遠眼鏡」や嘉永6年に買い求めた旨の記録があり、オランダからの
輸入品であることが分かる。」


『日本風俗図帳』



ネットから。



『日本風俗図帳』
Bijzonderheden over Japan (Illustrations of Japan) with the essay “Uitsignt,
the trade Seasons of the Dutch trading colony in Nagasaki”
1824年(文政7)
イサーク・ティチィング/著
オランダ商館長イサーク・ティチングがした日本見聞記。本書はそのオランダ語訳である。
在任中に収集した資料をもとに、日本の政治や風俗などについて記している。
ティチィングは1780年(安永9 )と82年(天明2 )に江戸参府し、福知山藩主朽木昌綱ら諸侯、
桂川甫周、中川淳庵ら蘭学者と広く交流し、離日後も文通を続けた。」 



『日本植物誌』
Flora Japonica, by Carl Peter Thunberg
1784年(天明4)
カール・ペーテル・ツュンベリー/著
ツュンベリーは、オランダ商館付医官として1775年(安永4)に来日、商館長の江戸参府にも
随行し、桂川甫周、中川淳庵ら蘭学者と交流した。
帰国後、日本の植物をリンネの植物体系で分類し、その学名を定め、本書をまとめた。
812種の植物について記し、形質・日本名・異名・生育場所・花期などを記している。」 



再現されている、 江戸時代の 天ぷら屋台の展示
1. 「 天婦羅 」の大看板
屋根正面に大きく「天婦羅」と書かれています。
現代では「天ぷら」と平仮名で書くことが多いですが、江戸では「天婦羅」「天麩羅」などの
当て字がよく使われた。
2.揚げ台と食材
中央には鉄鍋、その前には魚介や野菜の天ぷら見本が並んでいた。
江戸前の天ぷらは現在よりも
・ごま油を強く使う
・衣が厚め
・串に刺して食べる
という特徴が。
特に人気だったのは、
・穴子
・小魚
・海老
・貝類
など、江戸湾(東京湾)の魚介であった と。
3. 背景の浮世絵
背後には、江戸の盛り場を描いた浮世絵風景が広がっていた。
これは、
・屋台
・行商
・見世物
・人々の往来 など、江戸の賑わいを再現する演出。
江戸の屋台文化は、単なる食事ではなく「街の活気」そのものでもあった。
江戸の天ぷらは「立ち食い」
現代の高級天ぷら店とは違い、江戸の天ぷらは庶民向けあった。
・忙しい職人
・独身の町人
・芝居帰りの客
が、屋台で手軽に食べる「早い・安い・うまい」料理だった と。
まさに現代のファストフードの原型ともいえる存在。



江戸の寿司屋台(復元展示)。



体験展示 / Hands-on Exhibit
寿司屋の屋台(複製)
江戸時代後期
現在の寿司とくらべると、1貫が大きく、赤酢を使用しているのでお米が赤っぽくなっています。
ネタは白魚やマグロ、コハダ、アナゴなど江戸の近海でとれた魚が多く、酢に浸したものを
主に使用しました。」 



屋台上部には大きく「すし」と書かれており、江戸後期に大流行した「握り寿司」の
屋台文化を再現。
1. 江戸前寿司の誕生
江戸で生まれた「握り寿司」は、現在の高級寿司とは違い、
・立ったまま食べる
・屋台で買う
・すぐ食べる
という、庶民向けの“早飯”でした。
まさに江戸のファストフード。
2. 当時の寿司は大きい
展示の握りを見ると、かなり大ぶり。
江戸時代の寿司は現在の約2倍ほどの大きさがあり、
・一口では食べにくい
・二つに分けて食べる
こともあった と。
3. 赤い鮪・玉子・海苔巻
展示には、
・赤身の鮪
・海苔巻
・アナゴ
・コハダ
などが並んでいた。
特に江戸前では、
・穴子
・コハダ
・海老
・玉子焼き
なども人気であった。
当時は冷蔵技術がないため、
・醤油漬け
・酢締め
・煮る
などの工夫で保存性を高めていた。
4. 右側の重箱状の器
右側に積まれている木桶・重箱風の容器は、寿司飯や材料を入れるためのもの と。
江戸の屋台は限られた空間の中で効率的に営業できるよう工夫されていた。

江戸東京博物館 常設展』3 江戸時代後期の寿司屋の屋台。今より大きめなこのお寿司 。展示を見て歩いてるとおなかがすくんですよね。とっても美味しそう…。#Bura_Bi_Now

これはアナゴ?

江戸時代の寿司


                                  ・・・​ もどる ​・・・



                   ・・・​ つづく ​・・・



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Last updated  2026.06.04 07:56:32
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