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1998.11.21
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 昭和の母親から子育ての知恵を学ぼうというのかと思ったらそういうわけではない。昭和と言っても昭和二十年代までの母親はこんな風だったと昔を懐かしむのが主な内容。著者は一九二九年の生まれ。
 もちろん、現在の子育てのあり方に問題意識を持ってはいるのだが、ですます調で書かれている上、「結果として、頼っていた物に裏切られ、足をすくわれることもあるのではないでしょうか。」「いったいどこに“女としての自主独立”があるのでしょうか。」というような疑問の投げかけが多く、著者自身が何を言いたいのかはよく分からない。最後の最後になってやっと三つの比較的具体的な提案が語られている。
 おそらく、この本を納得しながら読むのは、著者と同年輩の人だけだろう。「こういう子が成長すると、電車のシルバーシートを占領して足を組み、ふんぞり返って、イヤホンでニュー・ミュージックなど聴きながら、いい気分に酔っているような、出来そこない人間になりかねません。」(p165)などと書いてあると、懸命に現実を描こうとしているらしいことは分かるが、「イヤホン」「ニュー・ミュージック」などという言葉にひっかかってしまって、内容まで気が回らない。
 最も気になるのは、現実を問題にしているのではなく、著者が自分の頭の中に作り出した現代社会を問題にしているところだ。
 例えば、「現代の十五歳が、ガリ勉で目のふちにくまを作るほどの衰弱ぶりをあらわにし、なんにもしないで、盛り場でとぐろを巻いている」(p172)などと書いてあるが、ガリ勉でありながら盛り場でとぐろを巻いているというのは現実にはあり得ないだろう。
 きわめつけは、「お騒がせ人間の呼び名、愛称、ニックネームらしきものが、またさっぱりわかりません。ウンナン・おニャンこ・アムロ・キムタク……いったい、どこの国の言葉ですか、これは。」(p224)こんなことはいつの時代でもあることだろう。今の高校生に「エノケン・エンタツ・ダイラケ・マイトガイ」などという言葉を聞かせたら、「どこの国の言葉ですか、これは」というだろう。
 一番おもしろかったのは、「母ものドラマの悲劇に現代版はあるか」の章で、主に一九三〇年代に書かれた小説などを紹介しているところ。
 『瞼の母』『愛染かつら』『人妻椿』『母は強し』が紹介されていて、ここは、「ほう、こういう話だったのか」と興味深く読めた。





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Last updated  2005.04.01 20:37:45
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