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えー、ほんのちょっぴりお手伝いさせていただいた「Facebookデザインブック」が、なんとCPU大賞を受賞しました!!パチパチパチパチ。ありがとうございます、ありがとうございます。CPU大賞というのは、“その年で最も読者から愛されたIT書籍”に贈られる賞で、全国の書店さんによって選ばれるとのことです。おいらは、巻末の用語集とFacebookとは?的な基本知識を書いたに過ぎないので、あやかり受賞なのですけれども、やっぱりうれしい限りです。ライター冥利に尽きます。この書籍に関わらせていただけただけでも、感謝感激です。MdNの編集 塩見さん、Worksの早乙女さん、清水さん、村原さん、杉浦さん、そしてこの書籍に関わった皆さん、本当におめでとうございます。そして、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします!!!facebookデザインブック/早乙女拓人/清水豊/村原郁夫
2012.06.29
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【送料無料】はじめてのFileMaker Pro 12価格:2,079円(税込、送料別)来る6月30日に、おいらの著書『はじめてのFileMaker Pro12』が発売されます!やっほーい。 書名:『はじめてのFileMaker Pro 12』出版社:秀和システム価格:2079円(税込)ページ数:288 1年ぶりにソフトウェアの解説を書きました。ソフトウェアは、面白いです。利用目的がある程度限定されているため、何に使うのか?どう使うのか?ということを、深く考えながら書かないとダメなんですよ。そのうえで、ヒントとなること、基本となる操作、応用の操作などをカテゴライズしながら書き進めます。前書、前々書が評判よかったFileMaker Proシリーズ。iPhone、iPadでも使えるFileMaker Goを少し丁寧に書いてみました。今回も丁寧に書いたつもりなので、必要な方は手に取っていただけると嬉しいです!!
2012.06.29
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数か月に及ぶ褒章狂想曲。生きている間には、本当に何が起こるのかわからないなぁ、と思わされた出来事だった。もう二度とないね(断言)。女の子を助けたことをいろんなレベルで褒めてもらったわけだけれども、おいらの中では、2年前の12月で完結した出来事。海上保安庁と消防署で賞状を受け取った時点で、皆さんの気持ちは受け取った。その後の賞状や褒章は、おいらとはまったくかけ離れたところで話が進み、いつの間にかお祭りになっていた。ずーっと感じていたことだけれども、その部分に違和感はあった。誰の何のための賞状なのか。ぐるぐると思考が回り続け、そのたびに海に飛び込んだ時に見上げた、遠く仄暗い水面の光が目に浮かぶ。で、行きついた答え。すべて善意なのだから、気持ちよく喜んで受け取ろうと。そうして、この一世一代のイベントを思いっきり楽しもうと!天皇陛下に声をかけていただくなんて、光栄身に余るよ。このことが自分が描き続けている絵に、ちょっと面白い色を加えてくれたんじゃないかと思う。その色が今後どういう色に変わっていくのかは、俺次第。天皇陛下のお言葉「あなたは何をされたのですか?」この言葉が、今回の大きな収穫だ。そして、俺はこれから何をするのか?自分らしい選択とアクションを起こしていくことができれば、褒章をもらった意味がよりいいものになるんじゃないかなぁ。まぁ、何にしろ、めでたしめでたし。
2012.06.26
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受章者代表は短く、簡潔にお礼の言葉を述べた。そして、一同、礼。頭を上げるタイミングを図るために、周りの空気の変化を注意深く感じ取る。天皇陛下が壇上から降りられると、ゆっくりとこちらに向かってくる。目で陛下を追っていると、その姿と足音が徐々に大きくなる。来た…。その場にいる、すべての人の視線と意識が自分のいる周囲に集まっている。紅綬の列の一番前の人の前で、天皇陛下が立ち止まられた。一同が軽く礼をする。「あなたは、何をなされたのですか?」優しい声で、語りかけるように質問される。しかし、誰ひとり音を立てることが許されない空気の中で、緊張のあまり最初の男性は声が出なくなっていた。蚊の鳴くような声をどうにか絞り出して、彼が川に流されたお子さんを助けたことを話した。天皇陛下は、次の男性の前へ。次の男性は、東日本大震災の時に、津波にさらわれそうな3人を救助したときのことを、しっかりと話した。陛下は、彼の話を食い入るように聞き、「それは大変でしたね」と丁寧に、そして敬意をもって対応されていた。そして、次の男性の前へ。次の男性も、救助の様子をしっかりと大きな声で述べ、陛下がその時の行為を優しくねぎらわれた。来る…来る…。喉はカラカラだ。男性が何を話しているのか、全く耳に入ってこない。男性との話しが終わると同時くらいに、つばを飲み込んだ。…が、変なところに入ってしまった。ヤバいヤバいヤバい…。来た!距離にして80cmほど。この国の王様が目の前にいるのだ。咳払いすることなどできるはずがない。喉がムズかゆいのを必死でこらえ、陛下の方に顔を向ける。「あなたは何をされたのですか?」優しそうな表情と声で、話しかけてくださる。気高く、穢れのない純粋なオーラを感じた。「海に落ちた女の子を…」と話し始めて、妙に高い自分の声が耳に入り、さらに焦って噛んでしまう。それでも何とか、救助の経過を話すことができた。「そのお子さんは、元気になられましたか?」「はい。翌日から幼稚園に通っていたようです」質問の答えになっているのかどうかわからない言葉を発してしまった。「それはよかったですね」陛下はそうおっしゃられると、自分に視線を合わせてニッコリと微笑んでくださった。自分も陛下に合わせてニッコリとして、頭を下げた。緊張のため、引きつって史上最低の笑顔だったに違いない。天皇陛下は、奥方様との間の通路を何人かにお声かけをしながら抜けて、そのまま反対側から退室された。
2012.06.22
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受章者の列は、長い長和殿の中ほどにある部屋へと吸い込まれていく。大きく開かれた扉から入ると、広く高い空間が広がっていた。数百人をすっぽりと飲み込んでもまだ余裕あるほどの大きな空間。春秋の間という名前の大広間だ。向かって左の壁には秋、右の壁には春をイメージした絵が描かれ、床には夕暮れの雲を描いたという茜色のカーペットが敷き詰められている。高い天井からは、1つが1.5トンもあるいうシャンデリアが3つあり、この部屋だけで1つの世界が完成している。圧倒されて、いやがうえにもキョロキョロしてしまう。そんな大広間に受章者が、横に長い4列で並び、通路を挟んで奥様方が同じように横に長い3列で並んでいる。紅綬褒章受章者は、受章者の塊の一番左端に縦に4人並び、俺はその4人の中の一番後ろについた。俺の左には壁、後ろは2mほどの通路を挟んで奥様方の列がある。フォーマルな服装をしたこれだけの数の人が並ぶと、それだけで圧巻だ。執事長のような人が、式典の段取りと天皇陛下への作法や礼の仕方を説明し始めた。天皇陛下がいらっしゃったら礼、話し終えられた時も礼をする。決して天皇陛下にお尻を向けてはならないことから、陛下が移動されたら陛下に体の正面を向ける…などだ。天皇陛下にお声をかけていただけるかもしれないことから、失礼のないようにしっかりと聞いておこうと集中した。注意事項の説明が終わり、しばらく皇居の説明を聞きながら待機した後、ついに拝謁の時間がやってきた。大きな部屋の空気が、一瞬にして張りつめ、数百人の視線が扉の一点に注がれる。扉の両脇に立つ2人の執事が音をたてないように、そっと引き戸を開くと、そこに天皇陛下がいらっしゃった。お姿が見えただけで、体中の毛細血管が引き締まり、体温がじわっと上がる。ゆっくりと壇上に上がられたところで、一同が礼をした。無言のまま礼をするだけなのに、「ザッ」と音がするのだ。その音が大きな部屋に響き渡ったあと、乱れた空気が一瞬にして静まりかえる。天皇陛下が口を開かれた。優しく、しかし、はっきりとした口調で、語りかけるようにお話になる。やはり東日本大震災については、心を痛めていらっしゃるようで、1日も早い復興を望まれていた。そんな中で、自分たちのできることをしっかりと頑張ってほしいという希望を述べられた。あまりに緊張して天皇陛下がおっしゃられた詳しい内容は覚えていない。しかし、優しいその口調から、ご自身の意思を持って、自分たちに語りかけられたのだということが伝わってきた。
2012.06.21
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何台ものバスが移動を始め、周囲がざわつき始める。ようやく状況が動き始めたようだ。ドロンドロンに溶けきっていた受章者たちも、改めて襟と姿勢を正している。「はい、では、バスを降ります~」係員が声を張り上げると、待ってましたとばかりに、周りの人がバスを降り始めた。俺は、わざとらしくカバンの中にiPhoneをしまう演技を打ちながら、全員が降りるのを待つ。本当にわざとらしい。演技する自分が、幼稚で小心な自分が滑稽で仕方がない。最後の人が下りたのを確認し、一拍呼吸を置いてからバスを降りた。すると先ほどの係員の人が、「こちらへ」と隣のバスへと誘導してくれた。他の人たちが長和殿へと入っていく様を、バスの中から眺める。数百人はいると思われる受章者とその奥方様たちが、きちっと4列に並び、まるで先生に引率される小学生のように行儀よく行進していく。係員の誘導でバスの外に出ると、皇居の係員がやってきた。いわゆる「執事服」を着ている。黒のスリムなラインのコートに、金ボタンが2列できれいに並んでいる。こういう服を着てる人が、実在するんだ…それだけで、おとぎの国に迷い込んだような錯覚を覚える。全員が入場するまで、皇居の係員の人が、長和殿や立っている場所の説明をしてくれる。執事服の係員が、自分たちだけに説明をしてくれている…そう思うだけで、おなかいっぱいになってきた。「それでは行きましょう。縦1列に並んでお願いします」紅綬褒章の受章者は8名だが、式典に出席するのは4名だ。俺はその中で一番の若輩者のようなので、一番後ろに回る。あらゆるものが珍しく、すべてを目の中に焼き付けておきたいのだけれども、きょろきょろするのも無礼な気がして、まっすぐ前を見ながらついていく。長和殿に入ると、広いエントランスがあり、屋根と同じような鶯色のカーペットが敷き詰めてある。踏みしめるのを躊躇するほど柔らかい。左手の広い階段を上がると、長和殿の長細い建物の輪郭に沿って、長い廊下が伸びていた。左は全面ガラス窓になっていて、中庭の向こうに正殿と呼ばれる、宮殿の中心的な建物が見える。見事に手入れされた庭の向こうに凛と建つ正殿。高い天井にまっすぐ伸びる回廊。この景色は、もう二度と見ることはないだろう。すべての神経を足の裏や目、耳、鼻の奥から伸ばして、そこにある空気とシンクロする。
2012.06.21
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午後1時、受章者を乗せたバスは、四谷を出発した。皇居までは約20分。四谷から赤坂を抜け、半蔵門を通る。東京の景色をバスの中から、しかも燕尾服を着て眺めることになるとは思いもよらなかった。ふと視界が開けたと思ったら、皇居前の広場に出た。警備員が、普段近寄ることも許されない橋のゲートをあけると、バスが躊躇なく吸い込まれていく。桔梗門をくぐると、ゆっくりとバスが旋回する。別の世界へ続く門をくぐってしまったかのようなドキドキ感。ここから先は、写真は一切禁止とのこと。何度も衝動に駆られるものの、さすがに撮影ははばかられた。坂を上りきると、大きな広場に出てバスが止まった。「はい、しばらくこちらで待機になります。お手洗いはバスを降りられまして左手にございます」そして、そこには三十三間堂のような長くて巨大な建物が居座っていた。長和殿というらしい。正月に、一般参賀が行われる、あの建物だ。高床式で、一切装飾がない。菊の御紋すらないのだ。ここが宮殿であることをまったく主張しないことがかえって、その存在感を神々しく、厳粛に伝えている。灰色に濁った空にでさえも、鶯色の銅板で張った屋根がさわやかにシルエットを浮き立たせているのが印象に残った。「えー、こちらでは約1時間ほど待機になります。トイレに行かれる方は、ここで行っておいてください」バスの中で、なんと1時間以上も待機…。何人かがトイレに腰を上げたところで、自分もバスを降りてみることにした。トイレに行くだけのことなのに、海外で税関を通る時のようなドキドキ感。もちろん、バスの周りにはスーツを着た警備員が目を光らせている。耳には、踊る大捜査線に出てくるようなくるくるのイヤホンをしていて、SPチック。怪しいものでもないのに、こそこそしてしまう(笑)。用を足して、長和殿をじーっと眺めるも、2,3分が限度。こんなところで職務質問されることはないだろうけれども、どうしてもスーツの警備員の目を気にしてしまう。そそくさとバスに戻り、窓から見える範囲の景色を隅々まで脳みそに叩き込んだ。バスの中は、受章者が待ちくたびれてグダグダに溶け始めていた。どれくらい待っただろうか。突然、係員が乗り込んできたかと思うと、名前を呼ばれた。「えー、福岡県の吉岡さん、いらっしゃいますか?ちょっとお願いします」心臓がドンっと跳ね上がった。何か悪いことしたかな?ここにきて、褒章は受けられませんとか…あなたは、ここから先に入れませんとか…0.1秒とかそれくらい一瞬で、あらゆる悪い妄想が駆け巡った。バスの陰に連れて行かれる。汗だくの係員が顔を寄せてヒソヒソ話し始める。「お声かけがあるかどうかは、わかりませんが…紅綬の方は皆さんの一番左端に並んでいただきます。ですので、バスを最後に降りて、ほかの人と合流してください。」何を言っているのか、しばらく理解できなかった。「はい」つまり、ひょっとすると天皇陛下からお声かけがあるかもしれないとのことだ。なんだかすごい展開になってきた。まったく予想もしていなかったことが起こりつつある。あぁ、もう一回トイレに行きたい。
2012.06.20
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6月5日、東京の福岡県事務所で打ち合わせ。事務所に入ると、自分の席に賞状と褒章がすでに用意されていた。何のありがたみもなく、何とも興ざめ…。おいらは、天皇陛下から受け取るものだとばかり思っていた。この事務所で受け取るにしても、何かしらの演出が欲しかったなぁ(苦笑)。せめて目の前で配るとか。打ち合わせでは、真っ黒に日に焼けた担当者が淡々と伝達式と拝謁のスケジュールを説明する。賞状は自分で丸めて筒に入れた。まぁ、変に持ち歩いて傷つけたり、なくしてしまったりするよりはいいかもしれない…と考えよう。ホテルに持ち帰ってから、何度も出したり、しまったりしてしばらく眺めていた。勲章の裏には、自分の名前が彫ってあり、自分に向けて作られたのだと思うだけで嬉しい。賞状には、真ん中に天皇陛下の印が押してあり、何とも重々しい。しわにならないように、手の油が付かないように気を付ける。たかが賞状。やったことのレベルが上がったり、自分の価値が上がったりすることないのだけれども、なかなかどうして、嬉しいものだ。おいらも年を取ったのかな…。そして、6月6日、式典。午前中は、伝達式。管轄省庁が該当する受章者を集めて、褒章を授けることを正式に伝達する。総務省消防庁は、紅綬、藍綬、黄綬の3つが管轄で、各地方の消防団の団長さんや消防関係の功労者が集まっている。消防の制服をビシっと着こなした、色黒だけどたくましいじいちゃんたちが、褒章の栄誉を受けてキラキラしていた。そんな中で40歳そこそこの若造が一人浮いている。何とも居心地が悪い会場の中で、式典が行われた。褒章の色ごとに受章者がその場で起立し、代表者が総務副大臣から賞状と褒章を受け取って着席。続いて偉い人数人のお祝いの言葉があり、受章者代表がお礼を述べて伝達式は終了だ。午後からはついに皇居に向かい、天皇陛下との拝謁だ。
2012.06.14
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受章が決まって一番戸惑ったことは、服装だ。皇居で天皇陛下との拝謁があり、最もフォーマルでなければならない、ということはわかる。けど、拝謁にふさわしい服装が何なのか、まったく知識がない。そこでオヤジに相談。「天皇と会うことになったんやけど、何を着ていったらいい?」いきなりできょとんとするオヤジ。作戦成功だ。「なんやて?」「勲章をもらうことになって、皇居で天皇陛下と会うことになったのよ」「ほぉ、そりゃえらいこっちゃ」「で、何を着ていったらええやろか?」これまであまりいい知らせを報告できていなかったので、ちょっぴり嬉しい。多少親孝行ができたかもしれない。「そりゃー、燕尾服違うかなぁ。貸衣装屋に聞いてみぃ」さすが年の功、貸衣装ということは思いつかなかった。そこで、山のように届いたパンフレットを初めて開ける。すると、貸衣装と宿泊がセットになったツアーが載っているじゃないか!お祝い事ということで少々値が張るけれども、めったにあることじゃないということで、申し込むことにした。もう二度と着ることはないであろう燕尾服姿。不細工なペンギンみたい。
2012.06.12
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6月6日、2010年12月23日に海に落ちた女の子を救助したことに対して、国から紅綬褒章を授かった。「褒章」とは、社会や公共の福祉、文化などに貢献した者を顕彰する日本の栄典のひとつで、毎年、春と秋に授与される。貢献した分野により、紅綬、緑綬、黄綬、紫綬、藍綬、紺綬の6種類があり(Wikipediaより)、紫綬褒章は文部科学省というように、それぞれ担当省庁が決められている。紅綬褒章は、「自己の危難を顧みず人命を救助したる者」に与えられ、総務省消防庁の管轄。受章者との連絡は、市町村の消防署の総務課が窓口となる。自分には4月早々に内示があったが、確定ではないことから内密にしてほしいと釘を刺されていた。変化の少ない毎日に、降ってわいた朗報(笑)。嬉しくて、誰かに言いたくてたまらなかった。国から勲章をもらえることなんて、そうそうあることじゃない。友達はどんな顔をするだろう?驚かすには、どうするのが効果的だろう?そんなことをワクワクしながら考えていた。しかし、その反面、褒章を受ける意味をぐちゃぐちゃと考えることもあった。震災の復興や人のためにすべてをなげうって取り組んでいる人など、もっと表彰されるべき人がいるはずだ。人を助けたことが表彰されることを喜ぶべきではない。勲章をもらったからと言って、したことのレベルが上がるわけじゃない。ましてや自分の価値が上がるわけじゃない。褒章を受けるということは、どういうことなのだろう…など。結論は出なかったけれど、市や県、消防署からもらう感謝状とは、ちょっと違う重みを感じた。そして、4月29日に受章が確定。その瞬間から、さまざまな業者からお祝い返し品や授章式のツアーのパンフレットが、毎日山のように届いた。それに加え、地元の国会議員や市長、県知事などからお祝いの電報や手紙が続々届くようになった。元首相の麻生さんから手紙が来たときは、さすがにびっくりした。しかし、人の心理とは恐ろしいもので、ポストに「褒章」や「叙勲」などとでかでかと印刷された郵便物が入っていると、ちょっとした優越感が出てくるのだ。山のように届いたパンフレット祝電一番乗りは元首相の麻生さんから。さすがにびっくりした。
2012.06.10
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