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今年も桜の季節が始まりました。ここは沖縄県久米島、那覇空港から飛行機で25分ほどの島です。最近のニュースとしては、近海の水深1400メートルくらいのところに何箇所か熱水鉱床があると発表されたことです。つまり、海底深くですが、海底火山から噴き出した鉱脈があって、銅を中心にかなり大きな鉱床だと言うことです。資源のない国ですから、素晴らしい発見ですが、またこの時期はプロ野球の楽天イーグルスがキャンプインする島としても知られていて、私が今いるこのホテルも楽天の二軍の選手たちの宿舎となる予定です。そして何よりも、寒緋桜の開花、ただしこちらは昨年まであった「桜祭り」ののぼりがどこにもありません。どうなったんでしょうね。でも「アーラ林道」にはこんな桜たちが写真00139 posted by (C)たそがれの写真家写真00133 posted by (C)たそがれの写真家写真00141 posted by (C)たそがれの写真家写真00142 posted by (C)たそがれの写真家写真00144 posted by (C)たそがれの写真家写真00146 posted by (C)たそがれの写真家写真00151 posted by (C)たそがれの写真家写真00152 posted by (C)たそがれの写真家写真00156 posted by (C)たそがれの写真家写真00158 posted by (C)たそがれの写真家写真00159 posted by (C)たそがれの写真家写真00161 posted by (C)たそがれの写真家写真00164 posted by (C)たそがれの写真家写真00166 posted by (C)たそがれの写真家写真00169 posted by (C)たそがれの写真家写真00172 posted by (C)たそがれの写真家寒緋桜としては、珍しい白い花です。写真00181 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月29日
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最近、飛んでいるとき思うのは、昔のようにスモッグが多くなったなと言うことです。今日も例によって那覇行きの便に乗ったのですが、高度3,000mくらいでしょうか、黒いベルトができていました。私たちはあの高度成長時代の汚れた空気におさらばするため、いろいろな業種や個人個人でもc02の削減に挑んできたはずです。たとえば、電気自動車やハイブリットカーなどの化石燃料をあまり使わない車の普及など、また工場などの排煙対策などです。でも空の上には国境はありません。また都合が悪いことに日本の上空には西からの風が常時吹き続けています。その国はとても空気が汚れていて、昼までもライトをつけないと車も走れないそうですね。どうしたらいいのでしょう。そんな空の世界を写真00003 スモッグの上に顔を出した富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00005 横浜港 posted by (C)たそがれの写真家写真00008 頭の上が変ですね posted by (C)たそがれの写真家写真00010 なんと天使の羽がついています posted by (C)たそがれの写真家北からの風が、富士山にあたって左右に別れ、乱流が出来たため雲になったのでしょう。私も初めて見ました。写真00019 羽が一つになって別の雲が近づいています posted by (C)たそがれの写真家写真00023 箱根登山鉄道箱根湯本駅付近 posted by (C)たそがれの写真家写真00026 我が団地と周辺の様子 posted by (C)たそがれの写真家写真00034 大きな口を開けてなんか言っているよ posted by (C)たそがれの写真家写真00040 ついに笠雲になってしまいました posted by (C)たそがれの写真家写真00043 八ヶ岳 posted by (C)たそがれの写真家南アルプスから西には雲がすべて蔽いつくしていました。写真00060 宮崎空港 posted by (C)たそがれの写真家鹿児島からのフライトですが、阿蘇を避けているのか、かなり南を飛んでいて、四国の南側海上を進みました。でも雲で何も見えませんでしたよ。写真00063 ようやく陸地が見えたら御前崎でした posted by (C)たそがれの写真家写真00067 駿河湾上から posted by (C)たそがれの写真家写真00069 伊豆半島と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00082 相模湾に出ましたが、スモッグがまとわりついています posted by (C)たそがれの写真家写真00085 伊豆大島と富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00086 相模湾の東から posted by (C)たそがれの写真家写真00103 はぐれ雲 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月29日
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外交音痴の安倍ちゃんとその側近たちがまたトラブルの元を作ってきましたね。そもそも後藤健二さんとやらが、まるで政的のように赤いシャツを着せられ、世界各国にニュース配信されたのは、安倍ちゃんが二億ドルをイスラム国に対する国に援助するなんて簡単に言ってしまったこと。純粋に今まで通り例えば世界食糧基金などを通じて、被災者への人道支援に拠出しますと言えばいいものを、ええかっこしいの安倍ちゃんは舌足らずでしたね。その上、イスラエルへアラブの国から直接乗り込むなんて、比較的日本に近しい態度を示していてくれた、アラブ各国にあれやはりアメリカ追随なんだと思わせたしまいましたよ。この罪はとても大きいことと言わざるを得ませんね。後藤さんの件にしても、まだ流動的ではありますが、ヨルダン政府には大変な圧力を与えてしまいました。またトルコの皆さんには、何故声をかけてくれないんだと思わせてしまったかもしれません。それだけ、トルコはNATOに加盟しているにもかかわらず、いわゆる十字軍には参加せず、ひたすら難民を受け入れ、他国の人質解放にも力を貸していたのですから。やはり、安倍ちゃんの取り巻きが悪いのかな。なんて心配をしているのですが、今日は買い物以外には外に出なかったので、日曜日に遊んでくれた仲間たちをご紹介いたします。写真00001 マガモさんお食事中 posted by (C)たそがれの写真家写真00014 キジのお父さんはパトロール中 posted by (C)たそがれの写真家写真00017 キジが飛んだ所にツグミが posted by (C)たそがれの写真家写真00025 可愛い目をしたアオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00035 鳩の群れと一緒にムクドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00046 ヒヨドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00051 対岸で遊ぶコガモたち posted by (C)たそがれの写真家写真00065 カワラヒワ posted by (C)たそがれの写真家写真00068 ヒヨドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00073 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00109 ヒヨドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00115 ヒヨドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00132 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00162 あれ! お一人ですか posted by (C)たそがれの写真家写真00164 マガモのカップル posted by (C)たそがれの写真家写真00165 カワアイサなんだけど遠いな posted by (C)たそがれの写真家*いつも、ひょっとして「カワセミ」さんに会えないかなと思って、歩いているのですが、この日はスポーツ運動公園でマウンテンバイクのモトクロスなんて行われていて、ただでさえ歩いたり自転車に乗ったりした人たちが多いのに、更に大勢の選手や観客、それとパークゴルフに興じる地元の人々。あまり期待できる環境では無いので、最近知り合った小田急で通ってくるお父さんと、釣堀のクラブハウスで鳥さんの談義などをコーヒーを飲みながらしてきましたよ。釣堀には、平日ならカワセミさんも来ると言うのだけど。
2015年01月28日
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北海道十勝地方、一般の人には「六花亭」のチョコレートやクッキーの方がおなじみでしょうね。私が平成3年次の赴任地は帯広と言われた時は、それはショックでしたよ。それまで、曲がりなりにも東海道線の沿線で勤務してきましたから。いよいよ赴任となりJASのMD-81の乗客となり、襟裳岬が見えてくるとまさに銀色の世界、大変な所に来てしまったと思ったものでした。でも空港になんと私の名前が書かれた紙を運転手さんが広げているのを見たとき、温かい土地なのだなと感じました。ちょうどその前にテレビで「池中玄太80キロ」なんて言うドラマがありましたので、まずは釧路にタンチョウさんを見に行かねばとか、「北の国から」の舞台の富良野にもと想像を膨らませていました。そして十分な装備も持たずに撮ったタンチョウさんの絵が、ネーチャーフォトの一任者でもある「関口哲也」先生の目にとまり、カメラにさらにのめりこむこととなったのです。寒いけど温かい土地、たまたま見つけて入った農家レストラン「大草原の小さな家」、ここのママさんと意気投合して毎週通うようになり、今までの社内だけの世界から、違った世界の友人ができるようになった場所で、その様な付き合いの大事なことを教えてくれたのも、「大草原」のママさんでした。そんな十勝の世界を空から少しだけ見てください。写真00013 えりも岬 posted by (C)たそがれの写真家写真00015 えりも町庶野 posted by (C)たそがれの写真家ここの集落の上にある台地にたくさんのエゾヤマザクラが自生しています。そして公園だけでなく、背後の山にも自生しているので、なかなかの景観です。写真00016 目黒と言う集落 posted by (C)たそがれの写真家ここから奥に数キロ入ったところに、ハートの形をした小さな湖があります。帯広市のタクシーの運転手さんでも知らない人が多いんですよ。豊似湖を航空写真で見る写真00018 広尾の市街 posted by (C)たそがれの写真家ここをサンタの街として売り出そうとしたのですが、ある芸人がドイツからお城を購入して、解体された石を持ち込んだのですが、実現せず今は群馬県に移築されています。写真00020 広尾川 posted by (C)たそがれの写真家この河川敷を歩いて、浜に鮭を食べに熊さんが降りてくるそうです。写真00021 楽古川 posted by (C)たそがれの写真家写真00022 野塚川 posted by (C)たそがれの写真家写真00024 この辺りから日高地方に posted by (C)たそがれの写真家一般的には、海沿いの「黄金道路」と呼ばれる道を使っていたのですが、落石や高波などで通行止めとなることが多く、日高山脈を通るトンネルが作られ、バイパスとなりました。写真00030 地元の人も知らない活断層 posted by (C)たそがれの写真家写真00031 更別村の中心地 posted by (C)たそがれの写真家今は「どんぐり村」と言っていますが、以前はすずらんが道路際にずっと咲いていたりする村でした。道路際は今機械で刈ってしまいますから、すずらんも残っていません。写真00033 防風林 posted by (C)たそがれの写真家初めて帯広空港に降りたとき、この防風林の黒いベルトが道路と思っていました。そのくらい立派なものだったのですが、今は嫌われ者に。写真00034 自然河川の林 posted by (C)たそがれの写真家ここには鮭の養殖場があり一角だけ別世界のようになっています。よくここで写真を撮ったものですが、エゾノリュウキンカがとてもきれいでしたよ。写真00035 帯広空港の着陸誘導灯 posted by (C)たそがれの写真家写真00037 雪原と防風林の景色 posted by (C)たそがれの写真家写真00038 この林にも住居があったのですが posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月27日
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大分からの帰り、全国的に天候不良で空のダイヤも乱れていて、前の東京便ANAさんが大幅に遅れ、JETSTARの関西行はANAさんが誘導路に停まったまま動かないので、スポットに入れず遅れている上に、燃料の追加をしたのでさらに遅れて出発。幸にも私の乗る機は、ちょっとの遅れで到着。羽田の東京管制との調整でさらに遅れましたが、いつもと違って瀬戸内海を進み(雲の上なので分からない)、雲の間から覗いたのが瀬戸大橋と明石海峡大橋、でも富士山は伊勢湾上空からしっかりと視認。御前崎あたりから撮影可能な角度になりました。とは言え、一見安定しているようなフライトでしたけど、強いジェット気流に押されて、微妙な振動が付きまとい、ズームではピントを合わせるのも、またカメラブレを抑える二も一苦労。でも凛々しい姿はやはり日本一ですね。ただ、pm2.5なのか、一面に漂うスモッグには驚かされましたよ。写真00245 小豆島町内海 posted by (C)たそがれの写真家写真00248 明石海峡大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00252 大阪港 posted by (C)たそがれの写真家写真00256 大阪港天保山 posted by (C)たそがれの写真家写真00263 名古屋市 posted by (C)たそがれの写真家写真00273 御前崎沖からの富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00275 静岡市と富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00277 世界遺産の対比 posted by (C)たそがれの写真家写真00282 焼津港 posted by (C)たそがれの写真家写真00283 日本平と久能山 posted by (C)たそがれの写真家写真00285 駿河湾からの富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00289 富士市と富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00296 伊豆半島妻良漁港 posted by (C)たそがれの写真家写真00303 伊豆高原と大室山 posted by (C)たそがれの写真家大室山は火山で、火口が陥没してお鉢状になっていて、リフトで上がって、お鉢めぐりが出来るようになっている。写真00307 相模湾西側からの富士山 posted by (C)たそがれの写真家富士を抜けた気流が、通過してから乱流を起こして、雲が発生している光景。しかも4合目から下には、pm2.5をはじめとするスモッグが滞留しるてい。写真00315 房総半島平砂浦 posted by (C)たそがれの写真家写真00316 館山市街地 posted by (C)たそがれの写真家写真00322 光を反射する房総半島野島崎附近 posted by (C)たそがれの写真家、
2015年01月26日
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最近は、家にいる時は出来るだけ散歩に出るようにしています。その前にやらなければならないことはたくさんあるのですが、気分転換も図らねばなりませんしね。実は昨日、金魚の水槽を洗ったのです。と言うのも前回ガボンバ(金魚藻)を変えずにそのまま三度目として使ったんです。そして旅行に行っている間、金魚たちはお留守番食を食べるのではなく、これらの藻を食べようと引き抜いて、バラバラにしてしまったのですが、それが浄水器の取り入れ口に詰まってしまい、水が急激に悪化してしまって、「レッドアロー」と名付けた子が落命、「テール」はお腹を上にして危篤状態、「プラチナ」も元気が無かったので、あわてて水を作りカルキを抜いて、水替えと「テール」を別なバケツに入れて、緊急治療することにしたんです。ようやく「テール」も正常に泳げるようになったのですが、「プラチナ」は特別な治療をせずに、そのまま新しい水に戻したので、まだ元気がありません。たかが金魚でもありますが、やはり故「マンモス」のように人の足音を聞き分け、餌寄こせと踊ってくれたりするとうれしいものです。ベランダのメダカたちも、水を換えてやらねばならないのもいるのですが、最近セキレイが一羽目をつけたようで、良く我が家のベランダに来るようになりました。たぶん何匹化は犠牲になっていると思います。そんなわけで、水を換えて中が見えるようには出来ないのです。今年は、10年の大工事をするとか言っていますので、その間どこかへ避難させないといけないのですが、河に放すわけには行きませんしね。と言うわけで、散歩で見つけたとも立ちを写真00004 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00009 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00015 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00020 ツグミ posted by (C)たそがれの写真家写真00027 用水で泳ぐカルガモたち posted by (C)たそがれの写真家写真00032 小さな流れ込みでできた池にも posted by (C)たそがれの写真家写真00036 ツグミ posted by (C)たそがれの写真家写真00046 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00071 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00081 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00096 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00104 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00109 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00114 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00124 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00129 アオジ posted by (C)たそがれの写真家*こうして散歩しながら、鳥さんたちに遊んでもらっていると、ここに住み始めてから、ずいぶんと鳥さんたちが少なくなったと感じますね。特に鴨の類は、今までは酒匂川の広くなったところには、たくさんの鴨が来ていたのに、今では数もとても少なく、種類もカルガモとコガモにたまにマガモが見つかるくらい、先月は「カワアイサ」と言う綺麗な子もいたのにね。4-5年前は、白鳥もきましたし、わが団地にもキジの家族が三世帯くらい住み着いていたものです。四番館まで出来てしまい、団地の中の空き地は公園だけですから、イソヒヨドリなども今までなんカップルか定住していたのが、たまにしか来なくなりました。一つには、大水が何度か出て、河の砂利を撮らなければならなくなったことも影響していると思いますが。
2015年01月25日
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大分空港からは、ナビの示す通り空港道路・日出バイパス・宇佐別府道路を通り九州道に。たたでさえ自動車専用道路なので、燃費は悪くなるのに加えとてもキツイup&downの連続、私ですら20キロ/ℓに届きません。九重インターで降りると、さらに九重連山の曲がりくねった細い登り坂が待っています。そして九酔渓のお休みどころも、九重夢つり橋も停まらずに走り続け、山並みハイウェー(言葉の響きは良いけどね)で反対側に出てみると、そこには噴煙を上げる阿蘇中岳が。桜島も爆発を繰り返しているようだし、昨年は口永良部島(屋久島の北西すぐ近く)も噴火したしね。地球が怒っているのかな。写真00198 大分空港に着陸進入中 posted by (C)たそがれの写真家写真00200 夢大吊橋 posted by (C)たそがれの写真家2006年10月30日に開通。高さ173m(水面より)、長さ390mで、歩行者専用橋としては日本一の高さと長さである。橋からは、日本の滝百選の震動の滝や、紅葉の美しい九酔渓(鳴子川渓谷)の雄大な景色を望むことができる。写真00203 星生山と思うけど posted by (C)たそがれの写真家写真00205 三俣山 posted by (C)たそがれの写真家写真00206 煙を見るとついつい気になって posted by (C)たそがれの写真家写真00207 峠からの天空 posted by (C)たそがれの写真家写真00209 白煙と黒煙を上げる阿蘇中岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00212 西の空はやや赤くなって posted by (C)たそがれの写真家写真00214 強烈な煙です posted by (C)たそがれの写真家写真00218 なんと形容してよいやら posted by (C)たそがれの写真家写真00221 部屋のテラスから posted by (C)たそがれの写真家写真00226 旧肥後海道沿いの国道で大分へ posted by (C)たそがれの写真家写真00228 別府タワー posted by (C)たそがれの写真家写真00229 ブレブレのこの猫の絵は posted by (C)たそがれの写真家実は普段渋滞とは無縁の大分県国東半島の国道 何故か両側の車が渋滞していたのです。この少し前、救急車が追い越して行きましたがそれとは無縁です。まだ目が開いたばかりのような子猫ちゃん、なんと無謀にもこの国道をヨチヨチと横断していたのです。優しい国東のドライバーさん、みんながこの子の渡り終えるのを待っていました。 下手くそな私が撮ろうとしたとき、もう皆さん走り始めましたので、こんな恥ずかしいものに。写真00230 到着したJETSTAR機、なぜか動けません posted by (C)たそがれの写真家遅れていたANA羽田行が、誘導路で停まっていて動かないので、スポットに入れないんです。写真00231 一旦ドアが閉まってブリッジも離れたのですが posted by (C)たそがれの写真家写真00232 追加の給油で乗客はこんなところに posted by (C)たそがれの写真家給油中は、機内には居れませんからね。関西行なので通常の給油はしたのですが、この日の天候は大荒れ、万が一に備えて再給油を決意したのでしょう。写真00237 無事飛び立っていきました。 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月24日
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大分県竹田市久住にあるレゾネイトクラブくじゅうについては、何度か取り上げていますが、コテージを連ねた寝室棟と大浴場やレストランなどがあるセンター棟が巧みに配されていて、とても落ち着くところなのですが、この時はwifiのパスワード設定に手間取り、食事時間が近くなってしまったため、食後温泉に入ったのですが、空には三日月があり、たくさんの星が見えている用なのですが、残念ながら私の目では確認できず、何とかオリオン座らしいかなと思われる星座が一つ。その付近に、とても大きく輝いている星が見えるのですが、私には二つの星が一緒にあるように見え、不思議な感覚を体験しました。露天風呂もやっていたのですが、寒気に加え風も強かったので、ちょっと私にはぬるく、すぐに内湯に退散しましたけど。昔のように星が綺麗に見えればととても強く思った次第。大分へのフライト、瀬戸内海に入りたまたま雲が近づいてきたこともあって、機長が大きく高度を下げてくれましたので、思う存分島々を撮りつづけました。そんな中から写真00130 真鍋島 posted by (C)たそがれの写真家岡山県笠岡市にある笠岡諸島に属する島である。古い漁村の面影を残した家並みがあり、1977年(昭和52年)の映画『獄門島』や1984年(昭和59年)の映画『瀬戸内少年野球団』のロケ地となった。写真00135 海に反射する雲からのこもれび posted by (C)たそがれの写真家写真00137 石鎚山系 posted by (C)たそがれの写真家写真00138 弓削島 posted by (C)たそがれの写真家写真00139 佐島 posted by (C)たそがれの写真家写真00140 因島 posted by (C)たそがれの写真家伝承では、神功皇后の乗った船がこの島に立ち寄った際に、陸から多くの犬が吼えて困ったので皇后が「犬の島」と名づけ、それがなまって「インの島」になったとも、平安時代に島が院領だったことから「院の島」が「因の島」になったとも、細島に島の前面が隠されているので「隠の島」から「因の島」になったとも言われている写真00141 岩城島(中央)と生名島 posted by (C)たそがれの写真家写真00143 伯方島 posted by (C)たそがれの写真家伯方の塩と売り出しているが、島内に2社あり:伯方塩業(伯方の塩)、伯塩産業(調理の塩)の生産で全国的に知られる。写真00145 大三島橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00147 多々羅大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00152 来島海峡大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00163 松山や伊予など posted by (C)たそがれの写真家写真00165 大崎下島 posted by (C)たそがれの写真家江戸時代以降、御手洗は潮待ち・風待ちの港町として賑わった。現在も江戸後期から昭和初期の建物が数多く残り、突堤、雁木などの港湾施設も良好に保存されていることから1994年に「豊町御手洗伝統的建造物群保存地区」の名称で重要伝統的建造物群保存地区として選定された(全国で38番目の選定)。1863年(文久3年)の八月十八日の政変で失脚し京都を追放された七卿のうち五卿は、長州に逃れる途中、この島に立ち寄っている。その時立ち寄ったとされる屋敷が御手洗地区に七卿落遺跡として広島県指定の史跡になっている。写真00169 豊島 posted by (C)たそがれの写真家写真00173 芸予諸島 posted by (C)たそがれの写真家写真00175 周防大島と佐田岬 posted by (C)たそがれの写真家写真00190 大島大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00195 上関大橋 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月23日
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日本で一番寒かったのは、1902年(明治35年)の1月25日、北海道・旭川市の氷点下(ひょうてんか)41度です。 第2位は、同じく北海道の帯広で氷点下38度2分。同じ日だったようです。それだけ強力な寒波が押し寄せたと言うことでしょう。ちなみに、北海道の人に一番寒いのはどこ?と尋ねると、大抵の人は陸別と答えると思います。帯広のある十勝地方なのですが、北見市との真ん中編にアリ、十勝晴れと言われるような明るい天候の場所なので、熱を保持してくれず、いわゆる「放射冷却」と言う現象でとても寒くなるんです。私自身も、帯広に赴任していた時、たった一回でしたが-31℃と言う天気の時に通勤したことがあります。ところで今日取り上げるのは、十勝管内帯広空港のすぐそば、と言っても北海道の事ですから5キロ以上離れていますが、更別村の勢雄と言うところ。帯広市内が-15℃くらいでも、ここでは-30℃近くまで冷えてしまいます。ところが、ここには湧水がいくつかあるため、サケマスの養殖場とかがいくつかあるのですが、湧水なので水温が高く、そこの気温が-25℃を越えることも良くあるため、蒸発した水蒸気がそのまま空気中で凍ってしまい、周囲にある樺などの雑木に就いて、霧氷となったり気流に乗って流れたりするのですが、写真00092 posted by (C)たそがれの写真家今朝、4時オキして出かけた勢雄の道路上で、私のレンタカーが示している外気温です。そうです、暖かすぎるのです。ケアラシと呼ばれる凍った水蒸気はどこにも見えませんでした。もちろん私は、前日の天気予報で朝は曇りで夕方には雪との予報を聞いていますから、ある程度の予想は出来ていたのですが。ただそれなりに空気中の水分が枝についたりしていましたので、数枚撮ってみました。写真00070 posted by (C)たそがれの写真家写真00073 posted by (C)たそがれの写真家写真00075 posted by (C)たそがれの写真家写真00078 posted by (C)たそがれの写真家写真00079 posted by (C)たそがれの写真家写真00095 posted by (C)たそがれの写真家写真00100 posted by (C)たそがれの写真家写真00104 posted by (C)たそがれの写真家写真00106 posted by (C)たそがれの写真家写真00107 posted by (C)たそがれの写真家写真00112 posted by (C)たそがれの写真家写真00115 posted by (C)たそがれの写真家写真00127 posted by (C)たそがれの写真家写真00131 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月22日
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一般的には、飛行機を使う旅なんて年に一度もないのが普通ですね。そう言う私にしても、現役時代たまたま帯広勤務となったので、好むと好まなくても仕事や里帰りに飛行機に乗るのが必要になってきて、つきに四度も乗るなんて事態も出現しました。当時はただ移動手段でしたし、そもそもバブルの時代で座席がなく、よく空港でキャンセル待ちをしたものです。当時早割なんてなかったですから、安いチケットと言うとツアーのチケットのバラ売りでしたから、そんなに安くもなかったこともあり、一般的な移動手段にはまだなっていませんでした。私がこんな生活にのめりこめたのも「スーパー早売り」やツアーの個人向け商品が出るようになったからで、乗る頻度が多くなると窓側に席をとり下界の景色を撮影したくなったのです。今でも、事前に座席指定をせずのられる方が多いのが、そんな事態を表しているのでしょう。だからこそ、可能な限り下界の景色を撮って、皆さんにも見ていただきたいのです。そして羽田から大分への今年最初のフライト、静岡あたりまで飛んで来ましたが、いよいよ関西を越えて瀬戸内海へとはいって行きます。写真00056 阿倍川 posted by (C)たそがれの写真家写真00059 ゴルフ場の造成跡? posted by (C)たそがれの写真家写真00069 佐久間町と佐久間ダム posted by (C)たそがれの写真家写真00072 佐久間湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00074 浜名湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00080 豊橋市 posted by (C)たそがれの写真家写真00090 雲の中から現れた明石海峡大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00096 まさかの鳴門大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00100 男鹿島 posted by (C)たそがれの写真家写真00102 家島 posted by (C)たそがれの写真家写真00105 坊勢島 posted by (C)たそがれの写真家写真00106 小豆島 posted by (C)たそがれの写真家写真00107 小豆島 posted by (C)たそがれの写真家写真00110 高松市 posted by (C)たそがれの写真家写真00111 豊島 posted by (C)たそがれの写真家写真00112 直島と周辺の島 posted by (C)たそがれの写真家写真00114 丹生岬とチョコレートのような島 posted by (C)たそがれの写真家写真00117 瀬戸大橋 posted by (C)たそがれの写真家写真00122 本島 posted by (C)たそがれの写真家写真00123 広島 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月21日
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例によって私の休日、まずは無呼吸症の定期検診に主治医2を訪ねる。この先生は比較的丁寧に診察されるので、いつも待たされる。かといって、それほど見るところは無いのですが、定期的に訪れるのが健康保険適用の条件。それでもひと月に4.500円も撮られるのだから高いものだ。お昼近くまでかかり、イトーヨーカドーに寄って「四つ葉牛乳」を求める。これも昔感じたほどの感動は無いけどね、なんとなく買ってしまう。帰ってから、「ヤマセミ」がいると言う某所に行って見たら、ユンボが入っていて盛んに砂利の採取をしている、こんなところに居るわけがないと、一応川の様子だけ確かめて、いつもの釣堀でコーヒーを飲んで、車を預けて散歩がてら「カワセミ」さんを探す。結論から言うと、合えなかったのですが。写真00006 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00011 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00016 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00025 釣堀の水路で歩いていたカルガモ posted by (C)たそがれの写真家写真00027 釣堀の水路で歩いていたカルガモ posted by (C)たそがれの写真家写真00031 毛づくろいをするオオバン posted by (C)たそがれの写真家写真00033 些細なことで喧嘩するオオバンのカップル posted by (C)たそがれの写真家写真00040 ツグミ、別にとらわれているわけでは無い posted by (C)たそがれの写真家写真00049 田に引かれた水路に出来たプールで遊ぶカルガモ posted by (C)たそがれの写真家写真00051 忍者のようなアオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00079 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00089 アオジ、スズメみたいだけどね posted by (C)たそがれの写真家写真00112 かくれんぼするモズ posted by (C)たそがれの写真家写真00119 モズ posted by (C)たそがれの写真家写真00123 モズ posted by (C)たそがれの写真家写真00126 可愛い目だけどね posted by (C)たそがれの写真家写真00139 つがいのカルガモと何故かシラサギ posted by (C)たそがれの写真家人の話に寄れば、酒匂川で猛禽類にシラサギが食べられていたと言う。そういえば、上空にトビが旋回していたっけ写真00147 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00153 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00155 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家*最近、なぜかピントがなかなか合わなくなってきた。来月には免許証の更新が来ると言うのに、困ったことだ。今回も100数十枚も撮って、使えるものがなかなか見つからない。「たそがれの写真家」もそろそろ終わりかな。
2015年01月20日
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今大分県久住のおなじみの宿「レゾネイトクラブくじゅう」にきています。いつもは熊本空港からくるのですが、1/18は久しぶりに大分空港から来てみました。結果的には熊本空港の方が有料道路(九州道など)を使いませんし、近いのですがやまなみハイウェーを雪の九重連山を見ながらの旅もなかなかおつなものです。そして圧巻は久住に入ったときに、正面に白煙と黒煙を上げる阿蘇・中岳不遜ながら圧巻ですね。さて羽田空港のラウンジでくつろいでいた時、西からの飛行機はA滑走路(RW34L)へおりていましたが、搭乗口で見ているとB滑走路(RW23)を使っているではありませんか。これは天気が変わるなと思ったものです。事実機内に乗り込んだとき、先任CAのkさんにお話ししたら、私たちはD滑走路(RW05)と聞いていますとのこと。そして私の言う通りA滑走路(RW16R)から離陸したのですが、離陸前に私の席に来て「大正解です。と機長が言っていました」とのこと。若干薄い雲があったりはしたのですが、今回のフライトで初めて伊豆七島がすべて見えたんですよ。そして富士山は、我が家の上あたりを通過したため、南側をとんだので右側の窓からとなり、Aの席の私からは見えませんでしたが、名古屋ー神戸間が厚い雲があったほかはとてもクリヤーな景色が見え、また姫路あたりと岡山あたりでかなり急激な降下があったのですが、みごと雲の下に入り機体の揺れも最小限に抑えてくれるベストフライトでした。今朝風呂に向かう前の時間で下書きを書いていますが、いつアップできることやら。写真00004 滑走路に向かう飛行機から posted by (C)たそがれの写真家写真00006 三浦半島と伊豆大島 posted by (C)たそがれの写真家写真00008 東京湾第二海堡 posted by (C)たそがれの写真家写真00011 葉山シーサイドなど posted by (C)たそがれの写真家写真00013 三宅島と御蔵島、八丈は無理かな posted by (C)たそがれの写真家写真00017 伊豆大島・利島・新島・式根島・神津島 posted by (C)たそがれの写真家写真00020 真鶴半島と湯河原町吉浜 posted by (C)たそがれの写真家写真00021 機内スクリーンの富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00024 小田原市酒匂川河口から下田への海岸 posted by (C)たそがれの写真家写真00025 小田原市早川漁港 posted by (C)たそがれの写真家縦に細長いのは、JR東日本東海道線早川駅。藤海道線の電車の小田原発の待避所にもなっています。写真00027 中伊豆のいちごハウス posted by (C)たそがれの写真家写真00033 箱根大涌谷 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 芦ノ湖・箱根園に向かう観光船 posted by (C)たそがれの写真家写真00042 伊豆・淡島と狩野川放水路 posted by (C)たそがれの写真家写真00045 大瀬崎 posted by (C)たそがれの写真家写真00048 田子の浦港と富士市 posted by (C)たそがれの写真家写真00050 富士川と二本の東名高速 posted by (C)たそがれの写真家左に曲がっていくのが旧東名高速。右側が新東名写真00052 清水港から御前崎へ posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月19日
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今日は中休み、こんな日は病院に行ったりリハビリに行ったり忙しいんですよ。朝は主治医の所に行って、先月の血液検査の結果を聞く、前回高かったクレアチニンが下がったのと、カリウムが増えたのが指摘されましたね。カリウムは果物を食べると増えるんですって、過ぎればでしょうけど。最近心配している糖については異常なし、血圧も安定していますね。でも薬の種類は変わらず、飲む量も変わらないので、ジェネリックを使えるものは使ってはいるのですが、今月も薬代は11.080円年金暮らしには痛いですね。これにc-papのレンタル料が4.500円つくんですからね。ただ頭の血管の薬については、最新のものをと指示がでていて、これを除いたものがジェネリック、三割負担としても町の負担はとても大きいので、ジェネリックを使えとうるさいのでしょうね。でリハビリが三時でしたから、その合間を使っていつものサイクリングコースを歩いてきました。酒匂川に出ると300ミリのレンズを構えている人に会い、いろいろ話をしましたが、夕日が松田山にあたってピンクに染まるのを撮りに来ているんだと言っていましたね。彼はここの近くで「アカショウビン」を二羽撮ったと言っていましたから、秋に私も出会えるのか楽しみです。写真00006 コガモ君何しているの posted by (C)たそがれの写真家写真00022 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00028 ツグミさん上に何かいますか? posted by (C)たそがれの写真家写真00043 スズメの群れと思ったら一人ちょっと大きい子が posted by (C)たそがれの写真家写真00049 ムクドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00061 オオバンが流れの弱いところで posted by (C)たそがれの写真家写真00074 ジョウビタキの御嬢さん posted by (C)たそがれの写真家写真00084 仲のよさそうなカルガモさん posted by (C)たそがれの写真家写真00104 石垣の上に小石がと思ったら posted by (C)たそがれの写真家すぐ逃げたのですが、飛び方がカワセミさんのものだったので追跡。たくさん遊んでもらいました。このあとすぐに川に飛び込んだのですが。写真00106 くちばしに何か見えていますね。 posted by (C)たそがれの写真家写真00121 飛んでも後をつけていきますよ posted by (C)たそがれの写真家写真00130 まさに動く宝石そのものですね。 posted by (C)たそがれの写真家リハビリの都合もあるので、ここまでにしましたけど写真00149 キジさんも堂々とお散歩 posted by (C)たそがれの写真家写真00163 この子も上を気にしていますね posted by (C)たそがれの写真家写真00177 背中の模様でジョウビタキかと思い posted by (C)たそがれの写真家でも嘴が違いますし、羽の色も濃いですね。カワラヒワさんのようです。写真00187 カワラヒワ・ステージの上で posted by (C)たそがれの写真家写真00206 ムクドリさん何を警戒しているの posted by (C)たそがれの写真家写真00215 マガモのカップルが狭いところで posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月17日
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最初に泊った「穂高ビューホテル」とても大きなホテルでしたけど、さすがにこんな季節となると閑散としているものですね。でもレストランもフロントもとてもしっかりしていました。天候が悪化すると言うのは、ラジオで聞きながら走っていましたので、何とか降られずに済めばと思っていて、無事に到着したのですが、夜半から白いものが、それもパウダースノーで降ってきました。ただ安曇野市街まで降りると、雨のような状態で高速・長野道に乗ったのですが、安曇野と川中島との間にはちょっと高い小山が続いていて、また雪になり50キロ規制がかかっているのですが、みなさんよほど腕に自信があるのか、百キロくらいのスピードでどんどん抜いて行ってしまいます。念のため、私は帯広と新潟県長岡そして凾館で雪道は走っているのですよ。でも人様の車ですし、壊すわけには行かないので、皆さんが付いて来れる程度のスピードで走っていましたが、そのまま行くと12時前に到着しそうなので、姨捨のSAで休憩し、この日の宿「奥山田温泉 風景館」に早くついてしまうことを電話したら了解されたのですが、それでも次の更埴icでおりて一般道を行きました。写真00051 穂高ビューホテル posted by (C)たそがれの写真家写真00052 チャペルも雪の中 posted by (C)たそがれの写真家写真00054 庭にも雪が posted by (C)たそがれの写真家写真00055 軒先にはとても長いツララが posted by (C)たそがれの写真家写真00058 姨捨saから田毎の月と言われる棚田を posted by (C)たそがれの写真家写真00059 山田温泉手前の集落 posted by (C)たそがれの写真家写真00061 渓谷のツララ posted by (C)たそがれの写真家写真00063 この下あたりに仙人露天風呂が posted by (C)たそがれの写真家写真00064 仙人露天風呂への道 posted by (C)たそがれの写真家写真00068 天空の小鳥風呂 posted by (C)たそがれの写真家四角のお風呂と丸のお風呂があり、30分貸切で入れます。写真00070 貸切風呂から松川渓谷 posted by (C)たそがれの写真家写真00076 朝日を浴びて posted by (C)たそがれの写真家写真00079 春に見た「宮川家の枝垂桜」は今 posted by (C)たそがれの写真家写真00082 なんか癒されるような風景 posted by (C)たそがれの写真家写真00085 長野駅前も雪だらけで歩きづらい posted by (C)たそがれの写真家写真00088 烏帽子岳(2066m)が雲の上に posted by (C)たそがれの写真家写真00091 上田城跡の櫓 posted by (C)たそがれの写真家写真00096 榛名山 posted by (C)たそがれの写真家写真00098 赤城山 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月16日
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昨年秋、山田温泉にお邪魔した時、若旦那から冬の白い景色も素晴らしいですよと言われ、では行ってみるかと。でもストレートに行ってお風呂に入って帰るだけではつまらないと、選んだのが安曇野にある「穂高ビューホテル」、JR東日本のツアーにもよく挙げられていますし、スキー宿ではなさそうなのが選んだ理由。ついつい、選んでいたのがよく使う、新宿10時発の特急「スーパーあずさ11号」、小田原からはロマンスカー「さがみ72号」が九時半過ぎに到着ですから、理想的な乗り継ぎ時間。ただ松本に着いてしまうのが12時半、レンタカーを借りてホテルに向かうのですが、いくらなんでも早すぎます。で「安曇野ちひろ美術館」に行ったのですが、なんと駐車場が雪に埋まっていました。そりゃそうですよね。あたりは雪の世界ですから、こんな時に美術館を開いていても、訪れる人はわずかでしょう。たそがれさんとしたことが大変うかつでした。普通なら開館の確認をした上で訪れるのですが、行きあたりばったりもまた楽しいもので。そして晴れ男のたそがれさん、低気圧が来ていて大雨やカミナリの予報もあると言うのに、この日は晴れていて山々がとても綺麗に見えましたよ。ただし座席指定はAの席、隣のお兄さんはなかなか立ち上がろうとせず、座ったままでしたので、あずさの右側の窓からの撮影です。写真00003 小田急ロマンスカーMSE posted by (C)たそがれの写真家この車両は、東京メトロへの乗り入れを図るため、作られた車両で毎日千代田線の北千住から箱根湯本まで、メトロ箱根として、運行されているほか、新宿ー箱根湯本・小田原の「はこね」「さがみ」などにも使われています。写真00005 小田急・富水ー栢山間 posted by (C)たそがれの写真家写真00008 ロシア正教会でしょうか posted by (C)たそがれの写真家写真00009 あずさ11号 posted by (C)たそがれの写真家写真00011 中央線・多摩川手前で右側に posted by (C)たそがれの写真家予約したチケットを見て、Aの席だったので「八ヶ岳」しか見えないかと諦めていたのですが、いざ多摩川を渡る手前で、眼の前に富士山がありました。写真00013 中央フリーウェイ posted by (C)たそがれの写真家写真00017 甲斐駒ケ岳・甲府駅付近から posted by (C)たそがれの写真家写真00022 八ヶ岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 韮崎駅を過ぎて、右側に posted by (C)たそがれの写真家地図の矢印の所から富士山がAの席から見ることが出来ます下諏訪と岡谷の堺くらいから諏訪湖越しに富士山も見えました。写真00040 蓼科山 posted by (C)たそがれの写真家写真00044 常念岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00046 五竜岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00051 泊まったホテル posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月15日
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1/13は、二時にリハビリを予約、いろいろ考えて散歩に行くことにした。それもいつものサイクリングコースでは無く少し下って、紫水大橋を渡り酒匂川の左岸を歩く。ただ葦がとても高く茂っていて、川面も見えず鳥さんの声は聞こえど姿は見えず。足柄大橋を渡ってスポーツ運動公園に戻り、釣り堀で休憩・食事。釣り堀の入口にカワセミさんがいたが、出てきた人の気配に驚き、飛び立ってしまう。まあ、いることが確認できているだけ良しとするか、そんな散歩を写真00002 紫水大橋から富士山を posted by (C)たそがれの写真家左が私が住む弐番館、右側は壱番館。壱番館は築10年の改装工事をしているので、クレーン車が毎日入っています。写真00007 カワアイサが一人で posted by (C)たそがれの写真家写真00011 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00017 今度はパラグライダーが posted by (C)たそがれの写真家写真00018 梅が咲いていました posted by (C)たそがれの写真家写真00020 ツグミ posted by (C)たそがれの写真家写真00033 モズ posted by (C)たそがれの写真家写真00039 コガモ♂ posted by (C)たそがれの写真家写真00043 カルガモさんは警備中 posted by (C)たそがれの写真家写真00048 アオジ posted by (C)たそがれの写真家写真00055 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家写真00076 ムクドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00082 ヒヨドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00091 ムクドリ posted by (C)たそがれの写真家写真00102 自然河川にカルガモ達が posted by (C)たそがれの写真家写真00118 シジュウカラ posted by (C)たそがれの写真家写真00134 ジョウビタキ posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月14日
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山中城は、戦国時代末期の永禄年間(1560年代)に、小田原に本城をおいた北条氏が築城しました。その後天正17年豊臣秀吉と不仲となった北条氏政は、秀吉の小田原攻めに備え、急遽堀や岱崎出丸等の整備、増築を行ないました。しかし翌天正18年(1590年)3月29日、増築が未完成のまま、4万の豊臣軍の総攻撃を受けました。北条軍は4千で、必死の防戦もかいなく鉄砲と圧倒的兵力の前にわずか半日で落城したと伝えられています。このときの城将松田康長、副将間宮康俊、豊臣方の一柳直末等武将の墓が三ノ丸にある宗閑寺境内にあります。400年前の遺構がそのまま復元されている石を使わない土だけの山城は全国的にも非常に珍しいものです。堀や土塁が良く残っており、尾根を区切る曲輪の造成法、架橋や土橋の配置など箱根山の自然の地形を巧みにとり入れた山城の作り方など、目を見張るものがあります。昭和9年(1934年)国の史跡として指定されています。・・・三島市観光協会山中城跡があるのはこんなところ北条氏の支城は、関東一円にアリ中には、石田光成の水責めにも屈せず、一城だけ負けなかった映画「のぼうの城」で取り上げられた「忍城跡」や、時々紹介している箱根の裏街道の足柄の峠にあった「足柄城」などがあげられます。写真00038 三の丸堀 posted by (C)たそがれの写真家Wの字のような堀で、左側は空堀、右側には川が流れていた。写真00039 田尻池 posted by (C)たそがれの写真家隣に箱井戸と呼ばれる湧水があり、そこからあふれた水がこの池に流れるようになっていたらしい。この水は馬のためのもので、人間は箱井戸の水を飲んでいた。写真00051 西の丸と西の櫓跡 posted by (C)たそがれの写真家写真00049 二の丸跡から見た富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00042 空閑寺 posted by (C)たそがれの写真家秀吉の小田原平定後に戦死者を弔うため建てられたとされる。戦に敗れた北条方の戦士と攻め立てた豊臣方の戦士の墓もある。写真00047 北条方将兵の墓 posted by (C)たそがれの写真家写真00046 北条方将兵の墓 posted by (C)たそがれの写真家*山城と言うと、柵を巡らせた砦のようなものを想像しがちですが、ここは石垣こそないものの地形を巧みに使った、巨大な城であったようです。空堀の縄張りが北条氏独特なものの用で、歴史的にもとても価値のあるもののようです。今回は、修理中の所が何か所かあったため、本丸や西の丸には行けませんでしたし、国道1号線を挟んで反対側にある一の丸には行けていません。肝心の小田原城は、この山中城の落城後も持ちこたえるのですが、本格的に城から打って出ると言うことをしなかったばかりに、策略・懐柔によりその後城を明渡し、五代にわたった北条氏の時代に幕を落とすこととなります。秀吉から北条の領地を譲られた徳川家康は、その後の統治も考えて江戸に本拠地を定め幕府を開くのですが、小田原城は大久保氏・稲葉氏などの徳川氏の重臣による統治がされたのです。*小田原城についてウィキペディアでは次のように言っています。北条氏は大きなものが好きだったんでしょうかね?北条氏は、居館を現在の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。だが、建築者は、不明である。 居館部については北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されている現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵のお城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。江戸時代に居館部が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。最大の特徴は、豊臣軍に対抗するために作られた広大な外郭である。八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を総延長9キロメートルの土塁と空堀で取り囲んだものであり、後の豊臣大坂城の惣構を凌いでいた。1614年(慶長19年)、徳川家康は自ら数万の軍勢を率いてこの総構えを撤去させている。地方の城郭にこのような大規模な総構えがあることを警戒していたという説もある。ただし、完全には撤去されておらず、現在も北西部を中心に遺構が残る。古地図にも存在が示されており、小田原城下と城外の境界であり続けた。明治初期における小田原町の境界も総構えである。
2015年01月13日
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朝から今日一日どのように過ごすか考えていましたよ。1.山梨の温泉に行く。2.久しぶりに箱根周遊バスで登山鉄道や海賊船に乗る。など、そこで考えたのが西伊豆から富士山を見てみようと言うもの。最初は一般道で箱根越えを予定していましたが、ガソリン(130円/L)を入れた時、ナビは東名高速を指示していたので、たまには従うかと東名に。さらに新東名を指示されたので、新東名は三度目かな。確かに車線の幅も路肩も広いので走りやすい道路ではありますね。大瀬崎の位置と走行ルートを大きな地図で見る写真00002 木負(きしょう)付近からの富士 posted by (C)たそがれの写真家写真00005 南アルプス posted by (C)たそがれの写真家写真00007 大瀬崎と富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00009 広い範囲で見てみると posted by (C)たそがれの写真家写真00010 沼津市街地は対岸 posted by (C)たそがれの写真家写真00012 大瀬崎はダイビングのメッカ posted by (C)たそがれの写真家写真00014 半島の中央にある真水の神池 posted by (C)たそがれの写真家海とは5mと離れていないのに、ここには海水では無く真水があって、鯉や鮒などが生息している。写真00015 鯉の餌の販売機 posted by (C)たそがれの写真家写真00016 下で待ち受けている鯉たち posted by (C)たそがれの写真家写真00018 大瀬崎灯台 posted by (C)たそがれの写真家伊豆半島からは、直角に位置していて、潮の流れも速いので、漁師などには大事な導写真00030 大瀬神社 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 大瀬崎の案内図 posted by (C)たそがれの写真家その昔、父とはここによく来たものです。小さなパプリカに4人も乗って。父の興味は富士山と言うよりも、ここの林になっている野葡萄の弦に就く虫でしたけど。釣りに使うのですが、販売されているものは高いし、入っていないものもあったりしましたのでね。そのころは、木負に伊豆箱根鉄道が経営する「ホテル・スカンジナビア」と言う、元はスウェーデンの王室が「ステラポラリス」として所有していたと言う大型ヨットが係留されていて、ホテルやレストランとして活用されていました。ちょっと値段は高かったけど、レストランとしてはとても雰囲気のある船でしたね。老朽化でヨーロッパに売られたのですが、曳航されていく途中紀伊半島沖で沈んでしまいました。その当時はまだダイビングをされる方はほとんどおらず、内海の桟橋から覗いてみると、コバルトスズメなどの熱帯魚がたくさん泳いでいたものですが。今は平日でもダイビングスクールの生徒さんたちが大勢来ていますね。
2015年01月12日
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松山の最終日、まだ全国的には悪天候が続いていて、全般にフライトの遅れが出ていたようだ。私が乗る便も到着と降機が遅れたため、本来の出発時間に搭乗が始まり、悪天候と遅れを取り戻すためもあってか、通常のコースのフライトでは無く、伊予灘からまっすぐに高知に抜け、紀伊半島をかすめて太平洋に出て、通常なら豊橋あたりから遠州灘陸地に沿って御前崎へと飛行するのですが、この時は紀伊半島沖から伊豆半島の石廊崎沖へとほぼまっすぐにフライト。伊豆大島の南を通過して、野島崎沖に出て勝浦の手前から房総半島を横断、A滑走路(RW34L)へと着陸しました。四国も紀伊半島も概ね雲に覆われては居たのですが、その中でも何か所か下界が見えましたので、まとめてみます。写真00111 離陸直後の伊予灘 posted by (C)たそがれの写真家写真00116 ブロッケン現象 posted by (C)たそがれの写真家見にくいですが、搭乗している機が中央に写っていて、その周りに虹が出ています。写真00120 高知県仁淀川の支流らしい posted by (C)たそがれの写真家写真00124 何かの鉱山の後らしい posted by (C)たそがれの写真家写真00126 南国市付近 posted by (C)たそがれの写真家写真00127 高知道 posted by (C)たそがれの写真家写真00128 剣山一帯 posted by (C)たそがれの写真家写真00134 那珂町もみじ谷温泉 posted by (C)たそがれの写真家写真00138 日和佐 posted by (C)たそがれの写真家写真00142 朝ドラの美波町 posted by (C)たそがれの写真家写真00145 誰かのいる阿南市 posted by (C)たそがれの写真家写真00153 和歌山県御坊 posted by (C)たそがれの写真家写真00161 遠州灘からの富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00166 焼津沖の富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00167 南アルプス posted by (C)たそがれの写真家写真00175 駿河湾上 posted by (C)たそがれの写真家写真00185 伊豆半島沖の富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00213 下田と伊豆大島の沖合から posted by (C)たそがれの写真家写真00240 羽田空港 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月10日
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写真00095 posted by (C)たそがれの写真家日本には、ただ一機現存する旧海軍の戦闘機「紫電改」です。ゼロ戦に頼っていた日本海軍もさすがにアメリカが投入してくる大量の新型戦闘機にはゼロ戦はかなわないと、終戦間際に本土防衛のため導入され、またパイロットも歴戦の勇者たちを集めて、特攻では無く米軍の戦闘機をたとえ一機でも本土には入れないとした戦闘機です。いろいろな逸話もあるようですが、ここでは資料を確認する余裕も無いので、米軍にはおそれられ終戦後、三機が米国に運ばれて、それぞれ軍などの施設に展示されているようです。ここに映っている機は、1978年11月、愛媛県南宇和郡城辺町(現・南宇和郡愛南町)久良湾の海底で1機の紫電改が発見され、翌1979年7月に引き揚げられた。この機体は、1945年7月24日に約200機のアメリカ軍を迎え撃つために発進した、日本軍約20機のうちの1機である。着水した機体としては機首部分を除き損傷のない状態で発見されているので、パイロットは戦闘中に機体の不調によって着水を決意し、波の静かな久良湾に見事な操縦で着水を成功させたものの、機体もろとも水没してしまったと推定される。 豊後水道上空で交戦した三四三航空隊の未帰還機6機の内の1機であり、戦闘301隊の所属機体とされる。フットバーの位置が一番手前にあることから搭乗者の身長は低く、「空の宮本武蔵」と言われた武藤金義中尉(戦死後昇進)機もしくは米田伸也上飛曹機の可能性があるが決定的証拠はなく、特定には至っていない。武藤夫人は未帰還パイロット6名共通の遺品とすべきと述べている。引き上げ時、操縦席に遺骨はなかった。この紫電改が沈没した7月24日、附近の横島で20歳前後の日本軍搭乗員の遺体が回収されたが、関連性は不明である。引き上げには不発弾を懸念する宿毛海上保安部から懸念が寄せられたが、当時は参議院議員となっていた源田実元大佐・343司令が各方面に交渉し、また愛媛県議会も回収予算捻出を決定したことで回収が可能となった。この機体は回収後に、遺族の意思により引き揚げ時の原型を維持する程度に補修・塗装され、日本国内で現存する唯一の実機として愛南町にある南レク馬瀬山公園の紫電改展示館に保存・展示されている。写真00242 posted by (C)たそがれの写真家1984年、アメリカ海軍の元パイロット、ロバート・アップルゲートのもとに、一人の歴史研究家が訪れる。彼は、愛媛県久良湾で引き上げられた旧日本軍最強の戦闘機「紫電改」の写真を見せ、この戦闘機を撃墜したのはあなただと告げた。操縦していたのは、後に「空の宮本武蔵」と呼ばれることになる名パイロット・武藤金義であると言う。 自分が撃墜したのはどんな男だったのか。調べるうちにアップルゲートは、武藤金義も日中戦争で中国空軍の英雄であるパイロット・楽以琴を撃墜していたことを知る。 中国の英雄を日本の英雄が撃ち落とし、その日本の英雄をアメリカ人である自分が撃ち落とす。3人のパイロットの不思議な因縁を感じたアップルゲートは、大空に散った2人の人生を知る旅に出た…。・・・nhk番宣12月にNHKで放送され、どうしてもこの機に会いたくなり、松山行を決意したものの、紫電改展示館というホームページはあるものの所在が分からず、当日もナビに何度もセットしたものの、データが無いのでやむなく「石段の里」と呼ばれる岬の先端で防風など避け、漁師の帰りを待つと言う集落(ここにも、かって旧旬感旅行で行っています)に行くこととしました。そして愛南町に入ると、「宇和海展望台」とともに「紫電改展示館」の案内が、両方に立ち寄るには飛行機への時間が足らないので、当然のことながら「紫電改」を選んだのです。写真00097 ボロボロになった胴体 posted by (C)たそがれの写真家写真00098 方向舵を失った尾部 posted by (C)たそがれの写真家写真00099 ゼロ戦の欠点、軽くするを改善されたタンク posted by (C)たそがれの写真家写真00100 展示館二階から posted by (C)たそがれの写真家写真00106 宇和海展望タワー posted by (C)たそがれの写真家写真00103 大寿浦 posted by (C)たそがれの写真家愛南町を地図で見る矢印の場所に紫電改展示館と宇和海展望タワーがあります。
2015年01月09日
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鯛ソーメン posted by (C)かどやhp宇和島と言えば、闘牛と答える方もおられるでしょう。いきなりですが、私にとっては「鯛ソーメン」なんです。これは宇和島の老舗「かどや」さんのもの。前の日記にもあった遊子と言うところの水が浦「段畑」を、旧旬感旅行で見に行った時、なんとそこから宇和島まで、チャーターしているバスを回送させ、漁船でクルーズしたんです。前の旬感旅行だからこそ出来た技ですが、その時夕食をとったのがこの「かどや」さん。メインは「鯛めし」だったのですが、そこに出されたのがこの「鯛ソーメン」とても変わっていますし、美味しいのなんのって忘れられずにいました。その後プライベートで松山に行った時、空港でイベントとしてこの「かどや」さんが、「鯛めし」のレトルトパックを販売されていて、試食もさせていたのですが、これはまた行かなくてはとずっと思っていたのです。宇和島で泊まったホテルと言うのが、「宇和島グランドホテル」と言う大層な名前のところ、名前で選んでしまって実際驚いたのですが、いわゆる「商人宿」から派生したホテルだったようで、幸いにも「かどや」さんの近くだったので、出かけてみました。「鯛ソウメン」は予約しないと出来ないそうでしたが、当然のこととして「鯛めし」を注文しました。鯛めしとは、かどやさんのhpではその昔、宇和海の漁師たちが火の使えない船の上で、釣った鯛の身をごはんの上にのせてそのまま食べたのが「鯛めし」の始まりと言われています。 生の鯛を使った全国的にもめずらしい宇和島独特の食べ方です。 現在の「宇和島鯛めし」は、新鮮な鯛の身を3枚におろし、刺身状にした切り身を醤油、みりん、玉子、ごま、だし汁で調味したタレに漬け込み、タレごとそのまま熱い御飯にかけて食べます。これらの取り合わせは最高の相性で、格別の美味しさです。 生の鯛を使った「宇和島鯛めし」は、全国でも宇和島にしかないとされる独持な食べ方で、2007年には、農林水産省の「郷土料理百選」にも選ばれています。写真00107 空港店に掲げられていた「鯛めし」のいわれ posted by (C)たそがれの写真家と紹介されています。いわば「卵かけごはん」に「だし+鯛」がついたもの。この時は写真は撮っていないのですが、松山空港に新しいお店を出したと聞き、昨日帰りによってみました。その時の「鯛めし」がこれです。写真00108 空港店の鯛めし posted by (C)たそがれの写真家右上の鯛の切り身を下の卵とだしをといだものに付けて、馴染ませたものをごはんにかけて食べます。ご飯はかるくよそって二膳で食べたらいいでしょう。左下のそぼろをさらに加えても美味しかったですよ。真ん中左がふぐを揚げたもの、そして宇和島名物「ジャコ天」です。本店のものと比べれば、全体に小ぶりで空港で立ち寄る人にも食べれるように作られていると思いました。全体にそれぞれの具がもっと大きくて、さらに刺身が付いているのが本店のメニューと思っていただければと言えます。とにかく美味しいのです。また楽しみが出来てしまいました。
2015年01月09日
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私の松山の定宿は、ホテルJALシティ松山さん、私がone harmonyの会員だと言うこともあるのですが、昔ここの二階にある和食のレストランで食べた「ヒジキ」がとても美味しくて、記憶に残っているからでもあるのです。それと市街地の場合、車をどうするかわからない場合が多いのですが、ここにはもう十回以上停まっていますので、勝手知ったる我が家のようなもの。今の和食処は「さわふく」さん、昔のお店と同じなのかどうかはわかりませんが、とても上手に料理されたものを出してくださるので、今回もここにお世話になりました。注文したのは、ちょっと奮発して「福寿会席」しかも550円足せば、ごはんが「ミニ鯛丼」になると言うので、当然お願いしました。写真00058 私の部屋から見た松山の夕日 posted by (C)たそがれの写真家写真00059 伊予電・市内線 posted by (C)たそがれの写真家JR四国・松山駅と伊予電・松山市駅と道後温泉を結ぶ線。このほかに本町6丁目までの線もある。写真00066 ミニ鯛丼 posted by (C)たそがれの写真家さて、二日目は佐田岬灯台を久しぶりに訪ねることにしました。ところが車で走っていますから気がつかなかったのですが、岬への駐車場はものすごい風が吹いていたんです。写真00071 予讃線の海線を走る列車 posted by (C)たそがれの写真家遠くに明かりが見えたので、車を停められる所を探していたら、以外に早いものですね。あわてて一枚だけ撮りました。で高松と宇和島を結ぶこの線は、もともとここを走っていたのですが、海沿いのため台風時など止まってしまうため、内子を通るショートカット路線が作られ、特急はそちらを通るようになった。写真00072 長浜大橋 posted by (C)たそがれの写真家愛媛県大洲市の肱川河口にある道路橋。全体が赤く塗られていることから、地元では「赤橋」の愛称で親しまれている。2009年に経済産業省の「近代化産業遺産」に認定された。2014年12月10日に国の重要文化財に指定された。橋の下に船を通すため、中央部の18メートルの区間を跳ね上げて開閉することができるバスキュール式(跳ね上げ式)可動橋で、日本で現存する道路開閉橋としては最古のもの写真00076 佐田岬の駐車場から大分・国東半島を posted by (C)たそがれの写真家ここに停めたら、地元の老婆から風が強く、ひとりで行くのは危険と言われ、帰ろうとしたら昔の山道を紹介され、そこなら安全と言われたので、あるいてみた。写真00078 老婆に紹介されたとこからの佐田岬灯台 posted by (C)たそがれの写真家整備されていない、使われているかいないかわからない、アップダウンを歩いたのですが、運動不足を痛感させられました。写真00080 佐田岬灯台の雰囲気を posted by (C)たそがれの写真家駐車場から灯台まで1.8キロ、ただし見えるように山を登ったり降りたりの連続。しかも岬ですからとても強い風が写真00084 瀬戸内海から豊後水道への潮の流れ posted by (C)たそがれの写真家写真00086 宇和島市・水荷浦の段畑 posted by (C)たそがれの写真家「耕して天に至る」と形容される段々畑。幅・高さとも1メートルほどの石垣がはるか山頂まで続いています。急な山の斜面を人々が苦労してきり拓いてきた歴史の重み、壮観な造形の美に圧倒されます。水荷浦の段畑は、眼前に広がる宇和海の美しさもあいまってまさに絶景。「日本農村百景」などに選ばれており、平成19年7月には全国で3例目の「国の重要文化的景観」に選定されました。・・・観光協会写真00092 宇和島城 posted by (C)たそがれの写真家宇和島城は、中世期にあった板島丸串城の跡に藤堂高虎によって築かれた近世城郭。現在見られる、天守などの建築は伊達氏によるもの走行ルートから宇和海を地図で見る
2015年01月07日
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全国的に大荒れの1/6今年の初フライトにいどみました。羽田を離陸してからもすぐ近くに前線があり、旧角度で上昇を続け、かなり早い段階で高度約10,000メートルに、それでも前線の雲は7,000メートルくらいまで上がっていてもちろん富士山にしても、その影形も見えません。何よりも機の正面からの強風で、なんとプロペラ機並みの対地速度550キロ/hと経過時間で飛んでいる場所をなどとはとても考えられない状況でした。ただモニターに時々現在地が表示されるので、それを頼りに今どこを飛んでいるかを考えながら、雲の行方を見ていました。face bookで「いちごちゃん」から大雨で外に出れないと知っていましたが、晴れ男が今年も通じるかとのゲン担ぎもあって、関西圏に入ったときさすがの雲も高度が低くなり、時々ほこぼれがでてきたんです。そして松山空港に着陸した時には雨も上がって、なんと日も差してきたではありませんか。そんなフライトの記録は写真00004 1/6今年最初のフライトは737-800 posted by (C)たそがれの写真家でもシートを新しいものに変えられているので、クラスjに座っても、腰あては不要です。でも習慣とは恐ろしいもので、要求している人もいましたよ。あんな変な座席を導入させた人、あなたの罪は大きいよ。写真00005 隣のC滑走路(RW16L)を離陸したana機 posted by (C)たそがれの写真家写真00007 D滑走路 posted by (C)たそがれの写真家写真00010 東神戸港 posted by (C)たそがれの写真家写真00013 明石市人口島 posted by (C)たそがれの写真家写真00017 家島諸島・坊勢島と西島 posted by (C)たそがれの写真家写真00020 高見島? posted by (C)たそがれの写真家写真00023 津和地島と周りの島 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 上へ上へと開墾されている畑 posted by (C)たそがれの写真家写真00029 津和地集落 posted by (C)たそがれの写真家写真00038 釣島 posted by (C)たそがれの写真家写真00043 松山空港 posted by (C)たそがれの写真家写真00047 重信川 posted by (C)たそがれの写真家写真00052 伊丹からのana機 posted by (C)たそがれの写真家これだと上がってもせいぜい7,000メートルでしょうから揺れるでしょうね。
2015年01月07日
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昨夜、熱ぼくって体もだるいので、ちょっと早く床に就きました。そして朝目が覚めたのは5時、パソコンをチェックし金魚たちを起こさないように支度して、6時には駐車場からいつもの松田山、チェックメイトccのコース脇を走っている町道に。駐車場では、+3℃走りながら外気温計を見ていると、一時2度まで下がりましたが、山の上は3℃もあり、とは言っても素足にサンダルではちょっと寒いかな。まだ日陰の一部には元日に降った雪が凍って残っているしね。でもこの時間の富士山は、とても幻想的でしたよ。帰りは、いつもそのまま進んで地図にも乗っていない林道を使って山を下り根のですが、日陰が多く凍っている可能性が高いので、Uターンしてゴルフ場へのアプローチの道へ。従業員さんでしょうか、ゴルファーか次々と登ってくる車とすれ違いながら帰りましたよ。写真00002 まだ就寝中のわが団地 posted by (C)たそがれの写真家写真00004 そんな時間、高感度での富士山 posted by (C)たそがれの写真家見えている明かりは、手前から東名高速、富士スピードウェー、富士霊園と思う写真00007 東名高速は始動中ー大井松田ic附近 posted by (C)たそがれの写真家写真00009 東名から小田原へーR255 posted by (C)たそがれの写真家写真00012 真鶴半島と小田原市 posted by (C)たそがれの写真家写真00014 左から金時山・矢倉岳・鳥手山 posted by (C)たそがれの写真家見えている橋は、大口橋でここで酒匂川が90度向きを変えるので、昔から洪水の多い場所でした。江戸時代に幅が40メートルくらいある大口堤防が出来て、大幅に洪水は減ったものの、完全では無かったようです。写真00019 何やら日の出の気配 posted by (C)たそがれの写真家ちなみに房総半島があるのですが、その先の雲の上に出ようとしています。写真00020 一足お先に頂上部分 posted by (C)たそがれの写真家写真00026 今日の太陽がお出ましに posted by (C)たそがれの写真家写真00039 朝日を受けた富士の山 posted by (C)たそがれの写真家さあ、私も長かった冬休みも終わり、明日からまた動き出します。最初は松山ですが、今月の末にはもう「桜追人」の活動が始まります。どんな一年になることやら。
2015年01月05日
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1/4我が家の兄弟の新年会が三島で開かれました。わが兄弟は男ばかりの4人兄弟、母が存命のころは実家に集まっていたのですが、亡くしてからは準備する弟の嫁の苦労も察して、まず横浜で開催。とすると富士宮に居る三男や二男の所の子供たちの足が問題になり、基本的に兄弟のみでとして昨年三島で。JRは東日本と東海が犬猿の仲なので、列車の相互乗り入れは一部の東日本の電車が国鉄時代の名残で、沼津まで行く者のほとんどが熱海乗り換え、さらに通してのスイカの利用は出来ないなど、東海のわがままで乗客が苦労するのですが、三男の都合も入れ、今年も丹那トンネルを越えて静岡県三島で。そんな道中のカット写真00006 光る相模湾 posted by (C)たそがれの写真家遠くにうっすらと見える伊豆大島、右から伸びてくるのは真鶴半島、そしてその先に三ツ石と呼ばれる景勝地が。でも海上には点々とゴマのような点が、これらは初釣を楽しもうと言う釣り船です。写真00015 真鶴の駅の手前にこんな穴が posted by (C)たそがれの写真家私が小さいころ、東海道線はこのトンネルを利用していました。当時は長大なトンネルを掘るのが難しく、最初に開通した東海道線は、国府津から松田・山北・御殿場と回って沼津に出ていたんです。昭和になってようやく丹那トンネルが開通して、今の小田原・熱海を通るようになったのですが、江の浦ー真鶴間は土質が脆く、崩れやすいので、メガネトンネルと呼ばれた海側に穴の開いたトンネルが作られたのです。さて、廃線敷きとしては最大のものが国府津ー御殿場間の線路(第二次世界大戦で複線から単線にされ、レールが供出された)なのですが、意外と知られていないこんなところも、航空写真で見るこの地図に描かれた矢印の地点の斜めにまっすぐな線、道路のようですが明らかに周りの道路とは異質です。もうこの線を知っている人はこの地区でもごくわずかです。実はこの線はかっての引き込み線で酒匂川から東海道線の貨物駅に繋がっていました。・・・見にくかったら縮尺を調整してください。まだ川砂利の採取が行われていて、それほどトラックが発達していなかったころ、酒匂川から採取された砂利をこの線を利用して運んでいたんです。縦に引かれている直線の道路、R255をはじめとして酒匂川と間にある最近つくられた県道、もちろんかなり後のもの。R255は東名高速大井松田icから小田原市街へとつなぐための道路で、現在は道交法が改正されたため、二車線なのですが最初は4車線の道路でした。途中にある人の豪邸があるために、地元では**道路と呼ばれたものです。そしてトラックの発達とともに川砂利の採取も行われなくなったため、ここに引かれていたレールは撤去されました。暴れ川として知られる酒匂川の事、川床は毎年流されてくる山砂利が堆積してどんどんと浅くなり、一時増水で土手下の平地で暮らしていたホームレスたちを襲ったりしたため、良くテレビで放映されたりしたものです。最近は、少しづつ砂利も採られているうえ、横浜市に水道水を供給するために作られた丹沢湖もあるので、以前ほど増水することは亡くなりましたが、その影響で鳥さんたちが来てくれないんです。幸にして1/3はカワセミさんにそれも二羽会えましたが。最近は、白鳥は来なくなりましたし、カモ類は極端に数がへって、何時もいるカルガモと最近増えているコガモ、珍客のカワアイサ、オオバンなどに限られます。
2015年01月05日
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日影にはまだ元旦に降った雪の凍った残りが見られるのですが、日差しは強くテレビにも飽きて、運動不足の解消もしたいし、ついでにあの釣堀のハウスで昼食兼夕食を採ろうと、11時半過ぎかな家を出ました。今日はレンズは12/31と同じシグマの150-500のズームレンズですが、カメラを変えてk20にしてみました。 換えた理由は特にありませんが、ほとんど使っていない一時代前のカメラを試してみようと思っただけで、実際の仕様感覚とかは、代わるのではありません。ただこのカメラ昔買ったばかりの頃、千歳のサーモンパークで私の不注意からコンクリートの地面に落としてしまい、望遠ズームの筒を割ってしまったことがあるんです。 その時、すぐに通いのカメラ屋に修理に出して治ったつもりになっていたのですが、別なレンズの修理の時についでに見てもらったら壊れているとの診断で、記念ボディでメタリックだったものが、予備の部品が無く、普通の黒いボディとアルミのボディが混在する、世界に一台のカメラなんです。 それが功を奏したのか、足柄大橋の上にある小さな水たまりの所に、探していた恋人を見つけて、ちょっと近くから10数枚も撮らせてもらいました。その上釣堀のテラスでピラフをまったりとしたまま食べた後、外周道路を歩いていると、サクラの木に別の一羽が。でも今まで撮ってきたあの嘴の折れた彼女ではありませんでした。写真00034 久しぶりのカワセミさん posted by (C)たそがれの写真家写真00048 ちょっと移動して posted by (C)たそがれの写真家写真00055 カルガモが二羽で posted by (C)たそがれの写真家写真00061 コガモメス二羽で何しているの posted by (C)たそがれの写真家写真00073 近くにオスが居たんですね posted by (C)たそがれの写真家写真00076 それもちゃんと二羽が posted by (C)たそがれの写真家写真00079 ツグミさんが居るんですが posted by (C)たそがれの写真家写真00087 モズが枝に止まっています posted by (C)たそがれの写真家写真00098 釣堀のテラスから posted by (C)たそがれの写真家写真00101 嫌われ者の益鳥「ムクドリ」 posted by (C)たそがれの写真家写真00106 サクラの木に止まって posted by (C)たそがれの写真家この時期は、大群にならないのでそんなに迷惑な存在では無いですね。でも大群となると、まあ煩いこと、どこかの国の観光客みたいです。写真00124 別なサクラの木にこの子が posted by (C)たそがれの写真家写真00131 雰囲気を感じたのか飛び立ちました posted by (C)たそがれの写真家鳴き声が食事中聞こえていましたので、どこかにいるとは思っていましたが写真00151 餌を加えたモズ posted by (C)たそがれの写真家写真00156 風にあおられたハングライダー posted by (C)たそがれの写真家風が強いのに大丈夫かと心配はしていたのですが、すぐに立て直しが出来ました写真00165 ツグミ posted by (C)たそがれの写真家写真00180 キジの飛行姿 posted by (C)たそがれの写真家*今回の絵も、ズームレンズを使っているので、ズーム機能を使ってのアップダウンはありますが、全てノートリミングで掲載しています。はっきり言って二羽のカワセミとも彼らのバリヤーの範囲内空の撮影です。
2015年01月03日
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年末、阿蘇へとだったか天草だったか車を走らせていた時、ラジオから年末から元旦に掛けBSプレミアで、オールドファッションの映画を31タイトルだったか流すと言っていたので、さっそくガイド誌を購入して、録画。最近のテレビは11月ころに三流芸能人を集めて、ただ騒いでいるだけのつまらないと言うか、はっきり言ってくだらない番組だらけですから、うんざりしていたんです。1日は既に報告したように、熱海の山の上まで初日の出と富士山を見に行ったり、実家に行こうとして急激な雪となったので、電車で早めに行動したりそれなりに動いていたのですが、2日は箱根に駅伝を見に行こうかと思っても、私の車はちょっとくたびれた夏タイヤだし、と言うわけで、録画していたヘブバーンを見ることにしました。写真00095 posted by (C)たそがれの写真家と言うのも、映画館の上映リストをみたら、なんか軽い映画くらいしかやっていませんし、特に力が入っているように感じた「るろうに剣心」とか言う映画は、時代劇と言いながら役者が若すぎて、剣の先が無いものであたかもチャンバラをしているかのように撮られ、後からCGで剣を加えていると聞いていたので、見る気は起らないし、家にいると皆さん想像つくでしょうが、イライラしてきてしまうんです。ヘップバーンについては、初めて私が個人としてみた映画が「MY FAIR LADY」だったこともあって、その後大学時代渋谷の名画座で何本か見て、更に魅せられてしまいその中でも一番と思うのは「ローマの休日」なのですが、自分で稼げるようになって、レーザーディスクなるものを買って、彼女の映画はほとんど所有しています。この昼下がりの情事、で描かれているパリ、その風俗はそんなものかと不思議にも思ったり、他の映画などでも**伯爵夫人などが情事にふける光景を見て、そんな世界もあるのかなと思った次第。そしてマリアンヌでしたか探偵の娘である彼女が簡単にこのプレイボーイ氏の虜になってしまう、なかなか考えさせられる映画でしたね。いずれにしても、私にとって成年時代には朝早くから夜遅くまでのサービス**の時代でしたから、そんな余裕すらなかったものですが、最初に配属された部署のある事業所は男性400名女性1400名、しかもその女性たちが同世代の人たちばかりの所でしたから、その前にこのような映画に接していたらと思ったものです。
2015年01月03日
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元旦だと言うのに、朝のうち暖かくほとんど晴れていたのに、午後となると急に暗くなり、4時過ぎにはほとんど雪には縁のない我が家あたりでも、ボタ雪でしたが激しく不利だし、駐車場の車の上にはもう10センチ以上積もってきてしまいました。夕食を実家の弟の家でとる約束をしていましたので、車を置いて電車(小田急+伊豆箱根鉄道大雄山線)を乗り継いでいくことにしました。でもさすが雪と縁の少ない土地柄、実家に着いたときはもうやんでいましたが、かなり冷えていて、歩道を歩いても氷の上を歩いているように、パリパリと音がしていました。そして家に帰り着いたときは、木々に氷と化した焼きが付いていて、まるで花が咲いたように綺麗でしたよ。さて、年賀状用の撮影のための釧路行き、皆さんに報告したのは撮影した1000余枚のカットのうち半分くらいから選んだものでした。最終日私のベース基地鶴居村・鶴見台で撮影した後、空港に向かう前朝霧の中のタンチョウさんで超有名な摂理川の音羽橋に寄ってみました。写真01027 音羽橋に行って見ると posted by (C)たそがれの写真家写真01034 その下流にも一家族 posted by (C)たそがれの写真家写真01039 流れの隅にはカップルが posted by (C)たそがれの写真家写真01041 気づかれたみたいですね posted by (C)たそがれの写真家写真01047 上空高くに何処からか posted by (C)たそがれの写真家写真01050 左旋回を始めました posted by (C)たそがれの写真家写真01053 カップルも加わって6羽の編隊に posted by (C)たそがれの写真家写真01056 先頭の二羽が向きを変えました posted by (C)たそがれの写真家写真01066 こちらに向かってくるようです posted by (C)たそがれの写真家写真01068 また戻り始めました posted by (C)たそがれの写真家写真01071 高く4羽の家族とカップルが posted by (C)たそがれの写真家写真01076 また戻ってくるようです posted by (C)たそがれの写真家写真01083 見事な編隊飛行です posted by (C)たそがれの写真家写真01092 縦になって、今度は右旋回ですか posted by (C)たそがれの写真家写真01123 あれ! 五羽しかしませんが posted by (C)たそがれの写真家写真01128 やはり6羽いますね posted by (C)たそがれの写真家写真01152 上流の方に行くようですよ posted by (C)たそがれの写真家この先2キロくらいの所に、タンチョウさんのために餌を残している農家があるんです。まだ雪もこの時はありませんし写真01156 家族そろって飛んでいきました posted by (C)たそがれの写真家写真01164 川の中の家族は会議中のようです posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月02日
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今年も4時半に起きて、5時に家を出て真鶴道路から熱海駅前、来宮駅前ととおり熱海峠から伊豆スカイラインに入り、いつもの「玄岳ドライブイン跡」に向かいました。凍結をテレビでは昨日盛んに行っていましたが、出かける時は風も無く、駐車場で5℃熱海峠玄岳で0℃でした。ただ、山の上はそれなりに風があり、体感的には寒いと感じるくらいでしたが、上空は見事な晴れ間。三浦半島から房総半島にかけ、厚い雲が横たわっていて、雨が降っているように見えるところもありましたよ。それでは、皆さんの今年一年のご多幸をお祈りして写真00003 夜明け前 6:30 posted by (C)たそがれの写真家写真00005 三島・沼津・富士の街 6:31 posted by (C)たそがれの写真家写真00009 真鶴半島から三浦半島方面を 6:34 posted by (C)たそがれの写真家写真00010 初島と伊豆大島 6:34 posted by (C)たそがれの写真家房総半島には雨を降らしているような分厚い雲が写真00034 頂上付近が赤く 7:06 posted by (C)たそがれの写真家写真00038 伊豆半島を乗り越えようとする雲 7:09 posted by (C)たそがれの写真家写真00042 南アルプスも赤く 7:10 posted by (C)たそがれの写真家写真00050 間もなくの予感 7:12 posted by (C)たそがれの写真家写真00053 日の出 7:14 posted by (C)たそがれの写真家雲が高くまで立ち上っているので、例年よりもかなり遅くにお出ましです。そして海に反射が走ることはありませんでした。写真00056 足元のハコネザサにも日が当たって 7:15 posted by (C)たそがれの写真家写真00058 伊豆大島 7:17 posted by (C)たそがれの写真家写真00059 きらめく海 7:18 posted by (C)たそがれの写真家
2015年01月01日
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