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《疑似自然主義的な傾向は、純伝統的なアイデンティティーを基盤とする右派の立場からの教育論により顕著に現われる。こちらの方が、リベラル左派である宮台氏や、彼が左派共同体主義であるとしている佐藤氏よりも、遥かに分かりやすい仕方で“自然な主体性”を求める》(仲正昌樹『「不自由」論 』(ちくま新書)、p. 146)
《現代社会においては急速に父性が失われていると言うことができる。父親の役割が果たされていない、父としての条件を欠いている者が増えている、父の権威が健全に機能していない、という状況が広範に見られるのである。父性を欠いて育てられた者が増えた結果、社会の秩序が維持できないという瀬戸際に現代社会が立たされていると言うことができる。父性を取り戻すことがいま切実に求められている》(林道義『父性の復権』(中公新書)、 p. 9 )
もし、
《父親が権柄ずくの態度を取ったり、形式的な権威をふりかざすと、子どもはいわゆる不良になったり、性的に早熟になるという形で反抗を表すことになる。また正義感が強い場合には革命家になるが、権威に対して健全な感覚を持っていないので、自分が権力者の立場に立つと逆に権威主義者になる場合が多い。さらに父親が権威というもの自体を持っていない場合には、子どもは無秩序・無気力になり、社会人として脱落しかねない状態に追い込まれる場合が多い》(同、 p. 128 )
だから、
《昔の権柄(けんぺい)ずくの父ではなく、権威主義の父でもなく、父性としての必要な条件を備えた健全な父を取り戻さなければならない。子どもが健全に育つためには、また社会が正しく機能していくためには、尊敬できる立派な父性が必要である。そのためには父性としてどのような性質が必要なのかを、いま改めて問い直さなければならない》(同、 p. 9 )
と言うのである。
林氏は、遺伝子学の知見を論拠とする。
《人類の父性は決して人類史の中の比較的新しい文化的な発明品などではなく、類人猿の時代にまでさかのぼる遺伝子的な根拠を持っていると言うことができる。
人類の家族と社会の特徴は、ゴリラの父性と、チンパンジーやボノボの持っていたオス同士の連帯とを、うまく結合させた点にあったのである。どちらの要素も人類が初めて発明したものではなく、類人猿の中にすでに存在した遺伝子的な特徴であった。それらを組み合わせたことが人類の発明であり、それによって家族と、家族を基盤にしたさまざまな社会制度が生まれたと言うことができる。
人類が持っている父性は、したがって決して根拠の脆弱(ぜいじゃく)なものでもなければ、人類において初めて取ってつけたように現れたものでもない。それは進化論的な根拠があって、類人猿から受けつがれたものであり、人間の家族の成立ちにとって絶対に必要な前提であった。父性と人間家族は切っても切れない関係にあり、父性がなければ家族は成り立たないのである》(同、 p. 22 )
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