2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全14件 (14件中 1-14件目)
1
嫁さんの誕生日だった。毎年この時期はシクラメンが美しいのでその花をプレゼントしているが、今年はサクラソウと何かのセットがきれいだったので、それにした。 結婚して間もない頃のこと。それまで自分のなかでは嫁さんはもらうものという意識があった。所有物だと勘違いしていた。ある日、彼女の結婚指輪をからかったことがある。恥ずかしい言葉だった。その時「私は好きでつけているわけではありません」と言われたことがある。その時、ぼくの中の何かが大きく変わった。彼女に対する見方が変わり、その他の人に対してもそうだった。それ以来、彼女は一人の尊敬すべき人となった。その日が、もう一つのぼくの誕生日となった。
2005.01.31
コメント(0)
「冬のソナタ」のビデオテープが回ってきたので、毎晩はまって見ています。年末一通り見ていたのですが、今回は違った気持で見ています。 ユジンをめぐる二人の男の接し方が違うのです。サンヒョクは、「愛してもらわなくていい、そばにいて欲しい」というのに対して、チュンサンは彼女の気になることがあるうちは、それが解決するまでひたすら待つ、という立場に立っています。 前者は自分中心、後者は彼女の「いのち」を最優先しています。彼女を放したくないというサンヒョクの気持は痛いほどわかるが、元気の出ない彼女と一緒にいても、楽しくもないだろう。ここはひとつ、サンヒョクさんあなたがあきらめるしかない。ずっとあなたを応援していたのですが・・・。
2005.01.29
コメント(0)
「ラムサ-真聖なる預言」(角川春樹事務所)から 殺人者や、人をあやめてしまう者に対して慈悲の情を持つことを学びなさい。なぜなら、殺生というひとつの征服を終えると、彼らには感情面でこれに向き合い、消化していくという大変な作業が控えているからです。それには何千年もかかることがよくあります。殺された者は、次の瞬間に新しい身体を持ちます。殺した側は、この行為をけっして忘れることはできないのです。
2005.01.26
コメント(0)
この団地に住んで十数年経つ。我が家は割合早い住人となった。引っ越してきたときは、隣近所はまだ家が建ってなかった。隣にいい人がくればいいな、と思っていた。 すると、そんな人が家を建てて住んでくれた。最初は遠慮がちであったが、休みとなると互いに行き来して、集まってはその家でゴロゴロしていた。その姿が、芋虫みたいなので「いもむし会」という会を作った。少しづつ積み立てして旅行に行ったり、春は山に、海に遊びに行ったり、年末には餅つきをして楽しんでいる。 今日は、久しぶり集まって新年会をした。孫がいる家族もいて、総勢16人になった。
2005.01.20
コメント(2)
1月22日に日向市こども文化祭がある。子ども達が主体となって、子どもの手で作り上げる文化祭、というふれ込みだが、実際はまだまだそのようにはなっていないのが残念なところだが。子ども達が忙しすぎる。 文化祭では、学校単位で俳句のコーナーがある。思い思い感じたことを、五七五に託し発表するわけだが、それぞれの学校で考えられたパフォーマンスをする。なかなか面白い。 しかし、今年の文化祭前に、ある学校の教頭先生から発表のやりかたを統一すべきだ、という意見が出された。内情を聞くと、他の学校の発表を見て『やられた』と思うらしい。教頭先生たちはそんなところでしのぎを削っている、という。全部の先生とは限らないのだろうが・・・ 子ども主体の文化祭に、先生が頑張っている。オンリーワンでいるよりナンバーワンになりたがっているのだろう。SMAPの歌をよく味わってみてほしい。明るい希望と勇気がが湧いてくるはず。
2005.01.13
コメント(0)
降った雨が海に帰り、また空へ蒸発することによって雲になる。このように水が循環しているように、人間も姿かたちを変えながら生まれ変わりを繰り返す。肉体を取りまく環境は、血でつながる環境と、魂が選んだ(自分が選んだ)環境(人生)との2通りある。血縁は人間意識の強い関係で、一方は人間が霊的に成長するために選んだ精神性の強い学びの場であると考えている。 人間はその生を繰り返しながら成長し、人間として勉強することがなくなる段階までいく。ちょうど水が海の表面にいて循環を繰り返す体験を卒業して深層水として安定した(人間では至福の境地)層に帰るように。 それまでは生死を繰り返す。だから死(災害でいのちを落とす人にとって)とは忌み嫌うべきものでなく、繰り返しを早める営みとして考えたい。ただ、自ら命を絶ちそれを早めるというのは、経験をやり残すわけだから、次の生でもう一度繰り返し体験しなければならない。時間のロスだろう。 この世には時間という概念は存在しない、という立場をとる人にとれば、だれでも行き着くところ(絶対安心、至福の境地)にいるわけだから、どうでもいいことなのだろう。完全に悟りを開けば、この境地になるらしいが、凡人のぼくには分からない。 ところで、死を迎える痛み、苦しさとはどんな感じだろう。トルストイの「戦争と平和」という作品で、アンドレイが戦場で頭に銃弾を受けるシーンがある。『その瞬間、何の痛みもなくただガーンとした衝撃があって、その場に倒れる』これが本当のところではないだろうか。 われわれの創造主は、耐えられない痛みは体験させてはくれない。このたびの災害で亡くなった人は、その恐怖はあっただろうが、苦しみはなかったと思う。そして、早く生を繰り返すことで、本来われわれが帰るところへの近道を歩いているのかもしれない。 残されたわれわれは、与えられた命を全うすべく、日々の小さな体験を受け入れ積んでいくしかない。
2005.01.12
コメント(1)
盛岡市に住んでいるFさんからの年賀状に、「いよいよ本格的な激動期に入りましたね。それでも心静かに豊かに参りましょう」と書かれてあった。 今日は鏡開きの日。お鏡をぜんざいの中に入れて食べる日である。嫁さんが餅を火にかけたまま、子どもを呼びに2階に上がった。ぼくは、HPを開いたらあまりにもアクセスが多いのであっけにとられていた。いつの間にか部屋中に餅のこげる匂いがして、煙が充満していた。あわてて2階から駆け下りてきた彼女から叱られてしまった。 もう1月も10日を過ぎた。1日1日を大切に、ていねいに生きようと思う。
2005.01.11
コメント(0)
これから2000年の間、フォトン・ベルトという光の帯の中にこの太陽系がすっぽりと入るという。完璧に入るのは2012年12月22日らしい。何のことやらよく分からないが、この影響として異常気象や、大地震の続発という形でわれわれの前に現れているらしい。 今回のタイで起こった大地震、大津波はその一環とすれば、今後のわれわれの未来が恐ろしくなる。今回の犠牲者は15万人といわれ空前の大規模な災害だった。今後もその犠牲者は増え続けるだろうといわれている。 そんな中で、その支援に立ち上がる人がいるのは心強い。有名人によるカンパが大きな輪になって広がっているという。同時に、世界各国も動いている。最も嬉しかったのは北朝鮮からの支援の表明だった。援助金が有効にまた適切に使われることを祈りたい。
2005.01.08
コメント(3)
おむすびの作り方ですが、あらかじめ用意したお椀にご飯を入れてまな板の上にひっくり返して、ご飯の山を並べていきます。ご飯のつぎかたも、炊飯器から削ぐように何回かに分けてついでいきます。 これで荒熱がとれます。次に、ご飯の山の真ん中に、おむすびの中に入れるもの(梅干、鮭、シソ昆布、オカカなど)を載せていきます。それを握っていくのですが、まず、手を水につけたら、ふかずに少し水を切った状態で、手のひらの真ん中(たなごころ)に塩を一つまみ(小さじに軽く一杯ほど)載せて両手のひらになじませます。この手で、3,4個ほど握ります。 中に入れるものをそっと包み込むように握るのですが、その加減を訊くと、一人ずつ手をとって教えてくれました。 できた形は、球をなかば押しつぶしたようなドーナツ形。今度はそれを海苔で包みます。はさみは使わず、手できちんと折リまげてから手で切ります。10センチ四方のもの2枚でくるみます。片面にはると、裏返したときに、裏側の空いた部分がちょうど一枚の海苔の形にあいますので、白いご飯の部分が隠れてしまいます。 こんなふうにできたおむすびをみんなでいただきました。初女さんが作ってくれたおむすびが自分の口に入ったかどうかは分かりませんが、これまで食べたおむすびの中では一番充実していて、3個も食べたら十分でした。味は本当においしかった。
2005.01.06
コメント(0)
今年の年賀状に「せっかく与えられたいのちだから、ていねいに生きたい」と書いた。初女さんから学んだ言葉だった。 12月2日の午前中はおむすび講習会だった。40人の人が参加してくれた。中には福岡からわざわざ来てくれた人もいた。初めて会ったと思えないような人の集まりだった。和気藹々として暖かい雰囲気があった。それは、初女さんがもたらしてくれたとも言えるし、そんな人たちが集まるべくして集まったという気もする。 講習会は米の洗い方からだった。米は両手でもむように洗った。決して力を入れず、優しく洗う。初女さんにとって、周りのものすべてがいのちであり、みな愛しいもののようにみえる。 ふつうの電気炊飯器に洗った米を仕掛けて、約30分待つ。ころあいを見て、スイッチを入れるのだが、そのタイミングは、米の状態が透明かどうかで判断する。初女さんは、物を食べると言うことは『いのちの移しかえ』と言われる。いのちをいただくのだ。野菜のおひたしを作るときでも、湯がいていて茎が透明になったときが移しかえの時期であり、そこで火を止め水に浸すと一番美味しいという。 ご飯が炊き上がるまで30分の間、講話をしてくれた。米を食べなくなった日本人に元気がなくなった。米は一番エネルギーがある。しかし、パンが食べたいときは食べてよいし、こだわることはないとも言われた。それと、自分が作って持たせたおむすびが、自殺を考えた若者を思い止まらせたエピソードなどを話してくれた。
2005.01.05
コメント(0)
12月1日、初女さんを駅に迎えに行った。ガイヤシンフォニーという映画で、初女さんのイメージが出来上がっていて、たぶん着物を着てこられるのではと思っていた。ぼくの車はワンボックスで、乗り降りするの不自由だろうと思い、踏み台を用意した。 改札口を出て来られた初女さんは、洋服姿であった。あいさつを済ませ、駐車場から車を廻して駅前に停めると、後方の座席にするりと乗られた。踏み台を用意する暇もなかった。 その夜は、宮崎から初女さんに付き添っている東京のYさん夫婦と、ガールスカウトのKさん、ぼくを入れて5人で食事会をした。そこは市の郊外にある農家を改造した感じのよい食事処であった。着くと、さっそく持参した初女さんの著書『こころ咲かせて』(サンマーク出版)を出してサインをお願いした。Kさんが、「まあ、もう出すの」と言ったが、初女さんは少し耳が不自由で、正面向いて少し大きめの声を出さないと聞き取ってもらえないので、早く近づきになるにはこれしかない、と思ったからであった。 初女さんは、いやな顔をせずに自分の筆ペンを取り出して、一言一言丁寧に書いてくれた。途中料理が運ばれてきたのだが、ゆっくり「素直に明るく感謝の心を大切に」と書いてくれた。 初女さんにお酒は飲みませんかと訊くと「いただきます。美味しいご馳走のときは、少し飲みたいですね」と言ってくれた。日本酒を少し燗をつけて出してもらった。そして、小さな猪口に2,3杯飲まれた。 食事は美味しかった。季節の野菜が中心だったが、ボリュームもあった。そして、最後には牛のジンギスカン焼だった。一人が3枚ほどある。初女さんは菜食しかしないのでは、とちょっと心配だったが、美味しそうに全部食べてしまわれた。ぼくは、焼肉の手前で満腹になっていたのだが、それを見ていて勢いで食べてしまった。 何もこだわらず、出されたものを感謝して喜んで食べておられる姿をみて、『ああ、これが初女さんだな』と思った。先の著書の中で、こんなことが書かれてあった。 私はある神父さまに、「あなたにとって、祈りとは何ですか?」と尋ねられたことがあります。「生活です」と答えました。「祈り」というと、ふつうは静かに座って手を合わせる祈りを思い出しますが、私はそれを「静の祈り」と考えたいのです。そして、行動すると言うことは、「動の祈り」ではないかと思っています。ある時間に限って静かに座って捧げることだけが祈りなのではなく、私たちが生きて動いているすべてが、祈りに通じているのではないでしょうか。「動の祈り」は、生活そのものだと思います。生活しているときの動作すべてが、祈りにつながっている。そのような気持で毎日を過ごすと、生活のなかの些細な出来事にも、向き合う自分の姿勢が変わってきます。 ですから、私は言葉を飾ることなく、ただ行動からみなさんに感じとっていただきたいと考えています。
2005.01.04
コメント(0)
正月ということで兄弟が全員集合した。もう両親はこの世にいないが、長男の家(ぼくは次男。次男は出世するそうですがなぜかぼくにはその話はない)に甥、姪を含めて14人集まって新春の顔合わせをした。このところ飲むことが多く、肝臓さんには迷惑かけて申し訳ないけれど、また飲んでしまった。 いつも何と言うこともない集まりだけれど、今年は少し違っていた。14人を4班に分けて「こぎつねコンコン」「かえるの歌」「夜汽車」を輪唱した。時々それえぞれが講釈を入れたりして、なかなか合唱にはならなかった。班の名前は、急遽、トラさんチーム、ウサギさんチーム、きつねさんチーム、熊さんチームとした。それだけで盛り上がった。 東京に残っている息子、甥それにお年玉を持って宮崎に買い物をしに行った涼平を除いて楽しいひと時を過ごすことができた。
2005.01.03
コメント(0)
近くの八幡神社に初詣をした。この神社は別名稚児神社(チリ神さん)といい、こどもをケイレン、引き付け(チリをひく、とこちらでは言っている)から守る神様として知られている。生まれた時に祈願して満15歳まで守ってくれる。 お参りと同時に、涼平の祈願成就をしてもらった。宮司は顔見知りのMさんであるが、涼平のことは知らない。それでも、「早えーもんじゃね。こんな年になって」と言ってくれた。しかし、そのあと「暖かい正月ですね」と言ったので、「しかし、このところ山奥では雪が降り、寒い日が続いています。」と言うと、うやむやにされてしまった。 このところ寒い日が続き、朝は周りが霜で真っ白くなり霜柱ができたりして、平和な冬を味わっている。こんな幸せの中にいることを、感謝したいと思う。
2005.01.02
コメント(0)

あけましておめでとうございます 浩平が携帯で写した日の出に不思議な光線が。何か今年は幸運なことがあるかのような予感がします。 1月1日は仲人をしてくれた中学3年生のときの担任のF先生宅を訪問します。先生は70歳くらいで、常に前向きに生きておられます。若いときから、シダの研究で新種を発見して命名していたり、短歌をもう何千首と詠んだり、今は庚申塔の研究で、すでに県北地区の大半を調べ終わっています。 今日は、午前中先生と話し、午後は映画を観ました。宮崎駿監督の「ハウルの動く城」を観ました。あまりピンときませんでした。監督は現実的でない作品を発表して有名ですが・・・ 浩平が撮った写真のように、デジカメはいろんなものが写ります。特に夜部屋で写すと、まるいシャボン玉のようなボールが写ることがあります。それも楽しい雰囲気のときに。エンゼルボールというものらしいです。宮崎監督の「もののけ姫」の制作のきっかけとなった屋久島では、それらがたくさん飛んでいて、『こだま』となって作品に出てきます。 目に見えない世界のことだけにあまりよく分かりませんが、見えないからといって、否定することはできません。
2005.01.01
コメント(3)
全14件 (14件中 1-14件目)
1