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■私は現在、一人暮らしかつ自宅でスモールビジネスをし、スモールオフィスを構えている。■「気楽ですね」と言われる。そうだね・・・同感するところは多々ある。それが苦しいのなら、その道を選ばないだろう。■しかし、仕事の世界で、電話もかからず、DMメール以外のメールが入らず、FAXが止まったままだとしたら・・・・きっと気が狂いそうになるだろう。■携帯を持てど、かかって来ず。かけるところもなしの老人なんてどんな気分だろう。■何かの小説で一人暮らしがさみしくて、自宅へ帰る前に、自分で留守電を入れから帰るというのがあった。わかるような気がする。家へ帰ってぴこぴこと留守電の表示があるとホッとするのだろう。■同じことで、私の場合スカイプの表示ランプがついているとホッとするところがある。かけないのだが、「ああいるな」と存在感を感じるところがいい。■しばらくついていないと、何をしているんだろうと心配に。■人の気配のあるのが家庭だとする、それをスカイプの表示で感じる。■かけるまでもしないが、ああいるんだなと感じるところがいい。この感じ、感性はわかる人にはわかるけど、わからない人にはわからないだろう・・・(当たり前と反論しないで)■たとえて言うと、きゃばくら嬢の携帯番号を聞いて、かけないんだけど安心できる、かけてみると「この番号は現在使われていません」状態?■たとえが悪くて、せっかくのいい話がぶち壊し?それが私なのかもしれない。■最近「言い過ぎは口の下痢」をしてしまった様なことがあったので、本当はナイーブなのにね。■しかし、ぴこぴこは好きです。
2010年01月28日
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■友人のAさんからモロッコの絵葉書が届く。サハラ砂漠だろうか、いかにも砂漠と言う写真。(当たり前?)ここで彼女は初日の出を見た。■きっと、人生観が変わるという雰囲気だったかもしれない。そうではないというかもしれないが・・・モロッコ出発以来、話したこともないので。■モロッコ、なんとなく郷愁を感じる国。それは映画?それともなんだろう。■タジンは大好きというより、一人暮らしにこんな理にかなった料理方法はないと思っている。■私は、昨年はポルトガルへ。知り合いが皆、何でポルトガルですか?とか変わってますねとか、果てはポルトガルの女はいいですか?・・・この人は典型的なごく一部の日本人。海外は酒、女、ギャンブル、ゴルフという人種。接待とか、会社の慰安旅行で海外へ行く人です。■2月にベトナムへ行くと話したら、「何でベトナムなんかに」「ベトナムンのどこがいいのですか?」「共産国家に女はあるのですか?」おいおいそればっかり?■「良いですね。うらやましい。私も行きたい。」これはノーマルなグループ。■さて、モロッコへも行きたい。トルコとモロッコが同順位くらいの希望。だけどモロッコへ行きたいといったら、「ついにちょん切るのですか?」と言われそう。映画カサブランカの世界ですねなら良いんだけど・・・ちょん切りませんよ。役に立たなくてもね。
2010年01月22日
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■所属しているインテリコーディネータークラブ富山(ICCトヤマ)の分科会、インテリアパースの勉強会が終了した。5回実施の中、4回参加。■先生のM女史に感謝と尊敬。■ラストで、対面カウンセリングプレゼンの模範演技?をお客様から見た、つまり逆さまにパースをフリーハンドで書いて行くのに感動。私はこんなことできるんかいなと・・■フリーハンドパースで、「窓の高さはこんな感じですか」とか照明を書き込んで、色を付けて「こんな感じに光があたります」とか・・・■思わず、「こんなプレゼンすると、全部契約だね」といったら、「そうでもない、最後はお金であったり、競合負けする場合もある」■M女史はハウスメーカー勤務。■私だったら、契約できないお客様にこんなにエネルギー使わないよ。それかエネルギーを使ったら、絶対に契約する。■ということで、私がパースをマスターするかどうかは、腕力つまり毎日書き続けるかどうかである。■山田雅夫の5分間イラストという本を、随分前に買ってお蔵入りしていた。これを引っ張り出した。建築パースも面白いが、イラストから風景のスケッチに入りたいのである。写真はかなり好き。(なのにブログにはのっけないのが不思議だが)しかし、手書きで15分でスケッチというのが興味があるのだ。■誰かの声が聞こえる・・・・やってから謂えばって。
2010年01月21日
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■京都での学生時代、デートコースってあったかなの思い出してみる。■携帯電話はない。ポケットベルも後の時代だ。どうやって連絡とっていたんだろう。自宅通学の娘、公衆電話からかける。本人が出てくれるのを祈るだけ。おふくろさんなら「◎◎クンか、ペケ子いてへんねん」という感じだが、親父が出るとちょっと辛い。父親にとって娘は恋人のようなもの。それを狙う狼くらいに思われる。下宿をしている娘だと授業かサークルで顔を合わせない限り、デートの合意は取りようがない。■連絡が取れて、待ち合わせは?その娘の下宿と大学によってロケーションは変わってくる。なぜか三条京阪が多かったような気がするが。車のある時代とない時代でも違うが。■鴨川べりのアベック見てドキドキ・・・とか憧れの同伴喫茶とか・・・■出町柳待ち合わせ、植物園なんて言うのが健全なのだろうか。■映画を見るなら、スカラ座(ロードショー)やや高い。一人で行くなら祇園会館だし、仲間と行くなら京一会館とか・・(京一会館はとうの昔無くなった筈)■R大だったので、竜安寺の庭がデートコース。昔は庭へはお金を払わずに入れたと思う。■今はデートコースと言っても替っているのだろう。出会いの仕方も違っていたり・・■男と女のすることは昔も今も同じだとしてもね。
2010年01月20日
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■今、Aさんの家を友人の設計事務所にプランしてもらっている。■Aさんはほぼハウスメーカーで契約することを決めていた。というより、契約書に判を押していた。縁があって、Aさんの親からの依頼で一からプロデユースをやり直すことになった。まず、建築条件付きの土地を申込撤回。別の土地をご紹介、契約。■プランに入るが、私のプランニングでは私の能力以上のプランはできないと思い友人の手を借りることにした。■最初は、(お客様がハウスメーカーのプランに惚れているので)一からヒアリングをし、今回のプランナーの判断でプランを進める。■数回のプラン打ち合わせを重ねることにより、かなり方向性が見えてきた。今考えられるベストのプランを御提案したい。■その友人の建築士とは議論をしたり、遊んだりはするが、タッグを組んで仕事をするのは初めて。真剣に取り組んでもらっている。友人であることもいいが、こうして仕事を通じて付き合うのもいい。■これからも、なるべく自分で仕事をこなすよりも、人を巻き込んで仕事をした方がいいかなと思い始めている。■人は独りでは生きてはいけない。友人、知人が必要?ただし、親友では疲れるので、ユル友がいいかなと・・・T(設計事務所)さんはユル友ではありませんが・・・何故かって?20年前に14日間も旅行中、一緒に寝た友なので・・・怪しい関係ではありませんが。
2010年01月19日
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■かなり有名ですね。学生時代はそうでもなかったんだけど、昨年行ってびっくり。向かいの土地を地上げ?して駐車場を増やしたんだ。行くまで、駐車場がない筈だからどうしようなんて思っていたのに。■場所は北区紫野。というより千本鞍馬口から東へ入って300メートルといった方がわかりやすい。■この銭湯が何とスーパー銭湯かレジャーランド風になっていたからびっくり。■できたのは大正15年だそうである。唐破風の玄関から暖簾をくぐって入る。番台を抜けて中に入る。格天井と透かし彫りの欄間は昔のまま。立派だと思う。大正ロマン、大正文化遺産ですね。お風呂はいろいろな種類を楽しめる。これは今のスーパー銭湯と同じ。昔はなかった風呂もある。・・記憶が定かではないが。■京都の銭湯には共通点がある・・・東京にはないと思うのだが。混浴、ではないでしょう。嬉しいけど・・・何かと言うと、東京の風呂は壁寄せで四角、しかもタイルの壁には富士山である。■京都の銭湯は浴槽が丸い。そしてセンターから壁までいろいろな種類がある。どこの銭湯だか忘れたが、天井を丸くタイルで張って、歌を反射させるミュージック風呂というのがあった。音痴でもいい具合に音がエコーする。■等持院の「神田川の風呂」それと西大路の金閣寺湯へはよく行った。銭湯は昔から楽しかった。コーヒー牛乳を飲むのに、腰にタオルを巻いて、なぜが片手を腰に当てて瓶を突き上げて飲んだり。(そうしません?)■京都の銭湯はやはり京都らしい。江戸っ子にはわからない世界がある。■なぜ京都の風呂が丸く、東京の風呂は四角なのかって?富山県人の私に聞くなって・・・答え。餅だって東京は四角、京都は丸。いい加減な答えだって?世の中そんなものなんだって。
2010年01月16日
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■蛸長、団栗橋川端の近く。以前から一度は行きたいと思っていた店。■若いころはおでんなんてという感じだったけど、最近はおでんがいい。■蛸長。小さな店。電話する。「席あいてますか?」「今、ふさがってますけど、もうじきねばっていてはる人がかえらはりますから・・・」聞こえているんじゃないの?実際、行ってみると、狭い店だったのできっとおかみの電話は客に聞こえているだろう。それとも、冗談を言える常連さん?■食べました。ほんとに薄味の出汁。金沢のように煮干しは入ってない。(煮干しが苦手なので、金沢のおでんは煮干しが入っている店が多い)■一番最初・・・えびいも、おいしかった。大根、もちろん。蛸は仕切りが別になった鍋で丁寧に仕上げる。柔らかい。ころ、久し振り。じっくり油を抜いているようだ。富山ではころはおでんに使わないので、ころ、さえずりを食べると関西だなと思う。■おでんには酒。蛸長は100年以上続いているそうな。学生時代のガイドブックにも老舗とある。学生時代は1970年ころである。その当時でも60年、70年。龍馬は来なかったけど、池波正太郎は通っていたとか。■もう一軒、西陣の神馬へも昔行ったが、ここのおでんはやや塩辛かった記憶がある。■蛸長、ほんと薄味。美味しい・・・・お勘定は?ふ~ん。芸術作品だから普通のおでん屋さんの倍付け位。二人で大一枚では収まりません。■たかがおでん、されどおでん。富山の高岡市の福ちゃんのおでんは安いけど、後で水が欲しくなる。やはり蛸ですか・・・
2010年01月15日
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■京都には本当に老舗が多い。太市のすっぽん、応仁の乱の刀傷があるって言ってなかったか・・・新撰組ではなく応仁の乱だと本当に尊敬。■龍馬ブーム。げろを吐いた木屋町が近江屋跡とか土佐藩邸だ。ここは江戸末期か・・・■好きな店で消えた店がある。明治でもなく、大正でもなく、たぶん昭和。もう一つは平成かもしれない。■木屋町四条下ルの「森繁」インカ料理の店。ファンだった。インカコーラ、インカの黒豚、コンドルのから揚げ、馬鹿からいシチューが付く。家族で行ったこともある。マスターと写真撮ったもの。■消えました。高齢のマスターの後継者がいなかったということなのだろう。残念。隣のぴんきゃばの呼び込みに聞いたら、「ずいぶん前に閉めはりましたぜ」との事。何年か前のブログには登場するので、何年か前までは存在したはず。■もう一店は、「サントリー」たぶん漢字の当て字だったと思うが、祇園新橋の辰巳明神の近く。タクシーの運ちゃんに言ったら、首をかしげていた。で、辰巳神社、白川沿いと言って止めてもらったら、店がない。なんだかギャラリーに改装中であった。(2009年夏)■聞くところによると、ここは何をやってもうまくいかないところらしい。それに、何かが出たそうだ・・・・おおコワ。■サントリー、創作料理の走りのような店。今ではあまり行きたいとは思わないが、お茶屋を改装した造りは楽しめた・・・■かにかくに・・・お店は遠くに行きにけり。■祇園白川を愛した、吉井勇の歌かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水の流るる■いい歌だと思う。祇園新橋、白川沿いはいつ行ってもいい。■実は、「かにかくに」というお店がある。白川に面して。やはりお茶屋さんを改装した感じのいい店。■次に行く時に消えないでほしい。「かにかくにお店は恋し世の中の不況の中を経営者は流るる」
2010年01月13日
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■福袋が届く。中身は・・・折りたたみ式のミニミニ自転車がお目当て。これで、電車に乗って目的地の駅へ。そして組み立てて自転車でというパターンを構築している。■だが、何と!85キロ以上の人は乗らないでください。リバウンドでもう少しで85キロに手が届きそう。■乗車拒否・・・85キロを超えたら人間ではないというのか。痩せる。痩せよう。がんばりますと・・・人間なのです。豚でもとどでもカバではありません。■自転車がダメというなら、人間は?これも乗車拒否されるかも・・・結婚式の余興で奥さまに「乗車許可書」を手渡すというのがあった。■今は?徒歩だけだったりして・・・とほほ。
2010年01月12日
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■嵐電・・・京都にはもう市電はない。当時も今も京都らしいと言えばこれだろう。■等持院、私にとって非常にディープなスポット。3年間ここに住んだ。そして近くのR大へ。■等持院、ここは室町時代である。足利氏の菩提寺。京都は各時代の遺跡が混在している。明治時代だってもう世界遺産になっても当然なのだ。■等持院に牧野省三の像がある。彼は津川雅彦の祖父である。当時この地に撮影所があったなごりらしい。■そしてもっとびっくりは、R大の前に衣笠球場があり、松竹ロビンスのホームグラウンドだったとか。こう来ると、昭和のよき時代がここにあったと・・・■等持院の時代を語りだすときりがないが、今はどうなっているのだろう。高島屋の女子寮、ここの前にいつも車を止めていて、ガレージ法違反で切符を切られて、この場所と京都商業高校(今は名前が変わっているかも)のグランドの横を微妙に移動させていたとか・・・仏教大学の女子寮があり、ここが寮の周辺一キロ以内はデート禁止だとわけのわからない法律?があり、N女とデートするのに金閣寺まで行ったとか・・・ふられましたが。■等持院南町、一条通が私の食事スポット。当時の店が残っているのだろうか。大力餅食堂は生存を確認しているが・・・お好み焼きのおいしい店があり、ここへは良く行った。醤油とみりんで味付けした野菜炒めが好きだった。少しは離れた場所にあった、たぶんシーズンという名のビストロの蒸し鳥が好きだった。■なんとなく、懐かしく、ビターに思い出すのが等持院である。■ビター?「神田川の銭湯」いつも私が待たされた・・・今はふろなしアパートなんてないだろう。娘が大学へ入学したときは、「お父さん、風呂とトイレはセパレートで」なんて言っていた。共同トイレ、共同炊事場、ふろなしなんてありえないのかもしれない。銭湯にはロマンがあるけどね。
2010年01月11日
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■京都のそばと言えば、鰊そばだと私は思う。富山ではまず鰊そばは食べない。ざるかもりが多い。そして温かいのだと天ぷらそばか、かも南蛮だろう。■江戸だともり。東京で温かいそばを食べたいと思ったことがない。信州だとこれももりかざる。■京都のにしんそば、これはやはり蛋白源の不足する京都ならではの知恵だったのだろう。■松葉はあまりにも有名。松葉だから最高に美味しいともいえない。むしろ何気なく入った力餅食堂なんかの鰊そばがおいしいと思ったこともある。■松葉http://www.sobamatsuba.co.jp/room/index.htmlは何度となく訪れるが、ここにはかも南蛮はない。これが不思議。もっと不思議なのはカレーうどんがあること。お子様うどんはわかるが、ここへきてカレーうどんを食べる人がいるのだろうか?ニーズがあるからあるのだろうけど。■酒と板わさで少しやる。鴨のヌキがないのは残念だが。そして鰊そばに取りかかる。やはり美味い。やっぱり京都のそばは鰊だと納得する。■そばと言えば江戸の藪というのは、東京人だろう。私は舌が関西なので苦手。信州のざるそばは本当に、醤油の中にそばをつけてたべるのかと思った。粋でイナセな男・・・でなくていい。うまいはうまい。HPで「食に命をかける会」というリンクがあったが、私は命をかけなくても、うまいものはうまいと感動する日々を送りたい・・・単に食に節操がないだけか。
2010年01月10日
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■アラ還って言う。■アラフォーはあるがアラファイブというのはない。■アラフォーは結婚適齢期を過ぎて、人生どうしようかと迷っている女性のイメージ。または不倫で悩む女性のイメージがある。(偏見ですか?)■アラカンは人生を達観した60歳前の男性のイメージ。(これも偏見ですか?)■女性にとっての40歳、男性にとっての60歳というのは、とても意味のある年であると思うのだ。■40歳前後の女性は、最後の輝きをする年代(イエローカード?)なのだ。実際にその頃の女性は魅力的だと思う。そう思う男の歳が問題?私は40代から60歳近くの今までそう感じてきている。20代のときはそうは思わなかった。(思うと怖い)■アラカンの男性は?暗い奴は暗い。早期退社とか、年金がどうだとか、○イアグラがどうだとか、黄昏だとか・・・・そうではなく、五木寛之の「林住期」つまり束縛、しがらみから解放され、ある程度自分の意志で生き方を決められる一番いい時期だと。それが私のアラカン観なのだ。■いつもの口癖「30年後には誰もいないよ。10年間は仕事に生きて、20年後にはいないかもしれない。だから、自分の意志で生きていくよ・・・」これがアラカンの私の人生哲学かもしれない。■アラフォーは?人生の折り返し点、ここで結婚したらしただし、しなくてもしないという人生がある。しかし人生はまだ40年はある。ここがアラカンとアラフォーの人生観の違いなのだろう。■アラカンとアラフォーの恋?あるンだろうがやめた方がいい。30と50だとまた違うのだろうけど・・・
2010年01月07日
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■志留久楼土・・・作務衣の店。私は作務衣が大好き。楽だから。そして坊さんになった様な気がしたり、陶芸作家になったような気分になったり。■この店、いい値段と思いながらも、お気に入り。夏物の作務衣とずた袋を買った。ほんとお坊さん気分。以前から、作務衣にあう和風バッグが欲しかった。巾着がいいかなと思っていたが、昨年の夏、この店で袋に出会った。藍色であんだ組紐のショルダーが好き。■年末にお台場へ行った。ちょっと私の雰囲気ではない。娘夫婦に東京見学をねだった?最後がお台場。そこで見た物、現代的な和服。フロックコート(マントかな?)みたいのがいい。冬の先斗町を闊歩する竜馬が羽織っていたかどうかは知らないが・・・・■もっといいと思ったのは、地下足袋スニーカー。なるほど、地下足袋は指付きのスニーカーなんだ。外人から見ると魅力的なんだろうね。■というの京都の作務衣屋さん。■値段だけなら、もっと安いのがあります。私もいつもは楽天ショップだもの。ただしこの店、妙心寺の門前にある。なんとなく雰囲気にのまれてしまう。
2010年01月03日
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■京都ネタで・・・■河原町三条下ル東入ルにある「治外法権」ロック喫茶というか今はバーというのが正解か。http://www13.ocn.ne.jp/~chigai/■学生時代、70年当時は「ポパイ」と言っていた。経営者が替わり今の名前になって30年。社会人になってから数度、訪れている。■軽くスコッチを飲んで、昔のロックをかけてもらう。オールマンブラザーズバンド。好みの曲はなかった。なんとジェスロタルのアクアラングが有った。■いつだったか、インテリアコーディネーターのメンバーと京都へ来た時、途中で別れて、一人ここへ。朝の4時まで音楽を聴いていた。ジャニスジョップリンを聞いていた記憶がある。その時にいた、大学の後輩で伏見の酒屋の娘というのと意気投合したのが懐かしい。グランビアホテルへ着いたら、入口が解らなくて、電話してシャッターを開けてもらった。同室のメンバーは朝帰りに驚いていたが。■治外法権、学生時代はお酒じゃなく、コーラとピーナッツで聞いていた。なんとなく不良っぽい感じがしたのが、田舎出の善良なお坊ちゃまだ。■この二階にはビートルズ専門の「六本木」今はないが・・・となりはjazzのブルーノート。学生時代はやや距離があったような。どちらかというとロックが好きだった。jazzは少し大人びた感じがした。■それにしても・・・アンプの調子が悪く、LPを聞けない。学生時代にパチンコで勝ったときはLPとケーキなんて生活をしていた、貴重なLPという財産。アンプを買換えたいが、資金がないので、倅にもらったCDコンポ(しかも2000円で買ったセコハン・・・音がまともに出ない)聞くのは、ロックのCDは時代的に買っていないので、クラシックばかり。友人が来て、「クラシックですか。さすがいい趣味ですね」だと・・・本当はロックをガンガンかけたいのだけどね。■学生時代にはステレオを(下宿、アパート)に持っているのはエリートでした。(なぜならTVがまだ白黒の時代ですよ)そして、アパートでは音を大きくできない。ヘッドホンで聞いていてしかられた。ヘッドホンで聴きながら、音はスピーカーから漏れていた。切り替えしてなかった。■だから、救いがロックバー、ロック喫茶だった。ちなみに治外法権は携帯が通じません。なぜなら遮音シートを貼っているからだと思う。■次に京都へ行く時には立ち寄りたい。飲み食いを満足させてからだから・・・眠いね。あら還では年寄りの冷や水だって?だからロックなのさ。
2010年01月03日
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■京都ネタが一番好きなようだ。■京都を愛するB級人間?■やらとの羊羹■とらやの羊羹。看板がやらとなんだよね。■この羊羹はめちゃうま。だけど京都へ行ったらお土産はとらやの羊羹。そして東京へ行ったらとらやの羊羹・・・東京ばななとかなぽなは買うなと・・■とらやは京都が本店?それとも東京が本店?東京は東・京都ともいうから、老舗京都が本物?■ある時、聞いた。とらやは京都の店。そして天皇様御用達の店。ところが東京遷都の時に悩んだそうだ。天皇様と一緒に江戸へ行くべきかと。家訓があって、新しい店は出さない教えがあったとか。それで京都の店をたたんで江戸へ天皇様と一緒に上京したとか。素晴らしい話だと思う。■同じような話で赤福の一日モチにも感動していたのに、偽装でガッカリしたけど・・・■やらとの羊羹。大好きだけどお値段が・・・美味しいものは値が張る。それもわかるけどね。■京都でも東・京都でもお土産はやらとの羊羹でお願いします。おたべでもいいけどやらとですよ。
2010年01月02日
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■新しいテーマで雑文を書き始める。読んでもらわなくてもいい。自分のために残すメッセージだから。■だから、かなり独断と偏見、しかも主観が入っていると思っていただきたい。■さて、四富会館。四条富小路上ルの古めかしい50年前に開業した雑居飲み屋街。もちろん共同トイレ。男性用と女性用が通路に面して別になっている。女性と連れションの場合はしばし、お別れとなる。■お目当ての店はいくつかあったが、その時はたまたまお休みだったので、天婦羅亀亀へ。狭い店。カウンターに6人位。もちろん安い。天ぷら1品あたり100円、200円。一番高いので大大大大海老で1000円か2000円(忘れました)一人当たりの単価が2500円から3000円。酒は店主の思いつきで良いのがおいてある。プレミアム焼酎も蔵出し原価でショットで飲めるとの事。■客と論争になった。大学教授風(先生と呼んでいた)とお弟子さん(院生か助手)と学生もしくは院生のぱしり。京都の文化がどうだとか、最近京都の町並みが破壊されて、ようやく規制がかかり始めたとか、京都の文化が破壊されて、東京資本に侵されているとか、航空写真で見るといらがの町並みが無くなっているとか・・・■私は、三条木屋町の安藤忠雄の「タイムス」にこそ京都の和風を感じる。逆に祇園のロケットビルは最悪だと・・・・■詳しくは省略するとして、えせ学者が入れ込んで、安藤忠雄の作と知らないで貴方がそう言うなら素晴らしいが建築関係で安藤追いかけだと許せないとか、果ては弟子が京都の伝統をリニュアルして(現代風に)アレンジすることが文化でそうしないと金が入ってこないみたいな論調になった。■その時、学生が泣き出した。彼は西陣の何代も続く町屋に住まいしてるそうだ。きっと京都の本質を知っており、心底京都人なのだろう。彼の立場もあるので頭を下げ、「無礼なことを言いましたと・・・」■しかし、亀亀はいい店でした。マスターも気配りができて素敵な方でした。次に京都へ行く機会があれば立ち寄ります。本当はお目当ては隣のベトナムカフェのシクロさんだったんだけど・・・・
2010年01月02日
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■新しい年。今年も一年・・・という気持ちでおります。■三日坊主にならないといいけどとどこかから声が聞こえてきそうだが。■どんな年?いい歳であることは間違いない。■とっても楽しかった小旅行より帰る。北陸はすごい雪。電車は30分遅れ。富山空港は雪のため閉鎖と全国版でアナウンス。タクシーが来ない。裏口はタクシーが入ってこない。結局駅の表へ。地下通路へ回るためには皮靴で雪道を歩かなければいけない。駅員と交渉して(内緒)使用済み切符をもらう。入場券の代金が浮いた。(ありがとう)■年賀状を読み始めた。いろんな方のことを思い出す。わたくしは現在58歳、早期退職の案内やら、子供の結婚、じじぃになったとか・・・■その中で、爺とも?というか家を建てていただいた方。70歳になろうかという私よりも10歳くらい年上の方だが、一人は大病を患って東京から富山へ。お元気そうである。気質についてのブログを始められた。人生は70歳よりと書いてあった。もう一人、60歳でリタイア、そして埼玉から富山へ。絵手紙、読書、山、海なんでもありの人生を奥様とおくっておられる。この方も人生は70歳よりと・・・・■私の大先輩という気がする。私は人生は60歳よりとか、ブレーメンの音楽隊もどきのシルバー起業なんて言っていたりするが、お二人は本当に人生をエンジョイされている。■最近、良く使うフレーズが「30年たったら誰も生きていない(同年代が)、あと(60歳・・・アラ還なので)20年の人生、現役で働くのも10年。だから自分のやりたいように生きるのが人生・・・」■アラ70歳?(なんて言うんだろう?アラ後期高齢者・・少し暗いか。)は元気そうだ。アラ還よりも達観してるね・・・こんなじじぃになりたいと思った。■ビバ?アラ還が今年のテーマ。ビバなんて言葉は死語かね。
2010年01月02日
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