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2009.04.09
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昨日の日記の続編になりますが、私は1989年にペルーに行ったことがあります。大学4年の時でした。個人旅行で、深夜にリマに到着し、市内のホテルに泊まった翌朝のことです。
いきなりフロントからの電話でたたき起こされました。
「警察がフロントに来ているからパスポートを持ってきてください。」
何が何だかよく分からなかったけど、とりあえずパスポートをもってフロントに行きました。すると、鋭い目つきの公安警察と思われる私服の刑事2人組が待ちかまえていました。で、私のパスポートを受け取ると、なにやら「要注意外国人台帳」みたいな分厚い冊子と照らし合わせているのです。結局、何も見つからなかったらしく、十数分後に、パスポートを返されて、そのまま彼らはホテルを出ていきました。前日、いやその日の未明にペルーに着いたばかりの一介の大学生の、いったい何が疑われて調べに来たのかは分からずじまい。私の当時のスペイン語力では(今もですが)それについて問いただすこともできなかったし。
何となく釈然としない、このまま尾行でもされるんじゃないか、みたいな(そんなこと、あるわけがないんだけど)気がしてしまいました。だから、そのあと国境を越えてボリビアに入ったときは、何となくほっとしました。

その時、ペルーの大統領だったのは、現在の大統領でもあるアラン・ガルシア。30歳そこそこで大統領に当選し、若々しい姿から「ペルーのケネディー」などと呼ばれたこともあったけど、結局政治手腕はあまりなくて(当時、ラテンアメリカ全体が経済的に危機であったという不運もあるけれど)、経済は崩壊状態でした。
何しろ、当時の通貨単位はインティ(私のハンドルネームの由来でもありますが)と言ったのですが、私がペルーに着いたときは1ドル5500インティくらいだったのですが、翌日は5800インティくらい、翌々日は6000インティ・・・・・・どんどんレートが落ちていくのです。ボリビアへと国境を越えたとき(10日くらいあと)には7000インティくらいだったかなあ。1ヶ月後に帰国するときは1ドル9000インティか1万インティになっていました。で、郵便局が半年ストをやっていて、郵便物はまったく送れない。スト権は労働者の当然の権利ですが、だからといって郵便が半年ストやりっ放しじゃどうしようもない。結局、ペルーで買った絵はがきはボリビアから発送しました。

ところが、そのボリビアに入ったら、もっとびっくりしたのは、1000万ペソ札があったこと。ペルーの1ドル6000インティくらいで驚いている場合ではなかった。
もっとも、デノミが行われたあとで、1000万ペソは新しい通貨「ボリビアーノ」では10ボリビアーノ相当ということになっていましたが。あまりにゼロが多すぎて、一つくらいゼロを書き足しても分からないんじゃないかと思いました。


というわけで、フジモリの政権にも問題はいろいろあったのですが、前任のアラン・ガルシアもまた、問題山積の人物でした。いや、過去形ではありません。今も大統領なんですから。





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最終更新日  2009.04.10 00:58:21
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