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2009.12.31
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テーマ: ニュース(96636)
カテゴリ: 政治
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091231-00000039-jij-pol


岡田克也外相は最長30年の保存期間が満了した外交文書の公開を進めるため、外務省事務当局に開示・非開示を判断する裁量が認められている現状を見直し、「原則公開」を厳守することで本格的な検討に入った。安全保障上の理由などで例外的に非開示とする範囲を最小限にするため、第三者機関による客観的な審査の導入など具体的な改善策を検討する。
米国では25年が経過した文書は原則として公開されており、外相はこれに準じた厳格な運用を日本にも取り入れたい意向。外相の要請で日米密約問題を検証している有識者委員会(座長・北岡伸一東大教授)は1月中にまとめる報告書で、文書公開改革のたたき台となる提言を行う見通しだ。
条約締結交渉などを記録した外交文書の保存期間は30年で、これを過ぎたものは、歴史的文書として外交史料館に移管されることになっている。しかし、現行の外務省規則では、事務当局の判断で文書の省内保存を延長することが可能。核兵器持ち込みをめぐる日米密約の関連文書の一部が、保存期間を大幅に超え、米側で密約を示す文書が開示された後も、省内で保存され続けていることが調査で確認された。(以下略)
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かつて、田中眞紀子が外務大臣在任当時、「外務省は伏魔殿」と発言したことがありました。田中眞紀子はいろいろと問題のある政治家ではあると思いますが、少なくともこの発言は正しい、核密約を巡る一連の報道を見て、私はそう思います。

日米間で極秘裏に結ばれた密約は、全部で4つあったようです。
1960年(岸内閣)、核搭載艦艇の寄港・通過を黙認する密約と、朝鮮有事の際に米軍が日本国内の基地から自由に出撃できるとする密約
1972年(佐藤内閣)、沖縄返還の際、撤去された核兵器を有事の際は再持ち込みすることを認める密約と、米軍用地の原状回復費用を日本が肩代わりする密約が、その4つです。


国家間の外交交渉には、内容を秘密にせざるを得ない場合がある、ということは理解できます。しかし、30年も経ってなお公開できないというのは、単なる秘密主義に過ぎません。現に、一方の当事者である米国では、既にこの密約は公開されているのです。しかも、最初の密約に関して言えば、米海軍の艦艇は冷戦終結後核を搭載しなくなったので、実質的には意味を失っています。それでもなお、密約の存在を否定して見せた外務省の態度は、漫画的とすら言えます。

問題はそれだけではありません。
少し前の報道ですが
http://www.47news.jp/CN/200905/CN2009053101000320.html

1960年の日米安全保障条約改定に際し、核兵器を積んだ米軍の艦船や航空機の日本立ち寄りを黙認することで合意した「核持ち込み」に関する密約は、外務事務次官ら外務省の中枢官僚が引き継いで管理し、官僚側の判断で橋本龍太郎氏、小渕恵三氏ら一部の首相、外相だけに伝えていた
(中略)
池田勇人内閣は核搭載艦船の寄港も「持ち込み」に当たり、条約で定めた「事前協議」の対象になると国会で答弁した。
密約がほごになると懸念した当時のライシャワー駐日大使は63年4月、大平正芳外相(後に首相)と会談し「核を積んだ艦船と飛行機の立ち寄りは『持ち込み』でない」との解釈の確認を要求。大平氏は初めて密約の存在を知り、了承した。
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密約の存在は、外務官僚が管理して、「一部の首相、外相だけに伝えていた」というのです。
言うまでもなく、外務省のトップは外務大臣であり、政府のトップは内閣総理大臣であるはずです。それも関わらず、この重大な内容の密約は首相や外相にすら秘密にされていた、というわけです。記事によれば、大平外相も1963年当時、ライシャワー駐日大使との会談で初めて密約の存在を知ったとのことです。池田首相も、おそらく知らなかったでしょう。知っていたら、核搭載艦船の寄港も持ち込みに当たる、と国会で答弁しなかったでしょうから。
社会党出身の村山富市首相にも、伝えられなかったようです。田中眞紀子外相にも、おそらく伝えられなかったのではないでしょうか。


もちろん、密約を結んだ当事者である岸信介と佐藤栄作の責任も重いものがあります。彼らは、表向きは「非核三原則」(岸の時代には「三原則」という名称はまだなかったけれど、核を「持ち込ませない」ことは国会の答弁で明言している)の旗を振りつつ、裏ではそれと正反対の密約を米国と結んでいたのですから。

話を最初に戻すと、冒頭の記事にもあるように、外交交渉上、内容を秘密にせざるを得ない場合があるとしても、それは永遠無制限であってよいはずはありません。記事にあるように、米国は25年ですべての機密を公開しており、だから問題の密約も米国では既に公開されているわけです。日本でも、30年経てばすべての秘密は公開される、筈なのに、外務官僚の胸先三寸で、恣意的にいくらでも秘密にし続けることができる。国家の機密というオブラートに包まれている中身は、実は単に外務省の「省益」だったり、時の与党にとって有利不利という都合だったりするだけではないのか、という疑念を抱かざるを得ません。

30年も経っても公開が憚られるような、歴史の審判に耐えられないような秘密交渉などするな、ということに尽きます。

何はともあれ、あと30分で今年も終わります。このブログに1年間お付き合いいただいた方、ありがとうございました。来年が、みなさまにとって、そして日本にとっても世界にとっても、よい年でありますように、願っています。





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最終更新日  2009.12.31 23:30:33
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