inti-solのブログ

inti-solのブログ

PR

×

カレンダー

コメント新着

inti-sol @ Re[1]:目詰まりではなく不足だ(05/22) マルダリッグさん 商品がない、そういう…
マルダリッグ@ Re:目詰まりではなく不足だ(05/22) 昔ソ連など旧社会主義国が、商店に商品が…
nordhausen@ Re:その昔、公務員叩きが流行したことがありましたが(05/25) ところで、北海道新聞2026年5月12日記事で…
inti-sol @ Re[1]:富士スバルラインで五合目へ(05/17) マルダリッグさん いや、エンジンのない…
2013.06.05
XML
カテゴリ: 対中・対韓関係
田中元首相から尖閣棚上げ合意聞いた 野中氏、中国側に
野中広務元官房長官は3日、1972年9月の日中国交正常化直後に田中角栄首相(当時)から、尖閣諸島の領有権について日中双方が棚上げを確認したと直接聞いたことを明らかにした。野中氏は同日、北京で中国共産党の序列5位の劉雲山・党政治局常務委員と会談した際にその内容を伝えた。
野中氏が会談後の記者会見で明らかにした。野中氏によると、「(日中)双方が棚上げし、そのまま波静かにやっていこうという話だった」という。尖閣諸島の領有権問題について、中国は「棚上げ合意」があったとしているが、日本政府は認めていない。
野中氏は「当時のことを知る生き証人として、明らかにしたいという思いがあった。私としてはなすべきことをしたという思いだ」と述べた。

ーーー

これは、新事実でも何でもなく、同様の証言はこれまでにもありました。それが田中角栄元首相に近い位置にいた政治家※によって、改めて再確認された、というだけの話です。

※日中国交回復当時、野中広務は京都府議ですが、Wikipediaの記述によると、田中角栄は、京都府議時代から野中に目をかけていた、とあります。

これまでに、同様の証言を残しているのは、栗山尚一元外務事務次官(日中国交回復当時外務省条約課長)と、米国のキッシンジャー元国務長官です。いずれも、日本の外交政策の裏面に関与する、あるいは知る立場ですから、その証言は重い。
日本政府の公式な立場としては、たとえ嘘だと丸わかりでも、「棚上げ合意などなかった」と言わざるを得ないのでしょうが、公式見解は公式見解として、実際のところはそういう明文化できない合意があったのだと判断するしかありません。
もちろん、棚上げというのは、 日本が領有権を放棄する、という意味ではありません。 (領有権を放棄したら、もはや棚上げではない)ある意味では問題の先送りとも言えますが、当時としては現実的な解決策だったのでしょう。
問題は、その合意が(おそらく)明文化されたものではなく、 一般に公表されなかったことです。合意の関係者が外交畑で活躍していた当時は、それで問題なかったのでしょうが、秘密合意の事実が引き継がれず、関係者が代変わりしていくと、『そんな話は知らんぞ」となる。世間的にはよくある話です。

※追記(後述)にあるように、棚上げ合意は実際には秘密でもなんでもない、公然と報道されていたことが分かりましたので、この部分は訂正します。



尖閣棚上げ論 中国の宣伝戦に手貸すな
野中広務元官房長官が北京で中国共産党の劉雲山政治局常務委員ら要人と会談し、「尖閣諸島の棚上げは日中共通認識だった」と伝えたことを、会談後の記者会見で明らかにした。
1972(昭和47)年の日中国交正常化交渉の際、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相との間で合意があったという趣旨の話を、田中氏から後に聞いたという内容だ。しかし、伝聞に基づく発言で、確たる証拠はない。
(以下略)
ーーー

証言は証拠の一つであり、伝聞による証言も同様です。唯一、刑事訴訟法において、刑事裁判の証拠としては、伝聞は認められていません。裁判であっても、民事裁判では伝聞証拠は禁止されていません。まして、歴史的事実の推測は裁判ではない以上、伝聞も事実を推認する上での有力な手がかりとなります。というより、伝聞を排除したら歴史なんて学問は成り立ちません。
しかも、野中だけが言っているわけではなく、他にも同様の証言をしている人がいるのは、前述のとおりです。そうである以上、この話の信憑性はかなり高いと考えるしかありません。

追記
この件について、ネット上を調べていたら、大変興味深い情報に遭遇しました。民主党の落選した議員の秘書だった方のブログに掲載されている、1979年5月31日読売新聞社説です。

戦闘教師ケン氏のブログ より

読売新聞社説1979年5月31日
字が読みにくいので、文面を引用します。

尖閣諸島の領有権問題は、1972年の日中国交正常化の時も、昨年夏の日中平和友好条約の調印の際にも問題となったが、いわゆる「触れないでおこう」方式で処理されてきた。つまり、日中両国とも領土主権を主張し、現実には論争が"存在"することを認めながら、この問題を留保し、将来の解決に待つことで日中政府間の了解がついた。
それは共同声明や条約上の文書にはなっていないが、政府対政府のれっきとした"約束ごと"であることは間違いない。約束した以上は、これを遵守することが筋道である。

(以下略)

棚上げ合意は、日本一の発行部数を誇る大新聞(しかも保守系)の社説に堂々と掲載されるくらい、当時の時点で公然たる秘密だったわけです。

※なお、引用元のブログ主氏の主張(この件以外の部分に関して)は、賛同できる部分もありますが、賛同できない部分も多々ありますので、念のため。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.06.05 23:59:56
コメント(14) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:棚上げ合意はあった(06/05)  
マルダリッグ さん
この件で棚上げ合意があったなんて公然の話でしょう。というか、そもそも棚上げしなければ、日中国交自体が成立しない。私が読んだ日中国交回復過程について書かれた数冊の本も、かならず棚上げの話は出てきます。中国側が一方的に話をして、日本側がそれを受け入れないなんて話は成り立たない。

>問題は、その合意が(おそらく)明文化されたものではなく、一般に公表されなかったことです。合意の関係者が外交畑で活躍していた当時は、それで問題なかったのでしょうが、秘密合意の事実が引き継がれず、関係者が代変わりしていくと、『そんな話は知らんぞ」となる。世間的にはよくある話です。

外務省の人間だって自民党の人間だって、「そんな話は百も承知」じゃないですか(笑)。

ところで産経新聞の記事もひどいですね。意見と事実は違うんだから、そんな強弁をかまして歴史事実を否定しなくてもいいでしょう。もっとも産経新聞は報道機関というより右翼活動機関紙ですから、そんな話が通用するところではないか。 (2013.06.05 21:55:07)

Re[1]:棚上げ合意はあった(06/05)  
inti-sol  さん
マルダリッグさん

>この件で棚上げ合意があったなんて公然の話でしょう。

本文に一部追記しました。当時の読売新聞の社説が、堂々と棚上げ合意の存在を指摘しています。

私も若干勘違いしていた部分があって、当時の時点では棚上げ合意は秘密にされていて、後に明らかになったものだと思っていたのですが、実際には、当時の時点(少なくとも1979年の時点)で、棚上げ合意の存在はすでに完全に周知の事実だったわけです。

従って

>>秘密合意の事実が引き継がれず、関係者が代変わりしていくと、『そんな話は知らんぞ」となる。世間的にはよくある話です。

私のこの記述も正しくないかもしれませんね。その合意は秘密でもなんでもなかったわけですから。

>産経新聞は報道機関というより右翼活動機関紙ですから、そんな話が通用するところではないか。

まさしくそういうことです。 (2013.06.05 23:34:30)

Re:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
オールドタイプ さん
日本のフェルキッシャー・ベオバハターのくせに、信奉している党の歴史すら知らないんですかね。

>棚上げ合意は、日本一の発行部数を誇る大新聞(しかも保守系)の社説に堂々と掲載されるくらい、当時の時点で公然たる秘密だったわけです。

産経からすれば、読売も中国から金をもらって提灯記事を書いたんだ。自分たちだけが真のジャーナリストだ!とか思ってるんじゃないんですかねw
もしくは産経の言う「日本」は非実在国家の可能性もありますがw (2013.06.06 04:49:17)

Re:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
おっちゃん さん
「将来の解決に待つ」=後世の人たち(両国民)の知恵にゆだねるというのは「歴史的な名言」として私の記憶にはっきり残っています。
中国首脳がそう発言したが日本側は黙って聞いていただけなんてのは見え見えのご都合主義であって国家としての対外的信用を大きく毀損することになります。
・・・まるで子どもみたいですね。
この歳になってわざわざそんなレベルの話をせねばならないとは・・・ (2013.06.06 12:43:20)

Re:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
マルダリッグ さん
米国の海軍軍人の言葉で「妥協はするな、調整をしろ」というのを本で読んだことがあります。日中国交回復時の尖閣諸島問題棚上げは、まさにこの言葉が当てはまりませんかね。日中双方ともこの件で自分たちの主張をひっこめるわけにはいかないが、しかし日中国交回復という大目的のためには可能な限り接点をみつけだすというわけで。そう考えてみると、産経新聞の中国への主張は、そんなまともな交渉の態度を完全に踏みにじるもので、いいかげんうんざりします。 (2013.06.06 22:09:54)

Re[1]:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
inti-sol  さん
オールドタイプさん

>産経からすれば、読売も中国から金をもらって提灯記事を書いたんだ。自分たちだけが真のジャーナリストだ!とか思ってるんじゃないんですかねw

そういうことかもしれません。どちらかというと、真のネトウヨ機関紙ですけどね。

そう、以前から書いているように、産経に限らず、日本の極右言説の世界では、まるっきり、ボール球一つ投げたら弱腰外交だ、みたいなバカバカしい話が満ち溢れていて、お話になりません。 (2013.06.06 22:33:19)

Re[1]:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
inti-sol  さん
おっちゃん

>「将来の解決に待つ」=後世の人たち(両国民)の知恵にゆだねるというのは「歴史的な名言」として私の記憶にはっきり残っています。

そう、私は当時子どもだったので、リアルタイムでそこまでのことは知りませんでしたが、当時ごく当然に報道されており、もちろん機密事項でも何でもなかったようですね。今更それをなかったことに、なんて、とおるわけがない。この件について、北方領土問題と同様、日本政府の二枚舌は信用ならないちいわざるをえません。 (2013.06.06 22:37:58)

米中日vsソの時代  
楚星蘭三 さん
そういえば少し前このブログで、70年代後半~80年代の「ソ連脅威論」が話題になっていたことがありました。

「ソ連脅威論」が強調されていた時代というのは、米ソ、東西欧州では「デタント」が進行していた時期で、その限りでは世界的な動きとねじれているようにもみえます(後半はレーガン政権下の「新冷戦」とかさなっていますが)。

考えてみますと、東アジアでのデタント状況というのは、まずもって米中・日中の接近和解という形で進行したわけで、そこにはソ連と対抗する中国の思惑もあった。ベトナムなどはそのあおりで「人身御供」にされた感がありますが。まあ、かつての「ソ連脅威論」が、こともあろうに(一面)中国からあおられてやった、なんていうのは、日本のある種の人々からすると「消したい歴史」でしょうけど。

いずれにせよ、当時「ソ連の脅威」に共通して対処するという「大の虫」からすれば、洋上の岩礁の問題など「小さい小さい」というのが、日本の官民、保革のかなり幅広い層が共有していた気分なんでしょう。もっとも前都知事にとっては当時から我慢ならない問題であったようですが。

ちなみにその前は、フルシチョフの平和共存に反対する「中共」は「自由陣営」にとってはソ連以上の脅威とみなされていたわけですが。「1500年」どころか、この30~40年の間でもこれほどに対立~協調を行きつ戻りつしている、というのが実態のようです。 (2013.06.08 06:01:19)

補足:米中日vsソの時代(06/05)  
楚星蘭三 さん

>いずれにせよ、当時「ソ連の脅威」に共通して対処するという「大の虫」からすれば、洋上の岩礁の問題など「小さい小さい」というのが、日本の官民、保革のかなり幅広い層が共有していた気分なんでしょう。もっとも前都知事にとっては当時から我慢ならない問題であったようですが。

「大の虫」にはもう一つ、未開拓の10億人の市場をめぐる巨大なビジネスチャンス、というのもあったんでしょう。現在も2中の経済関係は密接ですが、一面競合関係にもあることが、領土問題等政治的対立の緩和剤につながりにくいのかもしれません。

まあしかし、「愛国反共」のみなさんも、一時期中国を「敵の敵」としたことをそんなに気に病むこともありますまい(笑)-ポルポトまで支持したっていうのはちょっとやりすぎでしたけど―。当の中国が「敵の敵」外交の本家みたいなもので、たとえばパキスタンはもともとCENTO(中央条約機構)の加盟国で反共国家でしたが、60年代から中国とは大変友好的になります。インドが「共通の敵」になったからです。米中接近後の70年代になると、各地の「反共」「軍事」「開発独裁」政権の国でも、中国と国交を結ばない国は韓国の朴政権、パラグアイのストロエスネル政権、「930事件」の経緯があるインドネシアなど、むしろ少数になったようです。(中米あたりは結構残ってますかね)
(2013.06.08 10:50:48)

Re:米中日vsソの時代(06/05)  
inti-sol  さん
楚星蘭三さん

>いずれにせよ、当時「ソ連の脅威」に共通して対処するという「大の虫」からすれば、洋上の岩礁の問題など「小さい小さい」というのが、日本の官民、保革のかなり幅広い層が共有していた気分なんでしょう。

そういうことなんだと思います。しかも、「棚上げ」というのは実質的には「現状固定」であり、日本側が実効支配しているという現状も、そのまま維持できるわけだから、日本側としても都合がよかった。尖閣をめぐって「愛国心発露ショー」を演じたい、一部の連中の自尊心が満たされない、というだけの話に過ぎないのです。そういう愛国心発露ショーがことのほか好きなのが、かの前知事というわけです。

>この30~40年の間でもこれほどに対立~協調を行きつ戻りつしている、というのが実態のようです。

そのとおりです。というか、70年のあいだで見れば、日米関係だって敵国から同盟国に激変しているわけですし。

>当の中国が「敵の敵」外交の本家みたいなもので

そのとおりです。南米がらみで言えば、アジェンデ政権をクーデターで倒したピノチェトを、文革中の中国は真っ先に承認した。中ソ対立の時代、敵である旧ソ連と敵対するピノチェトは中国にとっての味方、ということになっちゃったわけです。 (2013.06.08 15:29:12)

補足の補足  
楚星蘭三 さん
某3K紙は見出しからして「中国の宣伝戦に手を貸すな」とやっていて、まあ彼の国が体制のあり方からして「宣伝工作」を重視しているのはその通りだけど、ただあなた方にいわれなくないよって気もしますが(苦笑)。
そんな具合で、これから書くことはこちらのブログの常連さんたちには言わずもがなのことかもしれませんが、念のため。

国交回復~日中条約締結('72~'78)の流れのなかで、尖閣問題は棚上げしても、という空気が、当時の日本のかなり広い層で共有されていたんじゃないか、ということを書きました。これをやや強引に図式化すると、以前からの腰のすわった日中友好派、対ソカード派、ビジネスチャンス派の3者の合流ということで、政党では社公民自のかなりの部分、新聞で言うと朝毎読みに日経あたりまで包含されるでしょう。

それでその、「以前からの腰のすわった日中友好派」ですけど、その中には穏健保守政治家や財界人が結構いました。すくなくとも「親中=左翼」ではなかったということで、中国のほうも、すくなくとも周恩来などは、幅広い層の人物がかかわることをむしろ有益と考えていたようです。文革派は別の考えであったようですが。

逆に言うと、「左翼=親中」とも限らないわけで、中ソ対立と文革の影響で、日本共産党と社会主義協会(社会党の中の有力勢力で親ソ派)と、戦後日本の2つの有力な左翼政党・勢力はある時期から中国と真っ向から対立していました。新左翼の中でも、毛沢東主義を掲げるセクトも確かにありましたが、多くのセクトは反スターリン主義を掲げていて、中国もスターリン主義の一種と定義していたようです。さらに米中接近の流れで、皮肉にも世間一般に日中友好ムードが高まった時期に、中国に批判的になった左翼党派・人物も多かったようです(ベトナム・カンボジアをめぐる動きの影響が特に大きかったようです)。

それはそうと、先日も89年の天安門事件を記念する香港などでの動きが報道されていましたが、中国を言論・表現・集会の自由の制限で非難する人々は、同時に日本国憲法の熱烈な擁護者であってしかるべきですが、そうはならないねじれぶりがまた悩ましいところです。 (2013.06.10 21:01:30)

Re:補足の補足(06/05)  
inti-sol  さん
楚星蘭三さん
>某3K紙は見出しからして「中国の宣伝戦に手を貸すな」とやっていて

日本人だから、中国人だからという属性で自国政府のその時々の主義主張(それが、往々にしてコロコロ変転する)に絶対服従せよ、というなら、もはや言論の自由を否定するも同然です。

>ただあなた方にいわれなくないよって気もしますが(苦笑)。

そのとおりです。どこからどう見たって棚上げ合意しているものを、「そんな合意はない」とシラを切るのは、見え透いた宣伝戦そのものです。

>それでその、「以前からの腰のすわった日中友好派」ですけど、その中には穏健保守政治家や財界人が結構いました。すくなくとも「親中=左翼」ではなかったということで

そのとおりです。ところが、現在は「親中=左翼」というレッテル貼りが大好きな連中の声ばかりがやたらと大きい。産経もその一味ですけど、右翼の知的レベルの劣化はすさまじいなと思います。 (2013.06.10 22:09:11)

Re:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
Bill McCreary さん
1979年の国会での外相の答弁です。

>園田国務大臣 (前略)
 少し長くなりますけれども、尖閣列島は御承知のとおりに中国とわが方は立場が違っております。わが方は歴史的、伝統的に日本固有の領土である、こういうことで、これは係争の事件ではない、こういう態度、中国の方は、いやそれは歴史的に見て中国の領土である、日本と中国の間の係争中の問題であるという差があるわけであります。そこで北京の友好条約締結のときに、トウ小平副主席と私との間で、私の方から話をしまして、尖閣列島に対するわが国の主張、立場を申し述べ、この前の漁船のような事件があっては困る、こういうことを言ったところ、向こうからは私の主張に反論なしに、この前のような事件は起こさない、何十年でもいまのままの状態でよろしい、こういうことで終わったわけです。
 その後中国のトウ小平副主席が日本に来られたときに、共同会見のときにたな上げだという言葉を初めて使われ、わが方は依然としてわが方の領土であることは明白であるといういきさつがあるわけでありますけれども、少なくとも日本と中国の友好関係の現状からしまして、この前のような、漁船団のような事件は起こさない、二十年でも三十年でもいまのままでよろしいということは、わが方から言えば現在有効支配しているわけでありますから、ことさらに中国を刺激するような行動、これ見よがしに有効支配を誇示するようなことをやれば、やはり中国は国でありますから、自分の国であると言っているわけでありますから、これに対して異論を出さざるを得ないであろう。そうでない状態が続くことを私は念願しております。
 したがって尖閣列島についてはわが国の領土ではあるけれども、こういういきさつがあるから刺激しないように、付近の漁民または住民の避難のため、安全のためにやむを得ざるものをつくるならば構わぬけれども、やれ灯台をつくるとか何をつくるとか、これ見よがしに、これは日本のものだ、これでも中国は文句を言わぬか、これでも文句はないかというような態度は慎むべきであるということを終始一貫議論をしてきた経緯があるわけであります。

//kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/087/0110/08705300110013a.html

衆議院の委員会で堂々と国務大臣が述べているじゃないですか(笑)。 (2013.06.13 19:58:50)

Re[1]:棚上げ合意はあった (追記あり)(06/05)  
inti-sol  さん
Bill McCrearyさん

>衆議院の委員会で堂々と国務大臣が述べているじゃないですか(笑)。

よく見つけましたね。
明らかに日本側も「棚上げ」と認めているし、外相が堂々と国会で答弁しているくらいだから秘密でも何でもありませんね。

それにしても、改めて当時の園田外相の答弁を見ると、非常にまともな判断です。それから三十数年で、日本の政治情勢はこんな状態になってしまうとは。園田の息子も、今は維新の会所属ですからねえ。 (2013.06.13 21:23:48)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: