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2013.09.11
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今日は、ちょっと疲労の極にありまして、あまり長い文章を書く気力がありませんが、米国の同時多発テロから12年、そしてチリのクーデターからちょうど40年に当たる日です。



アジェンデ大統領最後の、渾身の演説。アジェンデがもし生きていれば、今年105歳です。(ま、さすがにクーデターがなかったとしても、もう生きてはいないでしょうが)

40年前のこの日からはじまったチリの軍事政権は、16年後の1989年に終結し、チリは民政に復帰しました。ただし、チリが完全に軍政のくびきを脱したといえるのは、それから更に16年経過した2005年のことです。

それはどういうことかと言うと、軍政時代に行われた1980年の憲法改正によって、元大統領と陸海空・カラビネーロス(治安警察軍)の4軍の最高司令官などに、任命上院議員の資格を与えたのです※。これによって、独裁者ピノチェトその人や、4軍のトップなどが、選挙によらず上院議員の地位を確保したのです。その議席数は9議席。チリの上院の総議席は40前後ですから、そのうち9議席というのはかなり大きな割合です。特に、ピノチェトは終身上院議員、つまり民政復帰後も一生上院議員を続ける権利を認められていました。(後に辞任に追い込まれましたが)
任命議員の中には、民政復帰後に大統領をつとめた中道左派のフレイも含まれるものの、それ以外は軍人が多く、右派は選挙によらず議席数の下駄を履くことができたわけです。

※1980年のピノチェト憲法で「任命上院議員」は定めたけれど、実際の議会の選挙は行われていません(1989年の民政復帰時に初めて行われた)。つまり、「上院選をやるときは任命議員を置くぞ」という空文句が、民政復帰時に発動されてしまったわけです。

そしてもうひとつ、やはり1980年のピノチェト憲法では、4軍の最高司令官の任命権は大統領にはないことにされていました。ピノチェトは大統領兼陸軍総司令官だったから、自分で自分の陸軍総司令官職を任命できたわけですが、ピノチェト以外の人が大統領になっても、軍のトップの人事権がない。この条項のために、民政復帰後も、元独裁者のピノチェトが陸軍総司令官の地位に居座り続けることができる、という異常事態が続いたわけです。ピノチェトが陸軍総司令官を辞任したのは1998年です。

任命議員制度と、大統領に4軍トップの人事権がないという、民主政治と相容れない欠陥制度が廃止されたのが、やっと2005年のことだったのです。1973年のクーデターから32年、実に長い時間を要したわけです。





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最終更新日  2013.09.11 23:49:42
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