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2014.01.26
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カテゴリ: その他
ある意味どうでもいい話ですが、竹取物語について、改めて調べているうちに、ちょっと引っかかったところがありました。


で、彼らはみな飛鳥時代(7世紀後半)に活躍した人物です。竹取物語は、平安時代の890年代から10世紀半ばまでの間に書かれているそうなので、200年以上前を舞台にした物語として書かれていた、ということになります。実際、物語の書き出しは、「今は昔」となっています。
ちょうど、現在の小説家が江戸時代を舞台に小説を書くような感じです。

ところが、高畑監督の「かぐや姫の物語」は、明らかに平安時代を舞台にしています。
飛鳥時代と平安時代では、貴族の衣装は相当違います。かぐや姫が着ている十二単(女房装束)や、男の貴族が着ている、なんという名前か忘れましたが、貴族の服装は、いずれも平安時代以降のものです。彼らが住んでいる寝殿造の邸宅も、確か平安時代以降の建築様式だったはずです。

↓ 7世紀後半頃の貴族の女性の服装
天武・推古朝女官の服装

↓ 7世紀後半頃の貴族の男性の服装
天武・推古朝文官の服装

もっとも、「百人一首」に出てくる持統天皇(春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山)の姿は、たいていの場合十二単で描かれています。

百人一首の持統天皇


↓ かぐや姫の物語の衣装
かぐや姫の物語の十二単

作品作りに当たっては、舞台背景や関連する事柄などを徹底的に調べると言われる高畑勲監督が、このことに気が付かなかったわけがありません。ストーリーに関しては徹底的に原作に忠実な一方、服装など時代考証上の年代設定については、あえて原作の「物語上の年代」ではなく「物語が執筆された年代」に合わせたわけです。
きっと、理由があってのことなのでしょう。
飛鳥時代より平安時代の衣装は現在にある程度残っているので、大方の観客にとってある程度見慣れているけれど、飛鳥時代の衣装では見慣れなくて親しみがわかないから、でしょうか。
百人一首の持統天皇の服装が十二単になっているのも、同じような理由かも知れません。
平安時代以降の服飾に関しては、かなりの程度資料が残っていますが(天皇家が、結婚や即位の礼の際に着用する服装も、基本的には平安時代から続く伝統に基づいている)、飛鳥時代の服飾は、よく分からない面が多々ある、ということも理由のひとつでしょうか。

実際のところはどうなんでしょうね。





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最終更新日  2014.01.26 10:31:20
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