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【東方のキリスト教】
アラブ人の多数は、よく知られている通り、ムスリム(イスラム教徒)である。
また、アラビア語はイスラムの勢力拡大にともなって普及したため、アラビア語圏に住んでいる人々は、宗教には関わりなく、アラブ人とみなされている。
イラク共和国内の非ムスリムも同様である。
しかし、ネストリウス派として知られるキリスト教徒は「アッシリア人」の末裔であると自己紹介している。
アッシリア東方教会という宗派であるが、古代に、キリストの母(マリア)を「神の母」と呼んでも良いか、などを巡ってローマ帝国内の教会指導者と決裂した。431年、エフェソス公会議のことである。
その後、帝国東半部のギリシャ語圏における教会(東方正教会)と、西半部ローマ語圏のローマ教会とが決裂した。帝国の分裂に伴う動きである。
1994年に、ローマ教会(カトリック)とアッシリア東方教会は、バチカンで対話を開始し、二性論については当初から一致していたことがローマ側に認められ(笑)、1500年を超える期間、「単性論の教会」とみなされていた誤解が解かれた。
【宗派対立の内実】
対立の内実は、教理そのものではなく、信者の取り合いである。
ローマ帝国の領域および勢力が興亡するに伴って、境界域では宗派間で信者の改宗が起きる。帝国と教会が一体化しようとすることにより、避けられない事態だったといえる。
カトリック(天主教)はポルトガル、スペインの植民地支配の拡大に乗じて宣教師を送り出した。
【多様性の弱点】
東洋の2つの国は鎖国して禁教令を布いたが、米国および隣国の圧力により開国した。この結果、キリスト教のさまざまな宗派が先を争って乗り込んできた。
ニューギニアには多数の部族がそれぞれ異なる言語を使用しており、宣教団はそれらの膨大な言語と格闘しているようだが、加えて、全世界の大小さまざまな宗派からそれぞれの宣教師が送られて、ひしめきあっている。
大型の専門店に行くと、似たような商品が際限なく並んでおり、選ぶまでに疲れきってしまうが、どうだろうか。もう少し待てば、もっと気に入るものが棚に並ぶようにも思われる。
終着駅では傘の忘れ物が山積みになるように、文物が国を超えて往来する道筋の終着点では、多様な宗派がごった返しているのである。
このような土地では、「キリスト教は四分五裂している」という印象を与えるのは、避けられない。宣教の目的も、宗派間の競争に勝つためと見られ、あるいは、外国政府・財閥の別働隊として利用されていると疑われるだろう。
そこで、このような「未開の」土地では、「文明人」の宗教的な間違いを正してやろうという先住民も登場する。混合の新興宗教といえばそれまでだが。
【宗派対立の要否】
地域住民の共同体が成り立っている土地では、宗派間の競争は迷惑千万であろう。
古くからの社には、教理を説かない神職や当番がいて、儀式や祭りだけが行なわれ、村に一つだけの寺では、意味不明の長い読経と、勧善懲悪の説法をするだけの僧がいる。
安定した「神国」であり「仏国土」であるともいえるだろう。
【日本周辺の景教】
さて、中国に景教(つまりネストリウス派)が伝わり、 太
大秦寺が建てられた。
そのような時代から、日本列島は海外に門戸を開いており、渡来氏族が活躍し、また、西域の多様な文物が届く状況にあった。朝鮮半島南部の仏国寺では、古代の景教の十字架が発掘されたとも聞く。
しかし、
日本には目立つ痕跡を留めていない。知られていないだけである、という説もあるが、どうだろうか。
シルクロードの道中で木っ端微塵に砕かれたものが、列島に吹き寄せられたのではないか。
空海が持ち帰った密教は景教の影響を受けており、いや、景教などの要素も取り込んでおり、需要を満たしていたともいえる。
空海は官費で留学させてもらったのであり、もともと、朝廷の政策として大陸から新しい宗教を輸入しただけである。
【自給自足】
日本では帰化人・渡来氏族の時代が過ぎ、平安朝も終わる。やがて、中央アジアではモンゴル帝国が興り、その帝室にキリスト教徒の后が迎えられ、フビライ帝の母になったが、日本では、国内で新しい宗派が生まれて磨きが掛かり、自給自足ができ、もはや、大陸から輸入する余地は無くなっていた。
モンゴルではキリスト教を旗印とする叛乱があり、撃破された。日本では天主教が伝えられた後、鎖国し、その後に叛乱があったが、ヨーロッパでも農民反乱と小宗派が結びついていた。
日本の農民一揆には「一味神水」というある種の「共餐の儀式」があった。
いわゆる「水盃」であり、神道風の儀式である。
地域の団結
は、生命・生活がかかった特に大切なものであり、宗派間の対立によって乱されてはならない。
中東の平和回復のために、マル・ディンハ4世総主教(イラク出身で、現代の景教を率いる指導者) をはじめ、関係者の皆様にとって、日本の経験が参考になれば幸いである。
※ 参考文献「隠された十字架の国・日本」または「隠された聖書の国・日本」 ケン・ジョセフ父子共著 徳間書店
松島から退去せよ 2012/08/27
中央日報の社説 2012/08/15
朝鮮半島の人々への謝罪について-ノート 2011/12/27 コメント(5)
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