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炬燵(こたつ)【切炬燵 炬燵布団 炬燵櫓 炬燵板 電気炬燵】《季 冬》熱源をやぐらでおおい、その上に布団を掛けて暖をとるもの。切りごたつ(掘りごたつ)・置きごたつ・電気ごたつなど。(三省堂「大辞林」第二版より)テレビ見て妻の泣きをる炬燵かな 山内一甫冬は炬燵でミカン。最近もスーパーで特売のミカンを買い込んできました。炬燵で足元からポカポカと暖まりながらテレビを見ていると、ついついまたミカンに手が伸びていきます。今は一人暮らしなのですが、子供の頃、実家では炬燵のある居間で家族が顔を揃えていました。自分の部屋も与えて貰ってはいましたが、暖房がなく寒い部屋にいるのが嫌だったのです。そしてその頃も炬燵に入ってミカンを食べていました。台所にはダンボール箱にミカンが詰まっていました。あの頃はいつも一人きりで過ごせることを望んでいたものですが、今ではあの部屋での家族の団欒が懐かしく思い出されてくるのです。(秋桜歳時記)
2004年12月30日
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狐火(きつねび)【狐の提灯】《季 冬》《狐の口から吐き出された火という俗説から》闇夜に山野などで光って見える燐火(りんか)。鬼火。また、光の異常屈折によるという。狐の提灯(ちようちん)。りん‐か【s×燐火】墓地や湿地で発生する青白い火。人魂(ひとだま)。鬼火。狐火(きつねび)。(三省堂「大辞林」第二版より)さびしんぼう 高校2年生のヒロキは、下校途中に見かけるピアノを弾く憧れの君に"さびしんぼう"と名付けていた。そんなヒロキの前にピエロの化粧をした不思議な女の子が現れ、自ら"さびしんぼう"と名乗る。「人を恋することはとっても寂しいから、だからあたしは、さびしんぼう」。たびたび現れて騒動を巻き起こすこの"さびしんぼう"を、ヒロキは最初は煙たがるのだが…。大林宣彦監督の「転校生」「時をかける少女」に続く"尾道三部作"の第3作。美少女とピエロ姿の少女の2役を演じるのは「アイコ16歳」でデビューした演技派女優、富田靖子。ヒロキには大林映画の常連、尾美としのり。ショパンの「別れの曲」のメロディにのせて描かれる、切なくて優しい恋物語である。ヒロキの母親役・藤田弓子のコミカルで味のある演技にも注目して欲しい。狐火のゆらゆらと我が心かな 岩崎すずいまだに狐火というものを見たことはありません。ただ、狐火とは関係はないのかもしれませんが、大林宣彦監督の映画「さびしんぼう」の終盤で、主人公が失恋し、傘もささず雨に打たれながら家路を辿っている時に、路地を折れて更に坂道にさしかかるその角で、雨の中に青白く揺れていた焔が印象に残っています。心もとなくゆらめき続ける焔。つい自分の心を投影してしまうのも、ずっと秘め続けてくるしかなかったさびしさからなのでしょうか?(秋桜歳時記)
2004年12月28日
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ショール(しょーる)【肩掛】《季 冬》女性用の肩掛け。防寒・装飾などに用いる。(三省堂「大辞林」第二版より)淋しさをショールにつゝみ現れぬ 岩坂三枝冬はその寒さは辛いものの、一方で重ね着をする際の着こなしの楽しみがあります。と、言いつつも私自身はファッションに関してはこれきし無頓着なのですが・・・しかしながら、この季節は街を歩いていても綺麗にドレスアップした女性のお洒落な姿を目にすると、それだけで幸せな気持ちにさせられてしまいます。傍目にはとても華麗なショールをはおり、心まで暖かそうに見えるその人なのですが、実は淋しさを抱えているというのです。艶やかな衣裳に身を包んで登場した女性の女優さながらの振舞に、鈍感な私には恐らく最後までその内心に気がつく事はできないのでしょう。(秋桜歳時記)
2004年12月27日
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冬至(とうじ)【冬至粥】《季 冬》二十四節気の一。太陽の黄経が二七〇度に達した時をいい、現行の太陽暦で一二月二二日頃。北半球では太陽の南中高度が最も低く、昼間が最も短い。一一月中気。南至。【冬至粥】冬至の日に食べる小豆(あずき)がゆ。厄を払うという。(三省堂「大辞林」第二版より)冬至粥ふつふつ煮えて帰り待つ 渡辺 竹子年の瀬も押し迫り、新年を迎える準備に追われているこの時期、暖冬といわれた今年でさえ寒さの厳しい日が続いています。厄除けを祈って食べる冬至粥、風邪予防に入る柚子湯。ともに内外から身体を温めようという古人の知恵なのでしょう。年々季節感が薄れ、昼夜のメリハリすらない生活スタイルが増している現代、昨日と同じように過ぎていく毎日の生活の中で、古人が季節感を生活に取り込み過ごしていたスローライフの優雅さを贅沢に感じずにはいられません。(秋桜歳時記)
2004年12月22日
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寒梅(かんばい)【冬の梅 寒紅梅】《季 冬》寒中に咲く梅。冬至梅(とうじばい)・寒紅梅などの品種のも。(三省堂「大辞林」第二版より)新潟 石本酒造 別撰 越乃寒梅(特別本醸造)地元の人達が少量でも気持ちよく晩酌を楽しめる酒を信条にした、高精白かつ高濃度の酒。一概に水のようなとは形容しきれない味の深みがあり、蔵元が燗を提唱する点もうなづける一鉢の老の自慢の寒紅梅 梅林清日々丹精を重ねてきた自慢の盆栽です。勝手に白く長い顎髭をたくわえたおじいさんを想像しているのですが、その嬉しそうな表情で差し出された鉢の上に伸びた小ぶりの枝には、これまた健気なほど小さく紅い可憐な花が咲いています。それはきっとおじいさんが注いできた愛情の色なのでしょう。(秋桜歳時記)
2004年12月21日
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冬安居(とうあんご)【雪安居】《季 冬》【冬安居】冬、陰暦一〇月一六日から翌年一月一五日まで、主に禅宗で行う安居。夏安居(げあんご)に対していう。雪(ゆき)安居。【安居】〔仏〕〔梵 varika 雨期の意。インドの夏は雨期で、僧がその間外出すると草木虫などを踏み殺すおそれがあるとして寺などにこもって修行した雨安居に始まる〕(三省堂「大辞林」第二版より)雪わたり名作、宮沢賢治の「雪わたり」が幻想的な絵によってよみがえります。雪の野原で、幼い兄妹がこぎつねにつれられ幻灯会へたのしいこと、うれしいこと、不安、おどろき。素直に感じる子どもの世界がここにあります。色彩を多く使わない黒と白の世界がなんとも美しい1冊です。山寺に老僧一人冬安居 吉田伝治人目も草も枯れてしまうという冬という季節に山寺では老僧が一人きり。ゆっくりと流れ行く時間と静けさの中に張り詰めた空気が伝わってきます。(秋桜歳時記)
2004年12月18日
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寒椿(かんつばき)【冬椿】《季 冬》1.寒中に咲くツバキ。2.サザンカの園芸品種。よく分枝するが矮小(わいしよう)で、一二月~二月に紅色の八重の花が咲く。庭木や盆栽にする。主に関東地方でいい、関西では獅子頭(ししがしら)とよぶ。(三省堂「大辞林」第二版より)かりそめの世をまつたうに寒椿 渡辺光子その落下の反動で枝葉を揺らし、そのまま地面にポトリと転がる椿の花。その昔、武家ではその有様に斬首を連想していたと聞いた事があります。私も、天寿をまっとうしての最期はかくも潔い姿でありたいと思います。子供の頃から面倒をみてもらっていた伯母が他界して二週間が経ちました。あまりにも突然の別れでした。が、ようやく悲しみもうすれてきています。ピンピンコロリ。ある意味、理想的な往生であった事が救いなのではないでしょうか。(秋桜歳時記)
2004年12月17日
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障子(しょうじ)【冬障子 腰障子 明かり障子 雪見障子 襖 冬襖】《季 冬》室内の仕切りや外気を防ぐのに用いる建具の総称。明かり障子・ついたて・ふすまなど。近年は、格子に組んだ木の枠に白紙を張った明かり障子をいう。(三省堂「大辞林」第二版より)時をかける少女 高校生の芳山和子はある日、同じ情景を何度も体験していることに気付く。彼女はタイムトラベラーになってしまったのだ。やがてその能力は、かつて理科実験室でかいだラベンダーの香りに秘密があることが判明するが……。筒井康隆原作のジュブナイル「ラベンダーの香り」の映像化。重なりしところの暗き障子かな 山田静雄「障子貼る」という季語で紅葉を張りこんだ障子のことを書きましたが、その彩の情緒もさることながら、やはり、光と影の世界にも惹かれてしまいます。昔、昔、海外での日本の紹介で黄金の国であるとか、木と紙でできた家などが伝えられていたそうですが、薄暗い部屋での障子の影にはなんとも言えずしっとりとした気持ちにさせられ、これも詫び寂びの世界なのでしょうか?映画「時をかける少女」のオープニングでの尾道の瓦並や、少女の影が一瞬浮かび上がるタイトルバックの障子は今でも印象に残っている大好きなシーンです。ちなみにこの作品は大林宣彦監督の尾道三部作の二作目にあたります。(秋桜歳時記)
2004年12月16日
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冬暖か(ふゆあたたか)【冬ぬくし 暖冬】《季 冬》だん‐とう【暖冬】平年より暖かい冬。(三省堂「大辞林」第二版より)冬ぬくしアンデルセンを読んでやり 三谷美子寒い冬の夜ほど布団の温もりをありがたく思うことはありません。それに加えて親に童話を読んで貰えるとなると、嬉しくて心までがポカポカしてくるのです。童話というものは大人であっても童心に帰って楽しむことができますし、時にはつい自分の方が読むことに夢中になってしまうなんていうことも・・・。ふと気づくと、子供はすでに眠りに落ちてしまっていて、スースーと軽い寝息をたてています。その無垢な姿は親にとって心温まるひと時を与えてくれるのです。(秋桜歳時記)
2004年12月13日
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十二月(じゅうにがつ)《季 冬》一年の一二番目の月。最後の月。師走(しわす)。極月(ごくげつ)。臘月(ろうげつ)。(三省堂「大辞林」第二版より)風吹けば人皆素顔十二月 上島顕司いよいよ十二月、今年も最後の月となってしまいました。一年の締めくくりを迎えて、皆さんそれぞれに思い巡ることがあるのではないでしょうか?私自身、やり残したことばかりで今更のように焦りを感じております。常々、泰然とした気持ちで日々を送りたいと願ってはいるものの、やはり、いざとなると心の動揺が顔に出てしまっている気がします。来年こそは最後に慌てなくていいように一日一日をきっちりと過したいと思います。と言いながら去年も同じ事を考えてたなぁ・・・(秋桜歳時記)
2004年12月02日
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