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台風17号の最中に、強行上陸した八重山ですが、”微笑み”と”熱いユンタク”で、多くのシマ仲間に歓迎してもらい風人は幸福者です。 旧盆の行事(アンガマ、ムシャーマ)を、たらふく味わいながら、2度にわたる徹底的歓迎オフ会(朝までヤブレビーチャー)、ムチャクチャ感激しています!今から、波照間島(パティローマ)に再上陸します。波照間では、ムシャーマの喧騒が終わった、本来のパティローマを、自然体でテーゲーに浮遊します。2日間はHP休憩となります。
2004年08月31日

寝苦しいほどの、狂おしい時間が漂う、波照間・ムシャーマの満月の夜。未だ、ムシャーマ幻想に侵された、火照る身と体。 民宿前に陣取り、満月の明かりの中、民宿客、島人一体となる。皆で三線・島唄、泡波とユンタクで、波照間の夜は永遠の時間かと、錯覚してしまった風人でした。朝の目覚めは、強い日ざしの中、寝汗をかいて起こされた!ムシャーマという目的で集まった、多くの出会い有難う!船の時間を、午後にずらせて、仲良くなった若い女性2人と風人3人で、チャリンコを借りて、波照間の今日を知りたくて、一周のサイクリングへ! 「ニシの浜」何度来ても絶句! この世の風景と思えないのは、風人だけか?ニシの浜の隣のノペー浜、浜シタン群落を通って浜辺に出る。 昔、理想郷(パイパティローマ)を求めて船出した浜辺。3人とも素足になって、足を癒す!サトウキビ畑を縫うように3人は、ふざけ合いながら、子供のように元気に、日本最南端の高那崎へ! 絶壁まで女性2人が行きたいとのこと、おじさんを頼りにしてくれているらしい?隆起サンゴ礁をゆっくりと断崖絶壁へ。高那崎は男性的で風人は好きです。 絶え間なく、打ち付ける海鳴り!生きている実感が全身に走る!まだ少し時間がありそうなので、「星空観測タワー」喉の渇きがピークに達する。フラフラした足取りで「波照間空港」ここで水分を大補給!生き返った思いで”ほっと”一日一便セスナ機時刻を確認。空港を後にし、最後の目的場所「オヤケアカハチ」の居住跡へ! サトウキビ畑や民家を縫って、首里王府の過酷な人頭税に対し、反乱を起こし、鎮圧された八重山の英雄の前で、合掌!チャリンコでのシマ一周3時間の至福の時!有難う!感謝!”出会いは命”
2004年08月30日

2004年8月29日・波照間島(パティローマ)ムシャーマの一日 波照間島のキビ畑にムシャーマの朝が到来! 各部落への開始のドラ打ち鳴らしとともに、ミチサネー(仮想行列)開始。 集落の民家ではムシャーマに向けて、仏壇の準備が全て終了 公民館前・中庭で、前組、西組、東組が勢ぞろい 各組棒・太鼓のシンカー・公民館役員等が、中庭でニンブチャー(念仏踊り) 夢か!幻か!南の島のムシャーマの一日が暮れようとしている!
2004年08月29日

八重山はソーロン・アンガマを迎えた。 今日から始まった、旧盆(ソーロン)3日間の八重山の行事、アンガマを体験。祖先の霊を供養する、八重山独特の行事で、あの世から、ウシュマイとンミーが、ファーマー(子や孫)を引き連れて、家々をまわる。ウシュマイやンミーとの珍問答が面白い。風人は石垣青年会のアンガマを見学。 台風17号一過の夕暮れの中、蒸し暑い空気が肌にベットリ取り付く。時折、小雨が舞う!登野城、大川、石垣、新川、大浜、平得の各青年会が、3日間ぶっ通しで、石垣島はソーロン・アンガマ一色となる。一方、双葉青年会旧盆エイサーを、ホテルミヤヒラ前の公園で見学。黒を基調とした装束で、ダイナミックな踊りは、石垣一の舞!エイサー踊り終了の後、カチャーシーのサービス。石垣の夜は深けていく。
2004年08月28日

また、いつもの夏空に、きっぱりと覆われてきた!入道雲がニョキニョキ!真っ青な空を突き抜ける! 風人の影の輪郭は、あくまでも強く、濃く!砂浜に落ちる!リーフには白波の波頭が、鳥のように舞い上がる!大潮が近い今日、潮の動きは早く、生き物のように、足元に流れ込み、熱いくらいの感覚が伝わってくる!まだらな潮の温度差を感じながら、リーフの白波に向って、逆流の潮の抵抗に身をゆだね、沖を目指す!
2004年08月27日

3日振りに日記を書いています。八重山の空の雲が激しく流れています。顔を撫で回す風を感じながら元気で、テーゲーな風人です。八重山時間に浸り、八重山の空気を深呼吸しています! しかし、台風17号の被害は予想以上でした。八重山の多くの仲間が17号の被害を受けていました!停電!一部断水!ベランダの洗濯機移動!ハブの進入!部落単位で真っ暗闇の中、台風の長い長い夜を不安にすごす!一中夜窓のひび割れの窓を、助っ人の仲間と抑えながら、酒盛りをした仲間達!連なるキビの被害、街路樹の至る所での倒木!今まで海が見えなかったアパートのベランダから、台風17号のお陰?で防風林の木々、葉っぱが吹っ飛び、見晴らしが良くなった仲間!まあ兎に角!死者が出なかったのは、不幸中の幸。シマの仲間達は、淡々と、陽気に!テーゲーに逞しく!そして、心配していたビッチンヤマ御嶽さん、6月の時と同じ環境の中で、風人を迎えてくれました!「ほっと」して、「ジン」ときました。夜はビッチンヤマ御嶽さんの近くの店で、静かに泡盛をあびる風人でした。
2004年08月26日
イヤー、いい?恐ろしい?経験を、しまくっています!24日の那覇空港での強行着陸も凄かったですが、今日の石垣空港への強行着陸もまた凄かった!羽田~石垣間で二度美味しい?経験をさせて頂けました!飛行機のパイロットさんに感謝?感謝?石垣空港は皆さんもよくご存知の通り、滑走路が短くて、危険空港なんですが、今日のような横風ブンブンの中、強行着陸はまさにサーカス並みですネ。強い突風の中、着陸した瞬間、スゴイ衝撃が機内に走り、キャー!キャー!ドキ!ドキ!次の瞬間逆噴射が強烈で、機内の全員が体が前のめり!風人は必死で、体を前の席に手でつっかえ棒をつくり、耐える!数十秒後、機体はやっと正常な走行にもどり、ほっとしました!額に冷や汗、タラタラ!!いあー、二度にわたるサーカスなみの曲芸?経験、二度としたくありませんネ!25日は那覇空港も石垣空港も、人また人の波で、皆必死で空席待ち!24日からずっと、空席待ちする人また人!石垣へ着いて、ほっとすると共に、どっと疲れが出ています!まずシャワーを浴びよう!!一眠りしよう!楽天仲間みなさんへの返信、後にして下さいネ。おやすみ!
2004年08月25日

羽田発ANA6:50で、フライトし、那覇の上空まできた。着陸態勢に入り、さらに横揺れが増している。上空は大荒れだ!機内からキャーの声がでる!パイロットは着陸を試みるが、横からの突風が強く、着陸寸前で機体は再上昇へ!エエー?パラグライダーでの着陸時の大変さを思い出し、一瞬、ゾクゾクー悪寒が走った。減速しながら、強い横風の中、強行着陸することの恐ろしさは、何度もパラグライダーで経験済みのため、いやな予感!上空で15分程度何度か旋回しながら、着陸のタイミングを図っている。海の白い波頭は至る所で立っている。再度、着陸へGo!再度、着陸態勢をとる。パイロットが機内放送で安全性を訴える!減速と横揺れの中、乗客たちは不安な表情です。手を合わせて拝んでいる人。横揺れの中、更に減速し、強行着陸!着地と同時に、逆噴射開始!機体は左右に揺れる!機内から、キャー!キャーと凄い!風人も額に汗が滲む!数秒後、やっと着陸完了のサイン点灯。那覇~石垣への午前の便はすべて欠航の表示あり。午後4時以降の2便に切り替え続き完了。午後遅い便も飛ぶ確立は、五分五分か?今から、どうしよう?那覇に泊まる確立も五分五分?レンタカーを借りて、沖国大でも行ってみるか?どうしよう?まず、昼食だ!腹が減っては戦は出来ぬ?(古いなー)台風には勝てません。テーゲーに時間を遣おう? //////////// 今、やっとのことで目指す民宿へたどり着きました。今日は、石垣島行きが全て欠航。待ち時間を利用して、沖縄国際大学、那覇地方裁判所に行ってきました。牧志市場の近くの素泊まり民宿さがしに、何と1時間以上掛かり、足が棒。くたくたのため、明日石垣に着いて日記を書きます。那覇でのいい経験をしています。明日、飛行機は飛ぶか?飛んでくれ!!!
2004年08月24日
八重山ナビ・台風石垣島ライブ石垣離島桟橋近くの仲間の店のライブカメラ夕方からは”スゴイ暴風雨”状態突入!///////////////////23日午後の飛行機便(那覇~石垣島)欠航中。いよいよ、明日(24日)の午前便フライトは、厳しくなりました。台風17号のスピードがスローダウンとのことです。今、石垣島は強風雨から暴風雨へ、変わろうとしているようです。/////////////////台風17号最新情報どうも、石垣島直撃コースで、23日深夜から24日にかけて、最接近のようです。八重山諸島、宮古島の仲間の皆様、くれぐれもご注意を!風人も、24日石垣島上陸は微妙になってきた?石垣島バンナのライブカメラ石垣島の風景ライブ西表島ナダラ川ライブカメラ西表島のライブカメラヤンバルの森ライブカメラ沖縄本島ヤンバルのライブカメラ豊見城市ライブカメラ豊見城のライブカメラ
2004年08月23日
八重山毎日新聞・南の島の星祭21日石垣島は第2回の南の島星祭開催。約1万人の島民が暗くなった夜空の天の川を楽しんだ。台風17号最新情報//////////////////////////////1997年「水滴」で芥川賞を受賞。1999年「魂込め」2001年「群蝶の木」と続く短編作品群。「魂込め(まぶいぐみ)」を執筆した頃、作者は先島諸島の宮古島にすんでいた。「平良市内のファーストフード店や喫茶店をはしごしながら、小説を書いていた」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沖縄の夏は長い。30年前、復帰闘争の喧噪をよそに、子供らは一年中外で遊んでいた。岩の間から、わき出す澄んだ水の中で、青く長い尾を揺らめかせていたトーイユー(闘魚)の姿。ヤンバルの自然に浸りきっていた、幼い頃の体験がなければ、これらの小説も書かれなかっただろうと思う」と目取真は振り返っている。「”又(また)ん魂(まぶい)落としておる如く有るむんな”人騒がせな、と思いながらフミに言うと、うつむいて小さく首を横に振る。”いったい何(ぬー)やが”と声をあげそうになったとき、ふと幸太郎の鼻から何か黒いものが突き出ているのに気づいた。最初は鼻毛かと思っていたら急に引っ込んで、今度は唇の間から3センチほどはみ出し、頬や顎のあたりをちょんちょんと探るように動いている。驚いて見ていると今度は唇の間からマッチの頭のような目が突き出し、歯が剥き出しになった。紫がかった灰色の爪が口をこじ開け、姿を現したのは大人のこぶしくらいもありそうな大きなアーマン(オカヤドカリ)だった。」マブイを落とした幸太郎の口の中にアーマンが棲みつく。幸太郎の母親(オミト)は、沖縄戦の最中に浜すう木(モンパの木)の砂浜にウミガメの卵を獲りにいき、米軍の機銃掃射で殺された。その浜すう木の浜辺で、幸太郎のマブイがぬけ落ちた。ウタの幸太郎への魂込め御願(ウガン)と、フミ(幸太郎の相方)とウタとのアーマン退治と、沖縄戦最中でのウタとオミトの決死の食糧確保と機銃掃射の記憶・・・「月の光は何十年も何百年も変わらないと思う。砂を掘り、海に戻っていく海亀が、戦争のさなかに見たのと同じ亀であり、同時に、あのとき砂の中に残っていた卵が孵化し、成長したもののようにも思える。甲羅の砂を波が洗い落とす。滑るように海に入った海亀は首を反らすと浜のほうを見た。幸太郎が海に向ってゆっくりと歩き出す。”行ってならんど。幸太郎。行ってはならんしが”ウタは叫んだ。幸太郎は一瞬立ち止まってウタを見た。しかし、すぐにまた、波間に頭をもたげて漂っている海亀に目を移し進みはじめる。ふと、その海亀がオミトの生まれ変わりのような気がした。”あね、幸太郎。待ちよう。待ちよう”ウタが追いすがろうとしたとき、急にその姿が揺れ、砂に吸い込まれるように足元から消えていった。ウタは四つんばいになって幸太郎が消えたあたりの砂をなでまわした。海亀の体についていた海蛍が二つ、砂の中で光っている。ふいに嫌な予感に襲われ、ウタは立ち上がるとフミの家に走った」滑稽さと、非情さと、暖かさと、圧倒的な自然の存在。この作品を貫く目取真の眼は、あのヤンバルの自然がそうであった様に、異様なくらい”やさしく”て”深い”。
2004年08月22日
台風17号八重山直撃コースか?24日八重山飛行機便は、はたして飛ぶだろうか?一層心配になっています。台風17号最新情報・・・・・・・・・・・・・・・・・・楽天仲間のぶーちんさんから、以下のHPを紹介して頂きました。最近のイラクの劣化ウラン弾の被害の実情です。暗いニュースリンク沖縄タイムス沖縄タイムスによると、日米軍事同盟という仮面の下で、日本本土・沖縄からイラクへ、人殺しのヘリが飛び立つ!沖縄タイムス米軍ヘリ墜落記事ヘリ墜落後の記事をまとめて見れます。・・・・・・・・・・・・・沖縄では、戦前まで死者は白骨化するまで風葬場にさらし、その後、洗骨して瓶の中に保存し、亀甲墓にいれるそうだ。亀甲墓は、女性の子宮を形どったもので、死者が母体に帰ること(帰元思想)を意味しているそうだ。直径5M程度のドーム状をしており、ドーム入り口が左右に広がる。壁は50cM程度の厚さのコンクリート(戦前は石材)で、覆われている。中は縦横高さが1.5M程度の空間で、前方2段の棚の上には骨瓶、棚の下には棺を置く。亀甲墓の建設には、ノロ(女呪)が風水八掛で方向を決めるという。この亀甲墓が、沖縄戦では狙撃用要塞として使われたため、そのまま兵士達の墓標となったようだ。当時、日本軍や、沖縄の中学生等の民兵、鉄血勤皇隊などもいた。作品「亀甲墓」は1945年執筆。「なにしろ、ウシにとっても善徳にとっても、百坪のなかの十五坪の萱葺きのなかのことしか、考えない日常だったのだ。沖縄県とか大日本帝国とかアメリカとかいうものは、出兵兵士を見送ったり、遺骨を出迎えたりする日に考えるだけだったから、あの音がそれらと関係があるなどとは、さらに気がつくはずがなかった。・・・・・・まず、ドロロンと空気をぶちこわすような音がして、家がゆれた。」”ドロロン”(アメリカの艦砲射撃の音)が、作品全体を被っている。日夜絶え間ない”ドロロン”の中で、先祖代々の墓「亀甲墓」に逃げ込んだ、ウシ、善徳、タケ、栄太郎、文子、義春。日常が非日常(アメリカとの沖縄戦に巻き込まれる)に、被い尽くされていく。「きょう、アメリカがイクサおしよせまして、カンポーも撃ちあばれていますから、どうかしてお元祖さまのお助けで、たくさんの孫たちの体になんのさわりもありませぬよう」非情な状況を描きながら、作者は何故に”やさしさ”の筆感で、最後まで描き切ったのか?非情の戦争空間なるが故に、”ドロロン”に象徴化された非日常を無化するためか。”ドロロン”は悪魔の襲来であるとともに、極楽往生・ニライカナイへの導きの音なのかも知れないと。
2004年08月21日

台風17号が、琉球弧を窺う気配?風人が八重山へ行く、24日あたりがヤバクなってきた。バースデイ割引でのフライト予定ですが、今年の後半のツキを占えるかも?何とか逸れて欲しいものです。台風17号情報・・・・・・・・・・・・・・大城立裕氏は1925年中頭郡中城村に生まれた。生家は屋宜祝女殿内。上海の東亜同文書院大学中退。作品「カクテル・パーティー」は琉球政府経済企画課勤務中の1965年書き、「新沖縄文学」第4号で発表し、1967年芥川賞受賞。丁度、沖縄の政治的復帰運動の高まりの中での、受賞だったようだ。作品は前章、後章に別れている。前章では主人公「私」から、後章では「お前」に人称が変化しており、只ならぬ事態の変化を読み取れる。前章では、主人公「私」は、アメリカ軍基地内のミスター・ミラー宅での、招待された「カクテル・パーティー」に出席し、中国語クラブ仲間の、アメリカ人・ミスター・ミラー、中国人弁護士の孫、日本人全国紙記者の小川、そして沖縄人の「私」の4人が、パーティー会場で談笑に興じる。前章で、仮面のカクテル・パーティー四人の登場人物が、”本音と建前のギリギリのせめぎ合い”の中、仮面の人間関係を崩すことなく終わったかに見えた。後章、仮面のパーティーが行われていた丁度、その頃、主人公「お前」の娘に、M岬で身の上の事件が起こっていた。「お前がパーティーから微燻をおびて帰宅した時、娘はもう床をとって横たわっており、妻が緊張した表情でお前を迎えた。妻は、娘が脱いだ制服をお前に示した。ところどころが汚れ破れていて、それだけでもう、お前は大きな事故が起こったことを理解させられた・・」後章の進行とともに、4人の仮面が徐々に剥がれていく!お前 「孫先生。私を目覚めさせたのは、あなたなのです。お国への償いをすることと、私の娘の償いを要求することとは、ひとつだ。このクラブへ来てから、それに気づいたとは情け無いことですが、このさいおたがいに絶対的に不寛容になることが、最も必要ではないでしょうか。私が告発しようとしているのは、ほんとうはたった一人のアメリカ人の罪ではなく、カクテル・パーティーそのものなのです。」ミラー 「人間として悲しいことです。」お前 「ミスター・ミラー。布令第144号、刑法並びに訴訟手続法典第2・2・3条をご存知ですか?」ミラー 「第2・2・3条?」お前 「あとでみてください。合衆国軍隊要員への強姦の罪。あれがある限り、あなたの願望は所詮虚妄にすぎないでしょう。さようなら。」現在でも、沖縄が「基地の島」であることに変わりないことを、今回の米軍ヘリ墜落事故後の全てが語ってはいないだろうか?風人は”仮面の真実”を今も無視することは出来ません。
2004年08月20日

ちゅらさん3のロケ・スタート八重山毎日新聞によると、NHKの人気番組「ちゅらさん」が帰ってくる。「ちゅらさん3」として9月13日から放映開始予定らしい。現地・小浜島で国仲涼子さん達がクランク・イン。懐かしい顔の面々です。・・・・・・・・・・・・・・国税庁が8月2日に、路線価を公表した。全国路線価路線価とは、相続税や贈与税の課税における、土地の評価額の基準です。路線価は、公示地価の80%程度の価格が、目安といわれています。全国公示地価公示地価は、国が毎年1月1日時点で調査した地価で、土地取引の指標となっています。公示地価が点でポイント毎に発表されるのに対し、路線価は路線毎に線や面で発表されます。そのため、路線価は公示地価より、一層詳しい地価を知ることが出来るわけです。今回の路線価でも、2~3年まえから顕著になりつつある、地価の二極分化が一層進みました。全国的には下落傾向は依然続いていますが、首都圏では都心から1時間以内でアクセスできるエリアは、需要が高まりつつあり、地価が横ばいや上昇へ転化の場所も散見されだしました。また、人口密度の濃密度合いが、路線価に反映されやすい環境が出来つつあるようです。全国の標準宅地の平均路線価は、11万5千円/1平方M=37.95万円/坪で、5.0%の下落。東京圏では2.7%減、東京都は1.5%減、都区部は1.0%減。
2004年08月19日

日本軍事情報センター楽天仲間の上等沖縄司会屋さん経由、須尾さんからの「日本軍事情報センター」サイト情報です。知られたくない”ヤバイ物”があの墜落ヘリに?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「群蝶の木」は、週刊朝日別冊小説トリッパーの、2000年夏季号に初出誌。 群蝶の木というのは、ユウナの黄色い花々が、蝶が群れたように見えることから表現されたようだ。小説は、部落(シマ)で4年に一度行われる豊年祭が、御嶽(ウタキ)の森を背景にひらかれた拝所(ウガンジュ)の庭での出来事。道連(みちじゅ)ねーの行列に”ひやさっさ、ひやさっさ”と声をあげて、カチャーシーを乱舞しながら乱入してきた、老女のゴゼイから始まる。錯乱したゴゼイは義明に昭正(ショウセイ)と呼びかける!ゴゼイは戦中、那覇の娼婦館から連れて来られ、日本軍の将校達の慰安婦をさせられ、戦後は、シマの売春旅館で米兵相手に、売春をやらされていた。ゴゼイは50年以上、そのシマで虐げられて生きてきて、痴呆になり徘徊を続け、ついに隣町の老人病院で息をひきとる。子供のころ、迷い児となった主人公の義明が、ゴゼイに助けられた記憶と拘り。「どれくらいの時間、そこで立ち尽くしていたのか。垂直に注ぐ陽に打ちのめされるようにしゃがみこんだ義明に、声をかけたのがゴゼイだった。”義明やあらんな?何(ぬー)が、こんな所で何してるね?涙がこみ上げて義明は激しく鳴咽した。”迷子になったんな、あいやー、こんな小さな童(わらびぬ)の、あが遠さまで一人で歩いて来たんな・・・。”残飯や空瓶を載せたリヤカーを道端に止めると、ゴゼイは義明を助け起こして、頬被りしていた手拭で顔を拭いてやった。それから腰に下げていた袋から黒砂糖の欠けらを取り出し、義明の口に含ませた。植物の匂いが残る甘味が渇いた口の中に唾液をにじませる。」戦中シマの共同体から外れた、ゴゼイと昭正(ショウセイ)の切ない束の間の恋。「木の幹のように固い右腕で、手首をつかまれ、跡がつくのをたしなめながら、潮の匂いがする胸に体をぶつける。太く喉仏の大きな首筋を舐める。生きた男の体を抱いたのは初めてだった。・・・・・・・・・・・・・・うなじから背筋を伝って脇腹を撫で、尻のくぼみに入っていく右手の荒々しい動きに身を捩りながら、垂れ下がったままの左腕を撫で、癒着した指をてのひらに包む。」三人が織り成す現在(豊年祭)と過去(沖縄戦)。ゴゼイと昭正(ショウセイ)の洞窟(ガマ)での別れ!「”何を調べようとしていた。え、正直に言わんか、ああ、日本男児として恥ずかしくないか、この片輪者が、魂をアメリカに売り渡しおって・・・”、石野の軍靴が顔を蹴りつけ、横倒しになった昭正は起き上がれないまま、初めて呻き声を漏らす。飛び出していって兵隊達にすがりつき、拝み倒して、助けなければ。そう思った。しかし、体は動かなかった。いつ死んでもいい、いや、早く死んだ方がまし、と思い続けてきたのに、手も、胸も、腹も、足も、岩や泥に吸い付いたように動かすことが出来ない。二人の兵隊が襟首と後ろ手に縛った手首あたりをつかまえ、昭正を引きずり起こす。着剣した兵隊が銃床で鳩尾を突くと、昭正は前のめりになり、罵声を浴びせられて立たせられる。銃を手にした二人の兵隊が出入り口に向って岩の階段を上り、その後に昭正と両脇から体を支える兵隊が続く。最後に軍刀を手にした石野と与那嶺が何か小声で話しながら上がっていく。洞窟を出る時、昭正は振り向いてゴゼイの方を見た。腕を抱えた兵隊が顔を殴りつけ、外に引きずり出す。月明かりの陰になって、最後まで昭正の顔をはっきりと見ることはできなかった。しかし、月明かりを受けた自分の顔は見ることができただろうと思う。いや、できなかったかもしれない。なぜ、あの時、自分は岩陰に顔を伏せたのか。戻ってきた兵隊達が話す声に、ゴゼイは耳をふさいだ。」幾重にも織り込んだ、沖縄戦記憶の細部のイメージは、あくまでも鮮烈です。この作品を通して、群蝶の木(ユウナの黄色い花)や珊瑚のイメージ描写が、ある種、救済の可能性を暗示してないか!
2004年08月18日

台風15号最新情報1960年生まれの44歳、沖縄県今帰仁村出身小説はすべて短編。地方紙にエッセイを多く掲載し、”反体制”作家でもある。 小説「水滴」は41頁たらずの、短編です。1995年下期に「豚の報い」(又吉栄喜)の芥川賞に続き、1997年「水滴」(目取真俊)が芥川賞を受賞。同じ1997年「風車祭」(池上永一)が直木賞最終候補、と、沖縄文学マグマがフツフツとわき出た時代背景のようです。主人公の徳正(とくしょう)は、ある日突然右足が冬爪(すぶい)のように腫れ、その親指から無味無臭の水を滴らすという、奇妙な病気?に罹った。夜な夜な、この水滴をもとめて負傷した兵士達が、飲みに現れてくる。彼らは50年前の沖縄戦で、南部の壕に置き去りにされた兵士たちであった。その兵士の中に、”鉄血勤皇隊員”として、最後まで行動を共にした、同郷の石嶺がいた。現実と非現実(足の先から溢れる水滴)、現在と過去(沖縄戦)が奇妙に混在した、状況描写は、風人を徳正に変身させるに十分な引力。「”イシミネよ、赦してとらせ・・・”土気色だった石嶺の顔に赤みが差し、唇にも艶が戻っている。怯えや自己嫌悪の中でも茎は立ち、傷口をくじる舌の感触に徳正は小さな声を漏らして精を放った。唇が離れた。人差し指で軽く口を拭い、立ち上がった石嶺は、17歳のままだった。正面から見つめる睫の長い目にも、肉の薄い頬にも、朱色の唇にも微笑が浮かんでいる。ふいに怒りが湧いた。”この50年の哀れ、お前がわかるか”石嶺は笑みを浮かべて徳正を見つめるだけだった。起き上がろうともがく徳正に、石嶺は小さくうなずいた。”ありがとう。やっと渇きがとれたよ”」「10日が経った。徳正は窓から裏庭の夏草を眺めていた。水が止まってから、兵隊達は二度と現れなかった。・・・・・・・・・・・翌朝、門の前で寝ていた徳正を蹴り飛ばすと、ウシは物も言わず畑に出て行った。”明日(あちやー)からや畑(はる)に出で(いじ)てぃー、働くんど。”そう自分に言い聞かせて、体馴らしに伸び放題の夏草でも刈ろうと、物置から鎌を取ってきて裏庭に下りた。」小説の最後で、元の、”テーゲーなありふれた日常”が戻ってきた!風人は”安堵感”と共に、「水滴」が何故止まったのか?今でも「水滴」が溢れ落ちているような?錯覚を拭いきれない!琉球新報沖縄の現実=米軍ヘリ墜落後の県警の調査依頼に対し、正式に米国軍は拒否の声明を出した!!これが対等な友好国なのだろうか?
2004年08月17日

楽天仲間の上等沖縄司会屋さん推薦の、「目取真 俊」を読み始めた。 きっかけは、映画「風音」を、やはり沖縄司会屋さんからの推薦で、渋谷の映画館ユーロスペースへ観にいったのが始まりだった。映画は東監督で沖縄映画には定評がある。目取真さんが映画の為に脚本・原作を書き直した。二人のコンビで出来上がった作品は、まずまずの出来か。沖縄の自然が画面から溢れ出る。沖縄の空気の臭いが伝わってきそうなカメラワークでした。映画の後、2004年4月発売の「風音」を読んだ。ビックリしました!映画以上に自然・状況描写が鮮烈なのです。目取真俊の描写力が、風人の想像力をかきたてました。「新しい肉の匂いを嗅ぎつけ、カニやオオヤドカリがアダンの茂みの一角に集まっている。ただ、砂の中に潜って肉の場所までたどり着くのは難しく、アダンの枯葉の上を行き来してお互いの甲羅や貝殻をこすりつけ合っている。きしきしという乾いた音と枯葉の踏みつけられる音が、アダンの茂みの奥で続いた。肉をあきらめたオオヤドカリは、赤く熟れたアダンの実に登り、果肉を食べはじめた。大人のこぶし位もある白い巻貝に入ったオオヤドカリの群れが、清吉の置いたアダンの実を食べる様子は、血に濡れた肉に群がる小さな頭蓋骨の集団のようだった。一匹のカニがアダンの葉をかき分けて砂に潜ると、近くにいた二、三匹のカニもそれに続いた。」*<砂の中に埋められた殺害死体に向かうカニたち!その死体に群がり肉を食らう無数のカニ、”ドンドン”風人は想像力の世界に!「風音」の初稿は、「沖縄タイムス」に1985年12月~86年2月に掲載した、連載小説でした。映画化のための2004年4月発売の「風音」より、約8年前でした。芥川賞受賞の「水滴」が1997年4月(文学界)ですから、目取真俊の作品時間の流れが分かります。初稿の「風音」は、風人にはさらに魅力的な作品でした。風景・状況描写が濃密でマングローブの深い泥の匂いが伝わるほどの迫力のある描写。風葬場のリアリティーさ。”泣き御頭”の儚さ!>「入神川の河口に密生したマングローブの中を清吉は泥に足をとられてよろめきながら先を急いでいた。前を行く父の喜昭が遅れがちな清吉を押し殺した声で叱る。ヒルギの艶やかな葉の間を漏れる月の光が生臭い泥の肌に反射し、小さな塔のように林立しているヒルギの実が薄気味悪い影を作る。足元から湧くガスに吐き気が込み上げるのをこらえ、清吉は背中のカマスを背負い直した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無言のまま先を急ぐ父の後ろを清吉は必死でついて行った。膝までのみ込むやわらかな泥が、腐乱した死人の手のように足をつかんでなかなか離さない。前のめりに転び、鼻先に硝煙のように酸っぱい泥の臭いをかいだ清吉は、短い叫びを上げてしまったことを、恥じて父を見た。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”此れ持てー”(くりむてー)いきなり清吉の肩に父のカマスが乗せられた。父は遺体に近寄ると、しばらくしゃがんで様子を確かめていた。やがてその下に腕を入れて上半身を起こすと、両腕をつかまえて肩から胸の方にまわし、泥の中から引き抜くようにして遺体を背負った。清吉は驚いて月の光に樹影が揺れる父の顔を見つめた。父は泥の中に深く沈みこむ身体を左右に揺すりながら歩き出す。背の低い父の体からはみ出した遺体の靴先が、泥の上に蛇を這わせ、清吉は奇妙な興奮を覚えながら後に従った。」*<風人は、自分が主人公になり、重い遺体をマングローブの深い泥のなかから、運び出しているかのような”錯覚”に陥りました。スゴイ描写力!>「頭頂部にそっと触れると冷たい感触が指先に伝わる。潮風に洗われてなめらかに風化した骨の表面をなでていて指先がくぼみに触れた。アキラは左のこめかみに開いている穴を見た。小さな穴だった。縁に指を這わせ、人差し指を入れると先のほうが入っただけだった。ふと、アキラは御頭の泣く理由が分かった。小さな穴を吹き抜ける風の音。二つの眼窩から吹き込み、頭蓋の中で反響し、男の命を奪ったこめかみの傷口から漏れる風の音が、泣き声の正体だった。アキラは両手で御頭を持ち上げた。そして、砂の上にそっとおろそうとした時、鋭い歯がいきなりアキラの指を噛んだ。アキラは叫びを上げて腕を振り回した。眼窩からのぞいた蟹の爪が指をはさんでいる。渾身の力で御頭を投げ捨てると、人差し指の肉が生爪ともども噛み切られた。御頭は真っ直ぐに崖の下に落下していく。ものがなしい風音が遠去かる。闇の底に砕け散る破片が白い花火のように広がる。」*<「泣き御頭」が粉々だ・・・・何ということをアキラはやらかした!いとおしい泣き御頭!アキラの泣き出したいくらい動揺した心が、風人に伝染しうずく!>
2004年08月16日
琉球新報米軍ヘリ墜落ニュース沖縄タイムス八重山毎日新聞アメリカ軍の秘密の事故調査?らしき状態のまま、事故現場への立ち入りが「地位協定」により、阻止されています。県警は事故共同調査要求中だが、依然アメリカ軍の回答はない。許しがたい治外法権です。対等な友好国なら、日本政府は即刻「地位協定」の見直しを迫れ!日本はアメリカの従属国ではないはず。
2004年08月14日

宜野湾市での米国軍ヘリ事故!起きるべくして起きた!琉球新報度重なる沖縄・米国軍の飛行機事故。日米軍事同盟で治外法権化した沖縄の米軍は、許せない!!日本政府の甘い対応も許せない!日米軍事同盟を根本から見直す必要はないか?沖縄からグアムへ、米国軍の移設を!即時に要求しよう!!・・・・・・・・・・・ 旧盆に波照間島へ帰ります。波照間島あれこれ大好きな八重山諸島の中でも、波照間は最も気になる島。何故なんだろう?有人島では日本最南端だからだろうか?あの地上の楽園?「ニシ浜」があるからだろうか?あのパイパティローマの伝説のためだろうか?八重山の英雄?「オヤケアカハチ」の、生誕の地だからだろうか? 波照間に流れる「日本であって、日本でない」感覚を、享受できるからだろうか?それらすべての確かな衝動に突き動かせてくれたのは、風人にとっての八重山・波照間島ポータルサイト、それが「波照間島あれこれ」でした。昨年の1月から「波照間島あれこれ」に導かれて、波照間彷徨が続いています。ことしも、1月以来、やっと8月の旧盆に波照間島に帰れます。帰る前に、「波照間島あれこれ」を読み返し、心の整理をしています。風人の大好きな楽天仲間の「上等沖縄司会屋さん」を、1999年の旧盆の波照間島のムシャーマ風景の中に発見!!!波照間島あれこれ・99年旧盆滞在記沖縄大好き楽天仲間のオフ会での直美さんが、波照間島との関係を”熱っぽく、深く”語った謎が、やっと解けたような?
2004年08月13日

オリンピック女子サッカー勝利始まった、女子サッカーは、初戦強豪のスウェーデンを1対0で破り幸先良いスタート!決めたのは、風人の地元、練馬駅前商店街が生んだヒーロー、MFの荒川さんだ!!スゴイ!スゴイ!練馬のヒーロー、羽ばたけ!メダルに向って!・・・・・・・・台風13号は11日、石垣島で瞬間最大風速42.2メートルを記録。八重山毎日新聞ニュース宮古島では11日、瞬間最大風速48.8メートルを記録。琉球新報台風13号は12日午後、先島諸島(宮古、石垣)から北へ遠ざかっています。中部商業掲示板沖縄宜野湾の中部商業、チバリヨ!応援メッセージ中部商業、よくやった!ほめてあげる!負けはしたが、いい思い出有難う!試合結果 中部商業対酒田南(6対11)・・・・・・・6回表終了し、4対8(中部対酒田南)0対8から6回に満塁ホームランで4点。面白くなったぞ!チバリヨ中部商業!・・・・・3回を終了し、0対1(中部対酒田南)金城投手コントロールはいいですよ!後は打線の爆発を!
2004年08月12日

台風最新情報石垣島の仲間によると、22:00現在、台風13号は宮古島と石垣島の間にあり、北西へ北上中。宮古では1000戸が停電しています。 台風13号情報11日朝の台風13号のは、以前北北西の進路をとり、15Km/時で北上中11日18:00の予想位置は、宮古島南南東50KM 風速40M/S12日06:00の予想位置は、与那国島北北東170KM 風速40M/S・・・・・・・・12:00現在、台風13号は、幾分北西から西北西へ進路をとるか?11日21:00の予想位置は、宮古島南西60KM 風速40M/S12日09:00の予想位置は、石垣島北西170KM 風速40M/S ・・・・・・・・・11日19:00現在、石垣島が暴風雨圏に入った。本日の飛行機他すべての交通機関がストップ。観光客もホテル・民宿で台風が早く行き過ぎるのを、祈るのみ!風人はただ祈る!「被害が最小限でありますように・・・」八重山ナビ八重山仲間の石垣島ライブカメラと台風情報サイトです。石垣ネットお天気ライブカメラ西表島ナダラ川のライブカメラ八重山諸島が暴風雨圏に!八重山の仲間の皆さん、”くれぐれ”も、お気をつけ下さい。
2004年08月11日

八重山毎日新聞石垣島では6月中旬からの少雨の影響で、サトウキビの生育に赤信号が点りだした!特に春植えは68.9%の生育状態で、今後の降雨によっては、危機的状況もあり得る。7月の降雨は71.5ミリ、8月は8日までの降雨が1ミリの雨しか降っていない事態。キビの干ばつ被害を食い止めるため、タンク車による”ほ場”への散水を呼びかけている。7:00のニュースによると、台風13号が琉球弧・先島諸島に接近しています。恵みの雨になれば?直撃?での暴風雨の被害がないように?と願うばかり。
2004年08月10日

8月8日、第29回宇都宮「ふるさと宮祭り」を見に行く。楽天仲間が張り切ってライブ出場で、応援を兼ねる。昨日(7日)雨の中で始まったふるさと祭り、今日(8日)は雨の心配は要らなさそうです。蒸せ返る宇都宮の夏を、市民と共に、風人存分楽しみました。 大通り会場は、何といっても、キジーさんたちの創作太鼓。太鼓の音をベースに、ジャズっぽいアレンジや、現代的リズム感をコラボレート。若い人から年配の人まで、幅広く聴ける、新しい創作太鼓でした。腹の底に響く太鼓のリズムが忘れられません。 ユニオン通りの、栃木沖縄県人兄弟会エイサー合同イベントは、木の香さんの沖縄尽くしの唄とエイサーとのコラボレート。木の香さんの伸びやかな沖縄チックな唄姫は、聴いていて「キュン」でした。 宇都宮の夏、今日(8日)は蒸し暑く、屋外での一日中のイベントは、物凄くハードですね。キジムナーのリーダーさんによると、汗びっしょりで体重が数キロ減るそうです。お祭りが終了後、キジムナーのオフ会に乱入させて頂きました。美味しい料理と、楽しいユンタク、また大切な思い出が出来ました。キジムナーの皆さんに感謝!木の香の皆さんに感謝!
2004年08月09日

残暑お見舞い申し上げます。7日は午後から夕立、夕方からの小雨の中、豊島園では予定通り、夏休みの土曜日花火大会が決行されました。 雨も小雨が降っていたため、見物に濡れない場所はと?思いついたのが、練馬区役所の20階の展望ルームでした。はい、この場所なら雨に濡れなくて、しかも、”目線の高さ”で花火が見れます。地上から雨にぬれ見上げながらの花火でなく、目線の向こうに、平行して花火を見る!これもまた、グッドでした。同じ時刻(20:00~)に、20階展望ルームから、遠く板橋方面の花火も同時に見ることが出来、20階の高さの2重のラッキーを味わいました。八重山・石垣島雑記石垣島の親愛なるML仲間が、「さとうきび畑の唄」にエキストラで出た際の、”役得”で可愛らしい女優さんとのお疲れさんバーベキューで、人気の上戸彩さん以外の女優さんで、本仮屋ユイカさんにゾッコンのようだ!石垣島って、思いもかけないハッピーな出来事にも遭遇するものですネ。「さとうきび畑の唄」のロケ地は、石垣島です。風人の大好きな風景(平久保等)が、ドラマの背景だったため、不思議な気持ち?で観ていました。
2004年08月07日

8月6日午前8時15分、西の方角(ヒロシマ)に向かって、合掌!ヒロシマ・ピース・サイト59年前の8時15分、ヒロシマにピカドンが爆発した。 ヒロシマのピカドン投下後、多くの被爆者がヒロシマのすぐ沖合いにある似島(にのしま)に、被爆治療のために避難した。その似島から、昨年58年振りに多くの人骨が、土の中から掘り起こされた。風人の中学校の先輩(被爆少女で「千羽鶴」の本人)が葬られている「平和の塔」で、昨年、大学生による千羽鶴への放火事件があった。胸が痛む!ヒロシマの被爆先輩達が年々死亡し、ピカドンの事実の伝承者が少なくなっている。静かに平和を祈る。”ノーモア!オキナワ、ヒロシマ、ナガサキ”合掌!
2004年08月06日

風音7月31日から、新宿と渋谷で上映が開始されている。もちろん、沖縄本島が上映の最初で7月だった。3日、風人、上映時間も確認せず、直接「テアトロ新宿」へ。看板は「機関車先生」になっているぞ?受付で「風音」の上映時間を聞く。”ななんと”21:20のナイト営業のみ!!新宿で夜まで待つか?渋谷へ行くか?何も考えず、”善は急げ”!渋谷へゴー!渋谷の映画館名、場所もウル覚えのまま?”オッチョコチョイ”な風人。渋谷の町は、兎に角”やかましい”!うだる湿気と、30度以上の温度と、喧しさでフラフラになりながら、本屋・売店・等の情報源を探し回り足は既に棒状態。探し回る、”可笑しなおじさん”をあざ笑うかのように、時間だけが過ぎる。足が棒、頭はクラクラ!とうとう映画館を見つけられずギブアップ。何という無駄骨!帰りの山手線は夏休みの学生さんで一杯。ぐったり家路へ。懲りもせず、HPで場所・上映時間確認後、明けた4日、渋谷へ再出直し!渋谷南口から「ユーロスペース渋谷」へ、2日掛りでやっと辿り着く。風人のような”暇なおじさん”は少ないだろうと思いきや、世間は広いのか?結構”おじさん、おばさん”、が控え場所で上映前から待っているでは?”風音”とは、沖縄戦終盤での特攻の若い青年が、アメリカ軍に撃ち落され、頭蓋骨の左こめかみ部分に、致命傷の弾をくらい、墜落死。その遺体を海人が見つけ、若き戦死者を洞窟に弔う。いつの日からか?海の向こうのヤマトを望む洞窟の高台に、頭蓋骨が鎮座する。強い風が吹く日に、若き特攻隊兵士の頭骸骨の左こめかみの銃弾の穴を、風は吹きぬけ、「ヒューヒュー」と悲しそうに風が泣く!「泣き御頭(うんかみ)」と海人からいわれ、遠い沖縄戦を思い出させる場所。この「泣き御頭」を巡る、様々な人生を生きてきた人たちが、映画の進行と共に語られていく。海人に扮した上間宗男さんの淡々とした演技が、印象的でした。長くなったので、お終いです。これ以上は、実際の映画をみてネ!
2004年08月05日

風人は広島出身ですが、36年~38年前の学生の頃、何度か”核廃絶の平和行進”に参加した経験があります。 今も、核廃絶の”国際平和の巡礼”は、引き継がれて続いているそうです。まみぞう日記”まみぞうさん”のサイト(風人のお気に入りにリンク)の日記によると、まみぞうさんも、国際平和の巡礼行進に参加すべく、広島・長崎に行かれたようです。国際平和巡礼・まみぞう日記より若者の平和を希求する長い歴史は、今も脈々と続いています。沖縄で生まれた島人が、沖縄戦の悲惨な歴史を、平和希求の島として、毎年慰霊するように、広島で生まれた風人は、毎年8月6日に向けて、ピカドンの犠牲者の方に、核廃絶のお祈りを捧げます。
2004年08月03日

八重山上陸が決定(空の便)し、今日から宿泊予約を入れる。 波照間での宿泊予約を優先して、電話する。盆(旧暦7月14日)の新暦8月29日は、波照間の島人口が2倍以上に膨れ上がるらしい?宿泊予定は8月24日~8月31日までを予定。「みのる荘」(0980-5-8438)8月後半は予約満席。嫌な予感。第二候補の「けだもと荘」(0980-5-8249)8月後半満席。あれー、ヤバイナー!第三候補「星空荘」(0980-5-8130)盆休みにはいるとのこと。チョット、本当にヤバイゾ!第四候補「たましろ荘」(0980-5-8523)8月後半満席。悪い予感が当たってしまった!緊急事態発生か!上位4宿泊候補とも泊まれない!仕方なく、予定外の宿泊施設へTELする。「照島荘」(0980-5-8224)8月後半は満席。「勝連荘」(0980-5-8154)8月後半は満席。「いしの荘」(0980-5-8469)8月後半は満席・ついに打ち止めです。風人・・・甘かった・・・なんと、波照間の旧盆(ムシャーマ)頃の、波照間島上陸への人波のラッシュのスゴサよ!!!そんなに多くの波照間ファンが、ムシャーマ・ミルク神ファンが多いとは!!甘かった!反省!! しかし、なお波照間に行きたい!諦めないぞ・・・とりあえず、石垣島のいつもの「パナリヤーンブジーナ」(090-5484-5059)素泊まり民宿で8泊(8月24日~8月31日)を抑えておこう。 石垣島の旧盆(8月28日~31日)の、ソーロン・アンガマ、イタシキバラを中心に、波照間・ムシャーマ・ミルク神遭遇対策を練り直そう。そうそう、上等沖縄司会屋さんから、極上のテクニックを教わったばかりじゃないか?八重山探訪・カレンダー石垣島と波照間島のすべての盆行事を見てまわる、ウルトラCを屈指しよう!
2004年08月02日

沖縄本島から、本場の沖縄エイサー集団乱舞! 雨雲も蹴散らし、ビルの谷間の新宿通りに、沖縄の夏が再現された。琉球國祭り太鼓(創作エイサー)等を中心に、新宿の暑く熱したアスファルトを練り歩く!人々の熱気で溢れかえる! 踊る阿呆に、観る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん伊勢丹新宿の6F、沖縄物産展・イベント会場も、押すな押すなのスゴイ人出。 イベント会場では上等沖縄司会屋さんの進行で、今日も盛り上がっている。 沖縄の泡盛のことならこの人、「うりずん土屋氏」の、泡盛談義は風人のような泡盛党にとっては、”ウンウン、ナルホド、ナルホド”でした。シークワーサー割りの泡盛の美味しさを、再確認。100年もの泡盛構想、夢があっていいですネ。 「ヒガシワタリ」の二人組は、フレンドリーな唄者で、身近なニーニーかな。沖縄祭り本日分一段落後、楽天沖縄大好き仲間でオフ会に。昼間以上の盛り上がり!こんなに熱く沖縄を語る面々、スゴイ!みんなの入れ込み方は尋常ではない!だから、無上の喜びであり、感謝のヒトトキでした。沖縄時間がいつまでも続くような錯覚に陥った、風人でした。
2004年08月01日
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