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2006年09月29日
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自分も車を運転するから良く分かるけど、また交通事故がどれだけ悲惨でありその後の人生の中において大変になる原因になるものなのかも良く分かる。

私も二度、自動車による交通事故に遭った事があるが、一度目は左側面で、交差点を止まらずそのまま突っ込んできた軽トラックに当てられ、二度目は、右サイドにダンプが勢いよく前輪を当てて逃げようとしたので捕まえて、警察に連行したが、車は見るも無残な側面になった。

しかしこの時にこのダンプは逃げようとするんだから、本当にこの頃の日本人達は潔 (いさぎよ) く自分の罪を認めることをしなくなったね。  私達の子供の時は、逆に逃げることが『  恥ずかしい  』という思いをしたものだが、この『 恥ずかしい 』という、思いを持つことが恥ずかしいのだろうか?

罪を犯すということが恐ろしいと感じるのは誰でも同じだね。  でもなぜ恐れたり怖くなったりするんだろうか?  その心の中に、問題が見え隠れしているとは思わないか?  裁かれるという行為、制度に対して、人は恐れているのかもしれない。

しかし法律というものが、この人間達が作り出した制度であることは間違いがないけれど、これには 弱者救済 という意味が込められている。  問題を起こした側は『  加害者  』 、問題を引き起こされた側を『  被害者  』 と呼ぶが、加害者責任として、法律はその罰を与えようとする。 その『   』 が怖くて、人は逃げるのだと思う。

罰は実は、人は自分で自分を罰するように出来ている。 しかし、心の世界を知らないから、罰を他の方法で与えようとするから、人間関係がこじれてくる。  確かに自分で自分の罰を与えれる人は少ないかもしれない。  しかし、本当は自分で自分に罰を与えることが出来る。

『人は他の人を騙せても、自分を騙すことが出来ない』 これがその答えだ。  幾ら嘘をついても、人を騙すことが出来ても、自分には絶対に嘘がつけないからだ。  もし本当に自分に嘘がつける人が居るというのなら、会って見たい。  その嘘が判るからだ。

どのような時代が来ようと、どの様な世界になろうと、人間が人間を縛り付ける構図は消えないかもしれない。  だけど、法律が人間をどの様に縛りつけようとしても、本来人間が持っている自由の感覚は誰も縛りつけることは出来ない。  だからこそ、厄介な面も有ると言わざるを得ないのかも知れないね。

しかし真実、自分が自分に対して、罰を与えれる時代が来るのなら、きっと世界は少しはまともになるかも知れないね。  そして自分のやった行為が恥ずかしいことだと理解できる時代になれば、もう少し人間関係がスムースに行くようになるかも知れないね。

この地球環境を考えれば判ると思うが、戦争や、宗教の争いをすることが如何に馬鹿げているか、理解しないと、取り返しのつかない状況になってしまいます。  一人でもいいから、心を理解して欲しいものですね。






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最終更新日  2006年09月29日 11時36分49秒
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