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2006年11月23日
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韓国ドラマの 「 チャングムの誓い 」 が終了した。 このドラマの素晴らしさは、一人の女性が 『恨み』 から 『愛情』 へと変わり、困難を乗り越えながら、新しい境地を構築していく過程を、力強く表現している所だと思っている。

多分この後に、『 ホジュン 』 という同じ時代背景の韓国ドラマが放映されるかもしれない。 これはチャングムの男性版とも言えるかも知れないが、この人の苦難の道は、おいそれと出来るものではないと感じる。 それくらい、人生の過程が苦難に満ちていると言うことだ。

私達がこの現在社会で、『 生命を賭ける 』 という心の気構えで生きているのか? と問われれば、どの様に答えることが出来るだろうか?

まさに彼らの時代では、『生命を賭ける』 その心構えがなければ生きてはいけない、その様な時代背景の中で、精一杯実力を発揮し、そして高めて行く努力をしている姿が描かれている。 勿論、どの時代にでも『いい加減な人』 が居ただろうけれども、誠心誠意 誠を生きる人は努力の人であることは間違いがない。

ホジュンの最後の話は64話になるが、今日も改めて見直すと、それまでの話が走馬灯のように思い出して来て、最初から涙が出てきてしまった。  何があっても言い訳をせず、向こうからやってくる苦難をそのまま受け取り、決して 『諦めない』 で、生きている姿は、私の心にしっかりと信念を植えつけてくれているのが分かるからだ。

自分がどうしてこの世界に生きているのか、そして仕事も含め、自分の生きる道にこの様な背景があるのかが以前は分からなかったけれど、今では心の中に信念として、生きる道標としてしっかりと心は定まっている。 それ故に、まだまだ前途は多難だが、それを多難だと思わないで生きて行く心構えが備わって来たと思っている。

この娑婆の中で、多くの困難がそれぞれの人の中に存在するものだが、その困難はその人それぞれが必要だからこそ、困難として起こって来るものだと私は理解できる。 だからこそ、その様な目の前に起こる困難に負けないで、それを乗り切る努力を怠らないように、自分に厳しく戒めて立ち向かって欲しいと思っている。

どんな環境であれ、人はそれぞれの生き方をしなければならないからだ。  その生き方はそれぞれの方々に於いて、形的には全く誓うものだから、同じような感覚にならないかも知れないが、決してそうではなく、それぞれの困難は共通した困難なのだ。  だからこそ、人はその人達の苦しみが分かる筈だ。  分からない訳がない筈だ。

だから人はお互いを愛し合うことが出来るのだ。  男女の愛が愛の全てではなく、全ての愛情を理解し、共感することが出来る筈だ。  だからこそ、あらゆる困難を理解する為に、人生という舞台が存在していると、私は理解している。

ドラマや映画等の人生も、私達がこの世で人の姿から多くを学ぶことが出来るように、その仕事がある筈だ。  私達の人生も、生きていることそのものが舞台で演じているようなもんだ。  だから、ドラマや映画を通じて、共感する事が出来るわけだ。  この人生は、心を学ぶ為に存在している舞台だからだ。  お互いがそれぞれを演じているに過ぎないだけだ。

人生舞台を生きるのは、本当に素晴らしい、そしてそれこそ神様が与えて下さった、最大の愛情篭った贈り物だ。






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最終更新日  2006年11月23日 12時27分40秒
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