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暴力団 山口組系列の暴徒によって、昨日長崎市長が凶弾に倒れ、肉体生命を失いました。
またアメリカでも、32人という学生が、韓国人の同じ学生による凶弾に、倒れました。 和歌山市でも、70歳の男性が、何処から銃を手に入れたのか判らないが、遺産問題で銃を利用して、女性に銃弾を放ちました。
世界中で、鉄砲を利用した殺人が止め処なく行なわれています。
イラクや中近東諸国でも、銃ではなく、プラスティック爆薬を利用して、多くの犠牲者を出させています。
その背景に、人間の心の問題が存在しています。その全てに共通する心が、『自分の思い通りにしたい』、その様な心の思いが横たわっています。
この心、自分の思い通りにしたい心、は一体どの様な心なのか?
誰もが自分の思い通りに生きて行けるのなら、どれほど幸せな感じを受けることが出来るでしょうか?
しかし、この世では、自分の思い通りに生きて行ける人が、どれほど居るのでしょうか?
殆どの人が、自分の思い通りには、生きてはいけません。
『我慢』したり、『忍耐』したりして、生きているのが実情です。 しかしその我慢や忍耐が出来なくなってしまった人達の採用する行動は、自分勝手な言動と行動になってきます。
しかし自分を『正当化』すればするほど、『自分の意見の正しさ』に酔いしれてしまいます。
それが『自己正当化』になってきます。
なかなか自分でその傾向に歯止めを効かす事が出来るのは、難しい作業です。
暴力団の関係者は、自分の暴力を利用して行なう職業が、多くの人々を苦しめている職業であることをほんのわずかだけ認識しているかも知れません。
人間誰しも、傾向的にどの様な悪い心の持ち主であっても、米粒ほどの善良な心は持っている筈だと信じます。 しかし、職業柄、暗闇を生きなければならない彼ら、暴力を正当化する人間どもは、善意な心で正当な自己表現をすることは難しい。
そして彼らのその心の中には、それまでの人生の中で培ってきた、「卑下をする心」 が強く関わっていることでしょう。 自分をその「卑下」から正当化するためには、自分を『 誇示 』 する必要があります。 その「誇示」が 『 暴力行動 』 になり、最悪は人命を奪う、愚かな行動となってしまいます。
これは暴力団のみならず、自己正当化を目指す個々人の心には、多少なりとも存在しているのではないでしょうか? 多くの権力者達が培ってきた、地位や名誉を守る為の、理由として多用しています。
自分は少量の法律的罰則を受けて、のうのうと生きて行けますが、その人物によって死んで行った者達の魂は、怒りでその地に留まっているかも知れません。
死んで行ったその者が許さない限り、地獄で、加害者は心の許しを得ない限り、苦しむことになるのも、ルールです。 それを味わうのも良いでしょう。
しかし愚かな行為であっても、それを理解することも大切です。 そして許しも大切です。 加害者も、被害者も理由があってその現実を生きているのが事実です。 全て、偶然ではなく、必然だからこそ、このような学び、修練があるということになるのですが・・・・・・・。