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3.歌を巡って寄り道小道 近鉄京都線の急行に乗り、南へ向かった。早朝のローカル線である。学生や通勤客が乗り降りしていたが、程よい混みようで充分に座れた。駅のコンビニで買ったおにぎりを食べながら、ふと、ある歌を口ずさんでいた。フォークソングの隠れた名曲『比叡おろし』である。ケースの中のギターが呼び込んだのかもしれない。京都を後にして、後ろ髪を引かれるように思い浮かんだのかも知れない。ナップザックに忍ばせた、緑のファイルを探したが、生憎この歌の楽譜は入っていなかった。そうだ、この楽譜はもう一つのピンクのファイルに入れておいたのだった。それは東京に置いて来た。 1時間半程で、ターミナル駅の大和八木に着いた。ここで近鉄阪伊線に乗り継ぎ、一路東の方向へ向かうのだ。乗り継ぎの快速電車を待つ間、プラットホームのベンチでギターを取り出し、記憶を頼りに『比叡おろし』を辿って見た(前回、ギターは一度もケースから出すことは無かったと書いた記憶は間違っていた)。コードはほぼ分かったが、歌詞があやふやだ。1番~3番までがごちゃ混ぜのような気がした。何だか気持ちが悪い。そんな歯がゆい思いをしながらも、やって来た快速電車に乗り込み、伊勢へと向かった。車窓から見える景色を楽しみながら、東へと向かった。 電車は空いていて、格好の席を確保できた。ひとしきり見える景色を、気ままにカメラに収めていた。奈良から伊賀を越え、三重へと移動して行く内に、次第に山がなだらかになり海岸が近くなるのを感じた。三重の北東の空は澄んでいて白い雲が雄大な絵画を描き、おいでおいでをしているように感じた。子供の頃から、移動する景色を、ただ何気なく眺めるのが好きだった。ナップザックに忍ばせた本たちも出番が無い。次々に移り行く景色を眺めながら、ぼーっとしているだけで充分だった。あぁ、旅をただ楽しんでいたのだった。 また、1時間半程で、伊勢市に着いた。午前10時半頃だった。ここで、JRのローカル線に乗り換えるのだが、2時間ほどの余裕があった。ちょっとゆっくりしようと思った。ボストンバッグを手荷物一時預かり所に預けて、係りの方に訊いて見た。この辺りにインターネットが出来る所はないかと。20分位歩くと、マンガ・ネット・カフェがあるという。早速そこへ行って見ることにした。歩いてちょうど20分、間違いは無かった。その場で会員になりブースへ入った。自分のブログをチェックするのもそこそこに、例の『比叡おろし』を調べて見た。ちゃんと歌詞が出て来た。プリントアウトは出来なかったので、ノートに歌詞を書き写した。コーヒーを飲んで少し速い昼食を採った。 『比叡おろし』 歌:小林啓子 作詞作曲:松岡正剛 1. 風は山から 降りてくる レタスのかごをかかえて 唇はくびれた いちご 遠い夜の街を 越えた来たそうな ※ うちは 比叡おろしですねん あんさんの 胸を雪にしてしまいますねん 2. 風は琵琶湖に 落ちてくる 北山杉を 下に見て 夕焼けは よそゆきマント 光る銀の靴を はいていたそうな ※ うちは 比叡おろしですねん あんさんの 胸を雪にしてしまいますねん 3. 風は今夜も 吹いている 死んでは駄目よと 言いながら さよならは 小さなみぞれ そっと京都の闇に 捨てて来たそうな ※ うちは 比叡おろしですねん あんさんの 胸を雪にしてしまいますねん これで歯がゆい気持ちは治まった。腹も落ち着いて、意気揚々と伊勢市の駅へと帰り着いた。伊勢市の駅前公園広場で、しばしの休憩。ここでギターを取り出して、俄か伴奏つきで唄ってみた。人影はまばらだったが、ちょっとした路上ライブだった。『比叡おろし』をおさらいして、あと数曲自分の歌も唄って見た。でも、路上ライブなんてしたことがないので、軽く口ずさむ程度だったのだが。その辺りは伊勢神宮の外宮の参道に当たるが、ちょっとした唄の奉納であった。いち早く、わたしはお伊勢さんにご挨拶。お伊勢さん、参りましたよ~と。 左の写真の、おじさんの座っているベンチの右隣りの空いているベンチで休憩したのだった。そこでギターを出して、チューニングして・・・。人影は少なく、近所のおじさんが鳩に餌をやっていた。のどかなお昼頃だった。わたしも、しばしのくつろいだ時間を過させていただいた。程なくして、JR賢島行きのローカル電車がやって来る時刻になった。待っていると、やって来たのは1両編成のゴトゴト電車。地元の高校生と昼間っから酔っ払っている8人ほどのおじさん連中と乗り合わせた。15分ほどで目当ての二見浦駅に到着。駅で仲間に出会い、連れ合ってタクシーに乗り、集合場所に到着。 さあ、やっと研修旅行に参入だ。続々と仲間達がやって来ていた。場所は有名どころの『賓日館』、時刻は午後の1時半。それからが、めくるめくマジカル・ミステリー・ツアーの始まりだった。ホストの御仁の第一声。「さあ皆さん、ようこそお出で戴いた。これから、結構の伊勢志摩・鳥羽・松坂へとご案内いたしましょう」。そして、今回のゲスト案内人の建築家、内藤廣さんが早々と紹介されたのだった。伊勢の和菓子を戴いて、お茶を飲み、早々に貸し切りバスに乗り込んだ。鳥羽の海岸をのくねくねした道路に揺られながら、目当ての建物へと向かった。(つづく) 知る人ぞ知る『賓日館』 『賓日館』向かいの二見浦 向うに見えるは愛知の知多半島
2006/11/30
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2.深夜光速バス かつてJRが国鉄だった頃、京阪神と東京を結ぶ深夜高速バスは確か1路線だけだった。名付けて『ドリーム号』、国鉄の運営だったように思う。学生時代に京都に住んでいたわたしは、東京の友を訪ねて何度も利用した覚えがある。それも、一時期運行中止になってしまったと記憶している。村上春樹のデビュー作を大森一樹が映画化した『風の歌を聴け』では、小道具として上手く使われていた。あれは、神戸-東京間だった。映画の終盤で、「もうそのバスは運行されていません」と主人公が言われる場面がある。映像では木枯らしが吹き、枯葉が宙に舞っていた。時の移りを表現したメタファーだったように思う。 時代は変わり、今では各地のローカルバス会社が提携して日本各地を高速バス路線が結んでいる。わたしの住む街からも、京都・大阪・神戸へ直行便が出ている。バスは歩いて5分の駅南口ロータリーまで来てくれる。名前は『サザンクロス』。新宿や東京へ出なくて済むのがありがたい。わたしは、愛用のナップザックを背負い、ミニギターケースを肩に掛けて、大きなボストンバッグを引いて駅まで歩いた。大きなボストンバッグには伊勢神宮お参り用の正装が入っている。その他諸々、わたしは荷物の多い旅行者なのだ。ギターも故あってのことだったが、結局一度もケースから出すことは無かった。 川沿いの小道を抜ければ、玉川上水駅南口ロータリーだ。ちなみに、この写真はこの春に桜を撮ったものである。 さて17日(金)は、昼間はスケジュールが埋まっていて、慌しい中で旅の荷物を整えていたが、バスの出発は21時55分。充分余裕があった。大きなボストンバッグを収納庫に預けて、身軽にバスに飛び乗った。その日の出来事をノートにまとめ、旅に小躍りする心情を書き付けた。23時に速やかに眠りについた。そうして旅は始まったのだが、今回はバス中での夢の書き付けを披露したい。わたしの生活は、いつも夢と共にある。いつもなら、もうひとつのPC夢日記に刻む所だが、旅の空ではままならなかった。以下は、バスの中でうつらうつら書き綴ったノートの写しである。(1)1:13AM ミラクルな変容の夢 朝が来るまで見てはいけない約束なんだけど、バスの外ではミラクルな変容が起こっていた。『ミラクルな変容』って!?・・・細部は忘れてしまったのだが、とにかく『祝福の変容』だったような。それが何故か、ちゃちゃさん(知人)なんだな、外にいるのは。僕らはバスの中、闇の中で眠っている。変容は『この世の変容』という設定だったな。虹が出ていた。そして、強烈な光!。(1)から得たビジョン 1:40AM 間違いから起こるミラクル。ヒューマンエラーや、過ちや、ちょっとした勘違い。それらは何故起こるのか?正しさの反対という意味での間違いではなく、気付かずに起こしてしまった間違いのことを言っている。不正のことではないのだ。それらが引き起こす未来は、実はとても豊かで、拡がっていくたぐいのものである。水面に石が落ちて波紋が広がっていくように。どうして、間違いや勘違い、ヒューマンエラーは起こってしまうのか!?それは僕には、神が仕組んだ、人生のスパイスのようなものに思える。(2)4:30AM ちびまる子ちゃんの夢 ちびまる子ちゃんの物語風。息子のだいちたちと居る。僕が左腕、右腕、ヘソの所にサロンパスを貼っていると、彼女にふられ、・・・・し、どうしたこうしたのと言われる。サロンパス占いというのがあるらしいのだ。「好きな人は」と聞かれ、「ちびまる子ちゃん」と答える私。(3)4:40AM 旅での出費の夢 妻とだいちと3人。旅か何かで、記念品売り場に居る。チョコレートが2~3種と、ポケモンカレンダーが売られている。いずれも限定品で、そこでしか買えないと言う。僕はチョコを2つ位、買おうかと思っている。いずれも1000円位。そして、だいちがカレンダーを欲しがる。妻が、今日はお金の持ち合わせがないと言う。2000円もする。僕はカード決済で買ってやろうと思うが、カードは使えなさそう。あぁ、旅でお金を余分に持って来たことを思い出す。思い切って買おうかなと思っている。全部で6000円位の出費になるなと。 余裕がある時は、覚めた意識で夢の考察を行い、日々の生活に役立てるところなのだが、旅の空ではそんな時間は無かった。今から思えば、いずれの夢も暗示的だ。今回の旅では現実にミラクルが起こったし、お土産品も幾つか買い漁った。ほのぼのとしたちびまる子ちゃんの夢だけは、いまだに意味不明だが。しかし、実写版ちびまる子ちゃんのドラマの女の子は本当にいい笑顔をしていたなぁ。大好きだよ、本当に。 まあ、こんな風に夢とは付き合っている。ドリームセラピストと名乗っている限り、自らの夢との関わりは欠かせない。夢は現実に繋がっている。ただ、その繋がりの意味合いが読みにくいだけのこと。夢の世界は、起きていても実は継続しているのである。これを深めたのは、プロセス指向心理学を打ち立てたA.ミンデルだ。『ドリームボディ』とか『24時間の明晰夢』とかと言っている。ユング心理学とシャーマニズムを融合させた気鋭の賢人である。今回の旅も、ドリーミングの底流に添った道行きだった。ルーティンの無い旅には、より夢が作用しやすいのだと思い至った。 閑話休題。 そんな風にして、うつらうつら断続的な夢を見ながら眠りに落ち、深夜の高速バスの車中から既に旅は始まっていた。気がつけば、夜は白んでいた。5:50AM、バスは予定通り京都駅八条口に着いた。まさに、「深夜光速バス」だった。 駅のトイレで、ほとんど寝巻きのようなラフな格好から、ちょっと粋なカジュアルな服装に着替えた。早朝にもかかわらず、駅のトイレ(特に女性トイレ)には行列が出来ていた。同じように深夜高速バスを利用して、京都観光などを楽しむ人たちがいるのだろう。わたしは、しかし、まだ旅の途中。近鉄急行を利用して南に下るのだ。着替えをして生まれ変わったような気分で列車に乗り込んだ。(つづく)
2006/11/28
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1.秋の音信 10月の半ば頃に、季節の音信があった。わたしが今一番信頼を置いている御仁からの旅へのお誘いだった。場所は、伊勢・鳥羽・松阪。深秋の紅葉に彩られた伊勢神宮を思い浮かべた。伊勢神宮には、社会人になりたての頃に一度立ち寄ったきりで、ここ20数年とんとご無沙汰している。いつか、しっかりとお参りしたいと思っていたところだった。しかも、今回の案内役は気鋭の建築家との事。こちらもすっかりご無沙汰しているが、若き日々、建築科に在籍したわたしにとって、格好の機会のように思われた。 旅の計画は、わたしの中で密かに、しかし着実に育って行った。ハローウィンを前にして決行が定まった。そして、あれやこれや旅の準備が進んでいったのである。わたしの生れは徳島、育ちは岡山、学生時代は京都である。伊勢を皮切りに持って来て、それらすべてを踏破しようと企てた。幸運にも、わたしの住む街から京阪神への夜行高速バスが運行されている。出費を抑えるのに、それは丁度良い手段に思われた。 計画はこうである。先ず、東京-京都間の往復切符を予約購入した。初日は京都を経て近鉄京伊線で伊勢に向かう。現地で合流して1泊2日の研修旅行に充てる。解散後、再び京都を経由して岡山へ帰る。2泊ほどの余裕を持たせて、両親、姉、姪、友人等と交流する。帰路に徳島へ渡り、四国八十八箇所巡りの切っ先を付け、神戸を経由して京都へ赴く。旧友との親睦を深めた後、復路のバスに乗り込む。 以上が、旅の前にわたしの頭にあったシナリオである。しかし、この計画はものの見事に変更を余儀なくされた。岡山の友人には会う時間が無くなった。一方で、生れ故郷の両親の里、阿波池田に立ち寄ることになった。しかしそのお陰で、四国巡礼の切っ先は適役のガイドに恵まれ幸先の良いものになった。帰路、神戸は素通りして、京都では新しい友人に出遭い、旧友と杯を交わして、予定通りのバスに飛び乗ることが出来た。 ◇ ◇ ◇ ざっと今回の旅のあらましを、<現・夢>含めて書き落としました。これから数日に渡って、道行きの姿を詳細に、また所々端折ったりしながら書いていきます。旅の写真などを織り交ぜながら、面白楽しく綴っていこうと思います。未だ、前口上なのですが、みなさんどうぞよろしくお願いいたします。どうぞ楽しんでいってくださいませ。月末までには仕上げたいと思っています。下の写真は、旅立ち前日のわが街からの西の風景です。 この朝には、待ちわびた旅の行く先にどんなことが起こるのか、皆目見等も付かないままに、憧れの眼差しで西に広がる空を、ただ眺めていました。山の向こうのあまたには何があるのか・・・、人はいつも憧れるものです。わたしはそんな眼差しを持ったままに、旅へと突入して行きました。そして、めくるめく出来事に出遭い続けたのです。旅は人生のメタファーです。人は旅に出る度に、新たな自分、新たな視点を得て、起点に辿り着きます。 『ふと思った時から旅へ』・・・これが、わたしのキャッチフレーズ。 今回の旅も、やはりそのような旅でありました。(つづく)
2006/11/27
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みなさんお久しぶりです。23日の早朝に、無事、西方への旅から帰ってきました。行き帰りが深夜バスで、6泊7日のスケジュールでした。 17日(金): 深夜バス泊で、東京 ⇒ 京都 18日(土): 京都 ⇒ 伊勢市 ⇒ 二見浦 ⇒ 鳥羽泊 19日(日): 鳥羽 ⇒ 伊勢神宮 ⇒ 松阪 ⇒ 京都 ⇒ 岡山泊 20日(月): 岡山 ⇒ 阿波池田 ⇒ 徳島市泊 21日(火): 徳島 ⇒ 阿波池田 ⇒ 岡山泊 22日(水): 岡山 ⇒ 京都 ⇒ 深夜バスで東京へ 23日(木): 深夜バス泊で東京へ着くと言った具合で、ややハード。旅の紀行は追々書くとして、今夜はその後の日々です。23日は勤労感謝の日で祝日、息子のだいちは友達からドッヂボールのチームに誘われて、市民スポーツ大会に参加するとのこと。わたしは物見遊山と応援に、カメラを持って出掛けました。下の写真は、我がファイターズ8人衆です。 試合は運悪く、5チーム中4位でみんな悔しがっていましたが、来年へのリベンジを誓ったようです。わたしはと言えば、終わってからの夕方は、旅の余韻と疲れが来て、思わず昼寝をしてしまいました。そして、夜になってもまだ眠くて仕方なく、9時には布団に入りました。明けて翌日24日。ぐっすり眠って気分は上々、だいちの小学校の恒例行事 『展覧会』 へ行って来ました。1年生から6年生までの作品を、体育館をフルに使って飾り付けていました。個々の作品を、共同作品が守る形で、一端のまさに展覧会場に様変わりしていました。 下の砂絵はだいち作の 『宇宙』 という作品。黒が基調で力強いものに仕上がっていました。太陽がひとつと銀河があって、それはこの太陽系とは違う銀河だと言っておりました。 続いて、ペットボトルを利用したランプシェード。ちゃんと暗室が用意されていて、ブラックライトで光るように工夫がされていました。 下の作品がだいちの作品。上には花が開いたようになっていてこれは毛糸で飾りを付けていて、中央のペットボトルの口同士はキッスをするような形になっています。 という訳で、まだ心は旅の余韻の中なのですが、しっかり日常生活に向き合っています。次回から、ゆっくりじっくりと紀行文シリーズを上げて行きたいと思います。今回の旅はかなり濃密で、実り多き旅だったので、まとめる方も楽しみです。もうちょっとお待ちくださいね。みなさんも、どうぞお楽しみに♪
2006/11/24
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旅の道中から日記を上げるのは、結構むつかしいです。身体が旅モードになっていて、PCを開いても、読むだけで時間が過ぎてしまう。なかなか、書くモードに切り替わらないのでした。インプットモードとアウトプットモードのチェンジギアが、少々麻痺しているのかも知れません。5日目にして、やっとのことここにたどり着きました。しかし、文章はままならないので、写真で失礼します。下の写真は、とある神社の奥の森で、植物たちと木漏れ日に 包まれた時の画像です。 『西の北の癒しの森』とでも名づけましょうか・・・。言うとすれば、森の中のスピリットたちに癒された気がしました。 気持ちの良い昼下がりの散策でした。時間を忘れた一時。 一方、下の写真はやさしく広く包んでくれていた四国の空の画像です。本当は、山々の稜線をお見せしたいところですが、今日はこれでご勘弁を・・・。 四国は、わたしの生まれ故郷。その自然のやさしさを存分に満喫した一日でした。今日は、岡山から京都を経て、東京へ向かいます。たどり着いたら、またゆっくり、旅の紀行を書かせていただきます。前後しますが、伊勢・志摩・松阪は、また格別でした。それも追々、どうぞごゆるりとお待ちください。
2006/11/22
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今夜から、西へ向かって旅立ちます。明日は伊勢志摩で、とあるお方たちとご一緒します。「うみやまのあひだ」を遊興いたします。折も折、深秋に伊勢の山々も紅葉していることでしょう。その後、どんどん西へ向かい、故郷の岡山まで参ります。久々の帰省です。瀬戸の「うみやま」はどうなっているのかが楽しみです。わたしは元来西の出、西の方向へは郷愁が滲みます。東京から西を見て、西に沈む夕陽を見て、ただ呆然と立ちすくみます。かねてより、西方への思いには縁深きものがあります。西からどんどん東へと渡ってきた、移ろいのわたし。今は、東の大和に腰を据えています。なにやら宿命的な匂いを感じます。さて、下の写真は15日に見た西の風景。なにやら、夕陽が火山のように光っていました。 拡大すると、こうなります。 少々胸騒ぎを覚えました。その直後、激しい走り雨に見舞われました。その夜に、千島列島沖で地震があったのですね。まあ、少々思い過ごしなのでしょうが。翌朝、東京は快晴で、西南に富士山が顔を出しました。 東京で富士山を拝めるのは、この季節の澄んだ空気のお陰です。心爽やかな16日でした。しばらく旅に出る故、日記の更新はさらに間が空くかも知れません。また、みなさまの所へお伺いするのもままならぬかも知れません。出来るとすれば、旅の空の下からでしょう。では、行ってまいります。みなさまも、ごきげんよう。
2006/11/17
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今日はいろんなことがあった一日でした。昼間は、しぇる'さん と2人OFF会をして、3時間ばかり濃密な話をしました。夕方に別れて帰宅して、また別の場所に遊びに行きました。わたし行きつけの特別サロンです。そこで夜、ハイビジョン放送で胸を突くようなアコースティックギターとハーモニカの演奏を楽しんでいたら、急にテレビが中断して、津波警報に変わってしまいました。千島列島の地震の余波の警告情報でした。いくら経ってもNHKはその緊急ニュースばかり。民放のどのチャンネルも右下に日本列島が重ねてありました。津波の被害は何とか少なかったようですが、地震の被害はどうだったのでしょう?千島列島と言えば、ロシアの辺り。軍事施設も多々ある地域じゃないかと思います。その被害の情報は、異国のせいか、全くありませんでしたね。帰宅してからも、「気になる、気になる」と思いながら、テレビニュースのスキャンをしていました。結局NHKは大幅に番組編成をして、24時少し前まではニュース オンリーでしたね。しかし、零時前から予定の『宇宙ステーションからのライブ企画』はしっかり予定通りに始まりました。楽しみにしていたもの。史上初、世界初の試みというフレコミ。地球の上空350Kmからの映像と宇宙ステーション内部からのライブ放映。これには、予想を裏切られず、興奮しました。津波のニュースも落ち着いてきたその頃に、一気に宇宙からの地球を観られました。しっかり見せてくれたのは、サハラ砂漠周辺でした。宇宙ステーション内部からの映像付き実況トークも含めて、とても良かったです。被害も少なかったようだし、宇宙規模で眺めれば、地震も津波も小さな出来事のように思えて来ました。そんな訳で、人との交流から、地震と津波の憂慮、そして宇宙意識にまで、一気に駆け上った一日でした。今日は11月15日。七五三。そんな風に、今日はちょっと特異な一日でした。下記画像は、ライブ映像とは関係ありません。 ~ Our-Soler-System-Posters さんからの画像 ~PS.その内、ライブのもようは再放映されるでしょうが、 直ぐにでも観たいという方にはビデオをダビングしてお送りしますよ。 送料は代引きで。 ちゃんとエアチェックしていたのです、3倍速で画像は良くありませんが。
2006/11/15
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♪『ともしび』♪ あなたにはじめて出会った時 心に哀しみを覚えたのは あなたの仕草の中に光る詩を 僕が見つけてしまったから その頃では僕のこの世のつれなさを 少しはわかってたつもりだから その小さな光る詩のともしびが いつの日に途絶えてしまうのかと この世はつらく 愛する者にはつらく いつも 人の道は 押し流され 無理して道を 合わせようなんて いつも いつも 出来ぬもの 二十歳と3つの年月の内に あなたがはぐくんだ光る詩は 今にも消えそうに息づいて 僕の胸を傷つけた もしもあなたが僕と一緒に このしばしの人生を 歩むことが出来るとすれば 守ってやれるかと夢を見た この世はつらく 愛する者にはつらく いつも 人の道は ままならぬ 無理して道を そろえようなんて いつも いつも 出来ぬもの 今日あなたがあいつの所へ 嫁いでいくのを僕は今 胸をなでおろし見守れると 心の底に光が見える たとえ道は離れていこうとも たとえたよりさえ途絶えようと あなたはあなたのともしびを 僕は僕の人生を この世はつらく 愛する者にはつらく いつも 人の道は 押し流され 無理して道を 合わせようなんて いつも いつも 出来ぬもの 無理して道を 合わせることはない あなたもひとり 生きてるよね この世はつらく 愛する者にはつらく それでも 人の道は 流れてく この世はつらく 愛する者にはつらく それでも 人の道は 流れてく Copyright(C) 1979 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved.----------------------------------------------------------------------------♪昔の唄♪シリーズのラスト曲です。これでおしまい。♪恋の唄シリーズ♪の3曲目。そして、わたしがかつて作った曲の中で唯一の『ラブ・ソング』だと思っています。この唄のベクトルは、特定の人物に向かっています。23歳のある夏の日、わたしと親友とその人は、楽しい音楽の時間を与えられました。わたしには、ほとんど初対面のその人でした。場所はわたしの部屋。6畳一間のアパートの2階の西端の部屋でした。3人ともに、フォークソングやニューミュージックが好きでした。お互いにギターを鳴らしながらその時の流行り歌や、それぞれの思い入れのある歌などを歌ったり、冗談を言い合ったりして、楽しい時を過しました。のどかな休日のひと時でした。わたしには、まるで天から与えれれたホリディー:神聖なる一日のように感じられました。しかしそんな一日も過ぎ、それぞれはそれぞれに戻り、わたしはその時、受験勉強に集中しなければなりませんでした。受験勉強の最中、数日後の9月のある夜に…。突然インスピレーションを受けたわたしは、ギターを抱えペンを握っていました。その夜を徹して一気に書下ろしたのがこの唄です。流れ出るままに書き落とした唄です。わたしはすぐにそれを紙に書き写し、その人へ送りました。経緯についての短い文章を添えて。・・・・・どうしてだか、その時にこの愛は終わりを告げていたようです。何のあとくされもない、わたしの幻想界にひっそりと咲いた一輪の花でした。その後、その人と会う機会はありましたが、親しい異性の友人のままに今日まで来ています。この唄を作ることで、特に3番を書くことで、わたしはこの愛を幻想界に封印したのでしょう。それはわたしをある成長段階へと導いてくれました。そんな愛もあってもいいと思いませんか?心理学者で錬金術の研究者でもあったユングに『妖婦=運命の女性:femme fatale』という言い草があります。ある若者との対話の中で、これを『シバの女王』と言い換えて次のように言及しています。「しかし、もし、あなたが生身のシバの女王に会うようなことがあったら、結婚するのは用心しなさい。シバの女王は秘術的な愛のためだけのもので、結婚生活のためのものでは決してないのです。もしあなたが彼女と結婚するとしたら、両者とも破壊され、あなたの魂は崩壊してしまうでしょう」「・・・さらにいえば、相互理解のためにすべてを捧げるといった結婚は、個々の人格の発展のために有害です。それは最も低級な最大公約数への転落なのであり、大衆の集合的な愚かさのようなものなのです。・・・」 (以上、『ヘルメティック・サークル』ミゲール・セラノ著より)そして、その若者に謎を仄めかしながら煙に巻くのです。ユングは錬金術に言う『聖なる結婚』のことを念頭に置いていたのであり、個人の個性化過程の完成のことを第一に考えていたのでしょう。複数の女性との交わりを必要としたユングの言いそうなことでもあります。まあ、わたしはこの時、上記のような唄作りによって、無意識にユングの言う危機から脱したのかも知れません。しかし、その2年後に、わたしは本当の意味での『運命の女性』に出会うことになるのでした。が、その話はここでは関係ありません。この唄を作って以降、わたしに唄のインスピレーションが降りることは少なくなって、結局わたしの唄作りの第1期は終わりを告げたようです。わたしは、唄作りという幻想界から足を洗って、現実の要請へと身を躍らせて行ったようです。少なくとも「唄作り・唄歌い」という道をわたしは選びませんでした。わたしには、現実の社会生活が待ち受けていたのです。という訳で、歌われなかった♪昔の唄シリーズ♪は、この唄で終わりを告げるのです。 ~ 夕暮れ時、西へ ~そして、30年ほどの年月を置いて、今わたしは昔の唄たちを蘇らせようとしています。再び息を吹き込もうとしています。歌われなかった唄たちに罪滅ぼしをするかのようにブログに挙げて来ました。そして今夜がその試みの最後の夜です。これで一通りの供養が終わりました。一区切りです。さて、これからどうしようかと考えます。やはり唄は歌ってやる必要があるようです。昨年、企画倒れになったプライベート・コンサートをやはり披くことになるのでしょうか?一晩寝て、そしてまた時を置いて、真剣に考えて見ようと思います。わたしを助けてくれた、この唄たちの魂のことを、真剣に考えようと思っています。9月15日から、正確には昨年の秋頃から♪昔の唄シリーズ♪を綴ってきました。長い間お付き合いいただいた皆様、どうもありがとうございました。ここで、一応のピリオドを打ちます。乾杯です^^^^)今夜もまた、長々と勝手なお喋りをしてしまいました。ここまで読んでいただいて、どうもありがとうございます。では明日も、充実した喜ばしき一日でありますよう。
2006/11/13
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明日11月9日の朝、ちょっとした面白い天文現象が起こります。『水星の太陽面通過』 もしくは 『日面経過』 と呼ばれる現象です。日の出の6時10分頃から、9時10分頃までです。その間、地球から見て太陽の中を(前を)水星が右上に向けて通過するのです。詳しくは国立天文台の天文サイトをご覧下さい。目視で見られる観測方法も書いてあります。明日は、早起きをして、この現象を見てみたいと思っています。しかし、寝坊するかも知れませんし、わたしの居場所からは朝の太陽は見られません。そんな方には、各地の天文台でインターネット中継もあるそうです。深夜の書き込みになってしまいましたが、早起きの方で天文現象に興味のある方は、どうぞお見逃しなく。 一方占星学では、今太陽は蠍座に鎮座しています。従って、当然水星も蠍座の、太陽と同じ直線状に並ぶというわけです。しかも、今木星は蠍座にあり、金星も偶然蠍座に入っています。地球から眺めると、蠍座方向に水星-太陽-金星-木星と、アバウトですが、ほぼ一直上に並ぶというという訳です。占星学では 『合』 の位置関係と呼びます。これは、占星学では見逃せない特異な位置関係です。木星は幸運の星、金星は美の星、水星は情報通信の星です。地球は我々の自我、太陽は大いなる自己(セルフ)にあたるように思います。いったいどういう星回りになるのか、楽しみです。解釈も、それぞれの占星学の方たちで色んな意見があると思います。わたしは、それぞれの星の意味合いを読んで、わたしなりに感じてみるつもりです。こちらの方も、占星学に興味のある方はぜひ感じてみてください。 下の映像は、11月5日の満月の拡大写真です。カメラのいたずらか、満月の回りに虹が散りばめられたように見えませんか?これは月虹というものなのでしょうか?目視では、澄み渡った夜空に薄雲、もっと綺麗な虹のオーラを感じました。 ~ MOONBOW? ~ この満月前後、様々なイベントや所用で忙しい毎日でした。久しぶりの日記のアップになります。みなさんのところでは、どうでしたか?やはり、月の影響を感じましたか?明日の朝のイベントを通り過ぎて、やっと自分に戻れるのかなぁ と思っています。この満月と誕生日を過ぎて、緩やかに冬支度をしたいと思います。以上、深夜の速報でした。安らかな眠りと心地よい夢が見られますように・・・。 【後日談】11/9.10:00今朝、何とか上記天文ショーの時間には間に合ったのですが、何も用意していなかったわたしは、青空に燦然と輝く太陽を、只呆然と見上げるだけでした。何も器具を用意していないと、肉眼での目視は無理な話でした。で、インターネット中継に頼ったしだいです。三鷹の天文台のネット中継も、時々刻々と静止画面が写されて良かったのですが終了しました。何と言っても 岡山天体物理観測所によるネット中継 は、メディア・プレーヤーによる動画に編集されていで臨場感があります。何時までネット上に存在するかは解りませんが、一目に値します。【追記】11/9.14:30さらに、ズームアップした画像が公開されました。これは、2006年9月23日に打ち上げられた、太陽観測衛星「ひので」からの動画映像と画像です。動画はカラーで美しいですよ! 見たい方はこちらへ。 ⇒ 「ひので」衛星ただし、Windows Media Piayer が必要です。
2006/11/08
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明日はわたしの誕生日。 しかも満月と来ている。 今年は特別な一日になりそうな予感がしています。 わたしの身体が、何やら準備をしているようです。 寒さが肌に敏感に感じられるようになるこの候。 わたしは、この寒さの始め頃がとても好きです。 生まれた時の身体が覚えているのかも知れません。 何だか、身体の芯からわくわくして来るのです。 11月は侍の月だから、武者震いかもしれませんね。 さて、明日は天気も良さそうなので、 我が家の石たちに日光浴・月光浴をさせてあげようかと思っています。 満月の時には、我が家の石たちが全員集合、勢ぞろいです。 今夜はその準備で、今、少しの間塩水に浸けています。 今回は、台所に「鳴門の塩」があったので、生れ故郷のそれにしました。 明日は、とあるところで水晶祭りがあり、他にも幾つかイベントがあります。 だから、今夜は前夜祭です。 そんな私的なビッグ・イベントの前夜です。 そして、幾つかのサプライズもあるのではないかとの予感もあります。 どんな一日になるかは、明日になってみないとわかりません。 毎日が特別な日に違いはないのでしょうが、 わたしにとっては、明日は格別な一日になりそうです。 慶ばしき晩秋の一日。 予感が当たるといいのですが・・・。 あした天気になぁれ~ 雨なら慈愛の雨になれ~ 雲さんお空を見せてねぇ~ お日様、月さんごきげんよう~ さて、明日は三連休の最後の日、日曜日です。 皆さんはどのように過されるのでしょう? 皆さんにとっても、良き一日になりますよう祈ります。 各地の満月、是非に、お披露目してくださいね(^^)/~~~ (以上11月4日、深夜記) ~ ハロウィンの夜の赤い月 ~ ~ 文化の日の十三夜 ~ ※ 皆さんおはようございます。 清清しい朝を迎えております。 さて、今日はどんな月が見られるか、今から楽しみです。 (以上11月5日、早朝記)
2006/11/04
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「福生」の読みを知っている人は、東京人でも少ないのではないだろうか。福を生むと書いて「ふっさ」と読む。面白い名前だ。福生市は東京の西多摩地区に位置し、わが町の隣の隣にある。米軍の横田基地のある町として知られている。そう、この界隈ではよく米国人を見かける。目立つのは、やはり黒人だ。文芸でも舞台に採用され、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』が一番有名であろう。その他にも、片岡義男の『スローなブギにしてくれ』や、山田詠美、大瀧詠一などが作品の舞台にしている。異文化の交わる所が題材にしやすいのだろうか。確かに、一風変わった町ではあります。 さて、昨年に引き続き、今年も知り合いの作家K氏のドローイングの個展があったので、昨日赴いて来た。K氏は、絵・詩・音楽と多才な作家だが、もう10数年も地道な活動を続けている。わたしより、一回り年若の男性だ。個展に行くと、毎回、何某かの刺激を受けてくる。今回も、100点ほどのドローイングの中に点在する短い文に目が行った。わたしは、どちらかというと、文章の方に気が行ってしまう性質だ。美術展に行っても文を拾ってくるわたしである。 いっそ何も(題名も)なければ、絵の方に集中できると思うのだが・・・。そのなかで、気に止まったワン・フレーズを。 作家とはひとりの駅である。 僕もひとりの駅なんだ。 By K. もし、わたしも何某かの作家であるとするならば、駅であらねばならぬと思った。『駅』:ステーション・・・人が出会い、あるいは、すれ違う場所。このブログもそうであっておかしくないのだが、やはり、発表の機会を持つべきなのかもしれない。只の自己主張、自己表現としてだけでなく、人と人が出会ったり、あるいは、すれ違ったりする『駅』として・・・。そんなことを思った、昨日の昼下がりであった。 立川からJR青梅線で15分余り、福生駅の改札横にある『福生プチギャラリー』という所で開催中。しかし、期間があと3日と限られている。11月5日(日)の18時で終了する。 もし、お近くの方がいらっしゃったら、どうぞ足を運んでみてください。行って損はしないと思います。わたしも、もう一度、5日に足を運ぶつもりです。この3連休、皆さんはどんなホリディーをお過ごしでしょうか。。。
2006/11/03
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一昨日に、八百屋でかぼちゃの山を見つけて、つい3個買って来ましたら、妻に「なーに? これ~」と叱られてしまいましたが…。実は、目論見があったのでした。昨日はハロウィン。遊ぼうと思ったのでした。あいにく昨夜は仕事で外出。夕方の忙しい時間に、かぼちゃをレンジでチンをして、ひとりハロウィンかぼちゃを作っておりました。息子や妻に顔のデザインを訊いたりしながら。一つだけ作ったところで時間切れ。短時間で慌てて作ったものだから、ちょっと失敗、口が底の方に隠れてしまいました。そして、風のように家を飛び出しました。夜遅く帰ってみると、3つのかぼちゃお化けが出来上がっていました。あとの2つは息子と妻が作ったとの事でした。ふたりは、わたしが作る所を、そしてわたしの失敗をちゃんと見ていたようです。ずるいなぁ~。 ~ 3つのかぼちゃお化け ~ ~ だいち作、明るいお化け ~ ~ ロン作、泣き顔お化け ~帰りが遅くなったのには理由があります。仕事場の帰り道、もうひとつ関わっている、とある場所に立ち寄ったのでした。そこには、わたしの蔵書の一部、主に創作ものを置いていただいています。「ブラッドベリの『十月はたそがれの国』を読みた~い!」と思ったのでした。ブラッドベリには『十月はたそがれの国』や『ハロウィーンがやってきた』とかの著作があり、それらは、この季節にぴったりなのです。わたしがこよなく愛する短編小説家です。「あぁ、もう十月が終わる」と気がついたときには、自然に足が向いていました。夜空には、上弦翌日の月が赤っぽく輝いていました。しかし・・・『十月はたそがれの国』は、そこには無かったのです(T_T)。どこか、また別の場所にしまいこんでしまったようなのです。残念…。でもそこで、同じブラッドベリの『メランコリーの妙薬』という異色短編集を見つけて持って帰りました。帰ってきたら、このかぼちゃのお化けたちが迎えてくれたのでした。11月に入ってしまいましたが、ゆっくり読書を楽しもうと思っています。みなさんは、最近どんな創作ものを読みましたか?PS.『変則キリ番』ゲームですが、024642番は、見事 七宝。さんに踏んでいただきました。 彼女とは、最近縁ができ、遠隔ヒーリングもやっていただきました。 024242番の時には、024243番のひと足遅れでした。 なので、プレゼントを貰っていただこうと思っています。 次は、024680番、これももうすぐで~す。 どなたに踏んでいただけるのかなぁ?
2006/11/01
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