2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
人は生まれた時から 名前を授かる。それは自分では選択出来ない 天賦のものの一つ。どんな両親の下に生まれるか、どのように名づけられるか、自分では選べない。それは、生まれ付きの所与ではないが、与えられたものである。ある日、ふと自分が○○○という名の人間だという事に気付く。その時まで、なんの疑問もなく自分は○○○とイコールだと思っていたが、実はそれは自分自身ではなく、自分の名前に過ぎないことに気付く。しかし、その時には既に自分には○○○がへばりついているのだ。○○○の影響は、深く自分の自意識にも深層意識にも身体にまで食い込んでいる。幼い頃「○○ちゃん」と呼ばれ続けた烙印はどこかに残っている。大人になっても、だれでも どこかで 自分は「○○ちゃん」だと思っているものだ。そして、ことばに言霊という力(形成力)が宿っているとすれば、当然その影響の下に自分というものが作られて来たのである。安倍晴明の言う「この世で一番短い呪(しゅ)とは……名だよ」とはそういうことである。我々は、「名」に呪縛されているのである。「たろう」は「たろう」であって「じろう」ではないのだ。言霊の力にはまず「音」があり、次に「文字」「意味」がある。以上の認識が、先ずは手がかりである。そして、人には「あだ名」「呼び名」というものがある。現代は、原則として生まれ持った氏名を変えずに通す時代だ。結婚という「氏」が変る現象は、ここでは措くとして、それでも名は変らないのだ。そこを固定しておいて、より自由度を持った「あだ名・呼び名」が発展してきている。例えば「よしこ」さんでも、「よっちん」と呼ばれる人もいれば「よしっぺ」「よっこ」「しこちゃん」…様々であろう。それも、幼少期、学童期、青年期、…と、年を経るに随って変わっても来るし、相手との関係性や親密度によって呼ばれ方が変る。何故か 親しい友人からも「名」ではなく「氏」で呼ばれる人もいれば、本来の「名」とは全く違ったニックネームで呼ばれる人もいる。不思議なもので、人にはその人なりの呼びやすさ みたいなものがあるらしいのだ。…という訳で、今まで(特に成長期)に、どんな風に呼ばれて来たかという、自分の「あだ名年表」を作って見ると面白い。そして、そのクロニクル(年表)を調べることによって、その人のひととなりがある程度わかった来るのだ。生まれ付きのもの、そして「名」によって形成されてきたものがわかる。そして「名」の呪縛から解き離れることだって可能だ。だいたい、芸人は(作家なども)その芸事のための「名」を襲名する、あるいは名乗る。PCのハンドルネームなんかは、その簡単な例だ。「名」の力というのはやはりある。そんなことを、弄りまわして遊ぶのが「あだなクロニクル占い」なのです。
2005/01/27
コメント(0)
久々に、斬新な科学本に出会いました。『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』黒川伊保子;新潮新書某TV番組にも出ていたからご存じかも知れませんが、画期的です。マントラ(真言・言霊)への科学的切りこみがすごい。『陰陽師』の安倍晴明のセリフ「この世で一番短い呪とは……名だよ」への感銘から始まって、最新科学によることほぎがされている。言葉の三要素(意味、文字、音)の中の『音』の力にとことん迫っている。脳科学と認知科学と感性工学の成果を踏まえて、未踏の分野を切り開いている。ことばの(意味ではなく)音(響き)から人間は潜在的にイメージを受け取ってしまう。これを「サブリミナル・インプレッション」と名づけて、認知科学で言うところの「クオリア」になぞらえて、母音と子音からなる単語の言外の(意味以外の)意を解明して行くのだ。解りやすい例は名前のイメージである。イホコさんとシホコさんとミホコさんとでは、当人がどうであれ、違った印象を与えると言ったことである。わたしも、半分冗談で「あだなクロニクル占い」という簡単な遊びのような占いを開発していますが、せいぜい母音止まり、子音となるとけっこう厄介だったのです。それが、この本ではむしろ子音の方の分析に緻密さが見られ、すごいなーと思った。果ては、あいうえおの五十音の(日本語)の素晴らしさや、漢印欧共通基語(中国・印度・西欧語の共通音語)まで出て来ます。やられたなぁー、と思いました。皆さん、損はないからぜひ読んでみてくださいね。PS.母音のサブリミナル・インプレッションは、簡単ですよ。 あはははははぁ~ いひひひひひぃ~ うふふふふふぅ~ えへへへへへぇ~ おほほほほほぉ~・…と、笑ってみれば、ニュアンス伝わりますよねぇ。
2005/01/25
コメント(5)
「アセンション」をキーワードに、スピリチュアルの世界で遊んでいたら、迷子になりそうになった。何か地球規模の大変換が来るという。いや、もう来ているという。この所の異常気象や 大規模災害を 目の当たりにすると頷けなくもない話だ。メッセージは、皆 似通っている。人類が宇宙精神を持つ時だという。しかし、最後には自分に何が出来るかというところに戻ってくる。愛と平和と感応の世界が来るのは喜ばしいことだ。しかし、自らの日々の生活というグラウンディングがなければ、まさに、夢物語だ。わたしに出来ることといえば、生身の人間として、自らの認識を鍛え上げて行くことくらいだ。自己認識は、世界認識であり宇宙の認識である。そして、認識の深化は 存在の深化を招くであろう。スピリチュアルなことに関しては、身近な夢にでも訊いてみよう。夢の世界へおやすみ。。。
2005/01/18
コメント(0)
今日は、仕事関係で自主上映映画を観に行った。『こんばんは』って言うんだけど、夜間中学に通うさまざまな人たちのドキュメンタリーだった。戦争や貧乏のせいで義務教育を受けられなかった年配の方々や、不登校の青年や、在日外国人(15カ国も)などなど。彼らや、彼らを教える先生の「真摯な学び」の姿に感動した。彼らは、諸事情により「学び」を奪われていたが故に「学び」を欲し、真剣だった。そして何より、楽しんで学んでいた。先生より、人生経験や社会経験が豊富な人がざらにいて、嬉々として学び学ばれる場面が展開されていた。ふと、建築家ルイス・カーンのことばが思い出された。「一本の樹の下で、教師であると思ってもいない一人の人間が、自分らを学生であると思ってもいない数人の人々と、彼の現実化について話し合うとき、それが学校の始まりである。…(中略)…学校とは、それが人間の熱望の現れであるからこそ成立する。」(鹿島出版会『現代建築12章』山本学冶訳より)「学び」とは、熱望から発する「真剣な遊び」であろう。
2005/01/14
コメント(7)
今宵の月はあまりに 綺麗だったので黄泉の国まで旅してきた月のやつは恥ずかしがり屋裏側を見せないというだから 反対側から覗いたもんねそうしたら後ろ向きに お化粧してた鏡に向かって 髪を梳いてたその黒髪は やっぱり綺麗だったお手上げだなぁ※今夜の月は月齢2~3。細い三日月と言えるのかな?天空に上がった月よりも、地平線に近い月の方が好き。大きく見えるんですね。満月もでーんと赤く浮んでいて凄いけど、今宵のようなか細い月も格別です。日本にもいろんな月の名前があるけど、ハワイでは29個の月、全てに名前が付いているって、どこかで聴いたな。極寒と引き換えにしてでも、今夜のような月なら眺めていたいと思った。
2005/01/12
コメント(1)
初夢会で感じた事 有り余るエネルギーを外へと向けて現実化して行く時。 考えるより、直感で先ず動き出す時だ。新月の誓いごと・その1 なるべく0時までに床に就くこと。明日のために、おやすみ。
2005/01/10
コメント(4)
明日は初夢会、そして新月。前日の今夕、ちょっと重い試練がきた。昨年から引きずっている、課題だ。過去を清算する時期に来ているようだ。初夢会で現状を見直し、新月に祈ろう。今年が 全く 新たな年になりますように…。
2005/01/09
コメント(2)
昨日、遅れ馳せの初詣に、息子と行って来た。府中にある、「大国魂神社」。見を清めて、お参りして、おみくじを引いて、お札を頂いて来た。その後、参道を歩いて、いろんな店に引っ掛かった。家人それぞれの達磨を買って、たこ焼きや、フランクフルトソーセージや、焼きそばを食べて…。子供と行くと、どうしても子供寄りになってしまう。産土神社や御霊石のことなど、すっかり忘れていた。帰りに「ハウルの動く城」を観て来た。…結局、ハウルは国と国との戦争などには与したくなかった輩だ。 召集令状が来て戦争に借り出されそうになるが、拒否する。 愛国心がないというレベルではない。 戦争というもの自体に嫌悪を覚えているのだ。 しかし、戦争は逃れようもなくハウルの心身をえぐって行く。 魔法使いだから、いた仕方ない。 世の動きがそのまま心身に響くのだ。 夜な夜なハウルは戦地を飛びまわって傷ついて帰ってくる。… わたしの「一番古く記憶している夢」が、戦勝の夢だった。戦争の時代に生まれて、戦争を拒否する人間は、時代からはおちこぼれと言われるのだろうか?どうやらわたしの魂も、戦争の恐怖を知り、戦争に与しない輩だったようだ。そのような輩にとって一番潔い行動は、国王のところへ行き、戦争の愚を解き、愚かな戦争を終わらせることだったろう。・・・ソフィーが示してくれたように・・・。今年は、終戦後60年を迎える。
2005/01/06
コメント(2)
元日から、今日:4日の夕方まで、ほとんど家の中にいた。良く眠った。朝寝して夢を楽しみ、お昼を食べてテレビ見ては炬燵でうたた寝。仕事のお陰でやっと夕方に家を出て、初仕事をして来た。今年の初夢はダブルだった。2日の朝4時40分に一度目が覚め、その時の夢は前の職場のことで、過去を引きずっていて、少し悪夢的だった。過去の職場でのわたしの振る舞いに少しけちをつけられ、でも、わたしが去った後、今のスタッフは良くやっていて安心するというものだった。わたしはもう、用済みなのを確認出来て、良かったとも言える。また寝て、起きたのが10時で、一連の4節にもなる夢で、結構わからないものが多かったのだけど、これらはきっと未来=今年への夢だ。わたしはまた、学びの生活をしているのだ、学生。妹が働いているお店(夢の中の話し)、そこに立ち寄るとクジが当たって有名作家の版画を貰ったり、わたしの蔵書の一部が置かれていて、商品にするかも知れないと言われたり。あと、サソリのようなムカデや、不思議な鳥や、職人芸の民芸品などが出てきた。前の職場の夢は、過去をきっちりとコンプリートせよということ。後の夢は今年から始まる新たな活動へのメッセージとして受けとめた。「区切りをつけて、次なるステージへ」ということだろう。さて、10日の『初夢会』にはどれを持って行こうかな…。…ということで、寝正月・夢正月だった。
2005/01/04
コメント(2)
2005年も明けて2日目になりました。今朝は、6時半ごろと10時ごろの2回、初夢を見ました。前者はまだ昨年を引きずっているような夢で、後者は今年を暗示するかのような夢でした。いかん、いかん、納めるものはちゃんと納めておこう。という訳で、昨年11月に起こった占星学的「まれごと」についてまとめておこう。【ハーモニック・ペンタグラム】2004年11月25日日本時間午後2時ごろにそれは起こりました。地球から見て、占星学的に重要な星が正五角形に配置されたのです。概略、以下の配置でした。 冥王星 射手座 21度 水星 射手座 24度 天王星 うお座 3度 月 牡牛座 14度 土星 かに座 27度 木星 天秤座 12度 射手座から行くと、うお座・牡牛座・かに座・天秤座・射手座と、それぞれ72度の角度で星が並んだわけです。対角線で、ひとつ飛ばしで結ぶと144度の角度が5個出来ます。これはいわゆるペンタグラム:五芳星のかたちを描くことになります。実際の天体ではなく、占星学的な天の球体に投影した形ですが。占星学的に見ると、この配置は大変珍しいもので、何かの大きな変わり目を暗示するのではないかと考えられます。また、個人的なホロスコープ配置というよりも、よりグローバルな地球的な配置と考えられます。長期的な何らかのシフトが、この日を境に起こりうると読むことが出来ます。しかも、72度・144度という角度は、占星学的にはちょっと特異な調和の角度なのです。調和なんですが、ちょっと変則的な調和なんですね。そもそも、調和と不調和はお互いに補い合っているものです。順調というのは何も大したことが起こらないことだったり、とても苦しいことこそが調和のなせる技だったりします。いずれにせよ、変化のなかでバランスをとって行く作業です。このような配置が珍しい要因には、遠い星ほど動きが遅いのでそれらがまず、立役者と言えます。今回、248年周期の冥王星、84年周期の天王星が入っていることがその例です。次に遠い星達、29.46年周期の土星、11.86年周期の木星も入っています。そして一番動きの早い、27.3日で地球を廻る月が最後の重要な立役者でした。88日周期で太陽を廻る水星は、丁度この時期に冥王星と重なり、後から加わったちょっとしたいたずらものというところでしょうか。しかし、水星は情報の早いコミュニケーションの星といわれますから、今回のお告げを担っていたのかもしれません。冥王星は生と死・破壊と創造、天王星は天変地異やアクシデント、土星は試練や職業、木星は運や幸運、月はパートナーや感情の起伏などを表わします。そんな星達が地球を囲んで、特異な調和作用を促したとしたら…と考えると、けっこう想像力が刺激されるでしょう。星の影響を受けやすい皆さんは、個人的にも何らかの変化があったのではないでしょうか?私の例で行くと、12年周期、20年周期、30年周期の物事のよみがえりがありました。仕事上の決着や、懐かしい友や店との再開や、精神的な回帰など。そしてその影響は、まだ続いているようです。わたしの推測では、この影響が個人に及ぶのは、今年の3月ぐらいまでかなと思っています。2004年の8月~11月、そして12月~3月で、前後8ヶ月。その真っ最中の今として、この時を送っているしだいです。みなさん、年の始めですが、どのような観測をしておられますか?Ref.1『ハーモニック・コンコーダンス』というのは、2003年11月8日あたりに起こった同じような現象で、この時は六芳星を形成したそうです。これは明確に60度120度の角度ですから、調和的調和のダンスと名づけられたようです。占星学やスピリチュアルに興味を持つたくさんの人々が、地球の各地(特に聖地)で祈りを捧げたそうです。人類も大きな変換点に来ているという認識のようです。Ref.2スピリチュアルのあるお方が、2004年は60年ぶりの大きな変換期であるとおっしゃっていたそうです。60年は、東洋の占星術では一巡り、還暦ですね。何かなーと思っていたら、60年前の世界は第二次世界対戦の佳境期だったのですね。この時にはまだ日本人は戦争に勝つことを信じていた。そして、今年2005年は終戦の還暦にあたります。さて、今年はどんな年になるのでしょうね。戦後60年、原爆投下後60年です。8月には、そんなことで大規模なセレモニーか何かが行なわれるのかな?-------
2005/01/02
コメント(5)
新しい年になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。…なにか、年賀状のような口調になりました。でも、なにかの縁は、大切にしたいものです。明日、1月2日の朝に見る夢は初夢です。今年のイニシャルドリームですから、この年がどんな年になるのかが暗示されていることでしょう。皆さんも、ぜひ枕もとにノートとペンを置いておやすみください。夢はすぐ忘れてしまうので、メモ程度のものがあると便利なのです。毎年、初夢持ちより会というのを、夢友達とやっているのですが、今年は鎌倉でやることになりました。1月10日の新月の日よりです。よろしかったら御一緒しませんか?詳しくは下記にアクセスして見てください。http://juuriann.hp.infoseek.co.jp/page027.html夢には、いつも助けてもらっているわたしです。今夜は早く脱力して、明日の朝に備えようと思います。でも、今からワクワクしています。でも…、おやすみなさい。
2005/01/01
コメント(3)
全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()
![]()