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28,29日と、下見に行ってきましたが、その間、めったにお参りになられない方が、お参りされますと、神様や、その方に申し訳ないような、なんともいえない気持ちになります。今回も、2,3人、そういう方がお参りになられ、せっかく神様がお引き寄せになられたのに、申しわけありませんでした、とお詫びをしました。教務センターの御用とはいえ、私が本当にさせていただきたい御用は、お取次なのだなあ、と思わされます。昨日は、月刊誌の原稿作りで、午前3時まで起きており、今朝は4時に起きて、金光様のお出ましを拝ませていただきましたので、睡眠時間が1時間でした。さすがに、眠いです。お参りがないときには、お結界で、あちらの世界に行っておりました。でも、午後2時半ぐらいから、お参りが続き、ありがたかったです。神様がお使いくださいますことを、感じます。ただ、しっかりご神意をお伝えしなければなりません。神様が、あなたを助けようとされている働きなんですよ、ということを伝え、そのお働きを間違いなく受けていただけるよう、教導させていただかなければなりません。明日も1日神前奉仕をさせていただけます。お一日(おついたち)ですので、お参りも多いです。お結界で、神様のお話を、一言でも多くさせていただけますよう、お願いしたいと思います。今日は、早く寝ようと思います。
2006.11.30
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28,29日と、大三島、大久野島へ行ってきましたが、何をしにいってきたかといいますと、東中国教区での青年セミナーと、教師子弟の集いの下見に行ってきました。青年セミナーは、40歳ぐらいまでの青年を対象に、教師子弟の集いは、金光教教師の子弟で、中学生、高校生を対象としています。2ヵ所に焦点をあてています。1ヵ所は、伯方の塩の工場、そして、もう1ヵ所は、大久野島の毒ガス資料館です。伯方の塩の工場では、ビデオなどで、自然塩のつくり方の変遷、そして、国の政策で化学塩にさせられたこと、そして、また、自然塩に近いつくり方に戻していることの説明がありました。塩は、にがり、ミネラル等を省いた塩化ナトリウムでいい、という国策の弊害は大きなものがあるように感じました。そして、大久野島では、昭和4年から、日本陸軍によって毒ガスが作られていました。そのことを秘密にするため、島自体を地図から消し去りました。主に作られたイペリットという毒ガスは、皮膚に触れただけで、水泡ができたり、ただれたりする。それを吸い込むと30分ぐらいで死んでしまう、という恐ろしいものです。その被害者の写真がありますが、本当に可哀想です。人は、戦争によって、恐ろしいことをしてしまうものです。今は、ウサギがたくさんいる、のどかな島です。そのギャップに、悲しみを感じます。この2つをいかに組み合わせて、集会に組み立てていくか、これから、その作業が行なわれます。
2006.11.30
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昨日から、1泊で、大三島のほうへ出かけておりました。ですので、今朝、ブログを書けませんでした。どうしたのかな、と心配してくださった方には、申し訳ありませんでした。皆様のコメントにも、まだよう返事をしておりません。それに、これから、明日の朝までに、月刊誌の原稿を仕上げなければなりません。今日は、寝れないかもしれません。ちょっときついなあ、と思っております。ですので、明朝、書くようにしている日記も、明日の夜に書くようになるかも分かりません。ですので、明朝も、日記が書き込まれてなくても、心配しないでくださいね。病気になってはおりませんから。
2006.11.29
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落合教会でのお話の続きを書いていきます。それから、先生のお言葉通りに、お手洗いへも行き、ご飯も起きて自分で食べました。翌朝は、井戸端へ行って、顔を洗い、朝日を拝ませてもらいましたが、それきり喀血はとまり、血痰も次第に黒くなり、ついに出なくなりました。そこで、先生のお言葉通り、3日して、教会へお参りしました。お広前の玄関に顔を出しますと、お広前先生が、お結界から飛び上がるようにして、「参ってきたか」と言うて、喜んでくださいました。私は、いつも、このくだりになりますと、照先生が、いかほどに祈りを込めてくださっていたかを思い、涙が出るのです。祖父も必死なら、取次の先生も必死です。でも、神様を信じさせていただき、お任せをしてのことですから、ありがたいのです。金光教がなかったら、そして、芸備教会がなかったら、高橋の家もなかったのだろうと思います。そして、祖父がお結界で、お届けをすると、「今日は、お祓いをあげようと思えばあげ、日向ぼっこをしようと思えば、日向ぼっこをして、おかげを受けよ。お昼には、一緒にご飯を頂こう」とおっしゃってくださいました。祖父は、「信心というものは、何たるみやすいものか」と思ったそうです。そして、このまま教会に泊まらせて頂くかどうかも、勝手にしてはいけませんので、お伺いしました。そうしましたら、「泊まってもよいが、『神の威光を見せるために帰らす』とおっしゃるので、帰れ」と言われました。明日はどうさせていただいたらいいか、これも先生の言われるとおりにしないといけませんので、また、「明日は、何をさせていただきましょうか」とお伺いしたら、「参って来い」ということでした。それで、帰って、明日、又参る、ということは決まりましたが、帰ってお風呂に入ろうかどうしようか、と思いつきました。そこで、「もう40日以上も風呂へ入っておりませんが、どうさせていただきましょうか」とお伺いしました。すると、「今晩、入らせていただけ」ということでした。常識から考えると、固まりかけている血管の破れが、また溶けて喀血するところですが、なんの差し支えもありませんでした。そして、一週間、そのようにしておかげを頂き、一週間目に、「今日から少し仕事のおかげを受けよ」ということで、ちょうど教会が、御造営中であったので、50分間ほど、竹割のお手伝いをさせていただき、また、一週間目に、「今日から一人前の仕事を何でもさせていただけ」というお許しが出ました。それからは、心配なく、毎日、終日働かせていただき、左官の土だしをするのに、待っている間も休まず、体を働かせて、土を練る、というように、いさぎよく働いても、大丈夫な体にさせていただいたのです。ここで思わせていただくのは、人間は、自分の考えで動いてはいけない、ということです。なんでも神様にお願いして、させていただくのです。お知らせをいただけない場合も、どうさせていただこうかと、お伺いして、思わせていただいたことを、「こうさせていただきます」とお願いしてさせていただくのです。そうすると、神様が働きやすい、と言われるのです。
2006.11.28
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落合教会でのお話は、お取次を頂くことの大切さを話させていただきました。お取次というのは、ご神前の右側にある(左にある教会もある)お結界というところに座っている先生に、お願い事を言うことで、先生が神様に取り次いでくださり、又、神様の思いを取り次いでくださるので、お取次と言います。祖父が若いころ、肺ジストマ、という病気になりました。ジストマという虫が、肺を食い破り、喀血する病気で、当時、治療法がありませんでした。ちょっと動くと血を吐くので、絶対安静を言い渡されました。そうして、寝ているとき、父親の茂久平が、芸備教会でお話した内容を思い出しました。それは、神様がご主人で、お結界の先生は番頭である。番頭が間違われても、ご主人である神様が見繕うて下さるはずである、というものでした。見繕う、という意味は、補うという意味です。つまり、お結界の先生の言われたことを、神様が言われたこととして聞いていけば、たとえ先生が間違ったことを言われても、後ろに神様が控えておられるので、間違ってもおかげにしてくださる、ということです。そこで祖父は、母親に、これから芸備教会に参って、お取次をいただいてください。先生のおっしゃるとおりにするから、とお願いしました。そして、佐藤照先生の、次のようなお言葉を頂いてきました。「血を吐く病気は大病である。婦人でも、産後三十三日は動かれぬ。しかし、おかげを受ければ楽じゃ。今晩から起きさせてもらえ。そして、まず、神様を拝み、その他なんでも自分でさせていただけ。ご飯も人に食べさせてもろうては、うまくない。自分でいただけ。そして、三日ほどしたら、暖かい日があろうから、参ってこい」というものでした。祖父はびっくりしました。絶対安静にしていても、血を多く吐くようになっているのです。それを、起きて動いたら、すぐ大喀血して死ぬような気がしました。しかし、「どうせ死ぬのであるから、神様、すなわち、先生のおっしゃるとおりにして死のう。いずれ、私は、お道の教師になり、神様の御用をさせていただこうと思っている。それのに、神様のおっしゃるお言葉にそむいて生きておっても、無意味である。神様のお言葉に従って死んでいけば、神様が可愛がって下さるであろう」と思ったそうです。すると、こちらの人の世よりも、神様のおひざ元の、あの世のほうが、明るく楽しいように思えたそうです。起きようとすると、母親が「無理はするな」と止めましたが、どうせ死ぬのであるからと、決心して起き上がり、ご神前に座りました。すると、「これではじめて金光大神のお弟子にならせていただいた。おっしゃることを聞かぬものは弟子ではない」と感じて、にっこり笑えたそうです。今日はここまでにしておきます。
2006.11.27
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今日は、落合教会のご大祭で、お話をさせていただきます。落合教会の先生とは、教会長先生とも、若先生とも、不思議な繋がりがあります。若先生には、教務センターの職員になってもらっているのですが、そのことをお願いしたとき、帰って相談してから、ということでした。その晩、私は夢を見ました。落合教会長が出てこられて、「真一(若先生)を、よろしく」というようなことを言われたのです。それだけの夢でしたが、ああ、受けてくださるな、と思ったのです。そして、その通り、受けてくださいました。ご本人は、受ける気持ちは、まったくなかったようです。でも、帰って相談してみると、家族のもの、みんなが、「出たらいいのではないか」という感じだったそうです。教会長先生も、私を買ってくださっているところがあって、そのように言ってくださったようです。ありがたいことです。お役に立てる話ができますよう、お願いして話させていただきます。
2006.11.26
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楽天のアクセスカウント不具合のお詫びのお知らせがありました。3日前から、日付が変わるたびに、カウント数が減少していました。最初は250ほど減り、次は、100ほど減り、昨晩も100ほど減っていました。常に4711ほどに下がるのです。この数字をどのように読むか?私は、世の中(47)をいい(11)方向にする、と受け取らせていただきました。そのためのブログである、と。金光教祖様も、全ていい方向で受け止められました。日本では、4という数字が死に通じるということで、嫌われていますが、教祖様は、始終幸せ、ということで、4をいい数字である、と説いています。天地の間で、悪いものはない、という考えです。全て、いい方向で受け取りたいですね。
2006.11.25
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病気になることは、辛いですよね。でも、病気が教えてくれることも多くあります。ある先生は、「病気は、お礼の催促」と言われています。病気になることで、それまで健康に働いてくれていたことがありがたかった、ということが分かるのです。ですから、病気になるまで、健康に働いてくれて、ありがとう、とお礼を言うことがいるのです。そして、神様に、よくなるよう、お願いすることが大切です。病気は、お医者さんが治してくれるように思いますが、本当は、神様が治してくださるのです。お医者さんは、治るよう、手助けできるだけです。たとえば、どこかを切って傷口が開いたとき、お医者さんは、その傷を縫い合わせてはくれます。でも、傷口がひっつくのは、神様のお働きです。自然治癒力だ、と言われますが、それが神様のお働きなのです。ですから、神様にお礼をし、お願いをしていると、治りも早いのです。本当は、病気になる前から、御礼をしていくことが大切なのです。ある先生が、トイレの中に次のような文章を貼って、体への御礼をしておられます。目さま耳さま鼻さま口さま歯さま舌さまのどさま食道さま胃さま十二指腸さま小腸さま大腸さま直腸さまこうもんさまありがとうございますじん臓さまぼうこうさま尿道さまありがとうございます今日もお通じを頂き ありがとうございます体毒のお取り払いを頂きまして ありがとうございますお便所さん お水さん トイレットペーパーさんタオルさん お世話になりありがとうございます私も、少し御礼が抜けているなあ。これから、しっかり御礼を言わせていただきましょう。
2006.11.24
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昨日の段階で、アクセス数が4940ほどになっていたので、今日は5000アクセスになるだろうな、と楽しみにしていましたが、開けてみると、今朝は4711に減っていました。カウンターの不具合だと思いますが、これから、神様のメッセージを考えてみたいと思います。まずは、アクセス数にとらわれるな、ということ。ブログをはじめてみて、アクセスしてくれる人が多いのに驚きました。それが、うれしかったです。又、100ごとに、メールで、アクセス数を知らせてくれたりして、まあ、こちらが頑張れるように、至れり尽くせりであるなあ、と思いました。それは、それでいいのですが、アクセス数を気にすることは、人の評価を気にする、ということです。少しは気にしないといけませんが、あまり気にしすぎてもいけません。それがプレッシャーになっては、意味がありません。又、数が少ないからやる気がなくなるようでもいけません。淡々と、伝えたいことを伝えていけばいいのだと思います。数にとらわれる必要はないのだと思います。そのことを、5000という大台に乗るところで教えていただきました。ありがたいことだと思います。今日は、脱穀の予定が延期になりました。1日、神様にプレゼントされた気分です。落合教会のお話も考えないといけません。月刊誌の原稿も書かなければいけません。その時間を下さったのだろうな、と思います。ありがたいことです。
2006.11.23
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教会では、13年前から、お米作りをしています。EMという微生物を使って、生ごみを発酵させ、肥料にして使うやり方です。神様のお体であるお土地を大切にし、安全な食を作る試みとしてやってきました。それも、今年が最後になります。今お借りしている田んぼの回りが造成され、環境がよくなくなったのと、田んぼを貸してくださっている方も、ご高齢になられたからです。今、稲をはざにかけて、天日で干しています。明日、それを脱穀する予定でしたが、まだ、乾いていないようなので、明日の脱穀は延期です。この場をお知らせに使わせていただきますが、そういうことで、12月になってから脱穀をしたいと思います。最後の脱穀、神様はなかなかさせてくださらないなあ。何か、御意味があるのでしょうか?私は、農地が少なくなっていることを、限りなく悲しんでおられるような気がしてなりません。
2006.11.22
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大体において、私は寒がりです。だんだん寒くなってきますと、辛くなってきます。しかし、金光教では、暑さ寒さに不足を言わず、ありがたく受けることが、大変大切な修行になることと教えられています。暑さ寒さは、神様の御体温ですからね。それに不足を言うのは、ちょっとご無礼ですよね。曽祖父の高橋茂久平が、「暑いのは、神様のご威光である。それを嫌ってはいけない」と、夏に笠をかぶらずに農作業をしたことがありました。3年ぐらいしたようです。その時、神様から、「その修行を成し遂げたら、日本国中から、駕籠を持って迎えが来るぞ」というお知らせがありました。つまり、講師として、各地からお呼びがかかるぐらいのお徳がいただける、と言うことでしょう。そのように、暑さ寒さを嫌わない、不足に思わない修行は、大きなお徳がいただけるのです。良寛さんも、本当に何もないあばら家で、厳しい寒さをしのがれました。そして、春が訪れたときの喜びは、大変なものだったようです。厳しいところを通るからこその喜びもあるのです。どうせ、通らないといけないところであるなら、不足を言いながら通るよりも、これを修行として、ありがたく思いながら通るほうがいいに決まっています。今年は、「寒い~」と言わず、「ご修行ありがとうございます」と言いながら、通らせていただきたいと思います。できるかな~~~。
2006.11.22
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ある方のブログを見ていると、自分に与えられている日数は、あまりないことが書かれていました。皆さんは、何日生きられると思われているでしょうか?80歳まで生きるとして、1年365日ですから、80×365=29200日。なんと、3万日ないのです。私の場合、49歳ですから、今まで、49×365=17885日、使ってきたことになります。後、11315日しかありません。もっと、たくさん日にちがある気がしてませんでしたか?思っているほど、日にちがない、というのが実感です。今日一日を充実して過ごさなければ、いけない、と思います。金光教には、「夜があけたら元日と思い、日が暮れたら大晦日と思って、日々ありがたく暮らせば、家内に不和はない」という教えがあります。腹が立っても、元日だから、こらえておこうと思うからです。そのように、今日一日、ありがたく、めでたい日にしようと心がけることが、今日一日を大切に生きることになるのです。今日も、腹を立てず、人を悪く思わず、言わず、人の助かりを願って、一日大切に過ごさせていただきたいと思います。
2006.11.21
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11月26日、落合教会のご大祭でお話をさせていただきます。落合教会は、岡山県北部の落合町にあります。落合教会長のお父さんも、布教に非常に苦労された方です。教会には傘が一本しかなく、朝、お参りされた信者さんに、雨が降り出したので、その一本しかない傘をお父さんが貸してあげられた。その時、少年だった今の教会長が、「その傘を貸してあげたら、僕が学校にさしていく傘がない」と言ったら、ひどく叱られたそうです。そんな、人のことを思えない、情けない心をもってくれるな、と。小学生ぐらいの子供に、そんな高尚な心を持つことを要求するのは、酷なこととも思えますが、しかし、その思い出が、今の教会長に問題になり続けておられる。その時には、そういう心を持つことは難しくても、その方向性で、その出来事が心の中で成長していく。それが大事なのだと思います。昔の先生方は、自分のことは差し置いて、人のために祈り、動かれた。それは、教祖様の心、神様の心から出ているものではありますが、私たちに与えられている、神様の分け御霊の奥なる欲求でもあるのです。そういう生き方がしたいという。そういう教会でお話させていただくわけで、私自身の心を問題にさせられたことを、お話させていただこうかな、と思っています。その先生に比べると、本当に、レベルは低いのですけどね・・・。落合教会には、信者さんが、お供に12人ついて来られます。行楽を兼ねてですが、ありがたいことだと思います。欲を問題にされた落合教会の先生方のお徳を頂いて来させていただきたいと思います。
2006.11.20
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金光教の先生のブログの一つが、ご事情で、一時閉鎖するとのことでした。エッという感じでした。それまで、張り切って書いておられたので・・・。ちょっと悲しい出来事でした。それまで、あると思っていたものが、なくなるのは、寂しいものです。以前、私の在籍する教会の親教会の岡山教会が、一時、なくなったことがありました。そこの信者さんが、とても寂しい思いをされました。それは、教会は、心のよりどころになっているのですものね。それがなくなるというのは、とても、とても寂しく悲しいものなのです。岡山教会は、私の叔父さんが、復興に行かれて、存続することになりました。とてもありがたいことですね。信者さんにとっても、神様にとってもね。なんせ、教会は、神様と触れ合える場所ですからね。この神様は、お社に収まっておられるような小さい神様ではない、天地そのものであられる、と言われますが、でも、実際に、神様に対峙するのは、教会のご神前でですからね。そして、教会のお結界には、取次の先生がおられる。神様にいろいろなことを取り次いでいただけるのです。だから、確実に神様に繋がれるのです。それが、信者さんにとっては、心の支えなのです。だから、取次をさせていただくものは、必死で、一日中、お結界に座っているのです。そうした教会がなくなるのは、命をとられるぐらい悲しいことなのですよね。そのようなものであることを自覚して、御用をさせていただきたいと思います。その先生のブログも、又、早く復活されることをお祈りいたします。
2006.11.19
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今、ブログブームなのだそうですね。私もしているぐらいですから、そうなのでしょう。船井幸雄さんが、ブログブームが日本で起こっていることについて、びっくり現象だ、といっています。昔の日本人は、自分をオープンにすることはありませんでした。それが、自分をオープンにしだしたことは、ある面いいことだ、と言っています。又、「隠し事ができない時代がやってきた」とも言っています。隠す必要がないのかもしれません。神様の前では、恥ずかしいことも、自分の醜さ、いたらなさもオープンにします。そして、神様は、そのことを、責めることなく受けてくださいます。そして、いい方向に行くよう、力を貸してくださいます。そうした寛容、協力の世界が神代なのでしょう。時代がいい方向へ行くよう、願っています。
2006.11.18
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今年6月の教会長・教師研修会で、河内松原教会長の前田先生にお話をしていただきました。河内松原教会の初代は、布教に出るとき、親教会長から次のように言われたそうです。1.朝の4時から夜の10時まで務めよ2.眠くなったらお結界で寝よ3.ご祈念座で死ね4.3年間、帯紐解くな初代は、戦後間もない布教であったこともあり、両親を引き取っての布教でもあり、その覚悟は並々ならず、20年以上、帯紐解かず、すなわち、お布団で休むことなく、ご祈念の座に伏したまま寝られ、そして、朝を迎えられました。ですから、養子に入られた前田先生も、結婚が決まるまでの数年間は、お広前で、ご祈念しつつ朝を迎えられたそうです。お広前で、ずーと信者さんのことをお願いしていると、神様、教祖の神様が働かれていることが見えてくるようになるそうです。そういうお話を聞きながら、「場の徳」というものを思わせていただきました。教祖の神様は、お広前、お結界に座り詰めて、世界の人々のことを祈り続けられました。そこに、神様も、働き続けられました。お広前、お結界には、そうした場の徳が満ちているのです。ですから、そういう場にずっとおらせていただくことで、そのお徳がいただけるのです。ですから、お広前になるべくおらせていただくことは、ありがたいことです。私も、教祖120年の年には、お広前に12時間以上おらせていただく日を120日以上、と願いを立てましたが、半分ぐらいしか出来ませんでした。でも、今は、教会にいるときは、それぐらい座っているような気もします。お広前で、神様と一緒におらせていただくのは、ありがたいですからね。もちろん、帯紐解いて布団で寝ます。前田先生のような真似は、なかなか出来ないですね。
2006.11.17
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信心には、いろいろなレベルがあります。自分中心のお願いばかりする信心もあれば、世界の人の幸せを願う信心もあります。また、お礼を中心にした信心もあれば、お詫びを中心にした信心もあります。そういうことを考えると、難しくなってくるのですが、教祖様は、「まあ、いっぱし(数多く)参りなさい」と言われ、湯川安太郎先生は、「足信心」を勧めておられます。「足信心」とは、足を使って参る信心です。よく参っても、自己中心のお願いばかりしていてはいけない、などと言われることもありますが、それでいいのです。自己中心であっても、神様に心を向けて、神様に繋がることが大切なのです。神様に繋がれば、神徳がいただけますから、少しずつ、信心の内容も成長していくのです。自分のお願いばかりしてはいけない、と思ってお願いしないより、自己中心のお願いであっても、神様におすがりして、一心に願う方を、神様は喜ばれます。そこに、神様が働かれることが出来られるからです。前に、クリエイトの研修会で、大口教会の安武先生が、子供のとき、親に朝参りを強要され、泣き泣き参ったことがあったそうです。しかし、その後、お兄さんが、インクビンに火薬を入れて火をつける遊びをして、それが爆発したとき、安武先生は無傷のおかげを頂き、お兄さんも、顔面に何十もガラスの破片が刺さっていたので、目をやられているだろうと予想されたのですが、目には一つも当たっていなく、失明の難を逃れたことがあったそうです。安武先生は、こういう難があることを神様は分かっておられたので、お母さんは無意識にされたのだが、安武先生兄弟を無理にでも朝参りをさせ、お徳をいただかせ、大難を小難、無難にしていただいた、と話されていました。いやいや参っても、いいことはない、と言われることもありますが、いやいやでも、参れば参っただけのおかげがあるのです。それだけのお徳がいただけます。お参りが大儀なこともありますよね。でも、お参りさせていただき、お取次を頂き、お徳をいただきましょう。今日は、私は教務センターに出務します。その前に本部広前に参り、金光様のお取次を頂き、お徳をいただきたいと思います。ありがたいことです。
2006.11.16
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今日は、立教の日で、御本部では、立教記念祭が仕えられます。立教とは、教祖様が神様から頼まれて、農業をやめ、神前に座り、参ってくる人を助けることに専念されるようになった日です。それから147年経ちました。今も、ひたすら、参ってくる人を待つあり方は、変わっておりません。神様が、難儀な人を引き寄せてくださる、という考えがあるからです。BBSにASKANETさんが、いじめの日記を転載することについて、ご自身の体験を語っておられ、又、ここに訪れたのも、神様のお引き寄せと感じておられますが、そうだと思います。神様が、必要な出会いはさせてくださいます。いじめの記事では、セルリアンブルーさんもコメントに、ご自身の体験を書き、懺悔をしておられますが、そういうことに真正面から向かい、神様にお詫びをすることで、そうした心の傷が癒されていくのだと思います。書かせてくださったのも神様ですし、それに出会われ、感じさせてくださったのも神様です。神様は、全てをいい方向に導いてくださいます。今日は、立教の日に、心を教祖様の思いに向け、神様の願いに向け、一日座らせていただき、世界の皆さんが、助かっていかれるよう、お願いしたいと思います。
2006.11.15
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人間には、神様の分け御霊様を与えられていますので、先のことを感じることができます。この前、クリエイト21の研修会で、大口教会の安武先生がお話をされていましたが、ある方が、家を建てられ、そのお祝いに来客があり、そのお客さんをバス停まで送っていったのですが、バス停に車が突っ込んできて、その方は亡くなられたそうです。その方は、3日前に、非常な不安に襲われ、「何か大変なことが起こりそうだ。しかし、どうしていいか分からない。どうしたらいいのだろうか」と便箋に書いたものが、出てきたそうです。その方は、このたび事故で死ぬことの予感があったのです。神様がお知らせくださっていたのです。その方は、信心はされていて、家で拝んでおられたそうです。しかし、そういう不安感に襲われたとき、教会を探して、お参りし、お届けをしたら、事態は変わっていたかもしれない、と話されていました。信心は倒れぬ前の杖、とも教えられています。神様は、どうぞ信心して、おかげを受けてくれよ、と願われています。信心すれば、神様から神徳がいただけます。その神徳によって、大難が小難に祭り替えていただけるのです。神徳は、信心すれば、誰でも頂くことができます。毎日、神様に、お礼、お詫び、お願いをしっかりさせていただくことが大切です。その時、神様に頭を下げるのですが、なるべく深く下げるほうがいいと思います。もし自分の子供が、川でおぼれているのを助けてくれた命の恩人がいたら、私たちは、頭を深く下げて、お礼を言うでしょう。私たちは、神様に、毎日命を頂いているのですから、頭を深く下げてお礼を言わせていただくのが当然と思います。その真心のパイプが神様に通じたら、そのパイプを通じて、神徳が流れ込んでくるようになるのです。何も、神様は、えらそうにしたいわけではありません。真心を通じて働けるので、真心を出してほしい、そうすれば、働けるから、と願われているのです。
2006.11.14
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ちょっと、きつい題でしたかね。11月11日、金光学園の創立112年記念式に出席させていただきました。式典の後、記念講演があり、漫才作家の本多正識氏のお話を聞かせていただきました。本多氏は、学園の第29回生ですが、病気のため、途中退学をしておられます。大学も行っておられません。でも、今、オール阪神・巨人のテレビの台本の8割を書き、その他、今いくよ・くるよ、トミーズ、ハイヒールなどの台本を3000本以上書いている売れっ子漫才作家です。新人指導もしておられます。しかし、小さいときから病弱で、小学校のときは半分ぐらいしか行けてないそうです。そうすると、「落ちこぼれ」などと言っていじめる子が出てくる。時には、たまに学校に行くと、机を隠されていたことも・・・。でも、あまり気にしなかったそうです。なぜか?それは生きるのに精一杯だったからだそうです。毎晩、喘息でしんどい。死ぬほど苦しい。ある晩、お母さんに、「何で僕だけ、こんな苦しい目にあわな、いかんのやろう」と何気なく言ったそうです。そうしたら、お母さんが、「ごめんね」と一言、言ったそうです。それから、あ~僕よりしんどい思いをしてる人がいたんだ、と思ったら、いじめなど、くだらない、小さいことに思えて、「落ちこぼれ」と言ってくる子に対して、「僕は、病気で、学校を休んでいるんや。落ちこぼれじゃあない。そんなことを言われると、傷つくんやで。そんなことを言うな」と、はっきり言ったそうです。そうすると、だんだんいじめがなくなってきたそうです。いじめる子は、自分が言っていることで、相手がどれだけ傷ついているか分からないのです。いじめる子には、そんなくだらないことをするな、とはっきり言ってあげましょう。というようなお話もされました。非常にいいお話を聞かせていただいた、とありがたく、帰りに運転しながらも、涙が出てきました。
2006.11.13
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セルリアンブルーさんも、コメントで書かれていましたが、このたび、教会の自転車置き場の囲いのアクリル板に、自転車が倒れ掛かり、割ってしまった難儀。本人にしては、大変な難儀で、何でこんなことをしてしまったのかと思われ、悲しくて仕方がありませんでした。私は、「形あるものは、いつか壊れるものだし、そんなに気にすることはないですよ。ずっと悲しがっていても、神様は喜ばれませんから、元気を出して、信心をさせていただきましょう」と言っておりました。そうしましたら、翌日、ご主人と一緒にお参りされ、ご主人も、お結界まで来られ、お詫びをされました。この日は、ご主人は午後がおやすみであり、夜7時半から、教会の近くで会合に出席することもあり、午後6時半ごろ一緒にお参りになられ、お詫びをされた後、7時からのご祈念も少しされ、その会合に行かれました。自転車置き場を壊したのが、水曜日であったので、翌日にご主人がお参りしやすい、午後休みで、しかも会合に奥さんが送っていく途中に教会がある、というグッドタイミングであったことも、ご主人がお参りしやすいように設定されていたのです。ご主人は、最初は、信心に反対でありました。お参りを禁止されたこともありました。それがお参りを一週間に一度はいいと許され、日参も許され、少しずつ信心に理解を示されるようになっていました。そして、そういった時節に、神様は、一緒に教会に参ってほしいというセルリアンブルーさんの願いをかなえるために、自転車置き場を壊すということをされたのでした。あのアクリル板は、普通そんなに自転車が倒れ掛かったからといって壊れませんからね。神様は、お願いしていると、必ずかなえてくださる方向で動いてくださいます。それが難儀のように見えることもあります。ですから、難もみかげなのです。そんなことを考えていると、「めぐりは恵み」と思わされました。めぐりとは、難儀をもたらす悪いもののように考えられていますが、それさえも神様からの恵みなのです。「難はみかげであり」「めぐりは恵み」なのです。一切が神愛といっていいかもしれません。
2006.11.12
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金光教の中には、「難はみかげ」というみ教えがあります。普通、難儀なことは、みかげとは逆のもので、みかげをいただけなかったときに難儀が起こると考えられます。しかし、難儀が後のおかげにつながるという真実もあるのです。松下幸之助さんが、「不況は、会社の経営体質を健全にするので、必要なものである」ということを言っておられます。不況のときに、無駄はないか、もっと経営努力できないか、と必死になって取り組むので、結果、経営内容のいい会社になれるのです。このことも、不況という難が、優れた会社になれるというみかげになった、と言えるでしょう。神様は、何も苦労をさせようとして、難儀を差し向けておられるわけではありません。難儀の中にも、神愛が満ちており、すでに助ける働きが込められています。高橋正雄先生は、「難儀の中に神います」と言われました。難儀の中に、神愛を見出す目を養わせていただきたいと思います。
2006.11.11
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「人間の10年は長いようであるが、神からすれば、あっちを向いてこっちを向くほどの間でしかない」というみ教えがあります。神様の時間の尺度が長いと言うことでしょう。又、それだけ、信心辛抱をしなければ、神様のおかげがいただけないこともある、と言うことでしょう。少し遠いところの、ある教会の信者さんの子供さんが、岡山の大学に通うことになりました。初めて、親元を離れ、下宿をしての生活です。親御さんも心配され、岡山の教会に参るように言われ、岡東教会に、時々参られていました。でも、3年生になったとき、その大学を辞めてしまいました。勉強が合わなかったようです。辞めるということを聞くまで、大学を辞めるまで、追い詰められているという感じがしなかったので、気づいてあげられなくて、申し訳なかったと思いました。でも、その子も、親御さんも、いろいろお世話になった、と言ってくださいました。その子は、実家に帰り、アルバイトをしながら過ごしていました。親御さんは、将来どうなるのだろうか、という不安を抱えて過ごされていました。でも、近くの教会に参って、その子の立ち行きを祈っておられました。その子も、大学時代は、月に一度ぐらい岡東教会に参っていたので、そのたびに、いろいろお話はさせていただいていました。その中で、神様に向かう心も培われていったと思います。ですから、実家に帰っても、その教会に参っていました。そして、数日前、その子のお母さんが、果物を送ってこられ、今年の春、農業大学に行きだし、今は、生き生きと勉強している旨の手紙と、その大学で作った果物です、と立派なメロンやあたご梨などを送ってきてくださいました。その果物には、その子の元気が詰まっているように感じました。ご神前にお供えして、神様にお礼させていただきました。一時はどうなるか、と思うようなことがあっても、神様におすがりしていますと、必ずおかげがいただける、そのことを改めて感じさせていただきました。
2006.11.10
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ダスキンの創業者、鈴木清一氏は、養母が熱心な金光教の信者だったことと、ご自身も肺結核治癒のおかげをいただいたことから、若いころに入信し、生涯を信者として過ごしました。氏は、高橋正雄師と親交の深かった西田天香師の「一燈園」にも入りました。氏は、信仰を、会社の経営システムの中に取り入れました。会社の入社の条件として、3泊4日の一燈園研修に参加することを義務付けています。一燈園研修とは、お便所掃除、他人のための無償の労力奉仕をする修行を柱とした研修です。お便所掃除によって、人格が磨かれてくるので、そうした社員が多くなれば、おのずと会社も発展していくのでしょう。イエローハットの鍵山秀三郎さんなども、便所掃除に力を入れておられます。そして、面白いのは、社内慣用語になっている労働と給料に関するキーワードです。労働を「働きさん」、給料を「お下がり」と言うそうです。従業員とか、社員と言わず、「働きさん」と呼ぶそうです。社長も働きさんです。働きさんの語源は、「はたの人を楽にする」つまり、人のお役に立つ人という、日本人古来の心情から出ています。そして、そういうよい働きに対して、神様から与えられるのが、「お下がり」です。「お下がり」は、金光教の教会では、ごく最近まで使われていました。少し前から、「奉献金」と名前が変わってしまいましたが、私は、「お下がり」の方がいいと思います。自分の働きに対して、神様から下げられたものを使って生きていく、というのがよく分かりますから。人は、何のために生きているのかが、分からせていただけます。
2006.11.09
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昨日は、教務センターの出務でした。東中国教区(鳥取県・岡山県)の教務センターは、金光にあり、金光様のお近くで御用をさせていただけるので、ありがたいです。金光様は、毎日、朝3時50分にお出ましになり、一日御用くださり、午後4時40分にひかれます。そのおひけを昨日は、拝ませていただきました。会堂(お広前)から、ご自宅までの道の沿道に並んで、金光様が歩いていかれるのを、「今日も一日、ありがとうございました」と、頭を下げてお礼申し上げるのです。土下座をして、拝まれる先生も、たまにおられるのですが、たいていは、立って頭を下げるだけです。乙島教会の先生は、信者さん8人ぐらいと、毎日、お出ましとおひけを拝んでおられます。そのお話を3月にされたのを聞いて、私も、お出ましをいただこうと思いました。金光まで行けばいいのでしょうが、ちょっと遠いので、教会の玄関のところで拝ませていただきます。そして、教会の中に入っていただいて(これは、イメージをさせていただくのです)、お結界に座っていただき、お届けをしてから、御祈念をさせていただきます。そして、午後7時のご祈念がすみ、神前拝詞を10巻あげさせていただき、玄関を閉める前に、おひけを拝ませていただきます。ですから、教会での御用のほうが、長く金光様におっていただくことになります。それは、そうとして、御本部では、実際に金光様のおひけを拝ませていただけることは、ありがたいことと思っています。当局の先生方も、おひけを拝まれます。ありがたいことだと思っています。
2006.11.08
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昨日も、0時ごろ寝たら、今日は、いったん3時20分に目が覚めたのだけれども、もう少しと思って、寝たら、次は4時15分に目が覚めました。今日も、4時にお参りの方がおられ、その方は近くを一周され、4時20分に、又参られました。悪かったな~、と思ったのですが、公式なご祈念ではないので、許していただくとして、私は、人の適応力が、どれほどのものがあるのか、知りたい気がしています。睡眠時間が、ほとんどなくても、生きることが出来る人が、世界には多くいます。その中に、テレーゼという人がいるのですが、食べるものも、クッキーのようなものを、1,2枚ほど食べるだけで、睡眠時間もほとんどありません。その人は、「キリストの光で生かさせていただいています」と言っています。普通、人は、食べ物を食べ、その栄養で生きている、と考えます。そして、睡眠時間もちゃんととらないといけない、と考えます。それも、一面、真理だと思います。でも、あまり食べなくても、寝なくても元気で生きられる、という真理もあると思っています。神様の光で生かされる部分があるからです。三代金光様や、湯川安太郎先生などは、そうした方であられたのでしょう。そして、テレーゼさんも、至福のときを過ごすことができる時間をもつことができたのは、そうした物質で生かされるのではなく、神様の光で生かされるところが大きくなったからである、と推論されるのです。人の適応力は、すごいものがあると思います。ただ、それを実験するには、体を壊すリスクがあるので、無理をしてはいけませんが。その妥協点が、4時間睡眠です。今のところ、体も、だんだん慣れてくれているようです。
2006.11.07
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おとといの晩には、緊急なお願いがあり、ご神前でご祈念していると、時々、ピシッという音がするお勇みがありました。昨日晩にも、お願いがあったので、ご神前でお願いしていても、お勇みがありません。なぜだろうと考えましたら、おとといは、ご神前に明かりをつけてご祈念しました。昨晩は、ご神前に明かりをつけずに、ご祈念していました。それに気がつき、改めて、ご神前に明かりをつけて御祈念をしましたら、早速お勇みをいただきました。やはり、ちょっとしたことでも、心の向け方が違うと、神様の現れ方も違ってくるな、と思わせていただきました。今朝も、朝4時からの御祈念をさせていただきました。しかし、このご祈念は、お広前だけに明かりをつけてご祈念させていただいているのですが、ご神前の明かりもつけて、ご祈念させていただかなければいけないな、と思わせていただきました。今日の4時のご祈念には、お参りの人がありました。今後、この4時からのご祈念が、公式な御祈念になるかもしれないな、とふと思わせられました。そうなると、3時半には起きないといけません。それは、ちょっと・・・・・。まあ、そう思っている間は、公式のご祈念にはならないでしょうが・・・。
2006.11.06
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今朝、0時30分に書き込みをしましたが、その直後、楽天のメンテナンスで、9時まで使用不可になりました。このことも、お繰り合わせでした。昨日は、岡山県の御本部勢参拝の日でした。私も、お参りしましたが、その後、教務センターで5時まで御用する予定できました。信者さんの車に乗せてきてもらったのですが、その時クリエイトの松江先生の講話集が出来たので、教徒社まで運んでもらいました。しかし、教徒社がお休みでした。さあ、どうしようか。教務センターに置いておき、又、後日、教徒社に持っていこうか、と考えましたが、教務センターの鍵を持ってくるのを忘れているのに気がつきました。アッチャー。神様に、どうしようか伺いましたら、境内の案内所に置かせてもらおう、と気づかせていただきました。そこまで、運んで、その間に車を駐車場に置いてきてもらい、その信者さんを案内所の前で待っていました。その時、クリエイトのメンバーの森さんが来られました。森さんは、本部のトイレ掃除などをしておられ、よく御本部にも来られます。そこで、クリエイトの本を、森さんに後日、教徒社に持って行ってくださるよう、お願いしました。森さんは、気持ちよく引き受けてくださって、ありがたかったです。このとき、「待てば海路の日和かな」と言いましたら、家内が、「それは違うと思う」と言われてしまいました。あまり自分の都合がいいように考えすぎたかもしれません。でも、鍵を忘れたことも、神様のお繰り合わせのように思えるのですが・・・。センターにはもう1人出務することになっており、その人の鍵でセンターを開けることが出来ましたので、無事、お仕事をすることが出来ました。これもお繰り合わせです。それから、今朝は、皆さんのご期待通りか、ご期待を裏切ったか分かりませんが、3時50分に起こしていただきました。2時間50分睡眠です。それでも、体をもたせていただき、ありがたいです。
2006.11.05
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0時30分、遅くなってしまいました。今まで、月例祭のお供え物をしておりました。これからお風呂に入って寝ます。朝、3時50分に起きれるでしょうか?ちょっと楽しみです。世界の皆さんが、安らかな日々を送れますように。夜中に、ちょっと書いてみたくなりました。
2006.11.05
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前日、前々日に書いた、不登校のお話は、岡東教会でのお話ではなく、磐梨教会で話した内容でした。あちこちのお話が入り混じっていますね。ブログと言うよりも、教話集のような感じになってきました。不登校のお話で、神様から、「自分の子供さえ行ければいいのか」とお知らせいただいたことを書きましたが、そのような方向で、神様は、私たちにいろいろ考えさせてくださるのです。祖父の博志が肺ジストマで死にそうになったとき、父親の茂久平が、教祖奥城で、病気快癒のご祈念をしていると、教祖の神からお知らせがありました。それは、「そなたは、いつも、道のため、道のため、とよく言うが、わが子なら、道のためにならなくても、助けてほしいかや」というものでした。茂久平は、そう言われると、それ以上願うことが出来なかったそうですが、逆に、道のためになるなら、助けていただける、と思って、少し安心したということです。人間なら、誰だって、自分の子なら、道のためになろうがなるまいが、助けてほしいですよね。でも、ただ、助けるだけでは物足りない、助けた上で、道のためになるようになってほしい、そこまでの願いを持ってほしい、という神様の願いなのですね。そんな欲でいいのか、もっと大きな欲をもちなさい、と、・・・神様は本当に、こちらの先々の立ち行くように考えてくださっているのです。それはそうですよね。病気がよくなっても、よくなって、悪いことをすれば、親は、こんなことをするぐらいなら、あのときのまま病気で寝ていてくれたほうがよかった、と思いますからね。病気がよくなって、元気でお役に立ってくれますように、とそこまで願わないといけませんよね。神様は、先々まで考えてくださっていますので、今起きていることを、ありがたく受けつつ、みんなが助かる願いをもてるようにならせていただきたいと思います。ああ、又、教話になってしまいました。こんなブログでいいのかな~?
2006.11.04
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お話の続きを。わが子が不登校になったとき、このまま学校に行けなくても、生きていてくれるだけでいいではないか、わが子に死なれる人もいるのだから、と思いわけをしようとしたりもしました。でも、今の社会では、子供にとって、学校しか落ち着いておれる場所はないのです。学校に行ってないだけで、罪悪感があるのです。堂野博之という人が、自分の不登校のときの気持ちを絵と詩に書いておられます。その中に次のようなものがあります。「先生あのね 学校休むとね すごい悪いことしてる気がしてね追いかけられてる犯人みたいな気がしてね電話がなってもね 郵便やさんが来てもねふとんの中でじっと息を殺して隠れてるのだからね あんまり追いかけないでね だめかな・・・」「ファミコンも マンガも 魚つりも TVも プラモデルも楽しいこと ぜーんぶ あかんよーな気がするぼくは学校に 行ってへんから」行けない子供の心が、切々と伝わってきます。ですから、わが子が助かるためには、学校に行けるおかげをいただかなければならない、と思いました。その時、私は、御本部へ週のうち3,4日通っていました。岡山駅まで、歩いていました。大体35分かかります。その時、一歩一歩に祈りを込めて、「不登校、解決、お願い」と唱えながら、歩いていました。歩行行、とでも言うのでしょうか。そして、5年生になって、少しがんばって行ってくれていたときに、ご神前で、「自分の子さえ行ければいいのか」と思わされました。それから、又、子供が行けなくなってしまいました。6年生のときは、1日も行けなかったです。でも、不登校の人、すべてがおかげ頂かれますように、とお願いしていました。そうしましたら、子供が6年生のとき、来年、市立の中高一貫校ができる、という情報が入ってきました。その学校は、定員80人ですが、不登校枠を1割の8人取ってくれていました。そして、そこを受けて合格しました。受験といっても、面接と作文だけで、後は抽選でした。前の小学校からみんなが行く中学校であれば、友達関係などから、行けなかったと思います。これは、神様が、不登校の子供たちのために、学校をつくってくださった、と思いました。そのために、自分の子供のことだけでなく、多くの不登校の子のことを祈れ、と言われたのだと思います。その祈りに神様は働かれることが出来るのです。祈りがないのに、勝手に働かれないのです。「頼まぬかどは守れぬ」という教えがあります。何でも、お願いして、おかげをいただくことを、神様も喜ばれるのです。それから、中学校に、最初は行けたり、行けなかったりしましたが、そこの学校は選りすぐりの先生だったということもあり、だんだん行けるようになりました。そして、今は大学2年生で、大阪で一人暮らしをしています。少林寺拳法をして、新人賞などをいただき、たくましくなってくれています。細くてひょろひょろしていたのですが、今ではけんかをしたら、私が負けるでしょう。とにもかくにも、おかげをいただいたのですが、神様が、「自分の子供さえ行ければいいのか」と言われたお言葉を忘れず、子供たちみんなが、それぞれに向いた学校に行けますように、願い続けたいと思います。
2006.11.03
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又、お話の続きを書きたいと思います。神様は、「氏子、信心して、おかげを受けてくれよ」と言われていますが、それは、「氏子、信心して、お徳をいただいて、おかげを受けてくれよ」ということだと思っています。神様は、同じようにおかげを授けたいのだけれども、信心の打ち込みようによって、おかげがあるかないかの違いが出てくるのです。ですから、「神からおかげが出ると思わず、信心からおかげが出ると思って信心せよ」とも言われているのです。その信心に打ち込むこと、祈りの稽古をさせられた一つに、次女の不登校がありました。小学校2年生のとき、ちょっと学校に行くのを嫌がったのですが、「がんばろうね」と励まして、無理に行かせることで、又、行くようになりました。又、祈りにおいても、行けるようになることを信じて祈るほうがいいので、学校に行っている姿をイメージして、そうなる、と思いながら祈っていました。そして、又、行けるようになったので、やれやれおかげいただけた、と思って安心していました。しかし、小学4年ぐらいから、また、だんだん休む日が多くなってきました。このときも、学校に行っている姿をイメージして、そうなると思って祈っていましたが、行けたり行けなかったりでした。玄関のところで、じっとうずくまったり、何とか扉の外へ押しやって、行ってくれたかと思うと、別の戸から入ってきたりで、親子とも重苦しい思いをしました。朝、学校へ行ってくれないと、一日中気分が重いのです。いろいろ悪いことも考えます。このまま学校へ行けなければ、学力も身につかないから、社会に出ることも出来ないのではなかろうか。結婚も出来ないのではなかろうか・・・、などと考えてしまうのです。そして、楽しそうに学校に行っている同じぐらいの子供たちを見ると、うらやましい思いがして、又、娘がかわいそうで、涙が出るような感じでした。今日は、ここまでにしておきます。時間がなく、書き込む時間が遅くなりました。
2006.11.02
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お話の続きを書かせていただきます。前に、トイレに落ちそうだったところをおかげいただいた話を書かせていただきました。又、2年前のことになりますが、交通事故で危ないところを助けていただきました。教務センターに勤めだして4,5ヶ月経った時のことです。その時には、車で通っていました。疲れがたまっていたのだと思います。ちょっと眠ってしまったのでしょう。気がつくと、目の前にトラックが止まっていました。その前が渋滞していたので、トラックが止まったのに気づくのが遅れました。気づいて急ブレーキをかけましたが、間に合いません。左のほうにスリップしていき、左前がガードレールに当たり、半回転して、トラックの後ろに車の後ろがあたって止まりました。まず、ガードレールにあたって、ショックを和らげながら、ぶつかったのがよかったのでしょう。私に怪我はありませんでした。相手も、トラックですし、スピードが落ちてぶつかったので、運転手にはほとんど影響がなかったと思います。私の車は軽四なので、もう少し気づくのが遅かったら、下手をすれば、即死だったでしょう。左のほうにスリップして行ったのもおかげでした。右にスリップして、対向車とぶつかっても、死んでいたでしょう。車は、大破しました。私の身代わりになってくれて、ありがとう、とお礼を言いました。この事故で、思い出したのが、芸備教会の教会長が、事故にあわれたことです。ソフトボールの全国大会の帰りのことです。疲れて、居眠り運転をされ、壁にぶつかりました。その時、強く胸を打ったのですが、大事には至らなかったそうです。その後、ご神前で、神様から、「このたびは、危ないところであったが、まだ神が使う用があるので、助けてやった」とお知らせがあったそうです。私は、お知らせはありませんが、たぶん、まだ、もう少し使って下さろうとして、助けてくださったのであろうと思います。親や家内や子供や信者さんなどに、悲しい思いをさせなくてよかったなあ、と思いました。ありがたいことでした。では、今回はここまで。
2006.11.01
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