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私は、最近はお結界で、信者さんのお届けを聞きながら、神様にお伺いをするようにさせていただいている。目を瞑ってお伺いをしていると、映像が浮かぶこともあり、その意味が分かることもあるが、分からないこともある。分からなくても、話させていただかなければならないので話すが、その時は、どういう言葉が出るか自分でもよく分からないことがある。しかし、そういうこと一切ひっくるめて、生神金光大神取次の中身なので、生神金光大神様が責任を取ってくださる。昨日も1日、お結界にいて、いろいろな方のお取次をさせていただいた。8時前にお結界を引いてからも、お参りがあり、又、出て9時ぐらいまでお取次をさせていただいた。お取次を頂かれようと、参ってこられるのは、ありがたいことである。私も、お結界の場に、生神金光大神様、天地金乃神様が現れてくださるような、お取次をさせていただきたいと思う。だから、できるだけお伺いをさせていただく。お伺いをして言わせていただくと、そこに神様が入ってくださるように思うのである。今日から、明日まで所長会議である。お取次の御用ができなくて、寂しいが、本部広前で、ご祈念させていただきたいと思う。
2008.01.22
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なかなか更新できないにもかかわらず、毎日50件ほどアクセスしていただいています。ありがとうございます。いろいろな懸案事項がありますと、落ち着いてブログを書く気になれないので困ります。今日は、高橋信地郎先生の御葬式にお参りしてきました。高橋正雄先生のお孫さんです。お父上様は、高橋一郎先生で、50歳で亡くなられました。亡くなられた時、正雄先生が、「一郎、いい人生だったなあ」と声をかけられました。精一杯、信心を求め、生き方を求められた人生でした。『求真雑記』という名著を残されています。「いい人生だったなあ」というのは、最高の褒め言葉でもありますね。そう言われる人生を歩みたいものです。
2008.01.18
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「思うまま言うままのおかげが頂けるようになった」と湯川安太郎先生が言われました。そんなおかげが頂けるのだろうか?と思いましたが、確かに頂けるのだと思います。私は、前から、教師が一番ごひれいを頂くのは50歳代からである、と思っていました。それまで、信心をした蓄積が花ひらく時期のように感じているからです。それまでは、神様にひたすら心を向け、差し向けられた修行をこなしていく。又、自分なりに御用に取り組んできた、その努力を神様が認めてくださって、神様がこちらの願いに合わせてくださる働きが大きくなってくるのです。私は、教祖広前の顕現を願い、そこでの御用に専心できることを願っていますが、その願いを神様が聞いてくださり、そのような動きをつけてくださっているように思うのです。御用も、いろいろな御用があり、どの御用も大切なのですが、自分がしたいと思う御用にお使い頂けるおかげをくださっているようで、ありがたいと思います。まさに、思うまま言うままのおかげが、タイムリーに現れてきたように思います。私は50歳、これから面白い世界へ入っていけそうに感じています。
2008.01.14
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ここ数日は、疲れがたまっているのでしょう。朝4時からのご祈念は、ほとんど寝ています。年末から6日まで1日、3~4時間睡眠できましたから、体中が睡眠をほしがっている感じです。定時の御祈念をあげながらも、寝てしまうときさえあります。これではいけません。ちょっと、しゃんとしなければ・・・。1日1000人の人のことを祈りなさい、と銀座の初代の先生は言われました。祈れなければ、名前を読み上げるだけでもいいと。それを実践された先生が、信者が可愛くて仕方なくなった、と言われていました。1000人の人のことを祈るというと、大変だ、というふうに考えてしまいますが、祈ることをしていると、その人のことが気にかかって仕方なくなり、ますます可愛く思えてきて、何とかおかげをいただいてほしいと思い、祈ることが苦痛でなく、もっとさせてもらいたい、楽しいものになるようです。そうなれば本物の取次者です。取次者とは、1人ひとりの人のことを思いながら、御祈念をしていく、何度も何度もその人の顔を思い浮かべながら御祈念をしていく、それだけでいいように思います。また、それしかないように思います。そのような取次者になりたいと、切に願っています。
2008.01.10
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6日には、大阪団体の年賀参拝の方々に、お話をさせていただきました。立教150年を目指してのお話ですので、結界取次に焦点をあてさせていただきました。取次の大切さを強調して話していた祖父のおかげ話、そしてごく最近の信者さんのお取次を家族みんなで頂いたお話をさせていただきました。そのお話を聞きに、クリエイト21のメンバーやこのブログに来てくださるメンバーが、7人ほど来られました。お話が終わってからも、そのメンバーが輪になって、話ができました。このような顔見知りのメンバーがいると、話しやすかったです。お話も、前日1時ごろまでかかって完成しました。ちょっと消化し切れていませんでしたが、ちょうど1時間話させていただきました。重責を一つ果せてホッとしています。でも、その日に、もう一つお話がやってきました。これもぐっと肩に重荷がかかってきます。神様は、なかなか楽はさせてくださいません。どんどん負荷をかけてこられます。これも、育てよ、との親心でしょう。楽になるのは、死ぬときでしょう。それぐらいの心持ちで行きたいと思います。いずれにしても、6日には、いろいろな方とお会いでき、楽しかったです。
2008.01.09
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昨日は、大阪団体のご本部年賀参拝の方々に、お話をさせていただきました。クリエイトのメンバーも、6人ほど聞きに来てくださいました。高橋家の信心はじめから話させていただきました。高橋家の信心は、私の曽祖父の高橋茂久平から始まりました。茂久平は、14歳から芸備教会に参っています。23歳から神様のお知らせをいただくようになりました。芸備教会の教会建築も、御世話係として御用させていただき、ちょうどの財のおかげをいただきました。近くの寺やお宮では、地方の名士がお世話係になっておりながら、なかなか財が集まらなかったようです。神様のおかげをありがたく感じました。茂久平が、64歳で亡くなったとき、佐藤範雄先生が、茂久平が建てた教会をずっと見せてやってくれ、と言われ、教会全体を見せて回ってくださいました。芸備教会には、茂久平の高徳碑も建ててくださっています。今日は、その芸備教会に、年頭参拝させていただきます。
2008.01.07
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信者さんの嶋村克己さんが、昨日午後2時45分に亡くなられました。90歳と3ヵ月でした。84歳ぐらいまで、岡東教会の中心的な活動をしてくださっていました。いつまでも生きていただきたかったのですが、そうもいかなかったです。金光教では、死んだ日は御霊の誕生日でもある、という考えです。葬儀は悲しむだけでなく、御霊としての新たな出発として祝う気持ちを持ちたいものです。別れるのは寂しいですが、亡くなられた方にとっては、霊界への新たな出発なのです。嶋村克己さんは、信徒会の地連などでも活躍しておられたので、知っておられる方も多いと思い、ここに公表しました。今日(3日)午後7時から、岡東教会で通夜祭を、明日(4日)午前11時から葬儀式を仕えさせていただきます。私が祭主をさせていただきます。いろいろな思い出に感謝を込めて仕えさせていただきます。・
2008.01.03
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明けましておめでとうございます。旧年中は、ブログを読んでいただき、ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。やっと寝られるところまでこぎつけました。これから休ませていただきます。おやすみなさい・・・・。3時40分に目覚めますように。
2008.01.01
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