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2005.10.24
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カテゴリ: カテゴリ未分類
天宥法印

無玉や羽黒にかへす法の月

天宥法印が島流しになって新島で死んだ後、本山では天宥法印の

霊を弔うために、その墓を探しましたが、どうしても見つかりませんでした

幕府の判決文によると、天宥法印は伊豆の大島に流された

ことになっていたため、270年もの間、大島の各所を探していたのです

そして昭和13年になって、初めて天宥法印が流されたのが

大島ではなく新島であることが分かりました。

早速、羽黒山から人が派遣されて盛大な供養が行われました。

本山から来られた人々は、300年近くにわたる



羽黒山より遠山宮司、大川禰宜の一行が来島し大きな自然石に

墓名を刻んだ立派な碑を建てて、盛大な墓前祭を行いました

当時、大島支庁新島出張所の浅沼重四朗氏、新島本村長、市川仙松氏ほか

村内有志がおおぜい集まった席で、遠山宮司は、

「270年間の長きにわたって別当の墓を探し訪ね

今日ようやくにして探しあてた本山の喜びと感激」を

切々たる名調子で読み上げたと伝えられています。

友好町村の盟約は、昭和59年に結ばれました。





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Last updated  2005.10.24 19:10:46
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