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歌手の瀬川瑛子が、大阪・新歌舞伎座で座長公演中に、相次いで両親を亡くしていたそうです。2/29に母上が心不全で亡くなり、そのたった2週間後には父上が、同じく心不全で亡くなっていたそうです。でも彼女は、プロの歌手として父上の教え通り、舞台に立ち続け、千秋楽の3/29まで両親他界の事を明かさなかったそうです。ちなみに、彼女は父上の最期を看取れなかったそうです。こういう話を、アメリカや韓国の人は、どのように受け取るのかな。「日本人は情が薄いなぁ」「家族愛が無いなぁ」と思われるのかな。「鉄道員(ぽっぽや)」という映画で、高倉健扮する鉄道員が、幼い我が子が病気になるも、交代員の手配がつかないため、妻と子供だけを汽車に乗せて見送る。そして、死んだ子を抱いて帰宅する妻を赤い汽車誘導旗を振って迎える。そして愛する妻も病に倒れるが、同じく交代がいないために、病気の妻を一人で汽車に乗せ、笛を吹き「後部良し、信号よし」の声で見送る。交代員が来てから病院に駆けつけるも、妻の最期には間に合わない。この映画を見た時も、諸外国の人々が観たら、この感動は彼らにどんな風に伝わるのかな、と思いました。小学校の国語の教科書に「おかあさんの木」という話がありました。「お国のために手柄をたてて」と息子7人を戦争に送り出した母親が、息子の訃報を聞くたびに、庭に桐の木を植えるのです(桐の紋章に意味があります)。最後に、死んだとばかり思っていた五郎だけが家に帰ってきて、母親は泣き崩れます。このお母さんの心理、外国の方々、分っかるかなぁ、分っかんないだろうなぁ(←ちょっと古いです)。頭で理解することは出来ても、気持ちが理解するのは難しいだろうなぁ。私は、言葉では表現出来ないような、こんな「日本人の心」が自分の中にもちょこっとでもあることが、とっても誇らしいのです。昨日に引き続き、にっぽん、チャチャチャ!にっぽん、チャチャチャ!
2004/03/31

「旅行・海外情報」ネタは、遂に挫折です。今日は又「食べ物」ネタに逆戻りです。だって、本当に”至福の時”だったんですもの。今日は 前回 行ったお宅で、またパン作りを教わって来たのです。今回は「お好み焼きパン」と「あんぱん」です。 日本のパン屋さんにある、お惣菜パンと、日本ならではの、あんこの入ったパンです。。。(涙)お彼岸には「おはぎ」をこしらえなかったので夫には、今日のこの「あんぱん」で我慢してもらいます。あんこ物に目が無い夫は、これで満足している様子です。それにしても、美味し過ぎる、日本の味。。。。(涙)海外在住仲間の皆さん、コレを見て喉を鳴らしていませんか?にっぽん、チャチャチャ! にっぽん、チャチャチャ!
2004/03/30
私が行った外国の中で、一番カルチャーショックの大きかった国が、ブルガリアでした。お店に商品が無いことや、どこのトイレにも紙が無いことや、宿のトイレの個室の壁にいきなりシャワーが突き出していることや(勿論シャワーカーテン等は無い)、ジプシーの子供達が寄ってたかってポケットをあさりに来ることや。。。数え上げたらきりが無いくらい、ショック連続の旅でした。そして言葉が通じない。「英語くらい通じるだろう」という傲慢な態度で、外国へ行ってはいけないんだと改めて思い知らされた国。そして、「でも身振り手振りくらい通じるだろう」という甘い考えも通用しなかった国が、このブルガリアでした。これもまた、私が無知だっただけなのかもしれませんが、ブルガリアでは、基本中の基本である「yes」と「no」のジェスチャーが、よその国とは全く逆なのです。つまり「yes」の時は首を横にふり、 「no」の時は首を縦にうなずくという具合です。え~?!肯定・否定のジェスチャーは万国共通じゃ無かったの~?!これは意外!と思いませんか?!私はブルガリアに行く直前まで知りませんでした!日本人が、人の間を割って通るとき、腰をかがめて片手でチョンチョンと拝みながら通りますよね、あれはおそらく日本ならではのジェスチャーでしょう。国外のどこへ行ったって、通用しないでしょう。欧米にも、日本には無いジェスチャーはあります、でも、あの肩をすくめるジェスチャーなどは可愛いものです。何が言いたいのか解らなくても、「まぁ、困ってるんだろうな」位の想像はつきます。しかし、ブルガリア人のは想像を絶します。「No, no」と言いながら、顔はうんうんと頷いちゃっているのです!こんな混乱するジェスチャーは初めてです!「はい」で頷いて、「いいえ」で首を横にふるのはユニバーサル・ジェスチャーで、どこへ行っても通じるものだと思っていました。しかし私は甘かった!トイレの紙を買いに行って、ただでさえ少ない店の商品の中から、カウンター越しに「すいません、あれを、あの紙を下さい」と指差すと、店員さんは「これを?ひとつ?」と聞きながら 紙を指差し、人差し指を一本立てます。私は「はいそうです、それをひとつ下さい」と言うつもりで「ダー(yes)」と言いながら、首を縦に頷くと、店員さんは「???」という顔になるのです。「ダー(yes)」の時は首を横に振らなければいけないのです。。。混乱します、疲れます、買い物ひとつするのに、げっそり疲れます。。。でも数週間の滞在も終わりに近づくにつれ、混乱にも慣れてきて、混乱を結構楽しんでいる自分がいました。私はとっても順応性があります。ある日、一緒に旅行に来た友人と、大学街を散歩中コーヒーが飲みたくなり、食べ物が売っていそうな店の前に行き、「コーヒーはありますか?」とつたないブルガリア語で聞いてみました。ふふふ、ここで店員が首を横にふったら「yes」でコーヒーが飲める。 でもって首を縦にふったら「no」でコーヒーは無いわけだな。。。よし、いつでも、どこからでもかかって来い!と店員さんのリアクリョンを待ち構えました。yes かno か? yes かno か? 縦か横か? さぁ来い!店員さんの“首の動き”を見逃すまいと身構える私達。店員さんは「う~ん。。。」といった感じに唇をかんでいます。あれ?「コーヒー」って通じなかったかな?それじゃ「カフェ?」違う?それじゃ「コーピィ?」だめ?それじゃ「コーシー?」分かる?「c-o-f-f-e-e よ?」しばしの沈黙。。。そして店員さんの流暢な英語でのこの一言with 微動だにしない首「ネスカフェならある。 (We only have Nescafe.)」ネ、ネスカフェ? ネスカフェって何だったっけ?インスタントコーヒーならあるってことか?っていうか今、首動いたか?動いてない?そして今のは、もしや英語か?!顔を見合わせながら、大混乱の私と友人。ネスカフェ、ネスカフェ、動かない首。。。そんでもって流暢な英語!「だめだ、出直そう。。。」「ごめんなさい、また来ます。。。」私達はまるで戦に敗れた武士のように重い足取りで、その店を後にしました。コーヒーなんかもう欲しくなかった。予想もしないことが起こると人間とても混乱します。私達は、店員さんの意外な一言に、完全にやられてしまったのです、ノックアウトです。完敗でした。「ネスカフェならある」ってどういう意味だったんだろう。。。どうして首を縦か横に振ってくれなかったんだろう。。。ここへ来て、なんでいきなり英語だったんだろう。。。忘れもしないブルガリアでのとってもショックな出来事でした。
2004/03/28
今日も引き続き「旅行・海外情報」らしい内容の日記を書きます!頑張ってます!学生時代、同じ大学のアメリカ人と日本人の友人と、トルコ旅行に行った。飛んでイスタンブール♪のバザールでござ~るで買い物を楽しんだ後、歩き疲れた体を癒すために「Turkish bath に行こう!」ということに。Turkish bath(ターキッシュ・バス)とはいわゆる「トルコ式大衆浴場」のことです。20年ほど前まで、日本が風俗店の事を「トルコ風呂」などと呼んでいましたが、全くトルコの皆さんには「いい迷惑」であり、本場のTurkish bathは風俗などとは一切無関係です。アメリカ人の友人達は、「kangの国、日本にも大衆浴場があるんでしょ? 私達は大衆浴場を知らないから、今ちょっとここで“心得”なるものを教えてよ」と私に期待の眼差しをむけました。実は、私の親戚は日本で銭湯を営んでおり、私も「銭湯の利用の仕方」にはちょっとウルサイのです。そこで、「トルコの銭湯とシステムが一緒かどうかは分からないけど」と一言前置きをしてから、身体を洗ってから入浴すること、かかり湯をすること、湯船に手拭を入れないこと、などを一通り話して聞かせました。「解った、もう完璧、じゃ早速 中に入ろう!」と私達はTurkish Bathの門をくぐりました。そこは、日本の大衆浴場とは、ひと味もふた味も違った異国の不思議な異空間でした。韓国の「チムヂルバン」がきっとこんな感じなのかな?そこは蒸気の立ち込める体育館ほどある広~い部屋の真ん中に、人の腰の高さ位の円筒型をした、10畳分くらいの大きな大きな大理石の台がありました。脱衣した私達はその巨大大理石の台に寝るように促され並んで横になりました。そしてアメリカ人の友人の「ねぇ、湯船は?」の質問に私は「ア、I don’t know…」これから何がおきるのかなぁ~、とドキドキわくわくしていましたが、朝からよく歩いたために、いつの間にか私はウトウト。。。と、次の瞬間、私は揺さぶり起された!目を開けると、パンツ一枚のおばちゃんが大きなミトンをして笑って立っている。「ハ、Hello~」と私が挨拶するが早いか、おばちゃんはその大きなミトンで、上向けに寝ている私のおなかをゴッシゴシ、ゴッシゴシこすり始めたではありませんか!「ちょ、ちょっと、まだ心の準備がぁ~」と言う暇も無く、今度は腕、そして私の片足を持ち上げ、ご丁寧に隅から隅までゴッシゴシ、ゴッシゴシ!私は「まな板の上の鯉」状態。するとそれを見て絶句していた、私の隣のアメリカ人の所にも、別のおばちゃんが同じくパンツ一枚で現れて、やおら彼女のおなか、腕、片足を持ち上げ、隅から隅までを、ゴシゴシ始めた。彼女も「待って、待って、ちょっと待って~!」と必死に叫んでいた。これはいわゆる「垢すり」で、蒸気でふやけた肌をおばちゃんのミトンがこすって、垢をおとしてくれるのでした。一通り、あかすりが終わると、おばちゃん今度は大きなたらいを持って現れた。そして布切れを、たらいの中の液体に浸して、それを私の体の上で、ジョワ~ッと絞った!たらいの中身はおそらく石鹸水。私の体は泡だらけになりました。するとおばちゃん、今度は素手で私の身体を、丁寧に隅から隅まで、ツルンツルンと洗ってくれるのです。こそばがりの私はこそばゆくて、こそばゆくて、のた打ち回る。それを見ておばちゃんは喜んで、のた打つ私を押さえつけながらますます色んな所をツルンツルンとやってくれる。もちろん、乳もおばちゃんの素手でツルンツルンとしてもらう。さんざん大暴れした後、今度はいきなり、ザブ~ンとぬるま湯をかけられた、頭の上から。。。アップアップする私の顔を、おばちゃんは笑いながらナデナデしてくれる。「おばちゃん、勘弁して下さい~」と言うが早いか、今度は私の手を引いて、大理石から私を下ろし、広い部屋の壁面に並んだ「井戸」のような所へ私を連れて行った。この頃には一緒に来た仲間達の事なんか、もうどうでも良くなっていた。他の皆も自分の事で精一杯だった。井戸の前の台に座らされ、予想はついていたが、おばちゃんは頭を洗ってくれた。洗い方は、指でゴシゴシではなくて、あえて言うなら「ベロンチョ、ベロンチョ」とお辞儀をした状態の私の頭を首の方からおでこの方まで、ワンストロークでなでるように洗ってくれました。。。そしてやっぱり突然の頭からのぬるま湯攻撃が「ザブ~ン」で、終了~。。。終わった、終わったのね!おばちゃんは最後に身振りで「お股の石鹸も、自分でよく流してから帰るんだよ、分かった?自分で出来るの?」と手桶を渡してくれた。。。。「出来ます、出来ます、自分で出来ます!ありがとう!」おばちゃん、不思議な体験を、本当にどうもありがとう。お母さんにも見せたことないような、あられもない姿をおばちゃんに見せてしまって、なんだかもうおばちゃんとは他人じゃないみたい。言葉は通じないけど、身振り手振りで感謝の気持ちを表現して、私達はTurkish Bathを後にしたのでした。おばちゃんは今日もトルコのあの湯気の立つ部屋で誰かさんをゴシゴシ、ツルツル、ベロンチョベロンチョしてるのかな?
2004/03/27
大学の授業の一貫で行ったヨーロッパ旅行、昨日書いたベルギーの前にオランダにも行きました。今日はそのオランダでのお話です。私達一行が、アムステルダムに着いたのは朝の7時でした。「各自その辺で適当に朝食をとってくる様に」と言われ私と友人2人は市街へと向かいました。早朝でまだ開いている店は少なかったのですが、運良く開いていた「コーヒー・ショップ」を一軒みつけて3人でそこに入りました。店内はキャンドルが並べてあり、お香でもない、ハーブでもない、香辛料でもない、ちょっと不思議な香りが漂っています。ウェイターは私達を席へ案内して、メニューを見せてくれました。「美味しいコーヒーが飲みたいね」と言いながらメニューを覗くと、そこには「Seed」「Weed」「Hash」という見たことのない料理の名前がずらりと並んでいました。「あのぅ、これ、英語のメニューですか?」「コーヒーはどれですか?」と私達3人はウェイターのお兄さんの顔を見ました。ウェイターは「え?何言ってるの?うちはコーヒーショップなんですけど」と言っている。私達も「え?だからコーヒーを飲みたいのですけど」ウェイター「え?君達、コーヒーが飲みたいの!?」何をそんなに驚いているんだ、お兄さん。私達「そうです、だからここに来てるんです。」ウェイター「観光客さんですよね?!」私達「そうですよ。」ウェイター「オ、OK, コーヒー3つですね」何をそんなに動揺しているんだ?お兄さん。私達「あ、それから朝食のメニューあります?」ウェイター「ちょ、朝食っ?! オ、オムレツでも作りましょうか。。?」だから何をそんなに驚いているのってば~。私達「お、いいですね~。それでお願いします」私達は「何か変だよね~、あのメニュー」と言いながらもオムレツとコーヒーをいただき、伝票を貰いました。その時、伝票を持って来てくれた別のウェイターさんが世間知らずな私達のために親切に、オランダの「コーヒーショップ」の本当の意味を教えてくれたのです。オランダでは「コーヒーショップ」は「マリワナを買う所」だというのです。えええ~~?!マリワナ~~?!そう、オランダはマリワナが合法。これは基本中の基本、一般常識なのですが、私も友人もなんとこの時初めて知ったのでした!オランダに来る外国人観光客は、マリワナを存分に楽しむべくこぞってコーヒーショップへ行くというではありませんか。。。朝食たべて帰るお客は始めて見たそうです。(恥)さっき見た「Seed」「Weed」「Hash」ってのはマリワナのメニューだったのね。。。そんなことも知らずにオランダに行ったのか?と思うでしょうが、この旅行はArt History授業の一貫で行ったため、私達は旅行前には膨大な本を読まされ、リサーチをして論文を書き、更に現地で 絵画や、彫刻や、建築物のプレゼンテーションを課せられており、その準備で手一杯。 ガイドブックを読んで、観光や娯楽の予定を立てたりするなんて余裕はとても無かったのです。(ちょっと言い訳がましいですが)確かに店の中をよ~く見渡すと、「すき昆布」みたいなものがカウンターの向こうに置いてある。お、これがマリワナか!こんな所でこんな物が見られるとは~!私のいた大学はアメリカのど田舎で、全寮制の私立の小さな女子大でした。私は、アメリカで大学生活を送ったくせにマリワナを一度も見たことが無いという「超、うぶな学生」だったのです。せっかくマリワナが合法の国で、マリワナを買える「コーヒー・ショップ」にまで入ったのに、「朝食」を食べて出てきてしまった私。あんな所でそんなものが売られているなんて知らなかったのですもの。社会勉強になったわ。「パスポートを郵便局に取りに行く」アメリカにもビックリしたけど、「マリワナをコーヒーショップに買いに行く」オランダにもかなりビックリした若き日の私でした。
2004/03/26
今日こそは「旅行・海外情報」らしい日記を書きます!大学時代、Art Historyの授業の一貫でヨーロッパ旅行へ行った。ベルギーのアントワープという町へ行った時、その町にある「ノートルダム大聖堂」の見学がありました。その大聖堂には、入口を入ってすぐ右手に、有名なルーベンスの名画「聖母昇天」という絵が置かれています。そうです、あの名作「フランダースの犬」で少年ネロが、その絵の中のマリアに、自分のお母さんの面影を重ね、この絵画の前で、愛犬パトラッシュと共に、小さな命の幕を閉じたその悲しい物語の舞台が このノートルダム大聖堂なのです。その旅行には、教師やその家族、生徒やその友人など、20人位が参加していました。日本人学生も私をいれて3人いました。しかしその名画をみて「フランダースの犬!ネロ!」を思い出し大感動するのは、私達日本人組3人だけなのです。一緒だったアメリカ人や、よその国からの観光客、そして現地の人達でさえも、その感動の名作を知らないと言うではありませんか!それにひきかえ私達は、ネロの最期の言葉「僕はもう疲れたよ」を思い出し、あんな小さな子供が、辛かっただろうね、寒かっただろうね、お母さんに会いたかっただろうねと、「思い出し笑い」ならぬ「思い出し泣き」の涙まで浮かべていました。すると一緒にいた先生や生徒達から、「どうかその感動的なお話を、是非私達にも分けてくれないかしら?」というお願いが。そこで私が代表で、「聖母昇天」の絵画を前に「フランダースの犬」のプレゼンテーションをすることになりました。そして、私が自分の記憶を頼りに、皆さんに話して聞かせた「フランダースの犬」は以下の様な内容になっていました。『絵描きを夢見る少年ネロは、赤ん坊の頃、離れ離れになったお母さんを探しに、一人で三千里の旅に出ます。相棒は愛犬パトラッシュです。途中、ネロは何度もくじけそうになりながらも、お母さんに会うことを励みに、最期の望みであるこのアントワープの町へやって来ます。しかしこの町でも、結局 お母さんに出会う事は出来ませんでした。飢えと寒さと寂しさの中、ネロはこのノートルダム大聖堂へやって来ました。ネロの力はもう限界でした。そこで最期にネロが見た絵が、ネロの憧れるルーベンスが描いたこの「聖母昇天」の絵だったのです。その絵に描かれたマリアは、ネロのお母さんのようでした。ネロは最期に一言、絵の中のマリア様に向かい「僕はもう疲れたよ。。。」と言ってパトラッシュと共にまさにこの場所、この絵の前で、息を引き取り短い生涯を終えたです。』 私が話し終わると、皆は顔を真っ赤にして涙をぬぐっていました。いつの間にか、地元に住む人達や、他の観光客も集まってきて私の話に耳を傾けていました。「なんて悲しいお話なの。。。」と皆が口をそろえて言っていました。私も自分で話しながら、感動が蘇ってかなり興奮気味に話していました。しかし、私はこのとき皆さんに「大ウソ」を教えてしまっていたのです!もう、皆さんはお気づきですね。。。。そう、私が話した物語は、「フランダースの犬」ではありません。ネロはお母さんを探して三千里の旅なんかしてません。三千里の旅をしたのはネロ君ではなくて、「母をたずねて三千里」のマルコ君です。私の記憶の中で、このふたつの物語は完全にミックスされていたのです。正しいあらずじはこちら↓のサイトをご覧下さい。「フランダースの犬」 「母を訪ねて三千里」今日、私はこの場をお借りして、皆さんに謝りたいのです。あの時ノートルダム大聖堂の「聖母昇天」の前で私の話を聞いて感動の涙を流して下さった皆さ~ん、あの話はウソでした~!わざとじゃないで~す!ごめんなさ~い!
2004/03/25
ANチャンネタを書き始めたら、次から次へと色んなことが思い出されて、聖子ちゃんの♪懐かし~い~ 痛みだ~わ~♪が聴こえてきそう。でも決してスイートなメモリーではないので今日でこの話を終わりにしたいのですが、この話を書くと毎日7千文字を越えてしまう!長い!これでも手短に、手短にを心がけているのに。読んで下さっている方、本当にごめんなさい。今日は短めに収めます。頑張ります!ANチャンが私を孤立させようと必死で頑張った攻撃の中で、極めつけだった出来事とは、私を「セクハラ事件をでっち上げ、男のagentをクビに追いやる“恐ろしい姉ちゃん”」というレッテルを貼ることでした!しかし、そんなの「ありえない~」。航空会社というと「女の園」のようなイメージがありますが、空港内では(少なくとも私のいた職場には)男性と女性が半々の割合で働いていました。どこの職場にでもあるように「派閥」めいたものもありましたが、私は割りと「お笑い系」もしくは「ムードメーカー」的なキャラクターだったので、男性も女性も皆がわいわい寄ってきてくれる存在でした。その職場にはチャビー君(仮名)というブヨブヨに太った男性agentが働いており、彼は、体系や喋り方の特徴から、皆にからかわれたり、女性agentの中には彼をちょっと「気持悪る」がったりする人もありました。そして彼は、ANチャンと同じ言葉を話すために、いつも中国語で何かを命令されており、なんだかいつも大変そうな人でした。チャビー君は、私がANチャンの「お気に入りagent」だった頃から、私に帰り道の送りを頼んでおり、私もチャビー君とシフトが同じ日は、いつもチャビー君を乗せて一緒に帰宅していました。帰り道に彼は「ANに皆が分からない中国語で、皆のゴシップばかり聞かされるのが、もうほとほとうんざりなんだ。以前はANに送ってもらっていたけど、もう彼女の車に乗りたくないんだ」とよく話していました。そんな彼が、ある日「解雇」されたのです。勤務態度の事で警告を貰っていたらしいのですが、態度が改善されなかったためだそうです。(それで何故ANは解雇されないかって?ANは航空会社の社員、チャビー君は派遣会社のパートだからです。)チャビー君が解雇されて数日後、ある男性agentが私の所へ来て、こう言いました。「kangはチャビーにセクハラされたの?」 はい? どういうことでしょう?私はチャビー君にセクハラどころか、指一本触れられた事がありません。そんなことする相手を親切に毎日送って帰るわけがないでしょう!「何故?」と聞くと、ANチャンが彼の所へ来て「kang に気をつけろ」と耳打ちしたらしいのです。なんでも、「kangと関わるとセクハラされたと言われ、総務に言いつけられ、そしてクビを切られる、チャビーはそれでクビになった。次はあなたがターゲットになるかもしれないから、keep away from kang, Okay?」と言われたそうです。そしてそれを男性agent達皆に言って回っているそうなのです。ANチャン良く考えたなぁ、そのシナリオ。。。幸い、それで本当に私をさけるようになったagentは一人もいませんでしたが、(普通に考えてみれば分かることなので)「kangがチャビーを辞めさせたて本当?!」と何人にも聞かれました。。。これってどうなんでしょう。。。?これがスーパーバイザーですよ。。。以前のALの「ホルモンPMS&ストッキング事件」(第2章を参照)を持ち出して、脚色し、真実味を帯びさせて、話をしていたそうです。あれのどこがANチャンの気に触ったのか私にはさっぱり見当がつきませんが、とにかく彼女のジェラシーをかってしまったのです。「私を差し置いて、kangがセクハラを受けたなんて許せない!きぃ~っ!」と思ったのでしょうか?でも、私は職場で「セクハラを受けました」なんて言った覚えはたった一度も無いのです。もし、100歩譲って「私がセクハラを受けた」としても、スーパーバイザーだったら、その私をサポートするべきであって、嫉妬の対象にするのはちょっとお門違いなのではないでしょうか?それからしばらくは、私が誰かとちょっと喋っていると、ANチャンがやってきて、その誰かを呼びつけます。そして少し離れた所からこちらを見ながら何かをこそこそ話すのです。そして最後に大きな声で、「So, just be careful with that person, Okay?!(だからあの人には気をつけてね!いい?) 」と叫んで消えていくのです。スーパーバイザーがです。。。こんなことが延々と、毎日毎日、2年間続きました。ANチャンがお客に対して「クルクルパー」を言って、お客が激怒して、それを私が丁重に謝罪した事もあった。なんでスーパーバイザーの尻拭いを、この私がやらねばならなかったのか。始めの頃、健康だけが自慢だった私に、生理が来なくなりました。最初はさほど気にしていなかったのですが、2ヶ月目「妊娠かな?」とちょっと心配になりました。でも、よく考えたら身に覚えが無い!3ヶ月目にはもうそれに慣れてしまい「身に覚えが無いのに妊娠したかも。受胎告知を受けたのかも~。神の子を宿してしまったのかも~!」と自分用に笑いのネタにしていました(クリスチャンの方ふざけたこと言ってゴメンナサイ)が、4ヶ月目、当時の彼の勧めで医者に行ってみました。行きつけの婦人科がなかったので普通の内科へ。「妊娠はしてません(あたりまえ、その時は本当に身に覚えが無かったのだ)。さっきの問診の結果だけで診断すれば、多分ストレスでしょう。婦人科で詳しく調べて貰って下さい」との事でした。「ストレス」か!犯人はANチャンだ!やった~!私は平気だと思って頑張っていたけど、身体は正直だなぁ。何故か私は嬉しかった。そうしたら5ヶ月目に正常に戻りました。その2年後、私を含めて10人位の日本人が、この会社から不当解雇されたのですが、(アメリカで不当解雇参照)私は親切な総務の方のつてで、某格付け会社の社長さんに転職の紹介を得ました。社長は直々に私に会って親切に面接をして下さいました。社長のスケジュールの都合で、たまたま私の職場だった空港での面接でした。そしてその後、なんとANチャンはその社長さんに「kang is a hard worker, but I don’t like her, just for your information, Okay?(kangは良く働くけど、私は彼女が好きじゃないです、ご参考までに!)」と言ったそうなのです。え?それって妨害ですか?スーパーバイザーって普通、良く働いたagentには「推薦状」とかを書いてくれるものなんじゃないのですか?もうクビになった後まで、こんなことをされて、私ってよっぽどANチャンが羨む何かを持っていたに違いないわ。その何かとはいったい何だったのでしょう。キリが無いので、これで「哀れなANチャンのお話」は終わりにしますが、最後にちょっと心配なことを書きます。私があの職場からいなくなって、ANチャンは「生きがい」を失って廃人になってしまったのではないか。それか、他のターゲットを見つけて、その子が今頃、辛い思いをしているのではないか。。。これだったら本当に胸が痛い。
2004/03/24
タイトルに「イジメとセクハラ」とつけましたが、実は、このときの出来事で、私が「イジメ」や「セクハラ」という言葉を使うのは、この日記が正真正銘初めての事です。理由はただ、ここに書くのに分かり易いからこれを使いました。勿論、当時上司や仕事仲間に「私イジメられています」とか「セクハラを受けました」なんて言ったことも、自分で思ったことも、一度もありませんでした。ALの事件について「セクハラ」と言って事を大きくしてくれたのは、ANチャンのおかげでした。私はあれは「セクハラ」に感じていませんでした。あえて言うのなら「仕事妨害」。「イジメ」と思わなかったのは、ANチャンの私に対しての態度が、あまりにあからさまで、「ネチネチ、チクチクいじめる」というよりも、「お前の母ちゃん出~べ~そ~!」的なやり方だったのです。50歳の女性がですよ~!これもイジメではなくて「仕事の妨害」でした。どんなやり方だったかと言うと、例えば、お昼休みに仲間と食事にでて、オフィスに戻ると、カウンターの前で午前中の飛行機に乗り遅れたお客がいたりなんかして、それに捕まる。私はお客の対応でカウンターに残り、あとの仲間はオフィスへ先に入る。お客の対応が終わり、皆より10分ほど遅れて私がオフィスへ入っていくと、ANチャンはここぞとばかりに大きな声で「A子、B子、you know the lunch break is only 50 minutes, right?! Good, you are so smart! (A子、B子、お昼休みは50分だけだって知ってるわよね?そう、偉いわね!)」とA子さんとB子さんに向かって、でも声は私へ向かって、オフィス中が振り返るような大声で言い、まるで私が人より多く休憩をとってずるいことをしてしているかのような目で見るのです。ANチャン、それがスーパーバイザーのやることですか?あなたこそ、むか~し昔この会社で働いていた「いかず後家仲間」を呼んでオフィスの中で1時間も2時間もランチパーティーをしてるでしょうが~!仕事の邪魔だ~、それはいいのか~!?しかも、私はお客の対応をしてたんですけど。仲間はそれを知っているのですが、それをANチャンに言える子はいなかったです。皆~、ANチャンなんかのどこが怖いんだ~?私はANチャンの言葉より、仲間この態度の方がしんどかった。皆、ランチの時は我こぞってANチャンの事をこき下ろしておいて、その直後に本人が目の前で私を叩いている時は、どうしてそんなに可愛くなっちゃうのだ~!?そしてANチャンに食べ物を分け与えられている。君達プライドってもんは無いのかい?ANチャンの武器のひとつに「餌付け」がありました。とにかく周りに食べ物を分け与えて、自分の傘下に入れようとするのです。例えば、オフィスの中に、10人のagentプラス私がいて、ANチャンは「A子、B子(と続けて10人の名を呼び)!Tsan(所長)gave us some sweets, but not enough for the others, so don’t tell the others, Okay? (所長から皆にお菓子を貰ったわよ!でも“他の人”の分はないから”他の人”には言っちゃだめよ、いい?)」と大声で言いながら10人の名前だけを再び呼ぶのです。他の人って?アタシね。そこに一緒にいて「他の人」扱いされ、さらにこのあからさまな「お前の母ちゃん出べそ」に加え、仲間の反応はというと、皆とっさに私の顔を見るのです。皆、ANチャンが私に嫌な思いをさせるために、お菓子を持ってきたことを分かっているのです。そして、「kangちゃん、私の半分あげるからね」と言ってお菓子を貰いに行くのです。。。いらないぞ~。お~い、それより君達~、プライドってもんは無いのか~?!しかし食べ物の力ってすごいんだなぁ。それで後で所長に会って、「旅客部にお菓子の差し入れありがとうございました」を言うのは、“ひとつも食べてないこの私だけ”でしょう。なんだか私が一人で全部食べたみたいじゃないか~!頼むよ皆~。ANチャンは、私を中心に集まろうとする仲間を、必死で引き離そうとします。それには食べ物で釣るのが一番でした。ある日、フライトのビジネスクラスの食事が、注文ミスで大量に余ったことがありました。「旅客部でなんとかしちゃって下さい」と言われ、その日たまたまゲートを担当していた私が一人で2往復して、そのビジネスクラスミールをゲートからオフィスへ運びました。2往復目が終わってオフィスに入ると、ANチャンの声で、今日働いている人全員の名前マイナス私の名で、皆を呼び集め、「今日はここ(オフィス)で皆でこれ(ビジネスの食事)の試食会をしましょう~、Okay?」が聞こえるではありませんか。。。誰がここまで運んだと思ってるんだ。。。私は持ってきたミールを皆さんの所へ置き、自分のお弁当をとって、ターミナル内のカフェテリアへ行くためにオフィスを出ようとしました。誰かが勇気を出して「kangさんもよかったら一緒に食べませんか?」と言ってくれましたが、なんかその「良かったらあなたもご一緒に~」みたいな声のかけ方ってどうなんでしょ?そうじゃないでしょ、食事は全部kangさんが運んでくれたのだから、まずはkangさんに一言「ありがとう」じゃないですか~?お弁当を持った私は「そうだ、総務のK子ちゃんを誘おう」と総務のオフィスへ行こうとすると、向こうのほうからK子ちゃんが歩いてくる。なんとANチャン、やる事が徹底してます!私が総務部のK子ちゃんの所へ行くのを見越して、私がオフィスを出るやいなやK子ちゃんに電話をして、彼女も旅客部の「試食会」へご招待していたのでした!さすがANチャン、敵ながらアッパレな戦闘姿勢でした。でもK子ちゃんは「私も実はお弁当持って来てしまったんよ~、一緒にカフェテリアでお弁当食べませんか~?」と言って私に付き合ってくれました、ANチャンに電話で呼ばれているのに!ありがとう~K子ちゃん。本当に本当に嬉しかったよ~!強くて優しいK子ちゃん、このことは絶対に忘れないよ~(涙)。ANチャンはこの他にも、あの手この手を使い、私を孤立させようと必死に攻撃してきます。私は幸い最後まで孤立することはありませんでしたが、それも逆に私の首を傾げさせました。上記のK子ちゃんを含めたANチャンの前で毅然としてくれた数人の頼もしい仲間達には本当に感謝しています。彼らとは仕事をやめて何年もたった今でも友達です。が、優しいのかプライドが無いのか八方美人なのか、ANチャンの前と影とでは態度の違う2面性を持った彼女や彼たち、彼らの態度には本当に首を傾げたくなりました。あなた、ANチャンの前で私をどう言ってるの?なのにどうして平気な顔で「帰り駅まで乗せてって~」が言えるの?!いいのよ~私に気を使ってくれなくても~、一人でバス乗って帰っても良かったのよ~!彼らとは仕事を辞めた直後にきれいさっぱり連絡を絶ちました。あなた達も辛かったでしょ?私も辛かったぞ!ANチャンが私を孤立させようと必死で頑張った攻撃の中で、極めつけだった出来事があります。それは大変浅はかなのですが、ANチャンなりに「セクハラ」というセンセーショナルな言葉を用いて「絶対にイケル」と確信したであろう作戦だったと思います。それがどんな攻撃だったかは、明日、もしかしたら又今度、書きます。書いているとあれもこれも思い出されて、人間の記憶力ってすごいな~と思います。腹の底に沈めておいたはずなのに。ANチャンと同じシフトの日は一日8時間、ず~っとこんな目にあっていたのかと思うと、これが2年続いたんだから、私もよくやってたなぁ。もし当時私が、日記なんてものをつけていたり、証拠を全部とっていて、そして私が裁判好きなアメリカ人だったりしたら、今頃「会社があんな奴をスーパーバイザーにしたから、精神的苦痛を受けた」で起訴できたかもしれない~。だってANチャンが原因で辞めた有能な人材は数多いのです!(私はこの会社が私のビザサポートをしていたために、「辞める」ことが出来なかったのですが、ANチャンもそれを知っているからやりたい放題でした)そしてこの会社大企業なんですよ。もし裁判で勝てたら弁護士さんは絶対に儲かります。(と浅はかな夢は広がる。。。)ちなみに当時、私はちょっとだけ体調を崩し、めずらしく医者に行ってみたら、ちゃんと「ストレスが原因」という診断をもらいました!これにはとっても嬉しかったので、この証拠だけは取ってある~!
2004/03/23
私が働いていたその航空会社には、航空会社専門の派遣会社からのパートタイマーが多く働いており、その中のヒスパニックの連中と私は気が合って、仲良くしていました。その中にALという男性がいました。彼の悪い癖は、いつもちょっと調子に乗り過ぎてしまう所。ある日の朝、ALが私のいる所へやって来て、「オハヨウゴザイマセ Kang サン。How are you?」といつものように話しかけてきました。朝は何かと忙しいので、私も仕事の手を休めずに「Oh~AL君、ブエノスディアス~」と、多分、あまりアイコンタクトをせずに話を交わしていたと思います。するとALは私に「Are you in a bad mood? (機嫌が悪いのか)」と聞いてくるのです。「そうでは無くてやる事がわんさとあるのだよ」と言っていたのですが、ALは大変しつこく私の健康状態までをも気にし始めました。大きなお世話だよ~。「c’mon kang サン、what’s wrong? You always make me laugh, don’t you?.(kangさんどうしちゃったの?いつもは笑わせてくれるでしょ?)」とも言うのです。私は君の太鼓持ちじゃないんだぞ~。これが休憩時間中ならば、私も冗談でも言って笑わせてあげられるのですが、私はこう見えてもケジメもある人間なので、この時は「AL,why don’t you go back to the office and make yourself useful. (オフィスに戻ってなんか仕事でもしたらどう?)」等とちょっと邪険に扱っていたかもしれません。するとALは私の持っていた今日のassignmentやフライトインフォメーションが書かれた紙に何かを書いて「Something wrong with your…….」と言いながらその紙を私に見せました。そこには「HORMONE?」の文字が。。。ここで私がちょっと笑ってしまったのがいけませんでした。「私のホルモンには問題は無いから、余計な心配しないでさっさとオフィスに戻って、ほらほら!」と追いやったのですが、彼が「or」と言いながら次に書いた文字は「PMS???」でした。。。いや、違うんですけど。。。「None of your business.」と言って私は別の仕事をしにオフィスの中へ入りました。ALはオフィスについてきて私の隣に座り、まだ「大丈夫?大丈夫?」を繰り返す。邪魔なんだけど、さすがに心配してくれている相手に「邪魔だよ」とは言えず、適当に相槌を打ったり、向こうに行くことを促したりしながら仕事を続ける私。彼はもうすっかり私がPMS(生理前で体調が優れずイライラしている)と思い込み、「You want me to make a hot tea? (暖かいお茶入れてあげようか?)」と大変親切なのですが、大変トンチンカンで余計なお世話な事を繰り返す。それが数十分続きました。と、ALが私のひざを指差して「what is this?」と言う。見てみると、ストッキングが伝線していた。あら、ついてないな~と思った瞬間、AL氏は事もあろうに、その伝染したストッキングの穴から人差し指を入れて、私のひざ小僧を触ったではありませんか~!とっさに私は立ち上がって、椅子に座っているALを「どぉ~ん」と突き飛ばしました。ALは実際、飛びました。別にひざ小僧を触られたくらいで過剰反応するような私では無いのですが、その前に何十分も「ホルモン」だの「PMS」だのを聞かされ、今日一日持ち歩くインフォメーションシートにはその文字を書かれ、そして仕事の邪魔をされていたので、私も「いい加減にしろ~」と爆発してしまったのでした。オフィス中が「どどど、どうしたの?!」という顔でこちらを見る。でも、まさか「ALがストッキングの穴から手を入れて私のひざを触りましたよ~」とは言えないので、「あはは~、失礼しました。AL君大丈夫?」と突き飛ばした彼を起こした。彼は今自分のした事を分かっているので、青い顔で「I’m sorry」と言った。それを皆は聞いていた。その後すぐチェックインが始まって、私も自分の持ち場へ行きチェックインを始めました。ちょっとお客が途切れた所で、その日のスーパーバイザーのBobという人が私の所へ来て、「さっきはどうしたの?」と興味半分、心配半分で聞いてきた。私はBobが大好きだったので、「いや、あなただから言うけどね、絶対にANチャンにだけは言わないでね、話が大きくなるから、いい?約束して下さいよ」と前置きして、先程の出来事をかいつまんで話しました。「なるほどね~、だから奴がI’m sorryって言ってたんだね。しかし、奴は調子に乗りすぎる所があるから、一応注意したほうがいいかもね、マネージャーのEに話してもいい?」と言われた。「ALが調子に乗りすぎる話はしてもいいですけど、ホルモン、PMS,ストッキングの話はしないで下さい。」と私は言いました。そして、ALと私もその後はいつも通り普通に会話をして、その日は過ぎてゆきました。そして2~3日がたったある日、私はいつも通りちょっと早めに仕事を始め、その時はたまたまチケット・カウンターに立っていました。そこへ私のことを味方につけたくて仕方のないANチャンがご出勤。ターミナルの向こうのほうから歩いてくる姿を確認して、私も「おはようございます」を言うため顔を上げて待っていました。が、ANちゃんは私に近づいてくるなり、口をキッと結び、顔を私の見えない方へ「フンッ!」と向けて私の前をそのまま通り過ぎて行ったのです。「ぐ、ぐっど・も~にん?んんん?」私も思わず変な挨拶になりました。いつもなら遥か彼方から私を見つけ「kang~!You’ve started working already?! You work so hard! (もう仕事はじめてるの~?よく働くわねぇ!)」の決まり文句を必ず言うはずなのに!どうしたのでしょう?!あの「フンッ!」はいったい何なのでしょう?!っていうか、だいの大人があの「フンッ」をする所って始めて見た!全然可愛くないぞ。。。。そうなのです、BobはマネージャーEにALの素行を話し、「ホルモン、PMS,ストッキング」の単語を使わずに私に「ALが何かした」旨を伝えたのです。マネージャーEは、それをスーパーバイザーでもあるANチャンにも伝え、ALに対して厳重注意するよう言ったのかもしれません。「ALがkangになにかをした」こんな話はANチャンにだけはしてはならないのが、オフィス中では暗黙の了解になっていたはずなのに!ANちゃんは肩書きこそスーパーバイザーではありますが、人間的器は決して人の上に立つようなタイプの人間ではないのです。昨日の日記の通り、嫉妬深く、イジメが大好き、噂話と下品な話も大好きな、悲しい50代の独身女性なのです。ANチャンは、一人でイジメをしてもつまらないので、いつも味方をみつけるのに必死です。彼女は私をそのターゲットにしていました。私を褒め称え、それによって他のagentをいやな目に合わせる。それに彼女は喜びを感じる毎日でした。私は決して他のagentよりずば抜けて仕事が出来たわけでも、頭が良かったわけでも無いのです。ただ単に、ANチャンが誰かをいじめる時に、ちょっと目立つ存在だった私を味方につければ強いと思い、私を必要以上に褒めることで、私を利用していただけのです。ANチャンが誤算だったのは、私は何でも「そうですね~」とにっこり笑って答える可愛い日本人では無かった、ということです。もしANチャンの一言で誰かが傷ついているとしたら、たとえ相手がスーパーバイザーであっても、間違っていることは間違っている、とはっきりその場で物を言う可愛くない日本人だったのです。それで救われたagentはきっと何人もいたはず。それでも彼女は私の機嫌をとり、自分の傘下に入れる事に必死の毎日でした。それがある日、その私がALという男性agentに「何かをされた」という話を聞き、彼女は「自分すら何もされたことがないと言うのに、どうしてあのkangが?!」とショックでも受けたのでしょうか?理由は全く不明なのですが、とにかくANチャンは、悔しくて悔しくて仕方が無かったようです。全く困ったスーパーバイザーです。。。この日から突然始まった一切の無視。今までのおべっかはいったいどこへ?この日が、私とANチャンの長い長~い戦いの始まりでした。そして私にとっては傍観者達との「顔は笑顔、心は涙」の戦いでもありました。。。これがスーパーバイザーの態度なの?と笑ってしまうような(でも当時の私にはきつかった)出来事がこれから毎日、毎時間、毎分、なんと2年間も続くのであります。私が受けた嫌がらせの数々、そして傍観者達の態度、それは明日へ続きます。
2004/03/22
気がついたら、今日でHP開設から丸2ヶ月です。皆さんいつもありがとうございます~!今日は食べ物ネタは控えて、「困った女性」のお話を書きます。これは数年前に実際私の身に起こった出来事です。当時、航空会社に勤務していた私は、働き始めの頃、ある中国人スーパーバイザーから幸か不幸か、大変気に入られていました。彼女の名をここでは仮にANチャンとしましょう。彼女の歳は50代です。彼女は、私がチェックインをしているカウンターの真横にいつもやって来ては、「Kang, you are so smart! (kang、あなたって凄く賢いわ~!)」「kang, you are so polite!(すごい礼儀正しいわ~!)」(←彼女のあの独特の口調を文字で再現できないのが口惜しい~!)等の言葉で私をおだてあげるのが日課でした。そして彼女は、Fという20代の台湾人のスーパーバイザーに対し、なぜか敵対心を丸出しにしており、「Kang, what do you think about F’s skirt length ? She always stands like this ! (kang, Fのスカート丈、どう思う?いっつもこんなして立ってるわ!)」と言って、自分のスカートを太ももまでたくし上げ足を交差させて見せるのでした。(み、見たくないぞ~!)ちなみにFという若い台湾人のスーパーバイザーは、はっきり言って外見が非常に可愛い。そして頭が良くてかなり仕事が出来ます。部下の事を良~く見ており、指示が的確で、かつ皆に公平、ユーモアのセンスも抜群でとにかく面白い。ゆえに皆に慕われていました。ANチャンから「Fのスカート丈が云々」「Fの立ち方が云々」「Fの髪型が云々」「Fのボーイフレンドは云々」の話をされる度に、私の反応は「ANチャン、I don’t think so.」とキッパリ答えていました。だって、本当にそう思わないのだから仕方ない。かく言うANチャンこそ、ご自分の制服をよ~くご覧になって。いい歳をしてひざ小僧丸見えのスカート丈に、胸のボタンを2つっも開けて、腕まくりまでしちゃって肌を露出しているじゃないの~。おまけにトランシーバーを片手に、もう片方の手はオシリに当てて腰を振りながら歩いているのはだぁれ?とまでは言いませんでしたが、これが彼女の実状なのでした。しつこいようですが、彼女の歳は当時50歳!お~い、誰か教えてあげて~!ANチャンは私に「kang, you work so hard! (kangはとっても良く働くね!)」そして、「Kang, you speak perfect English !(Kangは完璧な英語を話すね!)」とも言うのでした。実はそこには、アメリカ生まれのアメリカ育ちのRちゃんというアルバイトの子が働いており、彼女はバリバリのバイリンガル。こちらで生まれ育ったのに日本語もとってもキレイ。そして高校を卒業したばかりで、若さと元気がはじけていました。彼女はパートタイマーなので、自分の仕事が終わるとよく私の所へやってきて、私の仕事を手伝ってくれました。手伝いながら「音楽関係の勉強したいんだけど将来性がないかなぁ」なんて進路の相談をしてくれたり、私もRちゃんが可愛かったのでよく一緒にお喋りをしました。それをANチャンは「Rは仕事をサボってkangの邪魔をしている」と言うのです。私は「ANチャン、That’s not true. She doesn’t bother me, she always helps me after she finishes working. (ANチャン、そら違いますわ。彼女は私の邪魔をしてるんじゃなくて、自分の仕事が終わった後に、私を手伝ってくれてるんですよ)」ときっぱり言いました。事実と違うんだから「違う」と言うべきだと思い、私はこう言ったのです。私の先輩で日本人のM子さんという女性がいました。彼女は私より年上とは思えないくらい可愛らしい人で、与えられた仕事を一生懸命にこなす頑張り屋さんでした。一生懸命にやり過ぎて、ついつい周りからは「慌てている」ように見えてしまうこともありました。だから誰もが犯す非常に些細なミスも、M子さんがするとちょっと大げさに見えてしまう。そしてそれを見るにつけANちゃんは、私に「kang, M子 is クルクルパーね!」とカタコトの日本語で言うではありませんか。「ANチャン、I really do NOT think so !」とまたキッパリ言う私。例えば、M子さんが航空券をちょっと数え間違えたら、ANチャンは私にこう言うのです。「kang, you never miss count tickets, right? (kangはチケットを数え間違えるなんて絶対にないでしょう?)」「あります!」という私。だって本当にそうだから。M子さんにミスカウントしないように注意を促すのがスーパーバイザーの仕事であって、M子さんの真後ろでM子さん以外の人に、こんなあてつけのような言葉で彼女を傷つけるのが仕事じゃないだろ~!一事が万事こういう具合で、自分の気に入らない相手の前で、私の事を褒め称えて相手に嫌な思いをさせ、私を味方につけたがるのが、ANチャンという女性でした。ANチャンは「若さと美貌」に対し執拗な執着心をもっており、なおかつ皆から好かれるPopularな女性に対しては、嫉妬心でいっぱいになってしまう。そしてその敵対している相手に立ち向かうべく、自分に味方をつけて一緒になって敵対させようと躍起になる、気の毒な女性なのです。こんな人間をスーパーバイザーにしてしまったあの会社の人事もかなりのチャレンジャーです。おかげでいったい何人の優秀な人材がANチャンのせいで辞めて行ったことか!私は間違っていることは「間違っている」とハッキリいえる性格なので、上記の通り、違うことには「違います」と答えることが出来たのですが、中にはそれが出来ない人もいます。ANちゃんから「誰それは×××でしょ?」と陰口を振られると、「Yeah~, I know~(えぇ、そうですね~)」と曖昧に笑顔で答える人もいました。私と同様にANチャンに気に入られていたMという若い日本人の女の子もそうでした。I knowって何を? What do you know about?! 自分が逆の立場に置かれたら、あなたはどんな気がするの?と聞きたいのですが、人に媚びる事を武器とするMは「ANちゃんはスーパーバイザーだから口答えしないほうがいい」というスタンスでした。他にも「自分がイジメの対象になったら嫌だから」という理由で「触らぬ神に祟り無し」という姿勢を貫く仕事仲間も何人もいました。私の態度を見て、「そのうちイジメられるから気をつけな」と忠告してくれる人もいましたが、たとえスーパーバイザーの言うことでもwrong is wrong なのです。自分の目で見て、自分の頭で考えれば、彼女が言っていることがオカシイ事とそれによって誰かが傷ついている事は、すぐに分かるはず。分かっていて何もしないの?自分に火の粉がかぶらなければ、一緒になって仲間の陰口に賛同しても良いのでしょうか?見て見ぬ振りをすることが賢いやり方と言えるのでしょうか?イジメというのは、直接的な加害者と“傍観者達”の間接的な加害によって、被害者が傷つくことを言うです。「私はいつも、ただ見ていただけだから」というのは立派な加害者であるわけです。こんな私は「全く正義感が強いんだから、熱いわねぇ。ここは学校じゃ無いのよ」とちょっと笑われていたのかも知れません。でも私は笑いものになっても、人の嫉みからくる陰口に賛同しようとは思いませんでした。おかげで忠告してくれた方の予想通り、後になんともヒドイ目に合うことになるのですが、私は、私をこういう人間に育てあげてくれた親には大変感謝しているのです。口答えまではしなくても「I don’t think so. That’s not true」を言う私でしたが、相変わらずANチャンは私を味方につけることに必死でした。私を褒め称え、おだてあげる毎日。ところが、ある時私が職場で「セクシャルハラスメント」を受けたことで、事態は急激に一転するのです。明日へ続きます。
2004/03/21

私もいい加減「旅行・海外」のカテゴリーに籍を置き続けることに罪悪感を覚える程になりました。。。そろそろ「料理・食べ物」ジャンルへの移行を真剣に考えなければなりません。今日、夫は釣りに行く予定がキャンセルになったため、「刺身食べる気満々」だった私の機嫌をとるべく家にあるシーフードで、料理をする羽目になった。すると、先週買って冷凍しておいた「쭈꾸미=(イイダコ)」でこんなものを作ってくれました!相変わらず、夫は韓国人のくせにニンニクが食べられないので、「ニンニク抜き」の韓国料理だが、人に作ってもらうとどうしてこんなに美味しいのでしょう~!ご飯が進む、進む!昼真っからご飯を2杯ぺろっと平らげ、至福の時。。。夫、いつも本当にありがとう!!作り方は写真付でこちらに載せました。興味のある方は合わせてご覧下さい。来週は釣りに行けるといいね。そして一緒にお刺身を食べようね。
2004/03/20

昨晩は昨日の予告通り、よく食べ、そしてよく喋った。そして予想通りに、コーンドビーフ、ゆでキャベツ、ふかし芋、ソーダブレッドをご馳走になった。 アイリッシュクリームは出なかった。アイリッシュコーヒーも出なかった。代わりに飲み物は、やっぱり「炭酸飲料」。。。ご飯の時にコーラが飲めない私は、とても辛い。「麦茶か、お茶か、お水下さ~い」と言いたかったけど我慢しました。。。。肉も野菜も、子供が一人丸ごと入りそうな大鍋でグツグツグラグラ茹でられており、物凄い量だった。お味の方もなかなか美味しくて、お昼ご飯を抜いていった甲斐がありました。これに「お醤油」があったら、申し分の無い、最高のお食事だったでしょう。私は「苺のロールケーキ」を焼いて持って行ったけど、なんと、緑色に着色された毒々しいお菓子よりも好評でとても嬉しかった。なんだ、アメリカ人も本当は「どぎついお菓子」よりこっちの方が好きなんじゃないか、と思った。帰りしなには、残ったお料理をタッパーにつめて山ほど持たせて頂いた。「これであと3日位は、St.Patrick's Dayの余韻に浸れそうだね」と夫に言ってみたら、夫は思わず「ゲップ」をしていました。「Kiss Me」と「Pinch Me」についてSt.Patrick's Dayには、アイルランド人を見かけたら誰それ構わずに「チュー」をしたり「つねって」も良いのでしょうか?昨日はスーパーのレジの女の子がほっぺたに「Kiss me, I'm an Irish!」のステッカーを貼っており、私は しようか、しまいか、非常に悩んだのですが悩んでいる内に「Have a good day, bye!」と言われてしまい、ついにし損ねました。まだまだ知らないことがいっぱいのSt.Patrick's Dayでした。
2004/03/18
日本はお彼岸に入って、すっかり春らしくなった様子なのにここ長島は、昨日またしても雪がしこたま降った。10センチ以上積もっています。ああ、畑に春野菜の種を蒔かなくて良かった。今日アメリカは「セイント・パトリックス・デイ」というアイルランドでキリスト教を布教した人の命日(?)です。本当の所、今日がいったいどういう日なのか、在米暦が長い割には全く分かっていません。そして、NYの市街ではパレードがあるそうですが、私は一度も行ったことがない。こんな人間でも、アメリカで生きていけるのですね。これが、もし韓国で「秋夕っていったい何です?」なんて言ってた日には、きっと生きていかれないんだろうな。私はホント、ラッキーだな。夕方から夫の仕事仲間のお宅に、セイント・パトリックス・デイ・ディナーに呼ばれています。きっと、コーンビーフと、ゆでキャベツと、ふかし芋とアイリッシュ・クリームを戴くことになると思います。お料理も楽しみですが、私はここ数日、家の中にこもりきりだったので、夫以外の人達とお喋りが出来るのが何よりも楽しみ。(食べ物よりも!)喋るぞぉ~~~!!!「あ・え・い・う・お・あ・おっ!」(←発声練習)今回は「緑色の三つ葉型ケーキ」でも焼いて持って行こうと思います。というのは冗談ですが、何を持っていったらいいかな。。。毎回毎回、悩みます。やはりケーキが無難なのか。。。これから雪の中、買い物に行ってきます。。。早く春が来ないかな。
2004/03/17

昨日のランチは「ザリガニ」を食べた。「ロブスターを買って帰るからね」という夫からの電話に「まさか」と思っていたら、そのまさかだった。 ↑ご覧のような、ザリガニ(=crawfish)でした。これでしめて$1.50。私はイナゴなどのグロテスク系でも、わりと美味しく戴ける性質なので、こちらのザリガニはケイジャン風にチリペッパーを利かせた味付けで泥臭さも感じられず、かなり美味しいと思ってバリバリ食べていました。すると。。。自称生物博士、夫の「うんちく」が始まった。。。ザリガニの学名はCrustacea クラスタシア、Decapoda ディカポダ目で、大きく分けて1. Nephropoidea (ロブスター等の海ザリガニ)2. Astacoidea (ヨーロッパ、アジア、北米ザリガニ)3. Parastacoidea(オーストリアザリガニ) になる。2のAstacoideaを、もうちょっと詳しく分けるとCambaridae科という種類があってその中に1.Cambaroides similis(ザリガニなど) 2.Procambarus clarkii3.Procambarus actus(米国赤カニ) だそうな。私達が食べてるのが、コレ↑だそうな。こんな話を聞かされながら食べるザリガニ、美味しいわけが無い。。。。生物の授業中、解剖実験に使うザリガニを間違って食べちゃっいました、みたいな気分。夫「云々、云々だからね、このザリガニは ロブスターと同じなんだよ。ズワイガニとも 親戚なんだよ。ね、だから味も同じでしょ?」私「食べてる餌が違うんだから、味も違うさ」夫「大丈夫。これは食用に養殖されたものなんだよ。 だから泥やゴミは食べてないよ。 子供の頃、捕まえたザリガニとは違うんだよ」私「捕まえたザリガニ? そういえば子供の頃 用水路のザリガニを、バケツ一杯捕まえて ベランダに置きっぱなしにしておいたら 半分は逃げて、残り半分は乾燥して 死んじゃったのを思い出したよ。。。」夫「。。。」さっきまでは「食べ物」に見えていたザリガニも、もはや「用水路の生き物」にしか見えない私達二人でした。
2004/03/16
昨日の日記に対して、皆さんの励まし(?)に勇気付けられて、今日は旅行代理店に電話をし、勇気を振り絞って言ってみました。「実は前回こちらで航空券を購入した際に$20程オマケをして頂いたのですが、今回も、も、もし、ご、ご無理でなければ、すっ、少しだけ、あの、あの。。。。。まっ、まけて頂けませんでしょうかっ! 」と頑張って言ってみました!「愛の告白」をする時って、こんな感じなのかなと思った位、かなりどもってしまいましたが、生まれて初めて「格安航空券」を値切ってみました!結果は「申し訳ございませんが、値引きはいたしかねます」とのことでした。。。。でも、IACEの男性担当者のTさん、面倒な旅程、座席の希望、値切りなどのリクエストにも、大変丁寧に対応して下さいました。プロフェッショナルな仕事人を見ました。ありがとうございました。夫には「努力が足りない、もっと食い下がるんだ!」と言われましたが、結果はどうであれ、私には大きな達成感が。。。(ちょっと大げさ?)今日のこの気持ちを忘れずに、また色々なことにチャレンジしていきたいと思いました!(とても大げさ。)
2004/03/15
来月韓国に行くことになりました。私は夫に飛行機の手配を任された。先日、何件かの旅行代理店に電話をして、一番安く買える会社に発券してもらうことに。私:「今、仮予約だから、月曜日までに電話すれば、 この値段で買えるから」夫:「分かった。じゃ、月曜日電話したら ちゃんと値切ってね。いい?」 ね、値切る~?!航空券を値切るの?! 旅行代理店は韓国の「南大門市場」じゃないぞ。私:「そ、それだけは出来ません。。。」夫:「何言ってるの~、いつも利用してるんだから、 まけてくれるよ、頑張って!」私:「日系の会社だから無理です!」夫:「え?だって、僕は去年そこで値切ったら \2000もまけてもらえたんだよ。 だから今回もきっと大丈夫だよ。」 ぜ、前科があるの?!余計にはずかしくて「まけて下さい」なんて言えない。「お、また”値引きkangさん”から電話だよ」なんて言われていたら、もう二度とその代理店でチケットなんて買えません。日系の旅行代理店で航空券料金を値切るお客さんなんているのでしょうか?もしいたら、絶対に有名になって「笑いもの」になっているはず。でも、夫は去年実際に「値切り」に成功しているのです。実は私も覚えています。。。そして別の旅行代理店でも負けてもらっているのを知っています。電話口でニコニコしながら「もうちょっとだけ安くしてもらえませんか?いえいえ予約はこのままで、値段だけちょっと値引いてもらえませんか?いつもこちらで買ってるんですから、ね。宜しくお願いします!次もまたこちらで買いますから、ねっ。はい、はい。え?本当ですか?うわぁ!いやぁ~、ありがとうごじゃいますっ!」という会話を聞いたことがある。。。ちょっと韓国語なまりのたどたどしい日本語が相手の心を掴むのか、かなり成功率が高い。月曜日は明日だ(NYは今まだ日曜日)。。。電話しなきゃ。。。どうしよう、どうしよう。私も外国人訛りでちょっと頑張ってみようかな。。。注)「カッカヂュセヨ」とは「負けて下さい」の意。
2004/03/14

うちのネギです。こうして↓白い部分だけ残して植えておくと、また青い部分が再生してくれるのである程度伸びたらまたチョキンと切って、味噌汁に入れたりします。台所の観葉植物にもなります。(↑ウソです、観葉植物には不向きです。)私はネギを見ると、夫のプロポーズを思い出す。(ゴメンネ~夫、また恥かしい話書いて!)当時、夫の求婚に何ヶ月も何ヶ月も応える事が出来なかった私を、根気良く説得して、気長に返事を待ってくれた我が夫。それはそれは、あの手この手で説得された。そして説得の中でも、一番強く印象に残っているのが「ネギの話」。。。覚えている所だけ書きます。笑うの覚悟で読んで下さい。夫:「想像してみて。二人で小さな庭付きの家を買おう、僕が庭に畑を作るから、二人で一緒にキュウリやネギを植えよう。隣の家に咲くバラの花も奇麗だけど、うちの庭のネギ坊主も個性的で、良く見るとすごく綺麗なんだよ、僕はこんなささやかな幸せが欲しいんだ、云々」 ネ、ネギ坊主。。。。くっくっくっ。。。私は笑いたかったよ、あの時。でも真剣な夫に悪くて、笑えなかったよ。e-mailで「ネギ坊主」の写真まで送ってくれたよね。台所のこのネギを見るたびに、今のささやかな幸せをかみしめ、諦めずに待ってくれた夫に、感謝の気持ちで一杯になるのです。夫よいつもありがとう。
2004/03/12

私はご飯党なので、ピザやパンやマフィン等で食事を済ませるということはよっぽどでない限りありません。日本在住の頃も、出前ピザを食べた後、ひとりお茶漬けをすする等して「米」を食べないと「食事をした」気分になれませんでした。そんな私でも、アメリカでの生活が長くなると無性に食べたくなるもののひとつに「日本のパン」があります。日本のパン屋さんで売っている「ウィンナーパン」や、「マヨネーズとコーンが乗ってるパン」や、「ハムとチーズが乗っているパン」が無性に恋しくなるのです。アメリカにも勿論パン屋さんはあるしそれこそ色々な種類パンが買えるのですが日本のパン屋さんのあの独特の「いい香り」は私の知っているアメリカのパン屋さんにはありません。そして上記のような、ウィンナーや、マヨコーンや、ハムとチーズの乗ったいわゆる「おかずパン」は見かけたことがありません。日本には「野沢菜パン」や「じゃこチーズパン」や「おからフランスパン」なんて物もありました。最近はもっと色々なアイデアパンが出回っているのかも。と、最近そんな事を考えていたら、先週、うちのご近所の日本人の奥さんが「パン焼くけど遊びに来る?」と嬉しいお誘いの電話を下さいました♪♪二つ返事で早速おじゃまして、パン作りをイチから教えて頂きました。彼女は普段のお料理もとっても上手なのですが、この日「パン作りの先生の資格」も持っていらっしゃる事を知りました。それを無料で教えて下さって、材料もすべて用意して下さって、おまけにランチもご馳走して下さり、焼きたてパンを食べさせてくれて、夫にお土産として作ったパンを沢山持たせて下さいました。***さん、ありがとう、ありがとう~!!いつも本当にありがとう~!!パンは勿論、私のリクエストどおりの「ウィンナーパン」「マヨコーンパン」「ハムチーズパン」と「チョコとナッツのパン」を教えてもらいました。ああ、感激!そして焼きあがった時、あの独特の「日本のパンや屋さんのいい香り」が。。。。私の全身が鼻の穴になった瞬間でした。。。あぁ~。。。味も最高!もっちりした食感も最高!至福の時を過ごした一日でした。ちなみに、私の住むここ長島で、無性に「日本のパン」が食べたくなって、でも自分で焼けない緊急事態の時は韓国系パン屋「高麗堂(コリョダン)」でかなり近い味を楽しむことが出来ますが、もっと家の近くに「日本のパン屋」が出来ないかな。。。
2004/03/11

長島はまた雪が降りました。こちら↓は雪が降る前日の写真です。もうこのまま暖かい春になるのかと思いきや、この雪。まんまと騙されました。畑に春野菜の種をまかなくて良かった。さて本題。今日は夫の仕事が休みだったので、映画「The Passion of the Christ」を観に行きました。まだご覧になってない方が読まれても良いように、種明かしをしない程度に書きます。実は、観に行った事は行ったのですが、あまりにも痛々しい映像が多く、私は1/3位しかまともに観られなかったのです。。。ああ、悲しい。。。リアルに撮るのは良いのですが、リアル過ぎて、まるでヴァイオレンス・ムービーを観ている様だったのです。それに関してだけ言えば、噂通りの映画でした。私は血に弱い人間では全然ないのですが、その私が殆どのシーンで下を向いてしまうほど。そして私はラテン語が分からないので、下を向いていると、字幕ももちろん読めず、内容がさっぱり分かりません。とても映画代がもったいなかった。。。衣装や小物や背景などが、忠実に再現されているそうなので、それだけでもしっかり見るべきでした。わずかに観た所だけですが、役者も一目で「あ、これは誰々だ!」と分かりやすく特徴づけされていて、見所は沢山あったと思います。目をそらさずにしっかり観た夫曰く、「ただひたすら新約聖書に書かれた事に忠実なので”この映画を観て新しい発見”というものは特に無かった」そうですが、だからこそ評価されるべき映画なのかもしれません。ショッキングな映像を直視できなかった自分が本当に情けない~!!しかし、今回映画の映像よりもさらにショッキングで、私を驚かせた出来事がありました。それは「本編が終わってもなかなか席を立たないお客達」でした。私が今まで見てきたアメリカの映画館では、映画の本編が終わりクレジットが流れ始めると、大抵のお客は席を立って帰るものでした。が、なんとこの映画では、半数以上のお客がクレジットが流れ始めても「席に着いたまま」だったのです!もしかしたら、今日、私が行った映画館のお客だけに限ることなのかもしれませんが、初めて見る事なのでとても驚きました!夫も驚いていました。あまりの刺激的な映像に、腰を抜かして立ち上がれなくなったのか。または敬虔なクリスチャンで、キリストの受難を目の当たりにして身体が動かないくらい心打たれたのか。はたまたクレジットの後に実は「おまけ編」でもあったのかな?もしそうだったら、私達はそれを見逃した!とにかく皆なかなか帰らない!「お~い、終わりましたよ~」と声をかけようかと思った位、微動だにしない人が沢山いたのでした。「か、帰っていいと思う?」と夫と小声で相談して「少し様子を見よう」ということに。それでも皆なかなか動こうとしない!動かない彼らの事がちょっと心配でしたが、無性にトイレに行きたかったので、私達は外に出ることにしました。彼らはあれからいつまで座っていたのでしょう。。。アメリカ在住の皆さん、これを映画館でご覧になったら、お客が帰るタイミングも観察してみて、是非私にご報告下さい。
2004/03/08

私の住む長島(ニューヨーク州ロングアイランドの事です)に、1800年代の世界一の大富豪ウィリアム・ヴァンダービルト氏の別荘があります。週末、夫と見学に行ってきました。今は43エーカーある土地が、丸ごと郡の管理する博物館になっており、「Eagle's Nest」(ワシの巣)という愛称で呼ばれているそうです。門の前にコリンシアン式の柱と共に2羽のオオワシの像があるためです。そのオオワシの像はマンハッタンのグランドセントラル・ステーション改造の際にそこから持ってきたものらしい。そのグランドセントラルを作ったのもヴァンダービルト氏。そして、その駅前通りは今も彼の名がついています。敷地内は、豪邸、プラネタリウム、氏の趣味であった海洋物博物館、生物博物館、氏がエジプトから買い付けたミイラの展示、そして海に面した美しいバラ園などを見学する事ができました。贅を尽くした豪邸、といっても夏の間だけ過ごす別荘。ガイドさんが歴史背景を織り交ぜて、大変丁寧に24もある部屋を、ひとつひとつ説明をしてくれました。ヴァンダービルト氏の一番末のお孫さん(女性)が、現在100歳でコネチカットにお住まいとの事。その方の少女時代の写真も所々に飾られており、この家の歴史をひしひしと感じました。この別荘を、その彼女が相続していたら、今もここに彼女の子供や孫が夏を過ごしにやって来ていたのでしょうか。これだけの豪邸と、コレクションだったミイラや生物の膨大な標本を、子孫に継がせず、すべて郡に管理を任せたヴァンダービルト氏。そのおかげで、行き届いた設備の中、家もコレクションもしっかり管理されている。私達一般市民もわずかな料金で見学ができて、歴史の勉強もできる。これも納税者の収めた税金でまかなわれているのだろう。ニューヨークは税金が馬鹿みたいに高いが、こういったものの管理運営に使われる税金なら払っても惜しくないかな、と思った。そろそろ我が家もTax Returnをしなきゃ。「Eagle's Nest」のウェブサイト
2004/03/07
昨夜、夫が楽天デビューしました。といってもHPを開設したのではありません。タイトルを見て期待された方、スミマセン。夫が楽天にHPを持っていらっしゃるtakaochan_happyさんという方のBBSに書き込みをさせて頂いたのです。takaochan_happyさん、読んでますか?takaochan_happyさんは韓国人のお友達が置いていったレトルトカレーと思われるものを暖めてご飯にかけて食べてみた所、カレーとは似ても似つかぬ味噌のような味がして、腰を抜かした、という話を日記に書いていらっしゃいました。うちの夫は、いったいどうやってそちらのページに辿り着いたのかは不明ですが、とにかくtakaochan_happyさんの日記の写真を見るなり、「これはチャジャンパプだよ~、カレーじゃないよ~」と大興奮し、「ねぇねぇ、僕、書き込みしてもいいと思う?」と目をキラキラさせながら私に聞いてきたのです(汗)。私は「い、いいよ。。。この”感想を書く”って所から書き込み画面にいけるよ」と教えてあげて、そのままお風呂に入ってしまいました。私が風呂から上がると、どうやらtakaochan_happyさんのBBSは楽天ユーザーのみしか書き込みできない設定になっているようでした。仕方が無いので、私がログインして、私の名前で書き込みをさせてあげました。夫が何故そんなにまでして書き込みをしたかったのか、それは、テーマが「チャジャン」だったから。夫は「チャジャンミョン」が大好物なのです。私も何度か韓国中華の店に連れて行かれて「ね、美味しいでしょ?美味しくない?」と言われながらチャジャンミョンを食べさせられたのですが、中華料理の「ジャジャン麺」とはちょっと味が違ってそんなに感激するほど美味しいとは思えなかった。夫はそれが気に入らないようで、「ジャジャン麺だと思って食べたらダメだ!これはチャジャンミョンだと思って食べなきゃ!絶対美味しいんだから!」と熱くなる。。。夫はtakaochan_happyさんにも、カレーだと思って食べたからビックリする味だったけど、でも「チャジャン」だと思って食べればきっと美味しいはずだ!と言いたかったのです。夫の書き込みを見たら、長い。。。とっても長い。。。こんなにスペース使って良いのかな。。。takaochan_happyさんはアメリカに住んでいる方なのに「新大久保に行って是非食べてみて下さい」みたいな事を一生懸命書いている夫の書き込み。いつも人のHPを見ても「ねぇねぇ、僕の変わりに○○さんに○○って聞いてみてよ~」なんて言ってるくせに。「自分で書き込みして聞けば?」と言うと「え~、じゃ、いいよ。。。」なんて言ってるくせに。「チャジャン」の事になると自ら書き込む夫。「チャジャン」でここまで熱くなれる夫。恐るべし「チャジャン」の力。。。この晩、夫が「韓国チャジャン」について熱弁を奮ったことは言うまでもない。「チャジャンパプ」の日記を書かれたtakaochan_happyさん、この度はどうもありがとうございました。
2004/03/06

今日は夫が「おから」を炊いた。1週間くらい前、夕飯のおかずに私が「おから」を作った。韓国スーパーで、大豆の搾りかすをタダでもらったので昆布、シイタケ、にんじん、糸こんにゃく等を加えて、ダシと砂糖と薄口醤油で味付けして「おからだよ」と言って、夕飯のおかずに出した。と、これがいわゆる、私の知っている「おから」だった。しかし夫の知る「おから」は違うものらしかった。私のおからを「美味しい」と言って食べてはくれたけどイマイチ納得のいかない様子だった。そして「今度は僕がおからを作るからね」と言われた。 これは夫の宣戦布告だった。夫の家庭では「おから」は「大豆の絞りかす」では無く「皮を取り除いた大豆と豚の脂」の料理だそうだ。そんな贅沢な~!「おから」ってのは豆腐を作る途中過程にでた「かす」の有効利用なのに~!そして「おから」は韓国語では「ビジ」というらしい。夫の父上は生前「ビジ」が大好物で、鍋にいっぱい作っては、何日も何日も食べ続けていたそうな。夫の父上は朝鮮半島北部の出身。これはもしかしたら朝鮮半島北部ならではの独特の調理方法なのかもしれない。だから正確にいうと「韓国料理」ではなく「北朝鮮料理」になる。そして昨夜、夫は「ビジ」作りのため、大豆を水に浸して下準備をはじめた。「おからを作る」と言って「大豆」から作り始める人って初めて見た。今日は朝から夫の「ビジ作り」を写真に撮った。画面左コンテンツページの「夫の料理・北朝鮮料理」を参照して下さい。「ビジ作り」をしながら「なんか懐かしいな~」を連発する夫。きっと子供の頃住んでいたソウルの家で、台所のオモニムの手元をじ~っと見ていた頃を思い出したのかな。ミキサーにかけた大豆を火にかけ、しばらくすると「豆腐屋さん」のにおいが家中に広がった。私が「あ~、昔は豆腐屋さんがあったよなぁ」と思っていたら、「あ~、ふるさとの香りがするよ~(涙)」と感無量の夫。豆乳が煮える香りと、豚の脂の香りが混ざって、だんだん美味しそうな香りがしてくる。夫も私も、それぞれの 古き良き時代の思い出に浸り、出来上がりを待った。出来た「ビジ」は、はっきり言って見た目は日本の「おから」に劣る。でも、シンプルな材料の割には、時間がかかっており、しかも大豆を丸ごと豆乳まで使っているので、非常にコクがあり、大豆の香りが高い。そして、豚脂と豚骨のダシがでているので、コッテリと味が深い。ご飯と食べるときは「味付け醤油」につけながら食べるらしい。朝鮮ビジvs.日本おから、宣戦布告されたときは「頑張れニッポン!頑張れニッポン!」と思っていたけど「ビジ」も「ビジ」でなかなか美味しい。軍配はどちらかなぁ、と悩む。。。ビジの作り方の写真を見る
2004/03/05
久々に夫ネタです。「ロマンチスト」「歌好き」と夫のコリアン・アイデンティティーを以前に書きましたが、今日は「この人、韓国人失格だ」と思う一面をご紹介します。時間の感覚昨日、夫から「皮膚科に寄ってから帰るよ」と帰るコールがあった。40分後、再び電話があり「今薬局、薬買ったら帰るよ」その直後「薬の調合に10分かかるんだって、だからちょっと遅くなるよ」と又電話。はいはい、はいはい、10分位遅くなっても大丈夫ですよ~!韓国の人は「ちょっと時間にルーズ」だとよく聞くのですが、うちの夫はもしや日本人か!?待ち合わせ時間への執着心はまさに「日本人並み」。私も待ち合わせは「5分前精神」タイプの人間だけど、夫はどうも「15分前精神」がモットーらしい。よそのお宅へ呼ばれて行く時は、約束の時間よりちょっと遅れて伺うのがマナーなのだが、夫は絶対に「時間よりかなり前」に到着しないと気がすまない。「7時ごろ来てね」と言われたら6:45に「こんばんわ~」とやって来るものだから、ホストのお宅もどう見てもまだ「準備中」の札がかかっているのだ。奥さんがお化粧してなかったり。料理中だったり。ケンチャナヨ精神の欠乏夫と私がまだ友達同士だった頃、遊びに行った帰りに「じゃ、電話するね。バイバイ~」と言って別れると、その日の晩に本当に電話が掛かってくる。。。「あの、何かご用でしょうか。。。?」と聞いてしまう。アメリカで、というかこれは私の周りの人間だけなのかな、別れ際に「I'll call you, bye~!」と言って別れて、本当に電話してくる友達って他に居なかった。「電話する」って言ったけど、昼間会ったばっかりだし、まぁ、ケンチャナヨ~!とは思わないのでしょうか。。。夫よ?酒それから、夫は韓国人のくせに「お酒が飲めない」。酒が飲めずして、韓国でどうやって大学と大学院を出たのでしょう。。。?本人曰く「あの頃は飲めていた」そうですが、私達の結婚式で、清酒の杯を交わしただけで、ヘロヘロに酔っ払っていた人が「飲めていた」とは、とてもとても信じがたいです。おかげで、うちの結婚式のビデオは最高に面白い。新郎新婦が(私も一滴も飲めません)杯を交わした直後から突如、目が座り、そして頭がグラングラン揺れ始めるのです。しかし真っ赤になった顔は、厚塗り化粧のおかげで全く窺い知ることは出来ません。ニンニク嫌いそして、夫は韓国人のくせに「ニンニクが大の苦手」。これは夫が「韓国人失格」のレッテルを貼られた一番の理由だ。私はニンニク大好き。鍋にも餃子にも何にでも、山盛り入れてニンニク臭をプンプンさせながら2~3日過ごしても全然大丈夫。←専業主婦は家にいるだけだから。でも、夫は匂いも苦手で、おまけにニンニクを食べ過ぎると胃の調子を悪くする。あんなに辛いものは全然平気で食べるくせに、ニンニクには弱い「エセ・デリケート」な胃袋を持っている。ごめんね、夫。公開日記に書くネタが無かったのです。許して下さい。あ、今日はひな祭りだ!いつか会える我が娘の為に、先日出したお雛様を片付けます。
2004/03/03
業界用語というものがある。高校生のときアルバイトをしていたファミリーレストランでは、従業員が食事休憩を取る時に「デンワ入りまぁす!」と元気に一言言って休憩を取ることになっていた。「デンワって何ですか?電話の事ですかね?それとも外国語ですか?」と私は店長さんに聞いてみた。「いや、食事って事だよ」と店長。でも、どの辞書にも「デンワ=食事」とは書かれていない。なんだか意味不明の言葉「デンワ」って言うのが照れくさくて食事をする度に気まずかった。以前、空港で働いていた頃、それぞれの部署にはその航空会社がつけたコード名のようなものがつけられており、例えば「ケータリング=KB」「ゲート=KI3」等、ラジオを使って連絡をする際は「KB,KB,coming for KI3」なんて言う。しかしそのKBやらKI3ってのも、ある日本語と英語の頭文字なのだが、全く意味を成してなくて、訳の分からぬまま使うのは、なんだか気恥ずかしくて言いづらかった。訳知り顔で「今日KI忙しかったねぇ、KGは?」なんて言われると、一人こそばゆい思いをしていた。寿司屋で「おあいそ」なんて言うのも語源を知らない素人の私が使うのはおこがましくて、ついいつも「お勘定を」と言ってしまう。省略語というものもある。昔「僕の車ドキンなんですけど、いいですか?」と言われて、胸がドキンとするようなイカした車が現れるかと思っていたら、土足禁止の車がお迎えに現れた。東京で、待ち合わせの相手に「今、マルキュウの前にいるんだけど」と言われ、オバQの仲間かと思ってそれらしき物体を探したけど見当たらず、どうやら「109」というビルの呼称だという事を知った。アメリカで、「Kangさんちの前ってロチュウカノウですか?」(ロチュウカノウ。。?)「炉中華No?」No,正しい答えは「路上駐車可能」という意味でした。久々に日本の実家に里帰りして、つけっぱなしのテレビからレポーターの声。「小銭が無くても、この携帯電話で、ナント、このジハンキから買い物が出来るのです」(ジハンキ。。?)顔をテレビ画面に向けるとそこには携帯電話を片手に持ったレポーターが自動販売機の前に。全国放送してるテレビの情報番組の「レポーター」もこんな省略語を使ってる。。。NHKじゃありませんように、とチャンネルを確認した、民放でホッとした。新しい言葉を覚えると使いたくなるものだけど、どういうわけか、こういうたぐいの「省略語」は気恥ずかしくて使えない。特殊な表記で日本語なのに読めない時がある。楽天の小中学生さんが管理しているHPに行くと、チカチカするバナーに並んで「わたしゎ今中1でつ(中は○で囲んであり、この後顔文字)」なんて書いてあったりする。ううう、オバサンの私には読めない。。。。「けふは雨がふるだらう」と旧かなづかいで国語を習っていたのは、ほんの数十年前のことなのに、今ではすっかり外国語のような表記方法がでてきた。第二次大戦時の、特攻隊員達の遺書を見ると、とても”はたちそこそこの若者”が、”家族”や”恋人”へ宛てた文とは思えぬ程、内容には敬がこめられ、筆は達筆だったりする。言葉は生きている。どんどん変化している。何かで読んだ英文のコラムで「ひとつの言葉を話すA国がある。そこから仮に1万人の国民がB国に移住した。B国では外国語が使われている。10年後、A国に残った国民とB国に移住した1万人では、どちらがA国の言葉を信義に使っているか」答えはB国に移住した1万人の方が、A国に残った国民よりA国の言葉を昔の通りに忠実に使い続けているという話だった。A国で進化しているA国語を、B国にいる1万人は知るすべが無いからだとか。読んだ時「このA国ってもしや日本か?」と思った。。。だってうちの母親でさえも進化した「ジハンキ=自動販売機」という言葉を知っていたのだから。私は日本語の進化に取り残されている日本語を話す外国に住む日本人だ。海外生活10年という私と同じ年の日本人女性が「最近日本語忘れるし、私の日本語はヘンって言われる」と言っていた。それほど英語漬けの生活なのかと疑うくらい彼女の英語はお粗末なのに。それで日本語もヘン?確かに彼女は敬語使いを間違っているし、一風変わった文字を書く。あなたの日本語は日本にいた時からヘンだったのでは?と聞きたくなった。私も正しく美しい日本語を喋れるようになりたいと思うが、まだ自分が日本語を忘れたと思うことは無い。10年アメリカにいて英語だけで生活していた頃も、日本語が出てこないという事は一度もなかった。(一度だけカタカナの「ヲ」の字が思い出せない時があったが)コインランドリーで洗濯をする時、時間つぶしに本を持って行って読む。先日、大正~昭和初期に書かれた文学小説を読んでいて、作中小さな子供が「お母さん、怖うごさんす」だとか、少年が「○○さんは、何を考えておいでなのかしらん」などと言っていたりすると、なんだかこれも、こそばゆい。いちいち「ママ怖いよう~」とか「○○は何考えてんだか」と現代口語訳に直してみて、そんな自分にクスッと笑ってしまったりする、回る洗濯機の前で。日本語って面白い。
2004/03/01
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