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あいかわらずの娘のインフルエンザ看病生活ですが、午後は抜け出して検査に行きました。MRI二回目です。MRIは、かなりうるさいのですが、今度の病院は、ヘッドホンで音楽を聴かせてくれました。親切なんだろうけれど、わたしは苦手です。音楽好きとか書きながら、案外家では何も聴かないことが多いのですが、耳が過敏なんですよね、たぶん。最初、トロイメライから始まって、トルコ行進曲、ユモレスクなどで、曲自体嫌いとかではないのですが、大き目の音でバックがMRIのがんがん機械音。トルコ行進曲のピアノがガンガン早く動き、後半は音楽無しでかんべんしてもらいました。無機質な機械音で空想に耽る方が好きです。今回は、なぜか20年位前にいったスイスのことを思い出していました。うつくしいレマン湖のほとりにジュネーブ、ベベイなどの街がありますが、少し南に下ったところだったか、ウエモという小さな村があります。そこにキリスト教のコミューンがあり、名前はラブリ。L’abriという名前の意味は、「隠れ家」というそうです。名前も忘れてしまいましたが、ある学者が、哲学も美術も音楽も歴史も、すべてキリスト教とのかかわりの中で考えよう、自由に語り合おうというコンセプトで、作った世界的なコミューンです。そこに、学生のころ3ヶ月ほど滞在したのです。貧乏学生でしたが、修士に入った年は、育英会の奨学金が利子問題で1年近くおりず、翌年の1月になってすごい大金が舞い込んだので、後先も考えずに行きました。というより、後先が見えなかったからこそ、何かの発見を見つけたくて、隠れ家に逃げ込んだというべきでしょう。大学院での勉強もデータ中心で関心が持てず、キリスト教徒としての献身もままならず、恋愛もうまく行かず、八方塞がりな時期でした。スイスの片田舎には、何十年も前の木造の家(シャレー)が立ち並び、2月~5月、うつくしい季節でした。樹木を飾る雪と、溶けて広がる野草たち。遠くにいつもダンディミディを始めとするアルプスの山々が連なっていました。ラブリは、当時1泊3000円だったか。3時間くらい?働き、何時間か自習、ディスカッションや講演、礼拝やスクエアダンスなど、たくさんの行事があります。普通の日本人レベルだった上に、聞き取りが日本語でもあまりうまくできなかったから、英語でのディスカッションが理解できませんでした。最初の一ヶ月は日本人に会うことも週末の散歩のときに都会に出たときくらい。そんなわたしにいつもやさしく接してくれるアイリスというドイツの女の子がいました。ラブリの休暇には、アイリスと近くのペンションで住み込みみたいなことをしたり、クライブという男の子が去っていったフラットを二人で残りの半月借りたら、クライブは借り逃げだったことがわかったり。あるうちで、一人で留守番をしたら猫に風邪を引かせてしまい、夜中にあせって龍角散を飲ませたり、スイスのお城で、カナダの女の子たちときゃっきゃ言いながら、賛美歌を歌ったり、若いだけにおかしい思い出がたくさん詰まっています。学生の身分で、春休みの終わりが近づくと、帰るか休学してもっと滞在するか、まだまだ見えてこない行く先に悩みこんでいると、「メディテーションしているの?」と声を掛けてくれたそばかすのアメリカ人の女の子の顔と、うなだれていた木の柵を思い出したり。そういえば、筆不精が英語ではなおさら筆不精なので、今でも連絡を取っているのは、シンガポールの男の子だけです。彼も3児の父親になりました。結局、ラブリから帰って、「キリスト教には自由があるなら、自分にはキリスト教ではない人生を選ぶ自由がある」と教会を離れていきました。それでも、いろんな国の人々が歌い、食事を共にし、語り合い、抱き合って別れを惜しんでいた家庭的な雰囲気は、理想郷のように思い浮かぶのです。さて、家に帰ったら、娘は少し悪くなっていました。インフルエンザはあなどれないですね。
2003.01.28
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月曜日が来た。娘の熱は昨日から37度台に治まり、食事もおやつも少しずつ普通に戻った。だんだん暇になってきたので、テレビを見せたり、たわいもないおしゃべりにつきあったりしている。ここ数日は、熱が下がっても何日かは出席停止であるらしい。わたしの仕事は、ほとんど先週に今年度分は終わって、金曜日にテスト1本と山ほどのレポート類を返却すれば良いだけなので、よかった。1週間ずれていれば、連れ合いとどちらが休むかで喧嘩になることもあっただろう。それでも、仕事をキャンセルして、いくばくかの減収になることは確かだ。今週は、減速飛行です、わたし。こういうときにしか出来ないことでも探して、有意義に時間を過ごしたいなあ。
2003.01.27
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今朝、娘が熱を出した。そのときは、38度はなかったのだが、やけに苦しがって泣くので、インフルエンザを疑った。11時になって連れ合いに車を出してもらうよう頼んだら、おぶって連れていってくれた。結果は陽性で、粉薬をもらって帰ってきた。娘は、もう20キロを超したので、お米二袋以上だから、かなりな重さだと思う。とにかく、早めの処置が出来たので、連れ合いに感謝する。昨日、知り合いの歯医者さんに行ったとき、「発症後24時間以内に飲む薬を手に入れようと思っているんです。持っていたら便利かもと思って。」という会話を彼がしたのが、まだ頭に残っていた。普段は、医者に子供を連れていかないで自然の経過に任せる方だが、24時間と言われれば、早く連れて行くに越したことはない。夕べ、「千と千尋の神隠し」を観ていて、寝るのが11時過ぎになった。そのとき、ちょっとせき込んでいたのだが、夜更かしのせいじゃなかったらしい。家に帰って、薬をもらうと、すやすやと長いこと眠っている。体調が悪いと、なぜか二重まぶたがはっきりしてかわいらしくなる娘だが、今はそんなことも言っていられない。まあ、そんなにひどい峠まであがらないで治るだろうなぁ。
2003.01.25
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こないだの朝、開店前の池袋の○ン×ャイン・××バで、見てしまいました。黒い小さな物が走って行くのを。あれ?と思って目を凝らしてみるとやっぱりねずみでした。はつかねずみくらいの大きさの小さなねずみ・・・。飲食店ではなく、ブティック街だったのと、最近はこうした小動物を目にすることが少ないので、ちょっと得した気分でした。へんなの。あと、カラスもあんまり嫌いではありません。こんなに近くまで寄っても逃げないでいてくれる鳥はめずらしい。人目がなければ、近くによって、「カァ!」なんて声を掛けてやります。へんなわたしかな。仕事先が近いので、なかなかお金が貯まりませんが、今日こそはまっすぐ帰ろうと思ったのに、寄り道。古本市だったのです。今日の獲物は、箙(えびら)田鶴子さんの「幼き物語」と「自己実現への再決断-TA・ゲシュタルト療法入門」とあやとりの本、それから「ばんねずみのやかちゃん」という絵本、それから100円のニューミュージックのCDです。箙田鶴子さんは、脳性麻痺の障害を持った方で、「神への告発」という障害を持ちながらの女性としての自己形成の壮絶な私小説を出しておられます。今回買った本は、うって代わっておだやかな少女期の想い出から始まっていますが、楽しみです。ゲシュタルト療法の本は、4分の1以下の800円という値段と、今興味を感じているNLPの源泉となった本と言うことで、思わず買ってしまいました。CDは、「心の旅」、「誰もいない海」など懐かしい歌6曲入り。(音楽の日記はなかなか書けませんが、お楽しみに。)あやとりは、子供が今度学校でやるらしいので、予習用に。「ながいながいぺんぎんのはなし」が欲しいのですが、今日は見つからず、代わりに、やかちゃんです。本フェチなので、買うだけ買ってもなかなか絵本の読み聞かせが出来ませんが、できるだけ読んであげなくては・・・。
2003.01.22
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今晩は、娘がやりたそうな顔をしていたので、ハンバーグ作りを手伝ってもらった。小さい子供に何かをやらせるのは、実際には手が掛かることが多くて、手伝ってもらったというよりは、手伝わせてあげた、と言う方が正しい。それでも、長い目で自立につなげるには、本当はこういうことが必要なんだよね。わかっているけれど、できないことを今日はちょっとだけ。ちょっとだけうれしい。挽肉に、卵を割って、塩とナツメッグと胡椒を振って、パン粉の代わりに古くなった食パンを下ろし金でおろす。下ろし金を使ったり、タマネギを炒めるのが、面白そうに見えたらしい。それに炒めたタマネギを入れて、ぐちゃぐちゃこねる。本当は、パン粉を牛乳にふやかしてからやると柔らかくなるんだったか。とにかく娘は、パン粉を超えて下の挽肉までこねて、卵のきれいな丸い黄身を壊してまぜまぜするとは思っていなかったらしく、「これも?これも?」と聞いてきた。どうせなら整形までやらせたかったが、こねるだけで飽きてどこかへ行ってしまった。仕上げはまずまず。やわらかいハンバーグが出来ました!
2003.01.21
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久しぶりに朝仕事です。すごい寝付きが悪いわたしですが、どうも息子にアトピーと不眠の遺伝子をくれてしまったらしい。わたしが起きていると、一緒に眠れなくなりやすいので、夜更かしより朝仕事に持ってくる必要があるらしい。こまったことです。昨日は余裕がなくってほったらかしだったけれど、整体で何とか対応を考えてあげなくては。これから先は長いからね。今度の授業は、最後なので、E.H.エリクソンの「老年期」の本の中に出てきた「野いちご」という映画を見せてあげようかと思っています。老人が過去を振り返るしみじみした映画のようです。どうも映画を観る習慣がないので、オークションでゲットしたものの、前もって時間を取って一度観なくてはなりません。そうそう、夕べはウィルス騒ぎがありました。うちのパソコンは、ノートンのプロテクトを外さないと書き込めない場所があるのですが、外したまま、海外のサイトにPPMの「Lemon Tree」の楽譜を探し回っていたら、拾ってしまったようです。ウィルスの名前は、「HTML.Redlof.A 」というもので、System\Kernel32.dllを改竄してしまうらしく、このファイルはダンナに言わせるとウィンドウズの大事な部分であるので、削除できないそうな。結局、何とかしてもらいました。こういうとき、結局パソコンわかっていないと、全然対応できないな。
2003.01.19
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日が射すと少しだけあたたかいのですが、冷たい冬の一日です。天下の秋ではないのですが、今まで見えていなかったそんなものが見えてきたような気持ちです。父親が退院しましたが、今日から放射線治療を通院で受けることとなりました。喉頭ポリープを検査した結果が、よくなかったようです。喉頭に出来る場合は、他より発見が比較的早く、経過が良好であるとのことですが、それにしても、5年生存率とは嫌な響きです。80%の高率、良かったですね、と言われても、残りの20%の行方が気になります。人は、かならず生まれ生きて、去っていくとはわかっていても、普段はそういうことは忘れている。若い頃は、憧れたり逃げたりする対象であるものは、本当は、静かでゆっくりだが、確実に向こうからこちらに歩み寄って来るものだった。ハミングで歩いていた平坦な地面だと思っていた場所が、気が付いたら、岩肌がむき出しの山の斜面だった。彼に近づいてくると言うことは、取りも直さず自分自身にも間違いなく遅かれ早かれ近づいてくると言うことだ。娘が、子どもが必ず通るお約束のようにとつぜん、「おかあさん、死んじゃやだよ」と言いだした時期があった。そんな子どもの頃よりは、きっと自分自身にしろ親にしろ、怖くないだろう。それでも、なんだかどこに持っていけば良いのかわからないこの思い。自分自身については、振り返っても戻らない日がいつか来ると思うと、自分の子育てのあり方、不作法に暮らしていることやふと投げてしまった言葉などが、気になってきたりする。
2003.01.16
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今週も忙しくて、それにばたばたといろんなことが起きて、青息吐息です。「クレイジーキャッツ&ドリフターズ ベスト」なんていうCDを買いました。これを流しながら、おかべりかの「よい子への道」を子ども達と読んで、ゲラゲラ笑っていました。シュールでしょ。「よい子への道」のみょーなおとぼけぶりは、「かいじゅうたちのいるところ」のセンダックの影響を受けているみたいですね。たとえば、「スーパーマーケットでしてはいけないこと」とかしてはいけないシリーズで、「よその人のかごをのぞきこんでしつもんをする」とかまじめにしつもんをしている子どもの絵を描いちゃったりするわけです。~サラリーマンは 気楽な稼業ときたもんだ~♪~ぼ~くのかわいいみよちゃんは~♪ 父が退院。 でも、治療は続くみたい。 早く春が来ないかな
2003.01.15
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↑ これ、ずっと前にやっていたCMの歌です。結構情けなそうに歌うんだよね。この歌にあった画像を思わず探してしまい、なかったので、お絵かき掲示板に情けない絵を描いたのですが、恥ずかしいからアップしません。ペンギンのひなの仲間に入れてもらいたいとか、ダメだこりゃ。馬鹿やってないで、仕事しなくちゃ。今日は、午後から図書館に行き、老年期の本を物色してきました。目当ての黒川由紀子先生の本がまだ来ていなくてざんねん。
2003.01.12
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片づかない女のひとりとしては、家事はたいへんなのだ。しかし、ほって置くと変なものが床や棚の上に増殖して、ますますそれに気を取られることになる。なんだ、神経質な人というのは、そういうことをまめにやるという人であって、自分は神経質だと思っていたのは、単にいろいろな物に気がそれると言うことだったんだな。結局何につけても、遅くなって膨れ上がってくると、ややこしくなるし、たいへんになるということだ。とかなんとかぶつくさ考えながら、結局子どもだましのシール貼りをやってみる。部屋の片づけを半分やって、ごほうびにシールを貼って、洗濯物を片づけて、ごほうびにシールを貼って、皿を洗って、ごほうびにシールを貼るのだよ。10枚貯まったら、おいしいものでも食べよう。さて、後半戦家事をやろう。ところで、最近、料理がどんどんへたになった。右左とキーを打つことが一番多い生活は、怠惰になるなあ。
2003.01.11
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転勤家族なので、住む家は当たりはずれがある。今は、建物は近代的だけれど、場所はとても気に入らない。都会の高層集合住宅というのは、電気は掛かるが、狭い土地にたくさん住めるように出来ている。今の家は、一部屋は完全に窓がなく、一部屋は窓があるけれど、大きな道路に面していて夜中もトラックがとてもうるさい。良いところと言えば、条件の良い日には、遙かかなたに富士山が見えることと、皿洗い機が置けることかな。わたしと娘は完全に窓がない部屋で寝ていて、息子は、最近窓のあるうるさい部屋で寝るようになった。小さい子どもがいるおかあさんは、「大の字」になっては寝られない。真ん中が一番大きなわたしで、右と左に少し小さい子ども達。「小の字になって寝ている」状態だったわたしもようやく右側がフリーになって、ちょっと寝やすくなった。ところが、息子は、夜更けに乱入してくるのだ。うるさいから目が覚めてしまうのか、トイレに起きてそのままなのか、右端になだれ込む。わたしの布団に乱入するときついので、文句を言ったら、最近では掛け毛布だけで畳に寝ている。畳では寒いので、敷き布団を敷いておくと、そこになだれ込むようになった。ちょっとした空間に敷き詰めた布団に、転がり込んでいる息子を見ると、しめしめとほくそ笑んでしまう。朝になると知らなかったように自分の布団に帰っている息子だが、まだおしゃかさまの手のひらにいる孫悟空のようで、かわいらしい。
2003.01.09
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今日から、子ども達は新学期。わたしも新学期。このふたつが重なると、ちょっとたいへんだ~。娘はあまり寝起きがよくない。朝方は寝ぼすけで、のろのろしていて、気持ちが悪くなったりする。特に、ランドセルを持っていくのかそうでないのか、今朝も不安だったらしい。連れ合いにまかせていると、焦りにまかせて怒るので、こりゃ~「無理矢理行かせてもこっそり帰って来ちゃう状況」だなあとあきらめた。結局、8時27分の隣の駅行きのバスに一緒に乗り込み、小学校に横付けするバス停で降ろし、自分は駅まで乗っていった。わたしの仕事にも何とかセーフ!なんたるタイミングの良さ! おあつらえ向きのバス!感動物ですね~とドジ母は自我自賛するのでした。それにしても・・・これ以上は書くまい、言うまい。
2003.01.08
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ちょっと自信を失ったまま、年末が過ぎて、また、休みが明ける。ちょっと過緊張で混乱しているらしい。落ち着いて無理せずに行かなくちゃ。学生とやるような小競り合いを息子と繰り広げている毎日。これは、きっと何かあるんだろうなあ。どうやったらわかるかな。ふう~。
2003.01.07
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もう7日の深夜の3時になりました。こどもたちは眠り、わたしは少しお腹の調子がよくないみたい。一日ばたばた過ぎて、結局は、仕事も進まない。まあ、こんなことばかりやっているからなあ。父親の手術は、なんとか終わったようです。落ち着かず、何度もいないはずの実家に電話を掛けてしまいました。母親の友人がおそくまでついていてくれたと聴いて、少しほっとしました。夜遅くなると、ようやくわたしの気持ちを横にそらす物が少なくなり、集中できるかな。こんなときは、ホットミルクにココアをちょっぴり。さて、仕事だ~。
2003.01.06
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明日入院する父親に会ってきた。久しぶりの湘南電車で、行き帰りの電車でいろいろ本が読めた。家には残念ながら、期待していたレコードの楽譜がなかった。いらないものよりも、大事な物の方が、結局あちこち持って歩いてなくしてしまうことになるらしい。ばかだな。いつまでも白髪にならず、バンパイヤとふざけて呼んでいた父親も病気をいくつか抱えるようになった。時間というものは、否定することができないんだな。大した手術ではないが、しばらく声がでなくなるということで、父親は小さな声でよくしゃべっていた。なんだか絶対くずれることがない城壁に、小さなほころびが出来てきているような気持ちになる。それと同時に、病にある舅と姑と連れ合いの微妙な会話のあり方も何となく訳がわかるような気がしてくる。他人はいずれは病気になる。そうしたらそれなりの生活になるのも当たり前だし、ああそうで済む。しかし、自分や自分の家族が衰えるのは理不尽だし、若いままの記憶が、不思議に思えるのだ。街中で以前の友人の姿を見つけたように思い、振り返るとき、その友人の姿の記憶は、出会った高校時代の彼だとわかると、なんだかおかしな気分にならないかい?母親のういういしい花嫁写真が、妙に心細げに思い出されて、少し躁的防衛でハイになっているわたし。持って帰ってきた本は、「天の夕顔」(中河与一)、「学生のフォークギター入門」、「NHKギターをひこう」誌、「愛のよろこび」などの楽譜、現代のエスプリなど。フォークだったけれど、少しはクラシックの楽譜を弾いたりしていた。「天の夕顔」は焚書ものだが、なんだか冷静に読み直してしまった。年は取るものだ。
2003.01.05
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家から駅までの道は、風俗営業の店など並んでいて、あまりきれいではない。なぜかこの道は、後ろを向いて歩きたくなる。前は出来なかったけれど、今日は人が少なかったから、ほんの数歩だけやってみてやめた。正月の秋田では、わらび座の「つばめ」という劇を観た。戦乱でさらわれてきた朝鮮の女が、日本で売り飛ばされるように召し上げられ、大将の妻になった。数年後、朝鮮と日本の国交が回復して、昔の夫が朝鮮からの大使として日本に来て、彼女を帰してくれということになり、最後に彼女は自害してしまうというものだった。ジェームス三木の台本だが、異なったふたつの現実に引き裂かれる女の心情の揺れに、もう少し深みがあってもよいように感じられた。手を伸ばせば届きそうな昨日を何度も振り返る、振り返っても戻らない、そんなこと。とりとめもないつまらない悲しみなら、わたしは、きっと後ろを振り向きながら歩くのはやめた方がいいんだろう。
2003.01.04
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取りあえずピンぼけ画像です。
2003.01.02
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1月5日に書いてます。1月4日の日記は初日記としては、ちょっっっっっと暗かったので、あらためて・・・。抱負ですか?頭の中と生活をどう構造化するかということです。やりたいことは、勉強と研究と音楽と・・・・。ダメかな。2~3月にちょっと体の改造をする予定なので(美容整形ではない)、どうやってその後整えていくかがひとつの課題になるでしょう。それから、どうやって臨床と教育の実力を付けていくかが大きな課題。正直言って頭が痛いです。計画が立てられるようになること。年賀状に「今年も育児と家事をほどほどにして、仕事にはげみましょう」と書いてきた方がいて、大笑いしてしまいました。そこまではっきり書けない自分は、やさしいのではなく、彼女のように課題意識や現実認識がクリアでないんだろうなあ。良心を振り回したところで、あせりいらだちで、感情的になっていたら、逆効果だよなあ、ほんと!ああ、やっぱし先が思いやられる。ナマケモノのつけが回って、ちょっとつらい一年になりそうです。お断りしておきますが、これから先、1月中はあまり書き込みが出来なそうです。時間配分を冷静に考えると・・・。
2003.01.01
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